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『復讐』者

目覚めは最悪だった。


ミノタウロスに斬られた身体は邪な言葉の力で絶賛治療中。あと少しで完治するのだろうが、痛いものは痛い。


フラフラとよろめきながら、ヒルコはラミアへと向かう。


「ラミア様。お願いがあります」


「うふふふ。久しぶりにヒルコが話しかけてくれて嬉しいわ」


ヒルコは虚空へ手をかざす。一冊の本が現れた。


ラミアも見知った本。それはリビュア城で保管されていた『邪な言葉を操る神』の『神器』だった。


きょとんとした目でラミアは『神器』を見つめる。


「貴女にこの『神器』を貰ってほしいんです」


ヒルコが言った。


「本当に、私でいいの? 私は性格が歪んでいるし、ノルン姉様みたいに頭も良くないわ。嫉妬深いし。それにきっと私は貴方の神にとって……」


「俺は『復讐』者ではありますが、この世の呪いを解くことだって諦めません。ここだけは譲れません。例え、神様に何と言われようと。神様を殺してでも。あぁ、それと、今まで黙ってましたが、俺も貴女が好きですよ。俺の『使徒』は貴女になってほしい。どうか俺の『使徒』になってください」


「奴隷の癖に生意気ね。私を裏切ったらしょうちしないからね」


ラミアは涙を浮かべながら『神器』を受け取る。


その『神器』の名は『カグツチ』 。


ラミアが本を開く。本にびっしりと羅列されていた文字が飛び出して、燃え上がる。青紫色の炎がラミアの周囲で生まれた。


「もう良いか?先輩を待たせるなんて酷い奴だ」


ミノタウロスが拗ねるような口調で言った。


「もういいですよ。待ってもらって申し訳ありません」


ヒルコが頭を下げる。


喋っている間に、ヒルコの傷も完治していた。


「そんじゃ、楽しい、愉しい殺し合いを始めるとするか。と、その前に。アリアドネ!」


「ふぇ? なんでしょうか?」


「ラビリュントスを死ぬ気で維持しろ。今から神と神が戦う。外に被害は絶対に出すな。大丈夫。俺を信じろ。お前なら大丈夫だ」


アリアドネが神妙に頷いた。彼女の手の上には切断されたオトヒメの首が乗っかっていた。首は無邪気に笑って告げる。


「オトヒメチャンネル。異世界に逝ってみた第七弾。ボス戦に参加してみた! 後編始まりまーす」


雲一つ無い晴天の夜空から霹靂がいつくも発生した。


霹靂はヒルコへ向かって落ちる。


「炎よ」


ラミアが『神器』で操った炎で雷からヒルコを護る。


「邪な言の葉よ。極上の餌が目の前にあるぞ。全て喰らい尽くせ」


目を赤く輝かせたヒルコが、虚空に浮かぶ青色の言葉たちに命じた。命じられたのは、弱体化(デバフ)の呪いを司る言葉たち。邪な言葉が各所で集まり、群れを作る。いくもの、いくつもの言葉の群は蛇のようにうねりながらミノタウロスを襲った。


「思い出せ。邪な言の葉たちよ。その男こそ『アステロペーテース』。『邪な言葉を操る神』の『使徒』を、友人を凌辱した者だ。さぁ、俺と共に復讐を始めよう」


いくつもの青い光の蛇に噛みつかれてもミノタウロスは動じない。


そもそも青い光の蛇には物理的な攻撃力は皆無。相手の身体能力を少しだけ低下させるだけの効果しか無い。


それでも、弱体化(デバフ)を浴び続ければ、どれだけミノタウロスが強い力を持っていてもヒルコの力が届く範囲まで性能は落ちてくる。


おまけにヒルコは己自身に強化(バフ)の言葉をかけ続けている。


「しゃらくせぇ」


ミノタウロスの周囲から雷が発生した。


瞬く間にヒルコへと距離を詰め、斧を振り下ろした。


ミノタウロスは想定よりも遥かに速かった。まるでヒルコの弱体化(デバフ)の呪いが効いて無いと言わんばかりの突進だった。


ヒルコは何とか反応し、斬撃を放つ。


斧と剣がぶつかり合う。


「俺の攻撃を受け止めやがった。【武技】まで使えるのかよ。やるじゃねぇか! 後輩!」


ミノタウロスが叫び声を上げ、距離を取った。


ヒルコの頭の中で、『邪な言葉を操る神』の記憶がいくつも蘇る。ミノタウロスとの戦いによって触発され、断片的だった記憶がエピソードとして構成されていく。


「アンタは何度も、何度も俺の村を襲ってきたな。執拗に、何度も! お前の姿を見ているだけで、虫唾が走る。『復讐』の火に身も心を焦がされそうになる」


ミノタウロスはフンと鼻を鳴らす。


「そうだ。お前の、『邪な言葉を操る神』の村を襲ったことがある。その村の連中を凌辱した時は、最高に楽しかったなぁ。でもそれから、怒り狂ったお前にボコボコにされたんだよなぁ。こいつは俺の記憶じゃねぇけど、思い出すたびに俺の中で『凌辱』の衝動が沸き上がってきちまう。結局、俺達はどう足掻いても『化身』(アヴァターラ)の記憶からは逃げられねぇってことか。腹立たしいが、仕方ねえ。まぁ、折角だし、『衝動』に身を任せて楽しむのもありかもな。難しいことは考えずにお前は『復讐」を、俺は『凌辱』をするだけだ。簡単なことだろう? 後輩」


声を張り上げ、ミノタウロスは虚空へと手を伸ばした。


「『アステロペーテース』はもともと『雷』を司る神だった。けどなぁ、『邪な言葉を操る神』に負けてから、より強い力を求めた。そうして『神の王』から『星』を司る力を分けてもらった。星よ、落ちろ!」


満点の夜空へミノタウロスが告げた。


星が一斉に動き出す。ヒルコに向けて星が落ち始めた。


「あれだけの星が落ちればお前もただではすまないぞ」


「俺の御業だ。自分の技にやられるわけねぇだろ。でも、お前は違う。アヒャヒャヒャ。星が落ちる前に俺を殺せれば、助かるかもしれねぇぜ。まぁ、俺の身体は不死の特性を持っているからできるわけねぇだろうけど」


愉し気な声音でミノタウロスが言う。


ヒルコは邪な言葉を連れて、ミノタウロスへと斬りかかる。


「遅いぜ」


ミノタウロスは雷と共に消え去る。どれだけ弱体化(デバフ)の呪いをかけても、己に強化(バフ)をかけても追いつけない。スピードが圧倒的に違う。


ヒルコが焦り始める。


「大丈夫よ。ヒルコ」


ラミアがいつの間にか側に立っていた。


青い瞳でヒルコを見つめている。


「もう一人の貴方の力を借りれば大丈夫」


ラミアに言われた瞬間。


『真打は最後に登場するのがセオリーなんだよなぁ。もうちょっと引っ張りたかったけど、彼女の目は誤魔化せなかったようだ』


ヒルコの頭の中で声が響く。


『ようやく、僕の声を聞いてくれたね。君がお願いするなら協力してあげよう』


それはヒルコの前世の声。夷川海人と呼ばれた少年のものだった。


「【蟲毒】」


ヒルコの口から術の名が発せられた。


地面から大量の黒い百足が発生し、地面を埋め尽くした。


百足はミノタウロスの足に絡まり、動くのを妨害した。


「こんなのは視たことがねぇ。異界の術か。こんなものまで使えるのかよ」


ミノタウロスが呆れたような声を上げて、ヒルコへと仮面を向けた。


ヒルコの掌から禍々しい言葉が一つ現れる。【開】を司る言葉が虚空へ溶けるように消えた。


空間に亀裂が入り、割れ目から青い巨大な腕が這い出てきた。『邪な言葉を操る神』の右腕だ。


神の右腕が拳を握りしめ、ミノタウロスへと突き出された。


ミノタウロスは百足を蹴散らしながら、斧を神の右腕へと叩きつけた。


「こんだけ呪いを浴び続ければ、こうなるか」


斧が折れた。ミノタウロスが神の拳に殴り飛ばされ、牛の仮面が割れた。


「ようやく一つ『復讐』ができた。あと、残り十二」


ヒルコが口元を吊り上げながら、斬撃を放った。


「俺の負けだよ。後輩。楽しかっただろ? それと、呪いから解放してくれてありがとな」


仮面が落ちたミノタウロスは満面の笑みを浮かべながら斬撃を浴び、崩れ去った。




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