【11】
夏休みも終盤に差し掛かってきた。ということは、怒涛の夜会ラッシュである。ベアトリーチェも全くいかないわけにはいかず、母にたびたび連れ出されていた。足は不自由だが別段病弱でもないベアトリーチェは、疲れて熱でも出さないかなと思っていたが、そうはいかなかった。
「もう帰っていいかなぁ」
「帰りたいわねぇ……」
双子は並んでソファに腰かけていた。しばらく壁際に立っていたのだが、疲れてきたので遠慮なく座ることにしたのだ。同じ顔が二人して座っているとそこそこ目立つが、二人とも気にしない。見る人が見れば、ベアトリーチェがだれかわかるし、彼女の足が不自由なこともわかる。これをあげつらってくる人間など、よほどの性悪である。少なくとも、表立っては言わないはずだ。たまに絡んでくるようなご令嬢もいるが、この双子は叩いても響かないのでいじめ甲斐もない。
「フィ、フィオ!」
やたらと気合を入れて呼びかけてきたのはジェズアルドだった。ベアトリーチェはまあ、と少し目を見開き、わずかに微笑んでできるだけ気配を消した。
「……その」
「何よ」
はっきりしないジェズアルドに、フィオレンツァがムッとしてにらみつけた。頑張れ、ジェズアルド。ちょっと母がベアトリーチェにお誘いの手紙が来たことにテンションが上がっていた気持ちがわかってしまった。これはにやける。
「お、俺と踊ってくれないか」
もうちょっとスマートに誘えなかったのかと思いつつ、ジェズアルドにしては頑張ったと思う。喧嘩腰だったフィオレンツァも言葉の意味を理解してぽかんとジェズアルドを見上げる。
「え、あたし?」
「お前だ」
フィオレンツァがじっとジェズアルドを見上げた。ジェズアルドが緊張と期待で震えている。
「……ビーチェが一人になってしまう」
気にするのはそこじゃない! と突っ込みたくなったが、耐えた。ジェズアルドも「確かに!」というような表情になったが、耐えた。
「それは……心配だな」
「……」
気にするな、と言いたいが、二人とも納得しないだろう。ベアトリーチェは笑みを張り付けたままうまく二人を一緒にしようと考える。
「では、ビーチェは私が預かりましょう」
タイミングを見計らったように現れたのはレナートだった。近衛の制服を着ているので、職務中ではないだろうか。
「でも」
フィオレンツァが戸惑うようにベアトリーチェを見た。ベアトリーチェは微笑む。
「大丈夫よ。行ってらっしゃい」
「えっと、じゃあ……」
フィオレンツァがジェズアルドの手を取った。そのことにベアトリーチェはほっとする。フィオレンツァは後ろ髪をひかれるようだったが、ベアトリーチェが手を振るとジェズアルドとダンスフロアへ向かっていった。
「ずいぶんとタイミングが良かったですね。見ていらしたのですか?」
ベアトリーチェが尋ねたのはレナートだ。彼は彼女のそばまでくると微笑んだ。
「一見、もめているように思えましたから。近づいてみれば、何のことはない、あなた方だったわけですが」
「それは失礼いたしました」
ベアトリーチェは苦笑を浮かべてレナートを見上げた。レナートの言うことは半分冗談だろうが、半分は本当だろうな、と言う感じがした。
「おかげで二人にすることができました。感謝いたします」
「いえ、こちらこそ、あなたと二人きりになれることをもくろんでいましたから」
礼は結構です、と言われる。下心があったのだから、と。ベアトリーチェはふふっと笑う。
「私も、レナート様とお話しできると思って期待してしまったので、お相子です」
レナートが目を見開いてベアトリーチェの足元に膝をついた。そっとベアトリーチェの手を取って指先に口づける。ベアトリーチェはびくっとして手を引こうとしたが、できない。絶対に今、顔が赤い。
「……仕事中でなければ、庭にでもお誘いするのですが」
そうだ。レナートは絶賛仕事中である。というか、ベアトリーチェも夜会用の華奢な靴で庭を歩ける気がしない。
「その……お気持ちはうれしいのですけれど、この靴ではどちらにしろむずかしいですね……」
「では、別の日に」
自然に誘われ、ベアトリーチェは少々面食らった。徐々に顔が緩んで、頬を紅潮させたままうなずく。
「はい」
楽しみにしています、と続けると、レナートの顔がほころんだ。
「私も、楽しみにしております」
すっと手が離れて、レナートが立ち上がる。ちょうど音楽が途切れて、フィオレンツァとジェズアルドが戻ってきた。
「ビーチェ、大丈夫だった?」
「もちろんよ。レナート様が一緒だったもの。フィオは楽しかった?」
「うん!」
そこで力いっぱいうなずいてしまうのが残念なところだが、楽しかったのならよかった。ベアトリーチェも微笑む。
「レナートさん、すみません。ありがとうございました」
「いえ。こちらも下心がなかったとは言えませんので」
「それ、言っちゃうんですね……」
ジェズアルドがレナートを見上げて半笑いに言った。フィオレンツァと話していたベアトリーチェが振り返る。
「ジェズアルドもそれくらい開き直ったほうが良いのではない?」
「余計なお世話だよ!」
真っ赤になって叫ぶジェズアルドに、ベアトリーチェとレナートは笑った。フィオレンツァだけが首をかしげている。
「え、何?」
「何でもないわ」
そろそろ帰りましょう、と言うと、フィオレンツァが待ってました、とばかりにベアトリーチェの手を引いて立ち上がらせた。
「では、レナート様、ジェズアルド、お先に失礼します」
「失礼します」
ベアトリーチェに釣られるようにフィオレンツァも挨拶を述べた。レナートが「お連れしましょうか」と声をかける。ハイヒールでベアトリーチェがよろめいたからだ。
「いえ。また今度お願いします」
きっぱりとベアトリーチェが断ると、ちょっと残念そうな顔をされたが、ちょっとフィオレンツァと二人になりたかったのだ。ゆっくりと会場を出てから、ベアトリーチェは尋ねる。
「ジェズアルドとはどうなの?」
「えっ? 何が?」
「……」
きょとんと聞き返され、ベアトリーチェはさすがに笑顔がこわばった。思ったより強敵だぞ、ジェズアルド。ベアトリーチェとレナートには気が付くのに、なぜ自分には無自覚なのだろう。
「フィオ、今夜は一緒に寝ましょう。私のことも話すから、フィオのことも聞かせてね」
「? うん」
自分のことにはそっけないふりをしているベアトリーチェだが、別にこういう話に興味がないわけではない。フィオレンツァや母のように表面的に見えないだけだ。
「あら、もういいの?」
母に声をかけると、そう言われた。どうやら、双子の様子をこっそり見ていたらしい。珍しく楽しそうだったのに、となぜか母が不服そうだ。
「いいの。そろそろ、足が痛いわ」
事実である。もともと歩行が困難なのに慣れない靴を履いて。あまり歩いていないとはいえ、さすがに限界である。
「あらあら。せっかくいい感じだったじゃない」
母は双子のどちらともなく言った。ベアトリーチェとフィオレンツァは顔を見合わせた。それを見て母は少し笑う。
「もう、可愛い顔はジェズアルド君とレナート様に見せてあげるのよ」
「は?」
フィオレンツァは首をかしげたが、自覚のあるベアトリーチェはほんのり頬を赤らめる。母はそれを見てにっこり。
「あら。案外、ビーチェの方が早いかしら」
「何が!?」
フィオレンツァだけが理解できていなかった。
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