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王子の来訪

 次の日、第三王子が自宅を訪ねてきた。昨日の今日って、ちょっと急すぎない?


 何も知らなかった私は自ら作らせたジャージもどきで、ベッドでごろ寝しつつ貴族名鑑を読んでいた。半分は恒例のお父様の課題のためで、もう半分はろくな娯楽がないためだ。テレビも漫画もないってこの世界本当につまらない。


 一年以上の試行錯誤を繰り返しているジャージは未だ伸縮性が足りないのとデザインに課題ありだ。と言うのも、フィット感を求める私と、身体のラインを出すなというお父様との間を取ってなんとも中途半端なデザインになってしまっているのだ。


 慌ててメイドに着替えさせられ王子が居ると聞いた客間に向かう。王子を待たせるなど本来してはいけない。息を整えてから扉をノックすると、中から落ち着いた調子で「どうぞ」という声が返ってきた。


 我が家の客間で王子は、ティーカップ片手にくつろいでいた。日常に訪れた非日常。上品な仕草に穏やかな微笑みはなんとも絵になっている。

 窓から差し込む陽の光で、黄色みの強い髪がきらきらと光っていた。こういう色を蜂蜜色っていうのかしら。


「どうしたの?」


 私に顔を向けた王子がその笑みを深くする。挨拶が遅れたことに少し焦りながら、私はうやうやしく礼をとった。


「お待たせしてしまい申し訳ありません。足をお運びいただきありがとうございます」


「君に会いたくなって来てしまったよ。婚約を受けてくれてありがとう。婚約者殿?」


 少し小首を傾げたその顔はすごく可愛らしい。自分の目が少し吊り目気味だから、おっとりして見える垂れ目気味の目には少し憧れる。

 というより、王子殿下は私の数倍可愛いんじゃないかしら?


「こちらこそ選んで頂けて光栄です」


 愛想百パーセントの笑顔で挨拶をすると、王子は私に向かいのソファにかけるように促した。

 私が望もうと望まなかろうと、修道院行きを避けたいのならこの婚約を受けるしかないのだ。私に言えるようなことはたいしてない。


 ソファに腰掛けると、メイドが私の分のお茶を用意してくれた。ふわりと立ち上る紅茶の良い香りに緊張が少し和らぐ。


「王城のものには及ばないかもしれませんが、よろしければお菓子も召し上がってください。当家の料理人はお菓子作りも得意なのです」


 王子はお茶には口をつけているけれど、お菓子には手をつけていないようだった。もしかしたら毒味とかが必要なのかしら。


「えっと、差し支えなければ私が先にいただきましょうか?」


 断りを入れて、いくつかのお菓子の中から塩サブレを取って口に入れる。サクッと軽い音がして、塩気とバターの風味が口に広がっていく。

 美味しい。やっぱりダンの焼いてくれるクッキーが一番ね。


 厨房に通い過ぎたせいで、料理人達とはだいぶ仲良しだ。貴族としてはあまり褒められたことではないらしいけれど、自分のために働いてくれる人たちとは仲良くしたい。


 王子の方を伺い見ると、目を丸くしてこちらを見ている。どうしたと言うのだろう。


「他のものも試しましょうか?」


「いや、いい」


 おずおずと切り出した私に、王子は小さく頭を振る。そして、私が食べたものと同じ塩サブレを取るとさくりとかじった。


「……! おいしい」

「でしょう!」


 驚いたような顔に、私は嬉しくなった。このサブレはしょっぱいものの方が好きな私の好みに合わせて、ダンが試行錯誤して作ってくれたものなのなのだ。試作は仕事の合間の時間を使い、失敗作は料理人達のまかないの一部にして消費していたことも知っている。


 おそらく私の勢いに王子の目がさらに丸くなる。しまった。お気に入りのお菓子を褒められて喜び、かぶった猫がずれてしまった。

 こほんと小さく咳払いをすると、しゃんと背筋を伸ばす。


 そのままお茶を飲んでいると、王子は興味深げに塩サブレをもう一つ取った。ふふ、と自然に笑みが浮かぶ。ダンが褒められているようで嬉しい。


 違うものも勧めた方がよいだろうか? 迷った私はフルーツの砂糖漬けをいくつか皿に載せて、一つを口に放り込む。


 気まずい。こういうときはなんの話をするべきなんだろう。


 何かご用ですか? っていうのは違うわよね。用がないなら帰れ、って聞こえるし。

 今日は良いお天気ですね、とか? 天気の話から農業論にでも話を移す?

 それとも、お見合いの定番らしい『ご趣味は?』とかかしら? ああ、でも話が合う気は全然しないわ。


 そもそもなんで私が選ばれたのだろう。やっぱり家格と成績かしら。

 家格は確か、歳の離れた公爵家の姫君がお一人と、侯爵家にももう何人かご令嬢がいたはずね。

 干物生活死守のための課題の副産物で私の成績は同世代から抜きん出ているらしいから、それを合わせて考えて、ってとこかしら。


 それにしても……。お茶会での自分の振る舞いを思い出すと、マイナスしかなかったと思うのだけど。


 前情報に下駄を履かせておくことなんてよくあるはずだ。あの振る舞いを見たら、どうやったって私は優秀な令嬢には見えないだろう。


 なんで私を選んだのか聞きたい。でも聞くのが怖い。聞いてしまったらお父様にもその内容はばれる。怒られない内容だという自信がない。


「なんで、自分が選ばれたかわからないって顔をしているね?」


 もしかしてずっと見られていたのだろうか。私は、ばっと顔を触った。

 きちんと猫はかぶっていたはずだ。それなのに心の中を言い当てられて慌ててしまう。そんな私を前に、ふふふっと声に出して王子が笑った。


「そういうとこ、君って本当に面白いね」

「えっ」


 さっきまでと同じ可愛い笑顔なのに、背筋が少し冷えるのはどうしてかしら? すっ、少し日が陰ったせい……?

 ちらりと窓を見ようとする私に、何でもないことのように王子が続けた。


「ねえ? 昨日、なんで笑っていたの?」


 きらりとその眼が光る。可愛いなんてとんでもない。この人は立派な猛獣で、社会的に私を殺す牙も爪もある。

 私のかぶった猫も萎縮している。こちらは平和な室内飼い(箱入り)なのだ。


「えっと、なんでしたかしら。思い出せませんわ」


 必死で王子を見つめようとするけれど、私の目は泳ぎまくっていることだろう。

 まさかあなた達が前世の記憶の信号機そのものだったからですよ、なんて正直に話すことはできない。猫かぶりには本音と建前が大切なのだ。


 じっと笑みをたたえたまま、私の顔を見つめ続けていた王子がふっと息を吐いた。


「君といたら楽しそうだな、って思ったんだ」


 えっ、と私は聞き返す。それはどういう意味でなの?


「選ばれた理由が知りたかったんでしょう? これで僕は君の疑問に答えたから、君も僕の知りたかったことを教えてくれないかな?」


 その口元は不敵に弧を描き、黄金の瞳は私を捕らえて離さない。

 そう言われても困ってしまう。話しても伝わらないだろうし、伝わったらむしろ不敬だし。

 どうしようかと逡巡していると、王子は少し考える素振りを見せた後、優しい眼差しを私に向けた。


「じゃあさ、君の好きなものを教えて?」


 突然、答えやすくなった質問に内心ほっとした。どう答えるべきだろう。趣味とか? それとも好み?


 趣味はジャージもどきでごろごろすることとつまみ食い。家の中でぐだぐだするのが好きだけど、最近は退屈気味です。

 うん、このまま言ったらお父様から雷が落ちるわ。


 それに殿下の方からお断りされるなら、婚約の撤回もできるはずよ。自分の評判を落とさずに何か言えること……。えーと……。


 少し迷って私は答えた。


「揚げパスタに塩を振ったものが好きです」


 これでどうだ。いきなり酒のツマミを挙げるという女子力のギリギリを攻めてやった。きっと話題としても最低のチョイスだ。話の中身も広げづらいだろうし、次の約束にも繋げにくいだろう。

 内心にやりとほくそ笑みながら、令嬢らしくふふふと笑う。反応が気になって王子を見やると、王子は嬉しそうに笑っていた。


 そのあまりにも嬉しそうな様子に、いたたまれなくなった私は、「殿下は何がお好きですか」と聞き返した。


「君の顔を見ているだけで、最高に楽しいよ」


 堪えきれないといった様子で笑って王子が答える。

 それは私の顔が変だということだろうか。それだけ可愛らしいお顔をされていたら大抵の顔はファニーフェイスに見えましてよ。

 ひくりと引きつりそうになる口元をなんとか堪える。

 

 ちょっと目は吊り気味だけど私だって十分美少女の範疇に入ると思うのだ。そもそも本人の顔が可愛すぎるだけで、楽しいと言われるような顔をしているつもりはない。


「勘違いしているみたいだけど、君のことを口説いているんだよ」


 私の機嫌が悪くなったことに気付いたせいか、悪びれもせず王子が言った。驚く私に王子が可愛く笑いかけてくる。


「これからよろしくね、婚約者殿?」


 その言葉に、私は内心頭を抱えるのだった。

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