【7】
その日、ベアトリーチェはとある屋敷の庭にいた。日の光がまぶしい。
「大丈夫?」
手を引くフィオレンツァが心配そうにのぞき込んできた。ベアトリーチェはおっとりとほほ笑む。
「大丈夫よ。ありがとう」
「そう? ならいいけど」
ゆっくりとやってきた双子に、このガーデンパーティーの主催である伯爵夫人が出迎えた。
「いらっしゃい、フィオレンツァ、ベアトリーチェも。具合はよろしいの?」
もともとベアトリーチェは足が不自由なだけで、体調が悪かったわけではないが、そんな野暮な指摘はしなかった。
「はい。ご迷惑をおかけすると思いますが、お邪魔いたします」
「いいのよ。楽しんでいらしてね」
「ありがとうございます」
ベアトリーチェはフィオレンツァと隣り合わせに座った。ほかにも同じテーブルには三人のご令嬢がいた。ベアトリーチェの隣のご令嬢がにこりと話しかけた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ベアトリーチェの言葉に合わせて、フィオレンツァも軽く頭を下げた。気を使われたようで、話しやすいご令嬢ばかりが集まったテーブルだった。
「フィオレンツァ様とは何度かお話したことがありますけど、ベアトリーチェ様は初めてですわね。カヴァニス子爵家のマリエッタと申します。どうぞよろしく」
「ええ、初めまして。ラ・フェルリータ伯爵家のベアトリーチェと申します。妹がお世話になっているようで」
「いえ、こちらこそいつも助けていただいていて」
にこり、とマリエッタは人好きのする笑みを浮かべた。カヴァニス子爵家は今回の主催の家だった。マリエッタも、不慣れなベアトリーチェをもてなすように母親に頼まれているのだろう。子爵家が主催とあって、伯爵令嬢であるベアトリーチェとフィオレンツァが一番身分が高いようだった。
「マリエッタ殿には私もよくしてもらってるんだ」
「まあ。本当にお世話になっているのね。あまりご迷惑をおかけしないのよ」
「わかってるよ」
そこまでひどくない、とフィオレンツァはむくれて見せる。ベアトリーチェとマリエッタはくすくすと笑った。
ほかの二人の少女も気の良い娘たちだった。ほとんど社交界に顔を見せたことのないベアトリーチェにも気負いなく話してくれる。なんとなく話を合わせてもらっているような気がするが、水を差すのもどうかと思い、流されることにした。何より、その空気が温かくて心地よかった。
「失礼しますわ。マリエッタ様、お庭を拝見してよろしくて?」
にこりと笑った少女が尋ねた。背後にも数人の令嬢の姿がある。マリエッタがうなずいて応じる。
「もちろんですわ」
「よろしければ案内してくださらない? 皆さんも一緒に行きません事?」
リーダー格の少女が言い、後ろの少女たちがくすくすと笑う。それを見てベアトリーチェはああ、と察した。彼女らは、ベアトリーチェが歩くことがままならない、と知っているのだ。
マリエッタは明らかに困った様子だった。ホスト側として、彼女らもないがしろにできない。だが、そうなるとベアトリーチェを置いていくことになる。ホストとしてはそれもできないだろう。
「せっかくのお誘いですけれど、わたくしはご遠慮させていただきますわ。皆さんの足手まといになってしまうでしょうから」
ベアトリーチェはにっこり笑って固辞した。実際に、歩行に難のあるベアトリーチェは彼女たちについていけないだろう。それをわかって、彼女たちも誘いをかけている。ベアトリーチェに恥をかかせようとしているのだ。一人で置いていかれれば、彼女はいいさらし者になる。この場合、さらされるのはベアトリーチェだけではなく、ホストであるマリエッタもだ。かといって彼女は、招待客の要望を無下にはできない。
「そうですわね。私より、母のほうが詳しいですわ。呼んでまいりましょう」
その言葉を受けて使用人が走った。その対処方法に声をかけてきた少女たちも驚く。そして、本当にカヴァニス子爵夫人が案内に出てきた。てきぱきと少女たちを連れて行く。
「申し訳ありません。不快な思いをさせてしまいましたわね」
「いえ、のこのこと顔を出した私に非があります」
「ビーチェは何も悪くない」
ムッとしたように言ったのはフィオレンツァだ。彼女にも一緒に庭を見てきてくれていい、と言ったのだが、彼女はついていかなかった。ベアトリーチェと一緒にいる、とマリエッタとともに残ったのだ。
「私は難しいけれど、フィオはほかのご令嬢と普通に交流できるでしょう?」
「……私があの人たちと話ができるとは思えない」
「……」
否定できなくて、ベアトリーチェは苦笑を浮かべた。フィオレンツァはいわゆる普通の令嬢とはなじめないだろう。性格の上ではベアトリーチェのほうがなじめるだろうが、彼女は身体的に排除されるだろう。
「マリエッタ様も、カヴァニス子爵夫人にも、配慮していただいて感謝いたします。実は、二人が残ってくれて少しうれしかったんです」
ベアトリーチェが微笑んでそういうと、マリエッタとフィオレンツァもほほ笑んだ。
「そういっていただけると、わたくしもうれしいですわ。わたくしも、お二人ともう少しお話ししたかったので。ほかのお三方には悪いですけれど」
ほかにも同じテーブルにいた三人は、ちらちらと後ろ髪をひかれるようにこちらを見ながらも、庭園を見に行った。
「ベアトリーチェ様が珍しくいらっしゃったから、皆さん、お話ししたかったのですわ」
その前向きな思考に、ベアトリーチェは笑う。
「そうだといいのですが。私もフィオもあまりなじめないので、皆さんとお話しできて楽しかったです」
とりあえず、フィオレンツァはもぐもぐお菓子を食べるのをやめるべきだ。誰も見てないからいいけど。食べたものはどこに消えているのだろうか。コルセットだって、結構苦しい。
「わたくしはお二人のこと、好きですよ。なんだかほっこりするんですよねぇ」
マリエッタは本当に良い人だ。おかげで、ベアトリーチェとフィオレンツァも気分よく屋敷に帰ることができた。もちろん、問題の令嬢を引き受けてくれたカヴァニス子爵夫人の配慮もある。
「そう……楽しかったのならよかったわ」
母はちょっと複雑そうに言った。娘たちがけなされたのには怒りを覚えるが、よい友人を得たようなのはうれしい、と言った感じか。
「いやなところに無理に行く必要はないよ。ビーチェ一人くらいなら養える甲斐性はあるから」
というのがヴィルフレードの口癖だが、流石にそこまでお世話になるつもりはなかった。みんなが思うほど、ベアトリーチェは自分の足が動かないことを悲観してはいなかった。
ちなみに、両親はベアトリーチェの嫁ぎ先を厳選してお見合いを図っているらしい。なお、フィオレンツァに関してはほぼ放任である。
「でもさ。いろいろ遊びに行こうよ」
「夏季課題は?」
「う、見てほしい」
自信なさげに言うフィオレンツァにベアトリーチェは微笑む。彼女も、自分が思っているほど勉強ができないわけではない。ただ、動き回ることのほうが好きなのだ。
なんだかんだ言って、仲良しな双子だった。
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