クレタの使徒
「き、昨日は、申し訳ありません。アスラ王国の王女様方に対して、失礼な振る舞いをしてしまいました」
アリアドネが地に額を付けて頭を下げている。所謂土下座である。
早朝のホテルのロビーの真ん中で。
彼女は昨日、酔った状態でラミア達に絡んできた。
「それにしても貴女、昨日とは随分と雰囲気が違うわねぇ。やたら陽気で大して面白くもないことを言っては一人で笑ってたのに」
ラミアはソファーに座るヒルコの後にまわり、彼の髪を結んだりして遊んでいる。
「さ、酒を飲むと気が大きくなるみたいで。と、というかむしろ酒を飲まないと上手く人と話せない、みたいな。ふ、ふひひひひひひ」
「別段、私は気にしていない。頭を上げると良い。君はこれからラビリュントスへと案内してくれるのだろう?」
赤い甲冑で身を包んでいるゴルゴーンに言われ、アリアドネが立ち上がる。だが、視線は誰とも合わせない。
「そ、そうでした。あ、アタシはミノタウロス様から、貴女方をラビリュントスに案内するように言われているんです」
「それは助かる。私達も、ノルン姉様から『神器』を貰ってこいと言われただけで、何の準備もしていない。正直、困っていたんだ」
「そ、そうなんですね。で、では、さっそくラビリュントスに向かいましょう」
4人はホテルを出て、大通りへと出る。
ヒルコはラミアに手を引かれ、彼女後に付いていく。
大通りは真っすぐ黒い塔ラビリュントスへと伸びている。
「き、昨日も説明したかもしれませんが、クレタはミノタウロス様に選ばれた『使徒』達が重要な機関の責任者となり、街を運営しています。げ、現在この街にいる『使徒』の数は30人います。あ、アタシもその一人で、迷宮ラビリュントスの管理を任されています」
「ほう。『化身』の宮殿の管理を任されているとは、君は相当信頼されているのだな」
ゴルゴーンが言う。
「ふえ? そ、そんなことないですよ。じ、実務としては迷宮に入って出てこれなくなった者達を救助するくらいですから」
アワアワとした様子でアリアドネが「自分は凄くない」とアピールする。
「ねぇ、ラビリュントスにはモンスターもいるって噂で聞いたけど、実際のところどうなの?」
ラミアが訊ねた。
「は、はい。ミノタウロス様の部屋以外にはいます。あ、アタシ達はミノタウロス様のペットと呼んでいますが」
迷宮の中、無数のモンスターが人間を襲う。モンスターを倒し、ミノタウロスの部屋まで辿り着けば『神器』を与えられる。
ラミアはラビリュントスを見上げた。天高く伸びた塔のような造りで、頂上は雲に隠れて見ることができない。
「それにしても、高いわね。何層まであるのよ」
「い、一層です」
「一層しかないの?」
「は、はい。そうなんです」
「ふーん」
ラミアはそう言ってから黙り込み、ラビリュントスを観察するような目を向けた。
「ほ、本来であれば、あ、アタシはラビリュントスの入り口まで案内するだけなのですが、今回はミノタウロス様自身が貴女方とお話がしたいと仰っています。モンスターを倒すこともなく、最短ルートで案内させていただきます」
「む? モンスターを倒せないのか」
ゴルゴーンが残念そうに言う。
「楽ちんで良いじゃないですか」
クスクスとラミアが笑う。
「じ、実を言うと、このようなことは初めてで、クレタを運営する『使徒』達からも色んな意見が出ていまして」
「意見? ズルいとかかしら」
「も、もちろんそれもあります。い、一番多いのは、貴女方とミノタウロス様が会うことに反対する意見です。あ、アタシは違いますが」
「反対されても、私達だって『神器』を取ってこいって命令されているのよ」
「え、ええ。そ、そして反対する『使徒』の中には貴女達の邪魔をすると明言している者もいて」
「邪魔?」
ラミアが首を傾げた時。
「ニャー、ニャー、ニャー。こんなところにズルして『神器』を貰おうとしている卑怯者がいるニャ」
頭に耳の生えた獣人の女がラミア達の前に現れた。
「マダラグーチ。邪魔をするなとあれほど言ったのに」
アリアドネは獣人の女を見て頭を抱えた。
「別に、邪魔なんかする気ないニャ。ただ卑怯者の顔を拝みに来ただけニャ」
マダラグーチと呼ばれた女は、にゃはははと笑った。
ラミアを見てから次にゴルゴーン、それからヒルコへと移った。
「ニャニャニャ。これは良い奴隷だニャ。欲しいニャ」
「ヒルコは私のなの。あげるわけにはいかないわ」
ラミアが強い口調で言う。
「嫌だニャ。欲しいニャ。寄こせニャ」
そう言ってマダラグーチはヒルコへと近づき、あろうことか、オシッコをかけた。
「マダラグーチ! マーキングするのを止めなさい」
アリアドネが叫び、ラミアは拳を振り上げてマダラグーチへと殴りかかる。
瞬間、獣人の身体から黄色い電気が発生した。
「遅いニャ」
黄色い閃光を残してマダラグーチが消えた。
マダラグーチは瞬く間に建物の二階へと駆け上がっていた。
「私の名はマダラグーチ。ミノタウロス様の『使徒』であり、クレタの街の守護の管理者だニャ。また遊んでやるニャ」
そう言い残し、彼女は雷光となって消えていった。




