表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
lavender  作者: 伊月煌
2/5

ある晴れた日。この日は珍しく、メリアの姿が宮殿にあった。桜色のドレスを纏った彼女は、周囲から好奇と軽蔑の目で見られる。

「おい、見ろ。第一王女だ。」

「あら、本当だわ…。こちらで見かけるのは珍しい。」

そんな貴族の囁き声を気にもとめず、彼女は目的地へと淡々と歩を進めた。彼女が足を止めたのは謁見の間の前。普段は貴族や異国の使者が国王夫妻に会うために使われる部屋だ。

「失礼します。」

彼女が部屋に足を踏み入れると、目の前に座っている国王の顔が歪んだ。

「……お呼びでしょうか。」

「お前、エール語を話せるな。」

眉間に皺を寄せた国王が投げやりにそう尋ねた。

「…はい、」

「エール帝国からアードルフ王子がいらっしゃる。お前は彼らの通訳をしろ。」

トランテスタには、隣国エール帝国の母国語であるエール語に長けている人は少ない。

そもそも、エール語はトランテスタやエールが位置するミッドフェルド大陸の中でも1、2を争う難解な言語なのだ。エールという国は古い歴史を持つ国であり、独自の言語を用いていた。その古くからの文法を、今なお使っているため比較的新しく建国されたトランテスタや周辺国とは語系も文法も異なっている故である。

しかし、家臣の中にはエール語専属の通訳がいたはず。メリアはふと疑問を抱いた。何故、自分がこのような命を下されたのだろうか、と。

「向こうの要望さえなければお前なんぞ宮殿に呼び出さずに済んだものを。」

国王が忌々しげに吐き捨てた。彼女は耳を疑った。エール帝国の人間が自分を指名した?何処で自分の存在とエール語を話せることを知ったのだろうか。

「エールからの謁見は7日後だ。」

わかっているな。国王が強い口調で言った。

"何もするな。"

"ただ機械のように翻訳さえすればいい。"

言外にそう言われているのだ。

「……はい、」

彼女は小さく返事を返した。


***


同刻。

エール帝国では金髪の青年と黒髪の青年が旅支度をしていた。

「なあ、リュカ。」

「はい、アードルフ様。」

「なんで、通訳を指名したのだ?」

「…何か、ご不満でも?」

「いや、何故お前がトランテスタの第一王女のことを知っているのかと思ってな。」

金髪の青年―――アードルフが尋ねても黒髪の青年―――リュカは微笑むだけだった。

「おい、リュカ。」

「行けば、わかりますよ。」

俺は王子にとってマイナスになるようなことはしませんから。

リュカは笑みを浮かべたままアードルフにそう告げた。


***


謁見の間を後にしたメリアは、複雑な気持ちに駆られていた。

自分がずっと学んできたエール語を、初めてエール人に話す機会を得られた。喜ばしいことだ。嬉しいはずなのだ。

しかし。

何故、自分なのだろう。何故、自分のことを指名してきたのだろう。指名した先方は一体何処で自分を知ったのだろうか。そう思いながら長い廊下を歩いていた。

すると。

「相変わらず、辛気臭い顔しているのね。」

「っ……エミリア、」

顔を上げると、きれいなブロンドの髪とエメラルドの目を持った少女―――エミリアがこちらを睨んでいた。

「お父様に感謝しなくちゃ。本来なら貴女は後宮から一歩も外に出られない分際なのよ?」

"悪魔憑き"なのだから。

その一言に思わず下を向いてしまった。

「ちが……」

「違うの?『ファルエル』に憑りつかれた貴女のせいで、あんなことになったのでしょう?」

貴女がアレンを殺したのよ?

「っ!!!」

エミリアの追い打ちのような言葉に彼女は肩を震わせた。エミリアは歩を進めて彼女の横を通り過ぎた。

「気を付けるのよ。今度はエールの王子様を殺さないようにね?」

すれ違いざまにそう言い残して。

「ちが……アレンは、おにいちゃんは…」

メリアはしばらく立ち尽くしていた。


***


13年前。

メリアとエミリアには年の離れた兄がいた。名をアレンという。彼は王国の次期後継者である第一王子でありながら大陸でも名の知れた優秀な学者だった。若くして、多くの研究や論文を発表し、他国の研究機関からも一目置かれていたのだ。メリアはそんな彼に刺激を受けて、本を読むようになった。

「メリア、そんな難しい本を読んでいるのか?」

「お、おにいちゃん……」

庭園の木陰で小さくなって本を読んでいる彼女に、アレンは優しく声をかけた。

「エミリアと遊ばなくていいのか?」

「あ…え、エミリアは、わたしのこと…すきじゃない、から……」

メリアがそう言うと、アレンは溜息をついた。

「そんなことないだろう?大事なお姉ちゃんなんだから。」

「でも……き、きもちわるいって……」

アレンはその言葉に思わず険しい顔を見せた。おそらく……あの両親が何か言ったのだろう。

「メリア。」

アレンは彼女の頭を撫でながら名を呼んだ。

「大丈夫。メリアは気持ち悪くなんかないさ。優しくて、頭が良くて、俺の自慢の妹だよ。」

そう言われた彼女は恥ずかしそうに、嬉しそうに笑った。この時、誰も知る由もなかった。

メリアが住む場所を奪われることになることも。

彼女が笑わなくなってしまうことも。


彼女の兄が、彼女の頭を2度と撫でることがなくなってしまうことも。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ