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神の夢

『邪な言葉を操る神』の『夢』の中、青い人影達は酒とつまみを持ち寄って騒いでいる。宴は桜の木の下で行われていた。


「『夢』の中では桜がずっと咲き誇っているの」


『巫女』を自称する顔の無い女が自慢する。


ヒルコは言われるままに飲んで食べた。どれも味が曖昧だった。


一つの人影が近付いてきた。


「折角だ。稽古でも付けてやるよ」


野太い声が発せられた。シルエットも背が高く筋肉質だった。もともと男性のようだ。


男は剣をヒルコへと投げた。


「俺はあの方に剣術を教えたことがある。それなりには強いと思うぜ?」


桜の花びらが散りゆく中、ヒルコと男が剣を構えた。


男が先に仕掛けた。


袈裟斬りに剣を振り下ろした。


ヒルコは受け止めようと剣を掲げる。


剣と剣がぶつかる。ヒルコの剣からスパンという音が鳴り、刀身が切断された。


「?」


男の剣がヒルコの身体に当たる瞬間、ピタリと剣が止まった。


「今のは『神器』の力ではない。ただ研鑽を積み上げて習得した【武技】だ。【武技】が使える剣士には会ったことねぇようだな」


男が楽しそうな声音で言った。


「さぁ、続けよう」


新しい剣がヒルコに渡され、今度はヒルコから仕掛けた。


ヒルコの攻撃は全て流されてしまう。


「剣に想いを込めろ。そうすればちったぁましになるだろうよ」


「想い?」


「なんかあるだろ? 人を殺したい、強くなりたい、ムカつく奴を斬りたい、誰かを護りたいってのがさ」


「俺は、神々に復讐するために生まれてきた」


「本心ではないな。それは言わされているだけだ。違うだろ? お前の想いは」


「俺の想いは」


剣を交えながらヒルコは己自身を振り返る。


最初に思い浮かぶのは、断片的ではあるが『邪な言葉を操る神』の記憶。神々に裏切られ、封印される瞬間は克明に刻まれている。


ヒルコの根底には、『復讐』という呪いのような想いがしっかりと根付いている。


だが一方で、前世の記憶も僅かながら残っている。時折、前世の自分が何かを訴えかけてきているのも感じていた。


前世の自分だったら、どうしていただろうか? そんなことを考えても答えは無いが。


「過去は大切だ。過去の積み重ねで今がある。過去の中からしかお前の答えも見つからないだろう。けどなぁ、一番大切なのは過去じゃねぇ。今だ。例えあの方が何を言おうと、お前の想いを押し殺すことはねぇんだ」


男はヒルコの攻撃を流しながら諭すように言う。


ヒルコは『邪な言葉を操る神』を想う。


暗い闇の中に封印され、呪いに呑まれた青い巨神の姿が浮かぶ。神を殺せ、神を殺せと哀れな巨神は叫び続けている。


ヒルコは己の前世を想う。


車椅子に乗った少年が頭の中に浮かぶ。人を呪うことに長けた呪術師は、『ヤオヨロズ』という組織から依頼を受けて多くの者達を呪い続けた。「来世では、もっと人を救うような仕事をしたい」と願いながら死んだ。


ヒルコはラミアを想う。


この世界で最も一緒にいた時間が長い少女。ヒルコの主人であり、『神の王』の『巫女』であり、ヒルコの『復讐』対象。呪われた運命を背負っているのを知っているのか、いないのか彼女はヒルコのことが大好きだと臆面もなく口にする。


ヒルコは己のことを想う。


『復讐』に憑き動かされる『化身』(アヴァターラ)。けれども、ヒルコの精神は前世のものに近いのだろう。今まで前世の願いなど無視して、『邪な言葉を操る神』に言われるまま動いてきた。だから、皆がヒルコを人形だと揶揄するのだろう。


「でもまぁ、俺にできることは呪いを解くことくらいだ」


ぽつりとヒルコの口から声が漏れた。


「はははは。そいつは面白い。あの方の呪いを解いて救うとほざくのか。そんなことお前にできるのか? その覚悟はあるのか?」


男が再び踏み込み、【武技】を魅せる。


ヒルコも迎え撃つように斬撃を放つ。


二つの剣がぶつかったが、今度は剣を斬られることはなかった。


「まぁ。及第点ってとこだな」


剣を投げ捨て男が告げた。


強い風が吹き、桜の花びらが視界を埋め尽くすほどの勢いで散り出した。


パチパチと周囲から拍手がなる。


『巫女』が近付いてきた。


「貴方にはまだやらなくてはならないことがあるのね。だったら早く『夢』から覚めないといけないわ」


瞬間、ヒルコの身体がフワリと浮かび上がる。


「あばよ。楽しかったし、懐かしかったぜ。あの方と稽古してるみてぇだった。『夢』の中でこんだけ頑張れたんだ。『夢』から覚めても自信を持って胸を張れ。まぁ、『夢』から覚めたら夢の中の出来事は全部忘れちまうだろうけど」


男が手を振りながら言う。


「『夢』から覚めたら、同じ『夢』を見ることはないのは知っている? どれだけその『夢』が心地良くて、その『夢』に戻りたいと願っても二度と戻れない。さようなら。とても楽しかったわ。私達は『夢』の中から貴方を応援しているからね」


ヒルコは真上に浮かんでいき、『巫女』の声が遠のいていく。


頭上に子船が見えてきた。


黒い湖の下から手を伸ばし、小舟を掴み湖面から顔を出した。


「ほう。『夢』から覚めたのか」


小舟に本を持った青い亡霊が座っていた。それはヒルコを『夢』へと堕とした『使徒』だった。


「俺は、操り人形なんかじゃない」


ヒルコは『使徒』を睨みながら言った。


「あぁ。そのようだ。『夢』の中の皆がお前を認めたのだ。私もお前を『邪な言葉を操る神』の『化身』(アヴァターラ)と認めよう」


『使徒』がヒルコへと手を伸ばし、船へと上がるのを手伝う。


「後はお前に任せるとしよう。私は『夢』の中へ逝く。幸い、この『神器』の持ち主も決まりそうだしな」


『使徒』は本をヒルコへと渡した。


「この本の中には火を司る言葉が詰まっている。じゃぁな。頑張れよ」


そう言って『使徒』は黒い湖の中へと落ちていった。


小舟に一人残ったヒルコは深々と頭を下げた。


頭を上げると、聞き覚えある声が耳に届いた気がした。


「まぁ、何とかなるだろ」


ヒルコはゆっくりと目を閉じた。


『邪な言葉を操る神』の『化身』(アヴァターラ)が『夢』から覚める。

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