操り人形と鏡の亡霊
時は少し遡り、リビュア前国王が殺されてから6日後のこと。
リビュア王国の宝物庫でとある『神器』が盗まれた。
※※※※※※
夢を見ているようだとヒルコは思った。
自分自身の手が勝手に動き、兵士の首を絞めている。
ぎりぎりぎりぎり。
はっきりと意識はあった。
今から己が行う行為は、正しさの欠片も無い人殺しであることも理解している。頭の中で『こんなことをするために転生したんじゃない』という声が響いている。声はあまりにも小さく、影響力も無く次第に消えていく。
誰もが寝静まる真夜中。
リビュア王国の宝物庫の中に無数の邪な言葉が浮かび、青い光を放っている。青い光に照らされ、浮かび上がるのは黒い衣装を纏ったヒルコが兵士を殺そうとしている光景だ。
宝物庫の中に保管されている『邪な言葉を操る神』の『神器』を盗みに来たら、運悪く見回りの兵士に見つかってしまったのだ。
兵士に見つかった瞬間、ヒルコの身体が文字通り勝手に動いた。邪な言葉を操って兵士を弱らせ、動きの鈍くなった兵士の首へと手を伸ばしていた。
『邪な言葉を操る神』に身体の自由を奪われることは今までもあったため、驚くことはなかった。
「俺は邪神の『化身』だ。邪神の意思には逆らえない。アンタはここで死ぬ。どうして死にそうなのに、そんな顔をしているんだ?」
喋る自由までは奪われていなかったらしくヒルコが訊ねた。
首を絞められた兵士は恍惚とした表情をしていた。兵士は赤く輝くヒルコの瞳を見つめ、「あぁ、美しいなぁ」と呟き気を失った。
ヒルコの身体に自由が戻る。
(この男は殺さないのか? でも、俺の姿を見られている)
兵士を地面に寝かせながら、どうしようかと思案していると宝物庫に声が響いた。
『ふむ。その兵士は邪な言葉を浴びすぎて、『邪な言葉を操る神』に洗脳されてしまったようだ。もう、その兵士は君に不利益なことをすることはない。放っておいて大丈夫だろう』
聞き覚えのある男の声。
声の方へヒルコが視線を向ける。視線の先には、宝物が整然と並ぶ棚がある。その中に奇妙なグラスがあった。グラスの表面に男の姿が浮かんでいる。
「カスレフティス」
ヒルコが呟いた。それは数日前に殺された男の名前だった。
『ふふ。俺をカスレフティスと呼ぶのは止めてくれ。カスレフティスは予言者によって殺された。俺のことは『魔鏡』と呼べと言っているだろう』
「でも、お前の魂はカスレフティスのものなんだろう? ならばカスレフティスじゃないのか?」
「俺はカスレフティスではない。死ぬ間際に『魔鏡』の力とカスレフティスの魂を鏡の中に写しかえた。確かに、カスレフティスの人格を持ってはいるが、カスレフティスの器ではない。今の器は『魔鏡』という『神器』だ。故に俺は『魔鏡』と呼ばれるのが一番しっくりくるのだ」
「・・・・・・」
『まぁ、俺のことはどうでもいいか。君は俺の呪いを解いただけでなく、新しい呪いで塗り替えてしまった。お蔭様で俺は今や『邪な言葉を操る神』の『神器』だ。そして君は俺の上司だ。俺の名は好きに呼んでくれ」
溜息と共に、グラスから男の姿が消えた。
『さて、仕事の話をしよう。これが『邪な言葉を操る神』の『神器』だ』
今度は背後から声が聞こえた。ヒルコが振り向くと、鏡が壁にかかっていて、鏡面に男の姿が映っていた。
『魔鏡』は一冊の本を指さしている。邪な文字で書かれた本だ。
宝物庫に『神器』があると『魔鏡』に教えられ、ヒルコは人目を盗んでやってきたのであった。
ヒルコは本を手に取った。
『その『神器』を使って一体何をするつもりだ?』
『魔鏡』が訊ねた。
「神々への復讐だ」
ぽつりとヒルコは呟いた。
『ふむ、ならば忠告しよう。ラミアは『神の王』の『巫女』に選ばれる女だ。『巫女』は『邪な言葉を操る神』を殺すと『予言書』に書かれていた。ラミアが『巫女』となる前に彼女を殺した方が良いだろう』
鏡の中で『魔鏡』が告げる。
ヒルコは首を振った。
「ラミアは殺さない。ラミアにはまだ利用価値がある」
『そうか。ならば俺は何も言うまい。そして仕事が終わったのであれば今日は上がらせてもらう。また、何かあれば呼んでくれ』
鏡から男の姿が消えた。
『精々足掻くと良い。操り人形』
その言葉を残し、『魔鏡』は鏡の中を渡り歩く旅へと出かけた。
ヒルコは新しい『神器』を手に宝物庫から出て行った。
歩きながらヒルコは考える。
もし、『邪な言葉を操る神』にラミアを殺せと命令されたら?
先ほど首を絞めた兵士のことを思い出した。
ぎりぎりぎり、と己の意思とは無関係に動いた腕。
掌には、未だにその感触が残っている。
言い知れぬ不安を胸に抱きながらも、少年は『邪な言葉を操る神』の意思に従い、『神器』を手に入れた。
少年は真っ暗な廊下をただ一人、足音一つ立てず息を殺して進んでいく。




