クレタ
クレタには原則女性しか入れない。それは主であるミノタウロスが男を嫌がるからだ。
ミノタウロスに選ばれ『神器』を得た『使徒』達は、彼の機嫌を損ねないため、男がクレタに入ることを禁じた。
「まさか審査に引っかかるなんて思わなかった」
クレタの中で最も豪奢なホテルの中にある酒場の一角でゴルゴーンが呟いた。
彼女は赤い甲冑を着込んだまま頭を抱えている。
「兜を脱がないから、いけないんです。姉様は大柄ですし、男だと疑われてしまうのも仕方ないですよ」
クスクスと笑いながらラミアが指摘する。
クレタの関所にて、本当に女であるか簡単な審査が行われる。審査に引っかかると関所を通してもらえない。
女装しているヒルコが通れるのか心配していたが、予想に反して許可された。
関所の責任者である女性がヒルコをまじまじと見つめた時はヒヤヒヤした。
責任者である女性は牛の面を被っていた。
『貴方様が来られることはミノタウロス様から聴いています』
女はパシパエと名乗り、ミノタウロスから『神器』を貰い受けた『使徒』なのだと自己紹介してくれた。
『私は台風が直撃するのは避けられないので、被害を最小限にするために備えることが最善だと考えます。ですが、『使徒』の中には台風そのものをどうにかしようと思う者もいます。ミノタウロス様のお考えを無視してでも、台風をやっつけようと自ら突っ込む馬鹿もいるかもしれません』
意味深な言葉を吐き捨て、パシパエはヒルコから視線を外した。
次にラミアを見る。
『貴女のことは聴いておりませんが、『巫女』の行動をとめる権限を私は持っていません。入るのは自由です。ただし、台風の被害に遭っても責任はとれません。まだまだ『巫女』として『視る』力が弱いのですから、身の丈に合った行動をした方が良いと私は思いますけどね』
一方、ゴルゴーンに顔を向けるとパシパエは首を振った。
『貴女はダメです』
顔も身体も鎧で覆われているため、男だと疑われた。兜を取れと言われても彼女は頑なに拒んだ。
『私に試合で勝てば入国を許可しましょう』
パシパエがそう宣言して、二人の試合が始まった。
『神器』を持つパシパエにゴルゴーンはボコボコにされ、無理矢理甲冑を剥がされた。
『ふむ。試合は私の負けで良いでしょう。関所を通ることを許可します』
身ぐるみを剥ぎ、女であることを確認したパシパエは告げた。
それからゴルゴーンは関所で手当てを受けた。
ゴルゴーンが関所であれこれしている間、ラミアとヒルコはクレタの街を観光していた。その後、ホテルの酒場で合流し現在に至る。
「ふん。お前には分からないさ。私は醜女だから、他人に顔を見られるのは嫌なんだ」
ゴルゴーンの顔には大きな火傷の痕があり、彼女はそれを他人に見られるのを嫌っていた。
「そんなことはありません。姉様は美人の部類に入ると思いますよ。まぁ、ヒルコには劣りますが」
ラミアは隣に座るヒルコへと食事を取ってスプーンで口へと運んであげている。
介護されているようで、ヒルコはあまり良い気分はしないのだが、ラミアは楽しそうだ。その様子を見てゴルゴーンはきょとんした表情を浮かべた。
「さっきからヒルコは黙り込んでいるが、どうかしたのか?」
「クレタに来てから何も喋ってくれないんです。でも、大丈夫なんです。私の言うことだけは聞いてくれますから」
「体調でも崩したのか? 心配だな」
「心配ないですよ。最近、よく『視える』ようになってきましたから。良いのか、悪いのか分かりませんが、『巫女』としての力が目覚めつつある証拠でしょう。まぁとにかく、ヒルコは体調を崩してません。仮にヒルコに何か良からぬことがあっても私が命を懸けてヒルコを救いますから、問題なんて一つもありません」
「うん? まぁ、お前は私よりも頭が良いからな。お前がそう言うなら問題ないのだろう。私にできることがあれば言ってくれ。彼女は私の数少ない友人だ」
ゴルゴーンはヒルコを未だに女だと思っていた。
「ありがとうございます。とはいえ、今日はもう暗くなってしまいました。ラビリュントスに行くのは明日にして今日は休みましょう」
ラミアがそう言って立ち上がった時。
「何だい、何だい? アンタたちはラビリュントスに行くのかい?」
一人の女が声をかけてきた。
髪は緑で、酒の所為か顔は赤らんでいる。
女はアリアドネと名乗った。
「でもね、でもねぇ、ラビリュントスに行くのは止めた方が良いよ。だって、だってさぁ、『邪な言葉を操る神』の『化身』がラビリュントスへやって来るそうだよ。よこしまなぁ~悪の化身はぁ~『アステロペーテース』と因縁がある。きっと大変なことになる。迷宮の中でかつてない大災害が起こる」
アリアドネはケラケラ笑いながら、ヒルコ達へと近寄って来る。
「大災害の中へ身を投じる覚悟があるのならば、アタシが案内しよう。何せ、アタシはミノタウロス様に選ばれた『使徒』でありぃ~、ラビリュントスの管理者なのだからぁ」
誰も知らない迷宮の秘密について教えてあげよう、アリアドネはそう言って上機嫌に笑った。




