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【5】












 ベアトリーチェが、おのれの目が魔眼であることに気が付いたのはいつだっただろう。物心ついてしばらくたったころのことだろうか。彼女の琥珀色の瞳は、通常の虹彩としてもあるものだったし、そもそも魔眼を認識するのは難しいものだ。


 待って!


 たったそれだけのベアトリーチェの意思で、呼びかけられたメイドは硬直した。自分の意思で立ち止まったのではない。ベアトリーチェが念じたから、その場を動けなくなったのだ。自分にそんな力があるとは知らなかったベアトリーチェは驚愕したし、メイドは彼女を恐れた。


 幸い、ベアトリーチェの母は魔術師だったし、兄のヴィルフレードも魔術を学んでいた。二人に強力な封じをかけてもらい、魔術を学ぶことになった。

 足の不自由なベアトリーチェにとっては、魔術はおのれの行動の助けにもなった。彼女は努力を怠らなかったし、才能もあった。ほどなく、彼女は魔眼を自分の意思でコントロールできるようになった。


 しかし、彼女は自分の力が恐ろしかった。特に強制の魔眼は悪用されることが多い。感情に魔眼が引きずられないように、感情をコントロールするすべも学んだし、できるだけ魔眼は使用しないようにしていた。

 そのことが、彼女に魔眼を使うことをためらわせた。使えば、相手は拘束できるとわかっていた。今まで、彼女の魔眼から逃れられたものは存在しないのだから。


 魔眼を使うのは怖い。いつ、自分の制御下を離れるかわからない。しかし、魔眼がなければ、自分に存在価値はない……いつしか、彼女はそう感じるようになった。

 ベアトリーチェには力がある。しかし、自身への恐怖心から、その力を十分に振るうことができない……そんな状態だった。

 実のところ、ベアトリーチェを追いかけてきた魔術師に関しては、ベアトリーチェの魔眼を使ったところでとらえられなかった公算のほうが高い。あれは幻影に近いものだったのではないか、と落ち着いてくればわかった。


 そうした話し合いをしているところに、フィオレンツァがやってきた。

「ビーチェ!」

「あら、フィオ」

 ベアトリーチェは、なんとなく自分と似た顔立ちの双子の妹を見てけろりと言った。

「訓練中ではなかったの?」

「そうだけど、襲われたって聞いて」

 遮二無二飛んできたらしい。ベアトリーチェは苦笑する。

「前にも言ったけど、ちょっと過保護よ。レナート殿に助けてもらったわ。大丈夫」

「ほとんどベアトリーチェ嬢自身で切り抜けられましたけどね」

 レナートは自分の出番はなかった、と苦笑するが、とんでもない。彼がいたから、ベアトリーチェは無事だった。


「……姉を助けていただいてありがとうございます」


 どこか憮然としながらフィオレンツァは言った。相変わらずレナートを警戒しているらしい。ベアトリーチェは困ったように笑った。


「しかし、これでもう私はレナート様達に協力するしかないようです」


 おどけたように言うと、ベアトリーチェはふと真剣に考えた。自分が彼らの役に立つのだろうか、と。彼女は年齢の割に優れた魔術師であるという自負があるが、歩けないことが最大のネックとなる。

「そうしていただけると、非常にありがたいです」

「あ、なら私も」

 この流れでは仕方がない、とフィオレンツァはさすがに察したらしかった。ベアトリーチェほど頭が良いわけではないが、別に馬鹿なわけではない。成績もよいほうだ。フィオレンツァは、ときどき感情的になるだけで、優秀な人物であることに変わりはない。たいていの場合、ベアトリーチェよりも役に立つだろう。

「そういえばビーチェ、車椅子は?」

「……あら」

 そういえば、追っ手をひるませるために投げつけたのだった。忘れていた。回収できても、あの車椅子はもう使用できないだろう。一応予備はあるが……。


「転んだの?」


 心配そうにフィオレンツァに尋ねられ、ベアトリーチェはそうね、とほほ笑む。

「そのあとに追ってきた魔術師に向かって投げてしまったから、壊れているでしょうねぇ」

「……ビーチェってさ、たまにアグレッシブだよね」

 心配するまでもなかったか、とばかりにフィオレンツァは言った。逃げるには邪魔になるだけなので、投げつけなくても置いてきただろう。

「車椅子、取ってこようか」

「いいえ。歩けるから大丈夫よ」

 ゆっくりだけど。たぶん、フィオレンツァが車椅子をとってくるのと、時間的には変わらないだろうけど!


「仲良しですね」


 ほほえましそうにレナートが言った。ベッドから足を下ろしたところだったベアトリーチェは肩をすくめる。


「遠慮がないだけですわ」


 互いに、片割れだ。今更遠慮することなどない。

「差し出がましいようですが、お手をどうぞ」

 レナートが手を差し出す。どうやら、歩く、というベアトリーチェの意思を尊重してくれるようだ。フィオレンツァが「あっ」と声を上げる。先を越された、と思ったらしい。

「……では、お願いいたします」

 少し迷ったが、ベアトリーチェはレナートの手を取って立ち上がった。彼女がよろめいても力強く支えてくれるので、正直、フィオレンツァやヴィルフレードよりも安心感があった。


 ベアトリーチェに合わせてゆっくり進む。魔術を使えば走ることもできるが、持続性はないし、先ほど使ってしまったので今は余力がなかった。というか、使っても寮まで持たない。

 歩みはカメもかくやというほど遅かったが、フィオレンツァはともかく、レナートも根気強く付き合ってくれた。

「申し訳ありません。どうしてもこれ以上は……」

 足がうまく動かないのだ。ベアトリーチェが恐縮して言うと、いえ、とレナートは微笑んだ。

「不自由だからと、使わなければ萎えてしまいますからね。歩けるということはベアトリーチェ嬢が努力を怠っていない証拠です」

 肯定的に言われ、ベアトリーチェは慰めだとしてもうれしいと思った。仲のよさそうに見える二人を見て、フィオレンツァは不満げであったが。

 ふと、ベアトリーチェは目の疼きを覚えた。魔眼を制御下に置いてからは、久しくなかった感覚である。ベアトリーチェの上体が揺れる。レナートが抱きかかえるように支えた。

「ベアトリーチェ嬢?」

「目が……魔眼……」

 左手でレナートにしがみつきながら、右目で目元を覆った。固く瞼を閉じる。魔眼を暴走させるわけにはいかなかった。


「ビーチェ」


 フィオレンツァもベアトリーチェに駆け寄る。魔眼を制御することに全力を傾け、ベアトリーチェは自分の体を支えられない。レナートがほぼ抱え上げるようにベアトリーチェを支えていた。

 体は支えてもらえるが、魔眼はベアトリーチェが制御するしかない。強制的に魔眼を支配下に置き、ベアトリーチェは息を吐いた。額には脂汗が浮かんでいた。

「大丈夫ですか?」

 心配そうにのぞき込もうとするレナートの前に手をかざし、視線を逸らす。失礼ではあるが、魔眼で直視するよりはましだ。

「すみません……まだ、目が」

「ああ、こちらこそ気を使っていただいて申し訳ない」

 レナートはベアトリーチェの目が魔眼であることを思い出したようで、うなずいた。フィオレンツァが落とした眼鏡を拾い、ベアトリーチェにかけさせた。絶対的な効果はないが、ないよりましなので眼鏡をかける魔眼持ちは多い。もしくは、古式ゆかしく目の周りに文様を描く者もいるが。

「しかし、これほど魔眼が反応するとは……?」

「何かある?」

 レナートとフィオレンツァがはっとして周囲を警戒する。警戒する二人より先に、ベアトリーチェが気が付いた。顔を上げ、それを直視した。しかし、すぐに視線を逸らす。魔眼返しだ。ベアトリーチェの魔眼の強さであれば魔眼返しなど打ち砕けるが、混乱している今は無理だ。


「アルバーノ先生?」


 フィオレンツァが首を傾げた。そこに立っていたのは、魔法生体学を担当する教師だった。四十がらみのその男の顔は青ざめていた。

「その……その魔眼をくれ!」

 錯乱したようにアルバーノはとびかかってきた。レナートはベアトリーチェを抱え上げて後ろに下がる。逆に前に出たフィオレンツァはアルバーノの魔法をかわすと、一挙に彼を拘束した。魔法の名手であるが、懐の中に入ってしまえばフィオレンツァには勝てないだろう。

 レナートに抱え上げられたベアトリーチェは、魔眼をアルバーノに向けた。落ち着いてきたので、魔眼で彼を拘束したのだ。魔術師相手には、これが一番効果がある。

「フィオ、もう放しても大丈夫よ」

「了解」

 フィオレンツァが離れても、アルバーノが立ち上がることはなかった。まだ視界が明滅している気がする……。

「大丈夫ですか」

 ベアトリーチェを支えているレナートが声をかけてきた。まだ彼に支えてもらっていることに気づき、うろたえた。

「すみません、ご迷惑を」

「いえ、それはいいのですが」

 レナートは眉をひそめて言った。

「アルバーノ先生は何がしたかったのでしょう」

「さあ……」

 明らかにベアトリーチェの魔眼を狙っていたが、その真意までは測りかねた。


 そして、魔眼が暴走したベアトリーチェは、医務室に逆戻りとなった。















「魔獣を飼っていたそうですよ、アルバーノ先生は」


 食堂で、ラ・フェルリータ家の双子の姉妹に説明するのはレナートだ。その後の顛末を、彼が教えてくれることになったのだ。この二人は巻き込まれたので、当然の権利である。

「魔力を奪われた学生や先生は、魔獣を操るのに有効な魔法を持っていました。その一部を無理やり譲渡させた形になるようですね」

 あまり詳しくはないのですが、とレナート。なんとなく理解したベアトリーチェはうなずいた。

「結局、それでは制御できなくて、私の魔眼に目を付けたということですか……確かに、私の魔眼は魔獣にも効きますけれど」

 しかし、それでは根本的な解決にはならない。ベアトリーチェの魔眼は確かに強力で、魔獣たちを服従させるだろうが、魔眼の力がいつまでも継続するわけではない。強力ゆえに持続力はさほどなく、その効果が切れた途端、襲われることになる。

「はた迷惑な話だ」

「まったくね」

 フィオレンツァの端的な言葉に、ベアトリーチェがうなずいた。息のあった双子の様子に、レナートは苦笑する。

「なんにせよ、解決してよかった……ベアトリーチェ嬢には恐ろしい思いをさせてしまいましたが」

「いえ、そんな」

 確かにベアトリーチェはおびえたが、それはアルバーノに対してではなく、自分自身の魔眼に対してだ。力を使えば逃げ出せる。しかし、想像以上の被害が出たらどうしよう、という。

 ベアトリーチェは自分が優れた魔術師であるという自覚がある。だが、自分が小心者である自覚もある。おごるのも怖いし、小心者過ぎて力を制御できなくなるのも怖い……。どうしようもない、と思う。

 ベアトリーチェはコーヒーを一口飲むと、レナートにほほ笑んだ。


「事件も解決しましたが、実習ももうすぐ終わりますね。お会いできなくなると思うと残念です」


 フィオレンツァが眉をひそめたが、ベアトリーチェは無視したし、レナートは気づいたようだが苦笑して流すことにしたらしい。

「私もです。しかし、直に夏休みでしょう。社交シーズンは王都にいらっしゃるのでしょう?」

 では、お会いする機会もあるでしょう、とレナートは穏やかに言った。ベアトリーチェも「そうですね」とほほ笑んだが、それはあり得ないと知っていた。

 ベアトリーチェは社交に出かけるつもりがなかった。









ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


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