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ラビリュントス

「ねぇヒルコ。あれは、ペットだからね。ペットに欲情しちゃだめよ。もしも欲情したら貴方を殺して、私も死ぬからね」


ラミアが真顔で言った。視線の先には、ゴルゴーンに担がれ運ばれているマダラグーチの姿があった。


「ニャ~。二日酔いなのニャ~。あまり揺らさないで欲しいニャ」


「吐きたいのならば吐けば良い。その方が気分は楽になると聞いたことがある」


昨日、ミノタウロスの弔いと称した飲み会で酒を飲み過ぎ青い顔をしたマダラグーチにゴルゴーンが返す。


マダラグーチはクレタの街から、リビュア王国の騎士団へと出向になることが決まった。


「どうして、私が出向しなくてはいけないニャ」


「あらあら。どうして、自分がこんな状況になっているのか分からないなんて本当におめでたいわね。泥棒猫」


口元だけ笑みを浮かべるも、冷たい瞳をラミアはマダラグーチへ向けている。


もともと、ラミア達は『神器』を求めてラビリュントスへとやって来た。手ぶらで帰ることはできない。そんな彼女たちに配慮して、クレタの街はマダラグーチを出向という形でリビュア王国へ向かわせることで手を打った。


マダラグーチを引き取る際、ラミアは怪しい笑みを浮かべながら、『このペットは煮ても焼いてもいいのよね? だって私の奴隷を辱めたんだもの』とアリアドネに確認した。ラミアはヒルコに対して、マダラグーチが尿をかけたことを許していなかった。暗い瞳に気圧されて、アリアドネは引きつった顔で承諾し、今に至る。


「ねぇねぇ。ラミア。ボクを雇ってくれるって本当?」


ラミアの横でオトヒメが話しかける。


「ええ。本当よ。貴女には、私の護衛になってもらうわ」


「やった! ようやく日雇いから、正規になれる!」


オトヒメが拳を上げて喜んでいる。


ラミア、ゴルゴーン、オトヒメ、ヒルコ、マダラグーチはクレタの街を出て、リビュア王国へ向かっていた。


長い、長い舗装された道を歩きながら、ヒルコはマダラグーチへと近づいた。


「俺は貴女の主であるミノタウロスを殺しました。俺が憎くないのですか? 俺に復讐したいと思わないのですか?」


「憎いニャ」


マダラグーチが即答した。彼女は青い顔をヒルコへと向けた。


「でも、きっとお前のおかげでミノタウロス様は救われたニャ。あのまま『化身』(アヴァターラ)を続けていたら、ミノタウロス様は『神の夢』に落とされて、ただの『凌辱』者になっていたニャ。昨日、さんざんパシパエとアリアドネに説教されて、ちょっとは理解したニャ。ミノタウロス様に会うことができないのはとても悲しいけど、ミノタウロス様は私をずっと見守ってくれているニャ。でも、お前を許すことはないニャ」


目を細めてヒルコを睨む。


ヒルコは無言でその視線を受け入れた。


「ニャハハハ。そのうちお前に見せてやるニャ。ミノタウロス様の力は、本当はあんなものじゃないニャ。ミノタウロス様はきっとお前のことを気に入ったから手加減していただけニャ。私がそれを証明してやるニャ。楽しみに待っていると良いニャ」


マダラグーチは宣言してから、背後を振り返った。


彼女の視界にクレタの街が広がる。街の真ん中に『迷いの迷宮』ラビリュントスが雲を突き抜けて天へと伸びている。


「ミノタウロス様! 皆! 私はもっと強くなって帰ってくるニャ!」


マダラグーチが叫ぶ。


叫んだあと、彼女は昨日飲まされたものを吐き出した。


「素晴らしい門出ね。泥棒猫は皆から愛されているのねぇ」


アワアワとヒルコとゴルゴーンが動き出す中、ラミアは意地悪そうな笑みを浮かべて言った。



※※※※※※



マダラグーチが吐いたものをヒルコ達が処理している頃。


ラビリュントスの夜の空は雨雲に覆われていた。


泣くように雲から雨が落ちている。


雨の中、一人の男が歩いていた。


「イヒヒヒヒヒヒ。これは漁夫の利を得るチャンスだ」


灰色のローブで身を包んだ男。頭に毛は無くスキンヘッドだった。


「このラビリュントスには死んだミノタウロスが残した『神器』が隠されている。俺がそれを全部頂いてしまおう」


男がイヒヒヒヒと不気味に笑う。


笑う男の前に、一人の緑色の髪の女が突如現れた。女は酒の瓶を持っていた。


「アタシはアリアドネ。ミノタウロス様の『使徒』であり、ラビリュントスの管理者。貴様のような、墓荒しの好きにはさせないよ」


女の名はアリアドネ。酒を飲まないと他人と目も合わせれなかった女である。


アドリアを見て、男はあざ笑う。


「『使徒』が俺を止めるなんて不敬だぞ。俺は『サタン』の『化身』(アヴァターラ)カイン。『逃亡者』だ。『化身』(アヴァターラ)に『使徒』が敵うわけねぇだろ」


「『使徒』が『化身』(アヴァターラ)に勝った事例もありますよ」


「ふん。『氷雪王』のことか。随分、昔の話を持ち出すな。あの『使徒』は特別だった。まぁ、ここでお前如きに説明しても仕方がないか」


カインはため息を吐いた。パチンと指を鳴らした。


大地を黒い炎が覆う。炎の中から化け物たちが生まれ出す。


「イヒヒヒヒ。この空間にある『神器』を全て渡せ。そうすれば苦しまず殺してやろう」


「貴方は馬鹿? アタシはミノタウロス様にラビリュントスの管理を任された。アタシなら大丈夫だとミノタウロス様に言われた。貴方如きにアタシが負けるわけない!」


「馬鹿はお前だ」


黒い化け物たちがアドリアを襲う。


空が光った。黄色い雷がいくつも落ち、黒い化け物たちを貫いた。


カインが驚愕の表情を浮かべた。


「これは、どういうことだ。ラビリュントスの管理者はただ亜空間を操るだけの能力のはず。こんな力があると聞いていない。これでは、まるでミノタウロスを相手にしているようだ」


「正解だぁああああああああああああああああああああああああああああ!」


叫び声と共に、牛の仮面を付けた男が現界した。それはミノタウロスの姿をしていた。


斧を担いだ男は雷と共に光の如くカインへと接近し、斧を叩きつきた。


だが、斧に手応えは無かった。カインの姿が煙のように消えていく。


「幻影、か。相変わらず逃げることだけは一丁前だな」


牛の仮面を付けた男が舌打ちを鳴らす。


イヒヒと笑いながらスキンヘッドの男カインが再び姿を現す。


「まさか、『化身』(アヴァターラ)ミノタウロスを完全再現するとはねぇ。やっぱり人間は酷いねぇ。皆殺しにした方が良いんじゃないのかな?」


カインはニヤニヤ笑いながら、アリアドネを見つめた。


「これは、ミノタウロス様のご意思です」


アリアドネは毅然と答えた。


全てはミノタウロスの目論見通りに事が進んでいる。『邪な言葉を操る神』の『化身』(アヴァターラ)と戦い、アリアドネがミノタウロスのデータを取ること。彼が死んだ後も彼を呼べる基盤を用意すること。それが彼女の使命だった。彼女は仕事を完璧にこなした。ラビリュントス内限定ではあるが、『化身』(アヴァターラ)ミノタウロスを呼び出すことに成功した。


「イヒヒヒヒ」


そんなミノタウロスを見てカインが笑い声をあげる。


「お前は『邪な言葉を操る神』の『化身』(アヴァターラ)に負けたんだろ?」


カインが嫌らしい表情で問う。


「封印された不完全な『化身』(アヴァターラ)にお前は負けたんだ。どうして負けたか分かるか? 確かに、『アステロペーテース』は強いが、お前はその衝動に逆らい続けていた。そんなんじゃぁ、『化身』(アヴァターラ)の力も十全に使えない。つまりさぁ、俺みたいに心から衝動を受け入れていれば、お前も負けることはなかった」


「そいつはどうだかなぁ」


ミノタウロスが雷と共に高速移動し、カインへ斧を振り下ろす。だが、カインは煙と共に消えていく。


「俺は『逃亡者』。誰にも俺を捕まえられない。俺を探すのが先か、俺の悪魔に殺されるのが先か。根比べだ」


カインの声が響いた。


黒い炎と共に黒い化け物が生まれる。


化け物たちはミノタウロスへと襲い掛かる。


「もう少し暴れたかったが、時間切れか」


ミノタウロスが曇天の空を見上げた。


雲を突き抜け、膨大な量の隕石がラビリュントスへと激突した。


それはミノタウロスの『星』を落とす力の一端。


逃げる場所はどこにも無く、衝撃と爆炎が大地を覆う。


隕石は黒い化け物を一掃した。


カインは隕石に押しつぶされ、満身創痍の状態だった。『化身』(アヴァターラ)の誰もが持つ不死の力が無ければ死んでいただろう。


「俺はお前を殺しはしない。俺が殺してもお前は救われない。それは俺の後輩の仕事だ」


焼き焦げた岩の上に乗り、ミノタウロスがカインを見下ろしていた。


「まぁ、俺に殺してほしいならそのままじっとしていろ。けれど、お前にも、通すべき矜持があるのなら尻尾を巻いて逃げろ」


「『神の夢』に落ちた負け犬が偉そうに言うんじゃねぇ」


捨て台詞を吐き、カインの姿は灰色の煙と共に消え去った。


それを見届けたミノタウロスの姿は薄れかけていた。


彼の現界はアリアドネが維持しているが、未だ彼女の力では数分が限界のようだった。


「アリアドネ!」


「はい」


「後輩に伝えろ。『予言書』通りなら次のステージは氷の国になるだろう。だが、『氷雪王』の『神器』には近づかないのが賢明だ。何故なら・・・・・・」


そこでミノタウロスの声が途絶えた。


アリアドネの力ではこれ以上ミノタウロスを維持することはできなかった。


「何故なら、何なんですかぁ? ミノタウロス様ぁ。アタシが貴方を呼べるのは奇跡に近い確率なのに、どうして肝心なところで消えちゃうんですか」


ラビリュントスの中で、アリアドネが叫ぶ。


隕石に吹き飛ばされ、雲一つ空にはなかった。


満点の星空がそんな彼女を優しい光を放ちながら見下ろしていた。



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