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【8】











 ベアトリーチェは廊下の隅の椅子に腰かけて、暗い庭を眺めていた。とある伯爵家の夜会に連れてこられたのだが、早々につかれてしまったのである。さすがに舞踏会に連れていかれるようなことはなかったが、夜会には音楽とダンスがつきものだ。立っている時間も長く、一応家族に断って廊下に出てきたのだ。

 休む用の部屋もあったのだが、ベアトリーチェは庭を眺めているほうが落ち着いた。いや、部屋からでも見られるけど。


「おひとりですか」


 はっとして、ベアトリーチェは声のした方を見た。そこには、淡い髪の色をした青年がいた。ベアトリーチェよりいくつか年上に見えた。

「ああ、いきなり声をかけてすみません。シリアート公爵家のヴィートと申します」

「……申し遅れました。ラ・フェルリータ伯爵家の長女でベアトリーチェと申します」

「ラ・フェルリータ家の……才女だとお聞きしていますが」

「噂は噂にすぎません」

 冷静に返すベアトリーチェに、ヴィートは苦笑を浮かべた。

「お隣、よろしいですか」

「どうぞ」

 なんだか最近、こういうの多いなあと思いながらベアトリーチェは了承する。断ったほうが不自然だ。

「すみません、無理やり。お疲れでしたね」

「そうですね……慣れないので、確かに少し」

 ベアトリーチェが正直に答えると、ヴィートは困ったように微笑んだ。


「何というか、その、あなたとお話してみたかったのですが……その、いざとなると何を言えばいいのかわからなくて」


 正直にそんなことを言われ、ベアトリーチェは目を見開いた後、笑った。


「そうなのですか。わたくしも得意なほうではありませんが……天気の話などをするそうですが、今は夜ですしねぇ」


 適当にそんなことを言う。ヴィートは窓から外を見て。

「……星はきれいですね」

「そうですね……これも天気が良い、という範疇に入るのでしょうか」

 どうやら、二人ともまじめすぎて話が続かないようだった。不覚。


 話している時間より沈黙の時間のほうが長かった気がするが、改善する前にフィオレンツァがベアトリーチェを迎えに来た。ゆっくりと双子の片割れを立ち上がらせ、腕に掴まらせて歩き始めたフィオレンツァはベアトリーチェに苦言を呈する。

「ビーチェ、あの男と距離近すぎ! もっと危機意識を持ってよ」

「持ったところで、私は一人で歩くのが難しいから、逃げられないもの」

「はっきり拒否すればいいんだよ」

「そういう問題じゃないと思うわよ」

 あしらっても絡まれるような気がするのはベアトリーチェだけだろうか。まあ、彼女も話をする相手くらいは選ぶ。ヴィートは、少なくともこういった場所で無体を働くタイプではないと思ったのだ。二人きりだったらわからないけど。ベアトリーチェとしては、むしろフィオレンツァのほうが心配である。


 夜会では何とかゆっくりと歩くベアトリーチェだが、普段は車椅子で生活している。というか、歩く必要がないときは基本的に車椅子だ。なので、お見合いにも車椅子で行った。

 そして、行った先にはどこぞで見たことがある顔があった。

「まあ。お見合い相手とは、ヴィート様のことだったのですか」

「実はそうなんです。お久しぶりです、ベアトリーチェ嬢」

 一応立ち上がろうとしたベアトリーチェを制し、ヴィートは手ずから彼女の車椅子を定位置に移動させた。ありがとうございます、とベアトリーチェは微笑む。

「なんだか申し訳ありません」

「え、なぜです?」

 ベアトリーチェの向かい側に座りなおしながら、ヴィートが首を傾げた。

「……私のお見合いなぞに付き合わせてしまったようで」

 一瞬、ヴィートは何を言われたかわからなかったようだが、すぐに気づいてほほ笑んだ。


「ああ……このお見合いは私の方からお願いしたんです」


 一瞬、言われた意味が分からなかった。


「……はい? ヴィート様から? なぜです?」

「私が、ベアトリーチェ嬢ともっと話をしたかったから、ですね」

 パーティー会場では難しいですから、とヴィート。確かに、未婚の男女が夜会会場で落ち合うのはどうかとベアトリーチェも思う。それなら、後から求婚するなりお見合いを設定するなりした方が自然に会話できる。

「なる、ほど。そうでしたか……」

 戸惑いながらもそう返事をした。え、どういうこと? と、脳が理解を拒否している。

「よろしければ、少しお話に付き合ってください」

「……ええ。もちろんです」

 これはお見合いなのだから。
















 お見合いらしく会話をして、ベアトリーチェは屋敷に戻った。母にどうだった? と感想を聞かれる。ベアトリーチェは微笑んで言った。


「貴族的な、優しい方だったわ」

「あら~。いいんじゃない? ビーチェの足のこともおもんぱかってくださるんじゃない?」

「うーん、どうかしらね。遠回しに学校をやめるように言われたわ」


 ヴィートは、自分ならベアトリーチェに不自由な思いはさせない。生活のために学校に通う必要はないのだ、と言った。一見優し気な言葉だが、大学に女学生が少ないのが見てわかるように、貴族女性が高等教育を受けることはほとんどない。ベアトリーチェが大学に通っているのは、足が不自由なことで付きまとう不利なことをはねのけるためだと思われたようだ。それは半分は正しいが、半分は正しくない。


「私は好きで通っているのに」


 ここを理解してくれない相手とは、相いれないと思っている。というわけで、ヴィートは駄目だ。もし理解してくれるのなら、結婚してもいいかもしれない、と思えた相手だったのに。惜しい。

「……そう。いいお相手だと思ったのに、残念だわ」

 母は、無理やりベアトリーチェにあてがうようなことをしなかった。少々強引なところはあるが、ベアトリーチェを心配しているのは本当だ。

「よかった。出て行かないんだね」

 そうあからさまに安心した顔を見せたのはフィオレンツァだった。そうね、とベアトリーチェは応じる。

「向こうがちゃんと納得してくれればいいんだけど」

 執着されるほどの魅力はベアトリーチェにはないが、彼女は基本的におとなしくしているので、言うことを聞きそうに見えるようだ。そんな見た目の印象に釣られて、引っかかってくる家はたまにある。そして、そういう男ほど、妻を所有物とみて手荒く扱ったりする。そういう相手は却下だ。大学に通えなくなるのは困る。


 多くの人は、ベアトリーチェの足を見て、苦労しているのだな、と同情と憐れみを向ける。まあ、多少の苦労があることは認めるが、憐れまれるほどのことではないと思っている。それは、はっきり言ってベアトリーチェへの侮辱だ。

 だが、現実ではベアトリーチェを憐れむ人のほうが多いとわかっている。それよりも、さげすむ人のほうが多いけれども。これはこれで腹立たしい。

 ベアトリーチェは関わらなかったのだが、シリアート公爵家からの縁談を断るのは結構大変だったらしい。特にヴィートが騒いだそうだ。あんな足の悪い女、もらってやれるのは自分くらいだと。余計なお世話だ。しかも、その騒動のせいで外に出づらくなった。


 ほとぼりが冷めたころ、ベアトリーチェは母に王宮へ連れていかれた。王妃のサロンに参加するためで、母親が未婚の相手のいない娘を連れて参加していることも多かった。男性は不参加だが、そこからよしみが生まれることが多いのだ。

「フィオでいいじゃない」

 とベアトリーチェは訴えたが、母は笑って言う。

「だって、ジェズアルド君がフィオのことを好きでしょう?」

「……」

 うちの母にもばれているぞ、ジェズアルド。そろそろ覚悟を決めた方がよいのではないだろうか。


 そうなると、母が連れて行くのはベアトリーチェしかいない。これはベアトリーチェもあきらめてついていくしかないのだろうか……。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ジェズアルド、どんまい!


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