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婚約者選びのお茶会

 それから二年がたち、私が十二歳になると、同じ歳の第三王子の婚約者選びのお茶会が開かれた。


 可愛らしい薄桃色のドレスを着こなした私はお父様の手を取り、家の馬車から王城に降り立つ。

 荘厳な美しさを誇る王城に、礼服姿の人々が行き交うさまはまるでおとぎ話の世界だ。


 お父様はにこりと微笑みかけると、私の手を引いて、停車場から会場へと歩き出した。

 優しげな微笑みに見えるが、私は知っている。あれは、『絶対にぼろを出すんじゃないぞ』という顔だ。

 時々家に訪れるお客様の前でいつもあんな顔をしているから、よおくわかるのだ。


 お任せください、お父様。手本のような淑女っぷりを見せて差し上げますわ。

 私の猫かぶりも慣れたものでしょう? この二年のお父様の激ムズ課題のおかげで、猫も立派に育ちましてよ?


 お父様の隣をしずしずと歩きつつ、内心どやりとその様子をうかがい見る。


 それにしてもお父様も大人気(おとなげ)がない。あんな課題がこなせるのは絶対に、大人の記憶がある私くらいなはずだ。


「ライーバル侯爵。そちらが才女と名高いご息女か」


「あの神童か」


「筆頭婚約者候補の……!!」


 わらわらと集まってくる大人たちをお父様が余裕のある笑みで制止し、さらに歩みを進めていく。私もにこりと笑ってお父様に続いた。

 ぜーんぶお父様のせいですからね。もうホントに勘弁してほしい。



 会場は、薔薇が盛りの庭園の一角らしい。庭園に入ると、そこかしこで薔薇が咲き誇っていて、思わず見惚れてしまう。

 誰にも見られていないからと油断しそうになるけれど、ずんずん進むお父様に遅れないように、私は気を引き締め直した。


 ――なんとか無事にこのお茶会を乗り切らなければ、私の未来はないのだもの。


 入場口らしい薔薇のアーチの前で、お父様はもう一度、強いメッセージ性を感じる微笑みを浮かべた。お茶会の参加は子供だけで、親達には他にやることがあるらしい。

 私は、去っていくお父様の背中にほっとしながら、振り返って会場を見渡した。


 青空を柔らかく照り返す象牙色の広場には既にたくさんの令嬢たちが集まっている。

 散在する白い立食式のテーブルには、繊細で上品な菓子が品良く並び、目にも華やかだ。


 子供ばかりなんだからポテトチップスくらいでいいのに。むしろ、私はポテトチップスが食べたい。子供のおやつに繊細さなんていらないと思うけれど、そうもいかないのが貴族社会のめんどくさいところだ。


 広場の周りを緑の芝生が取り巻いており、そのさらに奥で色鮮やかな薔薇が咲き誇っている。

 その薔薇に負けないくらい、令嬢達のドレスも華やかだ。


 トレンドカラーのピンクが大半で、その中に黄色や水色のパステルカラーのドレスがちらほら混じる。

 王子の好みは可愛らしい雰囲気だと、前情報で聞いていたもの。こうなるのは予想通り。


 ピンクの押し売りのような会場をつかつかと歩き、王子の来るであろう薔薇のアーチからできるだけ距離を取る。間違いなく私は今、これ以上ないほど会場に溶け込んでいることだろう。


 この二年考え抜いたにも関わらず、両親を失望させずに干物生活を続ける方法は、放任主義の旦那様を見つけて有閑婦人の座に収まることくらいしか思いつかなかった。

 正直、侯爵家の中でも名門であるライーバル家に釣り合う家でそんな奇特な方なんていない気がしている。それならもう家出するしかない。


 少なくとも、結婚相手が王子様だなんて最悪だ。

 王子が干物生活を認めてくれるなんて思えないし、将来的には、公私ともにひたすら猫かぶりの日々が待っているはずだ。

 考えただけでぞっとする。絶対に選ばれたくない。


 かといって、抜け出して逃げでもしたら大目玉だ。お父様にこっぴどく叱られて、自由な日々とはそのままさようならである。


 『ベラでも華やかなドレスや王子様に憧れるのね』と大喜びしていたお母様には本当に申し訳ない。私の本当の好みは、もっと地味で飾りの少ない――いつもどおりのジャージだ。


 アーチから一番遠いテーブルを陣取り、使用人からフルートグラスを受け取った。


 集められた令嬢たちの眼差しは本気だし、よっぽど目立つようなことをしなければ、私が選ばれることもないはずだ。

 肉食の獣を思わせる視線でちらちらと薔薇のアーチを盗み見ながら、歓談している様子は、和やかだけど恐ろしい。獲物側じゃなくてよかったわ。


 少し早めの祝杯を上げようと、グラスに口をつけた。子供向けには少し香辛料がキツめだけど、甘さが控えめで飲みやすい。


 ちょうど私がグラスを空にしたタイミングで、わあと会場に歓声が湧いた。アーチから第三王子殿下が入場したらしい。

 私は、グラスをテーブルに置くと、令嬢たちの前に立つ王子殿下たちをしげしげと観察した。


 第三王子のクリストフ殿下はそれは可愛らしい顔立ちの美少年だった。

 十二歳にしては幼い顔立ちで、黄色味の強い金髪を後ろで一つに束ねている。穏やかそうな下がり眉に、ぱっちりとした黄金の瞳。口元に柔らかく笑みをたたえているせいか、美少女だと言われても納得してしまいそうだ。


 その傍らには、王子の幼馴染で、ショーイサ侯爵家のステファン様が王子の未来の側近として控えている。

 人形のように整った顔を彩る肩くらいの長さの青い髪が美しい。物静かな方といった印象で、涼しげな水色の瞳の目元にメガネをかけている。


 そしてもう一方の傍らには、王子の従兄弟にあたるコークボ公爵家のハンス様。短めに整えられた燃えるような赤毛に、少し太めの眉。

 オレンジ色の瞳は力強い光を宿し、意志の強さを感じさせる。緊張気味に前を見据える表情は、なかなかに凛々しい。


 タイプの違う未来のイケメン三人に令嬢達は興奮気味だ。不敬にならない程度に伺い見ては誰が素敵か小声で話し合っている。

 確かにかっこいい。ただあの色、あの並び……


 赤に黄色に青って、完全に信号機じゃない。


 しかも原色に近い色だから一度そう見えるともう信号機にしか見えない。



 こみ上げる笑いをこらえながら、王子たちを見つめていると赤頭のハンス様が眉を寄せて口を開いた。


「止まれ!」


 厳しい口調に、視線の先を伺うと、奇妙なドレスの令嬢がハンス様と向き合っていた。ピンクの髪を頭の上で二つにくくり、今世ではなかなか見ない膝上のスカートに膝を覆い隠す長さの縞の靴下を合わせている。

 会場は令嬢の非常識な格好と振る舞いにざわざわ言っているが私はそれどころではない。


 信号機の赤が停まれって言った! 私は内心笑いたくて仕方がない。ろくな娯楽もないこの世界、私の笑いの沸点は低いのだ。

 被った猫がずり落ちないように気をつけながらツンと表情を作る。


「いえ、こちらの方の格好はアレですが、確かにポットデー男爵家のご令嬢であられるヒローイン様です」


 青頭のステファン様が表情を崩さないまま、淡々とした口調で説明してくれる。なかなか見慣れない格好をされているけれど、さすがにアレ呼ばわりはどうなのかしら。

 それにしてもネーミングセンスがひどい。ぽっと出の男爵家のヒロインね。恐ろしいほど覚えやすい。


「王子殿下へのご挨拶ですよね。こちらへお進みください」


 すっと手で示して、ステファン様が一歩下がった。その様子を見ながら、私は必死でにやける口元を扇で隠す。


 今度は青が進めって言った! まずい。猫が逃げていく。

 戻って! 戻ってきて! 


 ポットデー男爵令嬢が、自信ありげに歩き出す。

 王子への最初の挨拶が男爵令嬢からだなんて前代未聞だ。その様子を固唾をのんで皆が見守り、会場の空気には緊張感が立ち込める。

 

 だから、私はなんとかこの笑いを堪えないと……!


 扇を持った手がぷるぷると震える。そんなとき、王子の目前で、ポットデー男爵令嬢が派手につんのめった。


「ああ、気をつけて」


 王子が優しく微笑みかけて、彼女に手を差し出した。会場からはほうというため息が聞こえたけれど私はそれどころではない。

 よりによってそれ! 黄色の気をつけて出た! 信号機コンプリート!!!! もうダメだ。耐えきれない。


「くっ、ふふっ。ふふふふ」


 ダメだ。おっかしい。なんで、停まれで進めで気をつけてなのよ。赤青黄で狙っているとしか思えない。

 ああ、笑いすぎて涙まで出てきた。


 ついに堪えきれなかった笑いにしんと会場が静まり返る。はっとして周りを見回すと、皆がこちらを見ていた。


 やってしまった……。


 一気に冷静になった私は、ひょいひょいと猫を拾って被ると令嬢然とした微笑みを浮かべた。くるりと会場を見回してから軽く膝を折る。そして、呆然とした様子の王子たちの元までつかつかと歩いた。


「失礼いたしますわ。私、少々体調がよろしくないようです」


 披露するのは最高の出来を自負する礼。最高に取り繕った表情付きだ。そうして颯爽と踵を返す。


 ごまかしきれただろうか。


 ……いや無理だろうな。


 お父様のお叱りを覚悟して、一人ライーバル家の馬車に乗り込むと、私はさっさと家に帰るよう御者に頼んだ。



  *  *  *



 自室でお父様の帰りを待ちながら震えていると、帰宅したお父様から執務室に呼び出された。


「エリザベラ、よくやった!」


 お父様は近年まれに見るにこにこ顔で、声もはずんでいる。

 聞くと、私が第三王子の婚約者に選ばれたとのこと。えっ、なんで? わけがわからない。


「えっと、それはお断りすることは……」


「そんなことできるわけないだろう。そんなことをしたらお前は良くて修道院行きだ。修道院は戒律が厳しい。お前に務まるとは思えない」


 確かに修道女として清廉に生きられる気はまったくしない。でも婚約は嫌だ。王子妃になんてなってしまえば干物生活なんてできない。

 私が冗談を言っていると思ったのか明るい調子で続けたお父様だったが、煮えきらない態度にぎらりと目を光らせた。


「何か問題でも?」


 ああ、これはだめなやつだ。

 猫かぶりのためのギリギリを追求し続けてきたからわかる。ここで断わるなんて言い出したなら、確実に修道院行きだ。


 それでも、なぜ選ばれたのかわからないのは気持ちが悪い。今日のお茶会は大失態だったのだから。


 もう少し詳しく話を聞きたいと思ったけれど、機嫌の良いお父様を前にわざわざ自分の失態を蒸し返す気にはなれず、わけがわからないままに私は王子との婚約を受け入れることになった。

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