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lavender  作者: 伊月煌
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7日後。

メリアはターコイズのドレスを纏い宮廷の謁見の間へ向かった。彼女が姿を現すと、国王夫妻の顔が苦いものとなり、エミリアの眉間に皺が寄った。メリアは気にも留めず、エミリアの脇に向かった。彼女がエミリアと並んだ直後、来客を知らせるドアノックが響いた。

「失礼いたします。アードルフ王子がお見えになりました。」

従者が連れてきたのは、綺麗なブロンドに青い目をした長身の男とその側近であろう黒髪の男だった。

「ようこそ、アードルフ王子!」

国王がトランテスタ語で挨拶をした。メリアが其れを訳す。

「私がトランテスタ国王、ルイ・ハルミシアと申します。隣が王妃のエリゼ。その横にいるのが王女のエミリアです。」

国王がそう言うと王妃とエミリアが頭を小さく下げた。それを見ながらメリアがエール語に訳す。

『あちらにいらっしゃるのが、国王のルイ・ハルミシア様、その隣が王妃のエリゼ様と王女のエミリア様です。』

『そうか。ご紹介いただき光栄に思います。俺はエール帝国第二王子、アードルフ・マーシャルです。となりは側近のリュカと言います。滞在中はお世話になります。』

今度はアードルフの言葉をメリアがトランテスタ語で通訳した。

『ところで』

アードルフが彼女が話し終えたのを見て、突然切り出した。

『この通訳の女性を紹介してはいただけないだろうか。』

彼は国王を見ながらメリアを指さして、そう言った。国王はエール語には長けていないものの、ある程度の単語ならわかる。アードルフの発した単語と、ジェスチャーで内容を理解したのだろう。国王の顔が強張った。

すると。

メリアは、アードルフの方に向きを変え、ドレスの裾を少しだけ上げて頭を下げた。その所作はとても滑らかで、自然なもので、アードルフは目を奪われた。

『ご挨拶が遅れました。トランテスタ王国第一王女メリア・ハルミシアと申します。今回私が王子の通訳をつとめさせていただきます故、何かございましたら何なりと仰ってください。』

メリアが淡々と挨拶を済ませると、国王がおい、と彼女を呼んだ。

「王子とその側近の方に宮廷を案内してやれ。」

国王は低く鋭い声でメリアにそう命じた。

「はい、陛下。」

メリアは頭を下げて、アードルフとリュカの方を向いた。

『今から、宮廷の中をご案内してもよろしいでしょうか?』

『是非!!リュカ、いいよな?』

彼女の提案にアードルフが嬉しそうに答えて、リュカに尋ねた。

『王子と王女様がよろしいならば。』

リュカは笑みを崩さずにそう言った。

『それではご案内いたします。』

厳しい顔を崩さない国王に向かって、メリアは頭を下げアードルフとリュカを連れて謁見の間をあとにした。


***


謁見の間を出ると、美しい装飾が施された廊下が長く続いている。メリアは誰もいないことを確認すると無意識にふう、と息を吐いた。

その時、アードルフがメリアにふと尋ねた。

「お前さ、親父と仲悪いのか?」

「え……?」

一瞬何を言われているのか理解ができなかった。

「家族にしては何かよそよそしかったから。」

アードルフは何食わぬ顔でメリアにそう言った。

「あ……その、……」

メリアは何と返していいかわからず、下を向いた。

すると。

「王子。踏み込み過ぎですよ。王女様が困ってらっしゃいます。」

頭上でそう、柔らかい声がした。顔を上げるとリュカが呆れた顔でアードルフを咎めていた。

「ん?何故だ?俺は……」

「アド。」

何が悪いのかわかっていないようなアードルフにリュカは今度は強い口調で遮った。

「大いなる好奇心は素晴らしいですが、少し自重と言うものを覚えてください。そんなんだから貴方はいつまでたっても1人で外国になんて連れてってもらえないんです。」

「むう……いまここで、そんな話をしなくてもいいだろう!?」

その姿はまるで子供を叱っている母親のようで、メリアは二人のやり取りに小さく声を上げて笑った。その声を聞いた2人がキョトンとした顔でメリアを見た。

「あ…その、仲いいなと思って……すみません…。」

「……笑った。」

アードルフがぽつりと言った。

「ええ。漸くですね。」

リュカがメリアを見てにこりと笑った。

「……?」

メリアは言われた意味が分からず首をかしげた。

「今まで、どこか表情が硬かったので。漸く笑ってくれてよかったです。」

リュカは笑みを崩さないままそう言った。

「……っ、」

メリアは思わず下を向いた。今までこんなことを言われたことがあったろうか。自分の笑顔を見て、よかった、なんて。そんなことを考えていると大きな手がメリアの頭を撫でた。

「……アードルフ、さま?」

「お前、笑った方がいいな。」

アードルフがへへっと笑いながらメリアの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「王子、いつまで『お前』などと呼んでいるのですか。先ほど自己紹介して頂いたでしょう?」

「あ、悪い悪い。」

撫でていた頭から手を離すと、アードルフはメリアの小さな手を掴んだ。

「メリー!案内してくれよ、宮廷の中。」

アードルフはつないだ手を引いて走り出した。


***


メリアがある程度宮廷の中を紹介し終えた頃だった。

『憲兵隊の訓練場……ですか?』

『ああ。見れるか?』

アードルフが憲兵隊の訓練場を見たいと頼んできたのだ。トランテスタ王国の軍隊、特に陸軍と憲兵隊に関してはミッドフェルド大陸一の強さを誇っている。統率が取れ、武器や訓練が最先端のものだからだ。メリアはそのことを知っていたし、アードルフが陸軍の少将の地位についていることも知っていた。

だからこそ、アードルフが見たいと思うのもわかるのだ。

『おそらく…大丈夫かと……』

正直、憲兵隊の訓練場に行くのは気乗りがしないが、客人の頼み、断るわけにもいかないのだ。

メリア、大丈夫よ。いつも通りにすれば、何も起きないわ。

メリアはそう自分に言い聞かせて、アードルフの方を向いた。

『…ご案内します。』


***


訓練場にメリアの姿が現れた途端、兵士たちの空気が一変した。しん、と一瞬静寂に包まれた後兵士たちがざわつき始めたのだ。メリアはこの空気の変化の理由を『自覚』していた。

「憲兵隊長は……どちらに?」

近くにいる兵士に尋ねると、そそくさとその場を後にし少し経って憲兵隊長が姿を見せた。メリアを見た途端、隊長は眉間に皺を寄せ、ふ、と嘲笑を浮かべた。

「これは、第一王女。珍しいですね。このような所に見目麗しいお姿をお見せになるとは。」

周りで聞いていた兵士たちが下品な笑いを浮かべた。メリアの表情は一向に変わらない。

「……エール帝国のアードルフ王子がこちらをご覧になりたいとのことです。」

表情を変えないまま、メリアは隊長に淡々と告げた。

『メリー。この人が憲兵隊のトップか?』

アードルフがメリアに尋ねた。

『ええ。そうです。』

メリアが肯定すると、アードルフは隊長とメリアの間に入った。

「私、は、アードルフ。ここ、訓練、見る。」

アードルフが片言で隊長に話し始めた。

「私、剣、強い。試合、おねがい、します。」

アードルフがそう言うと、一気に彼の周りに兵士たちが集まった。

『メリー!リュカとそこにいてくれ!手合わせしてくる!!』

アードルフはそう言うと、訓練場の中央に向かっていった。

『……全くもう…。すみません。』

リュカが眉を下げてメリアに詫びた。

突然、謝られたメリアはわたわたしながら首を振った。

『い、いえ…。私は、』

『王子がわがままを言わなければあんな嫌味は言われなかったのに?』

『!?』

リュカの一言にメリアは今日何度目かの思考停止を起こした。


***


「王子がわがままを言わなければあんな嫌味は言われなかったのに?」

一瞬、リュカの言葉が理解できなかった。なんで、トランテスタ語で言われた隊長の言葉が嫌味だと分かるのだろう。なんでこの人は、あの隊長にいろいろ言われるのが嫌なことをわかるんだろう。なんでこの人は、さっきから私のことを見透かしているのだろう。

「王子はトランテスタ語はからっきしですが、俺はわかります。」

トランテスタに友人がいたので。

リュカは笑みを浮かべてそう言った。まるでメリアが考えていることを読んでいるかのように。

「それに隊長の顔と仕草、周囲の反応からして嫌味を言っていることくらいわかりますよ。いつも貴女にそういう反応をしていることも。」

どうして何も言わないんですか?

リュカが眉を下げて尋ねた。

「いいんです、別に……。私が気にしなければいいだけの話なので。」

メリアは自嘲気味に笑った。憲兵隊の兵士の間ではメリアに関する根も葉もない悪い噂が蔓延している。メリアはそれを知っているし、どうこうする気もなければできるほどの度胸もないのだ。

「俺は、綺麗だと思いますけど。」

突然リュカがそんなことを言った。

「え?」

「王女様の御髪です。綺麗な栗色だと思いますが。」

自分の髪の色を綺麗だといわれたのはいつぶりだろうか。思わず口元が緩みそうになった時にふと思った。

「あの……リュカ様に私、髪の色の話しましたか?」

自分の髪の色がコンプレックスになっていることを誰かに話したことなんてここ数年ない。ましてやつい先ほど会ったばかりの人物に話したりなどしないはずなのに。リュカの方を見ると、しまったという顔をしている。

「リュカ、様?」

「あ、えっと…」

「メリー!リュカ!!」

そこにアードルフが走ってやってきた。

「いや、トランテスタの憲兵はすごいな!どの兵士も強かったぞ!」

「王子、後ろに伸びてるのはその憲兵たちなのでは?」

リュカが呆れたように後ろでダウンしている憲兵たちを見やった。

「……すごい、」

「まあ、王子の剣の腕は帝国一ですからね。」

メリアが驚いていると、リュカがそう教えてくれた。

「トランテスタの兵士の力がわかってよかった。ありがとな、メリー。」

さて、部屋に戻るとするか!!

アードルフが伸びをしながらそう言った。

「ほんとわがままですね、王子。」

リュカがため息をついて、メリアの方に体を向けた。

「王女様、申し訳ありませんがお部屋までご案内してくださいますか?」

「……わかりました。ご案内します。」

メリアは微笑んで訓練場を後にした。


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