カフェテリアにて
入学から数日。入学直後の慌ただしさに追われて、他のクラスに顔を出す暇などない。
クリストフ様をはじめとした三人とほとんど一緒にいることも問題だし、別行動を取るわずかな時間には令嬢たちが話しかけてくることにも困っている。
お話自体は別にいいのよ? でも、『婚約者に愛される秘訣』とか『愛されエピソード』なんて干物な私にわかるはずがない。
クリストフ様が無自覚で天然タラシなだけです!
クラスの令嬢たちにやたらときらきらとした視線を向けられて決まりが悪い。
それでも私は、情報収集を諦めていない。
せめて他のクラスの人と関わる機会を増やそうと、昼食は決まって別校舎のカフェテリアでとっている。どこで食事を取るかは自由だけれど、クラスのある校舎にもレストランがあるからクラスメイトたちはそちらで食事をすることが多いのだ。
これで三人が一緒でなければ完璧だったのに……。
四人で連れ立ってカフェテリアに入ると、すれ違いざまに見覚えのない橙色の髪の男子生徒がこちらにぺこりと頭を下げた。
それにクリストフ様が応えたのをみて、不思議に思う。
「クリストフ様は彼と面識が……?」
ここを利用する生徒のほとんどが下位貴族の子女だ。王城に出入りするような方は少ないはずだけど、いつのまに親しくなったのだろうか。
「まあね。経営について学ぶ手助けをしてもらっているんだよ」
「前から気になっていたのですけど、クリストフ様のいう『事業経営の真似事』って何をなさっているんですか?」
しばらく前から事業経営に興味をもって学んでいるそうだけど、本人に聞いても『真似事だから』と謙遜して詳細を教えてくれない。これまでもはぐらかされてきた質問に黄金の瞳がきらりと光る。
「ふふ、今はまだ内緒」
そっと、人差し指を唇に寄せ、クリストフ様が妖艶に笑った。
カフェテリアの日当たりのよい席に腰を下ろすと、ハンス様が早速メニューを丸テーブルの上に広げた。それを皆でしげしげと見下ろす。
「うぅむ……。今日の日替わりは西地区風ソテーですか」
「西地区なら親父にくっついて行ったことがあるぞ」
「ああ、そういえば。一年前くらいだっけ?」
「その時食べた山鶏はうまかったけど、これはなんの肉なんだろうな?」
「ええと、ちょっと待ってくださいね。ああ、ここに」
レストランと違ってこちらは庶民的な料理も多く扱っているようなところだから、三人には向かないと最初は頑張って止めたのだ。初日はそれこそ悪目立ちしてしまったので、もう付いて来ないと思っていたのに。物珍しさがよかったのか気に入ってしまったらしい。
つくづく思い通りにいかない。
「うまく地方色を落とし込んでいて本当に興味深いです」
「こういうのも楽しいね」
なんだか話も盛り上がっているようだし、私も早く料理を決めてしまいたい。
さて、私はどれにしようかしら。できれば量が控えめなものにしよう。そうすれば、その分周りを伺う余裕もできそうだもの。
けして! けしてダイエットなどではないけれど。
デビュタントが終わって、お酒が飲めるようになっても飲み過ぎてなんていないし、油断して食べ過ぎてもいない。
もちろん、少し肉付きが良くなったのも気のせいだ。
学園に通うことになり、ジャージで過ごせなくなったからコルセットが余計に窮屈だと感じるだけなはず……。
「リズ?」
「な、な、なんでもありませんわっ」
ふふと、クリストフ様が笑うので、じろりと見返す。クリストフ様に乙女心がわかるはずもない。並ぶのに気後れするようなイケメンぶりは今日も健在だもの。
「いや、リズはくるくる表情が変わるから、いつまでも見ていたくなるなって」
はいはい。私はファニーフェイスでしてよ。そんな甘い顔で言われても、全く説得力はない。
……私にとっては一大事なのに。
「そんな顔も可愛い」
不細工なむくれ顔に向けられた笑顔に、複雑な気持ちになる。私だってね、一般的には美少女の内だと思うのですよ!
「そうですね。エリザベラ様はとてもお綺麗ですから」
「エリザベラ嬢は…………可愛い」
二人の気持ちは嬉しいけど、フォローがいたたまれない。ちょっとこの集団は華々しすぎて、顔面偏差値がおかしいことになっていると思うの。
普段から貴族的礼儀でぽんぽん美辞麗句が出る二人ばかりじゃなくて、ハンス様にまで気を遣わせてしまって申し訳ない。本人は、言い慣れない言葉を口にしたせいか顔をそむけて耳まで赤くなっているし。なんだろう、こちらまでつられて恥ずかしくなってきた。
「ちょっと」
声をかけられてそちらを見ると、クリストフ様がすねたような顔をしていた。なんでよ。言い出した本人のくせに!
「エリザベラ様も注文は決まりましたか?」
ステファン様が声をかけてくれ、その助け船にこくこくとうなずく。すると、ステファン様はすっと手を上げ、口を開いた。
「すみません。注文をお願いします」
初日はタイミングをみて従業員が挨拶に来ないことにピリピリしていたから大進歩である。ただし、この進歩がよいものかは考えないでおきたい。
手慣れた様子で従業員に注文を伝えるステファン様を眺めつつ、クリストフ様をちらりと見やる。付き合いが浅ければ気付かなかっただろうけど、きっと今も機嫌が直っていない。
「そういえば! もうすぐトーナメント戦が始まりますね!」
注文を取り終わった従業員の背中を見送って、できるだけ明るい声で三人に声をかけた。
なんとか雰囲気を変えようしたネタに、ハンス様が顔を明るくする。
「やっとだよ! 本当に待ち遠しい」
遠足を楽しみにする子供みたいで微笑ましい。
「絶対優勝してみせるから、エリザベラ嬢に本戦の応援にきてほしい」
「はい。クリストフ様とステファン様のことも応援していますね」
「よし! 二人にも勝って俺が優勝してみせる!」
「まったく、剣術バカはこれだから……」
呆れたようなステファン様。いつもだったら、クリストフ様も話に入ってくるのに今は黙ったままだ。
ちらりと伺うと、長いまつ毛が目元に陰を落としている。光の加減かその表情は悩ましげで……。
「……クリストフ様?」
「ん?」
こちらを見て微笑んだ顔は普段通りで、安心して微笑み返した。
「いえ、なんでもありません」
ちょうど次々と料理が運ばれてきた。出来立ての料理は湯気を立てて、どれも美味しそうだ。
「おお、うまそうだな!」
ハンス様が感嘆の声を上げる。
「そうだね。いただこうか」
クリストフ様もにこりと笑う。様子がおかしい気がしたのは、きっと気のせいだったのだろう。
食べ始めると、会話が減った分、周囲の声が耳に入ってくる。すると、楽しそうな声の中に、ポテトチップスという言葉が聞こえた気がした。
いいなあ、ポテトチップス……。ジャージでぐだぐだしながら、ポテトチップスを食べつつ、お酒が飲みたい。
とうとう幻聴まで聴こえるようになってしまったのかと思うと、つい口からため息がこぼれる。
「エリザベラ嬢、食欲がないのか?」
ハンス様の声にはっとした。目線を移すと、大盛りだったハンス様の皿はすでに半分程度になっているし、ステファン様やクリストフ様もある程度食べ進めている様子だ。
対して、自分の食事にはまだ三口程度しか口をつけていない。
「いえ、ご心配なく」
「慣れない生活で疲れたのかもしれませんね」
愛想笑いを返した私に、ステファン様が心配そうに眉を下げる。
申し訳ない気持ちはあるけれど、仮病で別行動を取れば情報収集に動けるかもしれない。なんて心の悪魔が囁いてくる。
「じゃあ、今日は早めに帰ることにしたらどうかな? 心配だから僕が送るよ」
天使のような顔でクリストフ様が微笑んだ。
優しい。うちの婚約者が優しすぎる。でも、ちょっと過保護すぎやしないかしら。




