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ヒロイン現る

 どうしてもクリストフ様にかける言葉が見つからず、私はそっと闘技場をあとにした。

 クリストフ様とハンス様は身支度や片付けがあるはずだから、また明日タイミングを分けて話をすれば良い。



 迎えの馬車を目指して、気持ち足早に歩く。しばらくすると、後ろから粗い息が近づいて来るのに気づき、驚いて振り返った。

 間近に迫った鮮やかなピンク色の髪。そのままするりと私を追い抜くと、ポットデー男爵令嬢は進路をふさぐように私の正面に立った。胸の前で軽く握った手を合わせ、真っ赤な顔で私を見つめてくる。


 これまで言葉を交わしたこともないのに、どうしたというのだろう。


「わっ、私、エリザベラ様に憧れています! やっぱり逆ハーを狙っているんですよね? よくヤンデレエンドにならないなって目が離せなくて!」


 初めて聞く単語に目が白黒する。逆ハーって何? ヤンデレエンドって何? 


「最初は面白くなかったんです。ほら、やっぱりヒロインは私だから。だけど、エリザベラ様が普通にルート攻略をするだけじゃなくて、ゲームではあり得なかった逆ハー展開を狙ってるって気づいて私……」


 困惑する私をよそに、彼女がうっとりとした様子で話を続けた。

 やばい。何を言っているのかまったくわからない。


「エリザベラ様の周りでバチバチと火花を散らす攻略対象達がまた最高で……。男爵の娘が真似なんてしたら、後から絶対に大変なことになるじゃないですか。安全な場所から野次馬するのが良いなあって」


「あなた、何を言っているのかまったくわからないのだけど……」


 なんとか口をはさむと、ポットデー男爵令嬢はしまった、という表情で目を瞬かせた。


「すみません! 元々推しはクリストフ殿下なんですけど、逆ハー展開での絡みも最高で。やっぱり推しのクリストフ殿下エンドがいいなとついファンとしては思ってしまうから、ステファン様×ハンス様の鬼畜攻めカプでまとまってほしい、なんて最近思い出したんですよ」


 うん……、わからない。かぶった猫もずり落ちて、素が出てしまいそうだ。


「えっと……。私と殿下の仲を応援してくれているってことでいいのかしら?」


 気持ち後ずさりながら、なんとなくわかった情報を確認すると、ポットデー男爵令嬢が力強くうなずいた。


「はい! 『ボク色』の世界にヒロイン転生したときは喜んだんですけど、よく考えたら私、そういうキャラでもなくて……。はしゃいで攻略とかバカなこと……」


「転生……っ!? あなた今、転生って言った?」


 私以外に前世の記憶がある方なんていないと思っていた。転生という言葉に混乱しながら、ポットデー男爵令嬢に詰め寄った。

 私の反応が意外だったのか、彼女はこてんと首をかしげ、可愛らしい笑顔を浮かべる。


「言いましたよ? ゲームの世界に転生しちゃうなんて驚きですよね」


「……ゲーム?」


「『僕の色に君を染めたい』ですよ! 私がヒロインで、エリザベラ様がライバル令嬢の乙女ゲーム!」


 そんなゲームにはまったく心当たりがない。前世では、ほとんどゲームをしてこなかったのだ。

 ヒローインにライーバル……。変な名前だとずっと思っていたけれど、まさか本当に……?


「そもそも乙女ゲームって何なのかしら……?」


 疑問が口からこぼれると、ポットデー男爵令嬢が目を丸くした。


「まさか、そこから!? 殿下をはじめとした攻略対象――ステファン様やハンス様ですね――の好感度を上げて、ハッピーエンドを目指すんです」


 ポットデー男爵令嬢が声を荒げ、説明してくれた。

 パズルゲームとか格闘ゲームとかならなんとなくイメージができるけど、きっと全然違うものなのだろう。


「えっ? 本当に知らない……?」


「ええ」


 ポットデー男爵令嬢が信じられないものを見るような目でこちらを見てくる。


「攻略サイトなしの初見プレイで……? ヒロインが殿下を攻略したらエリザベラ様は婚約破棄されるはずだったのに」


「えっと……? もしかしてあなた、殿下との婚約を白紙に戻す方法を知っているの?」


「ゲームの話ですが」


 それだ! 私は希望を込めてポットデー男爵令嬢の手を握り、熱く見つめた。


「教えて! 是非に!」


 ポットデー男爵令嬢が迷うように視線をそらす。そして顔色がみるみる青ざめていった。


「ふーん。僕も詳しく聞いてみたいな。その話」


 ぎぎぎ、とぎこちなく振り返るとそこには冷ややかな笑みを浮かべたクリストフ様が涼しい顔で立っていた。


 ひっ! なんて顔しているの!? 笑顔が怖い!


「しっ、失礼いたしました」


 慌てた様子で私から離れ、ぺこりと頭を下げるポットデー男爵令嬢を呆然と見つめる。


「うん。今後、リズに変なコト吹き込んだらどうなるか知りたい?」


 すっとクリストフ様が進み出て、氷の笑顔のまま小さく首をかしげた。


「いえ! いえ、もう金輪際そんなことはいたしませんっ」


 頭を上げたポットデー男爵令嬢がぶんぶんと首を振った。その姿に、クリストフ様は不機嫌な声で「もう行って」と呟いた。


 さらにもう一度頭を下げて、ポットデー男爵令嬢がくるりと背を向け、小走りで離れていく。

 ああ! 行かないで、ポットデー男爵令嬢! この空気に一人取り残されるのは辛いのよ。


「ねえ、リズ? なんだかものすごく聞き捨てならないことを話していた気がするんだけど」


 クリストフ様の顔を見られない。小さくなっていく後ろ姿から視線を移すのが怖い。声からして絶対に怒っているもの……。


「せっかく頑張ったのに、気がついたら先に帰っているし、慌てて追いかけてみれば……」


 クリストフ様の口ぶりに、唇に力が入る。

 だって、ハンス様の勝利を祝えば、クリストフ様を傷つける気がしたし、ハンス様の勝利に触れないのもまたクリストフ様を傷つける気がしたのだ。


 言い訳じみた言葉を口にするのもはばかられて、目を伏せた。クリストフ様が、じっと私の顔を覗き込んでくる。


「リズはそんなに僕のことが嫌?」


 その瞳の金色が揺れる。先程までとは違い、いつものような穏やかな笑みを浮かべてはいるけれど……。その瞳は哀し気で、ぎゅっと胸が締め付けられた。


「そんなわけ……」


 クリストフ様のことは嫌ではない。私が、第三王子殿下の婚約者としてふさわしくないだけなのだ。これまでだって機会があるたびに伝えてきている。


「僕はリズが好きだよ。大切に思っている」


 クリストフ様が黄金の瞳を私に向けて、悲しげに言った。

 クリストフ様が私に好意を寄せてくれているのは知っている。私だって、友人として仲良くなってしまわなければ、もっとためらわずに行動できていたのに。


「私だって、クリストフ様のことを大切に思っています」


 自分の気持ちを否定されたように感じて、すぐに言い返した。すると、クリストフ様が目を見張り、静かに首を横に振った。


「やっぱりリズはわかってない。僕の好きはね……」


 クリストフ様はそう言うと、口の端を上げ、私の手を取った。

 何事かとみつめていると、くるりと手のひらを上に向けられて、ゆっくりと顔が近づけられる。そして、湿った感触とともに、小さく手首を食まれた。


 なに、これ……? なんで……?


 突然のことにぱくぱくと口は開くが言葉も出ない。


 私が抵抗しないのをいいことに、クリストフ様はそのままちゅっと音をたてた。ちくりとした痛みとともに唇が離れる。

 ふっと感じる吐息。目線を手首から私に戻したクリストフ様の艷やかな唇が美しく弧を描く。


「こういう好きだよ」


 混乱してあわあわと何も言えない私をよそに、クリストフ様はもう一度手首を見つめ、愛しそうにたった今まで唇を寄せていた場所を撫でた。


「痕が付いてしまったね」


 かあっと頬が熱くなる。なんてこと。なんてこと。なんてこと……!


「僕は何度も伝えていたよ? ずっとそんな顔をさせてみたかったんだ。僕たちはもう大人だし、これからはもう手加減しないから覚悟していてね」


 ちゅっともう一度寄せられる唇は、優しく触れてすぐに離れた。


 そのまま家の馬車まで送ってもらったはずだけど、全然覚えていない。覚えているのは……


「手首のキスの意味ちゃんとわかっている?」


 去り際に私にだけ聴こえるように囁かれた言葉だけ。



 ああ、これはいけない。

 明日から、どんな顔でクリストフ様と顔を合わせればいいの?


 馬車の中、切実な悩みに私は一人身悶えするのだった。

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