【13】
唐突に最終話!
ちゃんと送り届けられたベアトリーチェを見て、フィオレンツァが言った。
「あ、ちゃんと帰ってきたんだ」
「当たり前でしょう」
フィオレンツァも本気で言っていたわけではないので「そうだよね」と言って執事に代わってベアトリーチェの車椅子を押した。
「ね。デートどうだった?」
「楽しかったわよ」
ふーん、とフィオレンツァ。ベアトリーチェの部屋に入り、彼女を立たせてソファに座らせる。侍女もいるが、フィオレンツァは彼女を下がらせた。
「どうかした?」
小首をかしげて尋ねると、ぽすん、とベアトリーチェの隣に座ったフィオレンツァはうん、とうなずいた。どこか不機嫌にも見えるその顔が、実は戸惑っているだけなのだと言うことを、片割れのベアトリーチェはわかっている。
「デートに誘われた。ジェズに」
「あらあら」
ベアトリーチェはついに、と思って気になったが、フィオレンツァが戸惑っているのが分かっているので、彼女の言葉を待った。
「……どうしよう」
「どうしよう、とは?」
ベアトリーチェが首をかしげると、もごもごと口を動かしたフィオレンツァは言った。
「その、行くかどうか」
「ああ……」
その戸惑いは、ベアトリーチェにも覚えがあるものだった。フィオレンツがらしくもなくため息をつく。
「ジェズ、あたしのことが好きだとか言うんだ」
「そうね」
ベアトリーチェがあっさりとうなずくと、フィオレンツァは「知ってたの!?」と驚いた表情を見せた。本当に気づいていなかったのか。
「かなりわかりやすかったと思うわよ、彼。ほぼ同じ顔の私に対しても、あなたとは態度が違ったもの。本当にフィオのことが好きなんだと思うわよ」
「そ、そうなんだ……?」
なぜ教えてくれなかったのか、とは聞かれなかった。言われても信じなかっただろうと言うことが自分でもわかっているらしい。
「いいんじゃない? 行ってくれば」
「そ、そんな簡単に!」
「それだけ迷って照れてるんだから、もう答えは出ていると思うけどなぁ」
ちょっと意地悪く言ってやると、フィオレンツァは「ううっ」と頭を抱えた。
「恥ずかしい……」
「そうよねぇ」
よくわかる、とベアトリーチェはうなずいた。フィオレンツァの場合は、相手がよく知っているジェズアルドである、という気恥ずかしさもあるのだろう。
「ジェズのことは嫌いじゃないんでしょ」
嫌い、と言われたら憤死しそうなジェズアルドではあるが、まあたぶん大丈夫だろう。
「……気が合う、とは思ってる」
「それは大事ね」
ベアトリーチェが真面目にうなずくと、フィオレンツァは安心したのか少し肩の力を抜いた。
「どうしよう……」
「フィオは私に言われた通りにするの?」
おもむろに問いかけると、驚いたように見られた。似たような顔が、全く違う表情を浮かべている。フィオレンツァがきゅっと唇を引き結ぶ。
「そ、そうだよね……うん。行ってみることにする」
すっくと立ちあがり、フィオレンツァはまるで決闘にでも行くような口調で言った。ベアトリーチェも「頑張ってね」というので、余計にそのように見えた。フィオレンツァもふと我に返ったようで。
「何を?」
と、ベアトリーチェを見下ろしていた。
「と、言うわけで、フィオはジェズと出かけました。あ、右から三冊目の本もお願いします」
「これですね。そうですか。うまくいくといいですね」
本を受け取りならが、「はい」とうなずく。ベアトリーチェは王立図書館に来ていた。車椅子に座った膝の上に、取ってもらった本を乗せていく。ビーチェの代わりに本を取ってくれたレナートは、ゆっくりと彼女の車椅子を押した。
「付き合っていただいてありがとうございます」
「私も仕事がありますので、いつもという風にはいきませんが……今日がたまたま空いていてよかったです」
図書館に行こうにも、棚が高く段差も多い図書館にベアトリーチェが一人で行くには難易度が高い。そこで、先日晴れて恋人となったレナートに同行を頼んだのだ。
「最初はお兄様に頼んだのですけど、職場でトラブルが起きたようで朝から出て行ってしまって。困っていたんです」
もうすぐ学校が始まるので、課題を仕上げてしまいたかったのだ。少し申し訳なかったが、レナートに声をかけたら快諾してくれた。
この図書館ではないが、レナートに初めて会ったときも、ベアトリーチェは本を取ろうとしていた。それだけ、彼女が図書館にいることが多いと言うことだが。
初めて会ったときはためらった本を取ってもらうことも、今では遠慮なく頼っている。ここで遠慮するほうが失礼だ。
高いところにある本をレナートがとって、ベアトリーチェがタイトルを確認する。
「それで大丈夫ですか」
「はい。ありがとうございます。助かりました」
必要な本がすべてそろっていることを確認し、ベアトリーチェはうなずく。貸し出し手続きをするためにカウンターに行こうと、レナートが車椅子を押す。
「動かしますね」
「はい」
必ずレナートはベアトリーチェに声をかけてから車椅子を動かす。別にいいのに、と思う一方、その細やかな気遣いがうれしくも思う。
本を借りる手続きをして、馬車に乗り込む。介添えがなければ、ベアトリーチェは馬車に乗り込むことすら難しい。段差が難敵なのだ。
馬車の中から手を引っ張ってもらって踏み台を上がる。入口が狭いので、抱えられないのだ。
レナートが合図を出すと、馬車が進み始める。整備された道を進む馬車は軽快で揺れも少ない。だが、レナートはベアトリーチェの体を支えてくれた。そうしたいからそうするのだ、と言われ、気恥ずかしさは変わらないが、ベアトリーチェも受け入れるようになった。彼女も嫌ではない。むしろ、うれしい。
もうすぐ、夏休みが終わる。ベアトリーチェは学校に戻らなければならない。そうなると、今のように頻繁に会えなくなる。そう思うと、寂しい気がした。
「あの、レナート様」
「なんでしょう?」
笑顔を向けてくれるレナートに、ベアトリーチェは真剣な表情で言った。
「触れさせていただけませんか」
さすがに虚を突かれたようで、レナートが瞬いた。無理もない。ベアトリーチェは言葉を足す。
「大学に戻ってしまったら、なかなかお会いできなくなります。……寂しいな、と思いまして」
少しすねたように言うと、レナートの顔に笑顔が広がった。
「私も寂しいです。私も、抱きしめていいですか」
「……はい」
すぐに抱きしめられた。ベアトリーチェもレナートの背中に手をまわし、肩に頬を寄せた。抱き上げてもらうときとはまた違う、閉じ込められているようで安心する。
こんなことになるなんて思わなかった。自分が、こんな普通の少女のように恋をするなんて思いもしなかった。恋とは楽しいばかりではない。こんなに離れがたく、寂しいと思うなんて。自分がそんなことを思うことに驚いた。
ふと拘束が緩んだ。ベアトリーチェは伏せていた顔を上げる。レナートが熱っぽく自分を見つめていてどきりとした。そっと唇を撫でられる。
「キスをしてもいいですか」
ベアトリーチェは一瞬呆けた表情になったが、すぐに顔を赤らめてうなずいた。許可を得たレナートの顔が近づいてきて、ベアトリーチェはぎゅっと目をつむった。おでこや頬に触れる柔らかい感触。思わず目を開きかけたとき、唇が触れ合った。慌てて目を閉じる。触れただけで離れていったが、ベアトリーチェは羞恥から両手で顔を覆った。
「い、嫌でしたか」
さすがに動揺したようにレナートが尋ねてきた。ベアトリーチェは顔を覆ったまま首を左右に振る。
「は、恥ずかしくなっただけです……」
そう答えた後、レナートの上着の裾をつかんだ。
「でも……もう少し、してほしいです」
レナートの目が優しく細められ、そっと頬を撫でられた。
「もちろんです」
再び、唇が触れ合った。好きな人との触れ合いは、こんなに幸せなものなのか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
いや、本当にありがとうございます。終始ご都合主義(いつものこと)、しかも、時間をかけて書いたので途中で内容に変化があるなど、グダグダだった自覚がありますが、完結できてよかったということにします。
実は二人ともひとめぼれですが、気づいていなかったという裏設定もありますが、どこかで書いたかしら…?
明後日は、ジェズアルドとフィオレンツァの模様をお伝えします。




