表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

【12】











 レナートからのお誘いは本当に来た。夜会の翌日に届いた。


「早っ! レナート様、本気なんだ……」


 フィオレンツァがベアトリーチェの手の中にある手紙を見て驚いたように言う。まあ、ベアトリーチェは夏休みが終われば学校に戻ってしまう。レナートが急ぎ手紙を出すのはある意味当然なのだ。


「一緒にお庭を歩きましょうって、素敵ね!」


 にこにこと母も言う。公開されている城の庭に誘われた。やや鈍感なところのあるフィオレンツァと、どこか冷めているベアトリーチェに比べると、母の方が純粋な反応に見える……。

 当日は歩きやすい靴で行かなければならないな、と考えながらベアトリーチェは返事をしたためることにした。楽しい約束をするための手紙を書くのは楽しかった。

 当日はレナートが迎えに来てくれるそうだ。というか、現地で合流するのはベアトリーチェにとっては難易度が高いので、当然かもしれない。


 当日、約束の時間にレナートはベアトリーチェを迎えに、ラ・フェルリータ伯爵家へやってきた。

「おはようございます、ビーチェ」

「おはようございます、レナート様。良い天気でほっとしました」

 侍女に車椅子を押してもらってエントランスを出てきたベアトリーチェを見て、レナートは微笑んだ。

「私もですよ。抱き上げて構いませんか?」

「はい」

 自分から手を伸ばすと、レナートが彼女の体を抱え上げた。侍女が車椅子をたたむと、馬車に積み込んだ。レナートはベアトリーチェを一度立たせると、手を引いて馬車に乗せる。

「お嬢様をお願いします」

「承った」

「ちょっと……」

 ここまでついてきた侍女がレナートに念押しした。いかにもついてきそうな母は、フィオレンツァが押さえてくれている。まあ、フィオレンツァもちょっと不安そうだったけど。レナートが合図を出すと、馬車が動き出す。


「すみません。お手数をおかけいたします」

 苦笑を浮かべて隣のレナートに話しかけると、彼は彼女の肩を支えたまま言った。

「いえ。私が好きでしているのですよ」

 と、答えた。冗談だとしても、言われると嬉しいものがある。

「……ありがとうございます」

 ベアトリーチェが微笑むと、レナートは「構いませんよ」とやはり笑う。

「私はあなたに笑顔になってもらいたくてしているんですから」

 一瞬、目を見開いたと思う。そのあと、頬が赤らむのを自覚した。両手で頬を押さえる。

「……どうしてそう言うことを恥ずかしげもなくおっしゃるんですか」

「遠慮なく口説くと決めましたから」

 いつの間に、と思わないでもないが、悪い気はしない。ベアトリーチェは手を下ろしておずおずと微笑んだ。レナートはやはり微笑み、「笑顔の方が素敵ですよ」と言った。

「まあ、いつでも素敵ですが」

「口がうまいですねぇ」

 苦笑を浮かべる。半ば本気で、半ば冗談で言った。レナートは真剣で、「好きな人に振り向いてもらうためですから」と答えた。馬車が停まった。目的地に到着したのだ。ベアトリーチェはレナートに抱えてもらって馬車から降りた。


「……いくら、足が不自由で抱き上げられることに慣れている私でも」

「? はい」


 ベアトリーチェはまっすぐにレナートを見上げた。


「好意もない家族でない男性に、簡単に触らせたりしません」


 今度はレナートが目を見開いた。ベアトリーチェは微笑み、レナートの手を引いた。

「行きましょう。支えてくださるとうれしいです」

 そう言われ、レナートの意識も戻ってきた。すぐさま笑みを浮かべベアトリーチェの手を取る。

「もちろんです」

 ゆっくりと歩き始める。ベアトリーチェの歩みに合わせるとかなり遅いが、レナートは歩調を合わせてくれた。開放されている庭園なので、友人同士で訪ねる令嬢や、恋人らしき二人連れが多い。

 自分たちもそう見えているのだろうか。そう思うと面はゆい。


 ゆっくりと歩く。庭園に抜けると、さすがの景観だった。花の優しい香りがする。花のトンネルをくぐる。ゆったりとした速度で歩いていたのだが、後ろから不機嫌そうな声がかけられた。

「ちょっと。遅いんだけど」

 背後から若い……いや、ベアトリーチェたちも若いが、彼女らより年下に見えるカップルが不機嫌そうにせかした。ベアトリーチェは「ごめんなさい」とよけようとしたが、レナートは彼女の肩を支えたまま言った。

「すみません。彼女と少しでも長く二人きりでいたいので」

 言い方に、問題があると思うのだ。ベアトリーチェはレナートの服の袖をつかんで顔を伏せた。絶対今、顔が赤い。

 結局、そのカップルは引き返していった。レナートに顔を覗き込まれる。

「行きましょうか」

「はい……」

 手を引かれて、ゆっくりと歩く。この穏やかな時間が、ずっと続けばいいのに。


 車椅子は持ってきてはいたが、結局、使うことはなかった。レナートはベアトリーチェを気遣ってゆっくり歩いてくれたし、疲れたころに休もうと言ってくれた。

「すみません。気を使わせてしまって……」

「ビーチェの足が不自由でなくても、私は声をかけましたよ。あなたに無理はさせられませんから」

 足が不自由でなくても、レナートはベアトリーチェを気遣う。そんなことは些細な問題だと言うのだ。足が不自由であることを悲観したことはない。それでも、みんなができることができなかったり、邪険にされることもあれば逆に気を使われすぎることもある。邪険にされることより、その方がベアトリーチェは心苦しくなるのだ。

 正直言うと、今も裏切られるのが怖い。期待して、それが裏切られたことが何度もある。この人は違うと思っても、人の心など見えないのだからわからない。

 信じてもいいのだろうか。信じなければ何も変わらない。少なくとも、ベアトリーチェのこの気持ちだけは真実だ。


「私、レナート様のことが好きです」


 レナートが驚いたようにベアトリーチェを見た。ベアトリーチェはもう一度繰り返す。


「レナート様のことが好きです」


 ゆっくりとレナートがベアトリーチェに向き直る。その顔が驚きからゆるゆると笑みへと変わっていった。

「私も好きです。愛しています」

 ベアトリーチェは両手でレナートの手を握ると、はにかんで微笑んだ。レナートもいとおし気に微笑む。

「ありがとう、ビーチェ。とてもうれしい」

 この優しさが、他の人に向けられるのだと思うと悲しい。自分だけを見てほしい。きっとこれが恋をしているということなのだろう。

 どこからか鐘の音が聞こえた。日が沈みかけている。レナートがため息をついた。

「そろそろあなたを帰さなければ」

「帰りたくありません、と言ったらどうしますか?」

 突然の積極的な言葉に、レナートは微笑んだ。

「同じ気持ちですが、今日は帰します。あなたと会えなくなったら困りますからね」

 それもそうだ。ここでベアトリーチェを遅くまでとどめてしまうと、彼はベアトリーチェの両親からの信用を無くすだろう。そうなると、一緒にいられるものもいられなくなる。それは困る。

「そうですね。わがままを言ってすみません」

 あっさりと引き下がり、帰りの馬車に乗り込む。結局、車椅子は使わなかった。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ