迷宮
ヒルコは戸惑っていた
最近、『邪な言葉を操る神』の干渉が強まり、身体の自由を奪われることが多くなった。現在も、身体の全てを支配され身動きできない。一時期は喋ることは許されていたが、今はそれすらできない。
身体が勝手に動き、喋ることすら叶わない。ただ、目に映る光景を見て、耳に入る音を聞いているだけ。
一体全体、ヒルコという『化身』は何をすれば良いのだろう? もしかして自分自身は必要ないのかな? いわゆるクビかな? 等と思考しながら時間を過ごしている。
『僕の『声』を君が認識し始めていることに対して、『蛭子』様は危機感を持っているのかもしれないね。僕の方針と『蛭子』様の方針は少し違うから、警戒されてしまったのかな。よかれと思ってやっているんだけどなぁ』
少年の『声』が聞こえた気がした。
それはヒルコの前世である夷川海斗が造った呪い。その呪いで造られた声だったが、ヒルコの頭の中には残らない。
『あはははは。神様ってのはこんな姑息な手を使ってくるんだ~。そんなに僕が怖いのかな? 『蛭子』様の邪魔するつもりなんてないですよ? 僕はただ世界平和を願っているだけなんだけどなぁ というか、これは夷川海斗との約束を破りつつあることを理解してますか? まぁ、僕は所詮前世の呪いなので、今の僕に任せますけどねぇ。ただまぁ、『声』を出して騒ぐことはあるかもしれませんが。それが嫌なんですか? ねぇ、『蛭子』様?』
前世の『声』が頭の中で響くが、すぐに消え去る。
ヒルコは巨大な塔を見上げていた。
大地から巨大な黒い塔が空へと伸びていた。上層は雲に覆われ、頂上は視認できない。
「あれは『迷いの宮殿』ラビリュントス」
今度ははっきりと、真横からラミアの声が聞こえた。
「ラビリュントスのどこかに、とある『化身』が棲みついている。『化身』の名はミノタウロス。星と雷を司る神『アステロペーテース』の『化身』よ。ミノタウロスに選ばれれば『神器』を与えられる。人々は『神器』を得るためにここクレタへやって来てくるの」
ラミアとヒルコはベンチに座っていた。ちなみにヒルコはメイド服を着ていた。
二人が座っているのは、クレタと呼ばれる街の広場に造られたベンチである。
「ラビリュントスはミノタウロスの宮殿。そしてクレタは、ミノタウロスの『神器』に選ばれた者達が勝手に彼を祀り上げ街を運営しているの」
黒い塔を中心にクレタの街は広がっている。
「ミノタウロスは街の運営には一切かかわっていないらしいわ。彼は宮殿の中に閉じこもり、住人達に時折『神器』を与えるだけみたいね。悠々自適で羨ましい限りだわ」
冗談めかしてラミアが言うも、ヒルコは口も頭も動かすことができない。無言で黒い塔を見上げていた。
「ミノタウロスは女好きで有名なのよ。というか、好みの女にしか『神器』を与えないの。私の目的は『神器』をもらうことだけど、ヒルコの方が私よりも綺麗だから彼に選ばれる可能性は高いかもしれないわね。ねぇ、ヒルコ聞いている? さっきから何にも返事してくれないじゃない。奴隷の癖に生意気じゃないの。私は貴方のことが好きだから許してあげるけど、何回もこんな風に意地悪されたら衝動的に殺してしまうかもしれないわ。うふふふ」
物騒なことを笑いながらラミアが言うが、相変わらずヒルコに反応できなかった。
「ふふ。ヒルコってば何だか人形みたいね」
ラミアに不快気な様子はなく、むしろ楽しそうにヒルコの黒い髪を撫でて「かわいい、かわいい」と囁いている。
「やっぱり二人でいる時間が一番ね。でも、そろそろ姉様と合流しないと怒られてしまうわ。さてヒルコ、命令よ。私に付いてきなさい」
命令に対して、ヒルコに嵌められた【奴隷の首輪】から小さな紫電が放たれ、ビクッと身体が動いた。
ヒルコの身体が勝手動く。まず、塔から視線が離れ、虚ろな瞳がラミアへと移る。
【奴隷の首輪】は主人に従わない奴隷に対して紫電を発生させる。
微弱な紫電から、奴隷を殺すほど強力なものを発生させることが可能だ。
ヒルコの身体は【奴隷の首輪】を通した命令には逆らうことができない。それでもヒルコは己の身体を自由に動かすかごができないままだが。
『すっげぇな。意地でも主導権は渡さないつもりなんだね。やっぱり神様って馬鹿だなぁ。まぁ、日本神話の神々も皆、馬鹿ばっかしだしねぇ。君はそんな馬鹿の操り人形でいいのかな? 僕は君には自由に己の欲に従ってのびのび生きて欲しいんだけどね』
再び前世の『声』が聞こえた。
(俺のしたいこと?)
ヒルコが戸惑っていると、ラミアが手を取って歩き出す。
「どんなことになってもヒルコは私が守ってあげる。何も心配しなくてもいいわ。さぁ、姉様と合流して迷宮に行くわよ」
歩きながらラミアが言った。
ヒルコの身体に自由はない。ただ目と耳から映像が入ってだけ。
夢の中だと分かっているのに、目覚めることができない。そんな悪夢の中にいるようだとヒルコは感じた。




