巫女
幼い頃より、第四王女ラミアは誰も彼もを疑いながら生きてきた。
王と奴隷から生まれた彼女の周りに味方はいなかった。王族も臣下も正妃であるレイアの目を恐れ、不用意に近づかない。こちらから近づいても、表面上は綺麗な表情と言葉を浮かべるだけ。その裏で影口や陰湿な意地悪をして笑っている。
中には、嫌がらせをしてくる者も多かった。
あからさまな嫌がらせを行う者は叩き潰した。その結果、触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに人々はラミアから距離を取った。さらに孤高の立ち位置を確固たるものにしてしまった。
それでも、誰かを欲した。
人は嫌いだが、愛に飢えていた。偽物でもいいから、友人が欲しかった。
(考えたら、友人なんていないわね。作り方も分からないけど)
思えば、ラミアの実母は奴隷でありながら、リビュア王と愛し合っていた。
母はリビュア王を心から信用していた。王も母を信用していた。
奴隷と王が何故、愛し合っていたのか? 何故、信頼し合えたのか? ラミアは疑問だった。今となっては本当の理由は分からない。
彼女が辿り着いた答えは、奴隷契約こそが最も信頼できる人との繋がり方であるという考えだった。
奴隷である母は、王に逆らえない。王に見初められることは、王を愛せと命じられているようなものだ。
ならば、奴隷を買えば良いと思った。
奴隷契約を交わしている限り、裏切られることはない。愛せと命じればきっと愛してくれる。
そんな不純な動機でヒルコを買った。
見目麗しく、腕の立つ奴隷。言うことは何でも聞いてくれる。
不満はないが、ラミアはヒルコも信用していない。彼が自分に従っているのは奴隷契約が前提にあることを知っている。きっと奴隷契約が無くなれば、ラミアのもとから去ってしまう。
(ヒルコは『化身』だ。きっと、リビュア王国に封じられている『邪な言葉を操る神』の『神器』を手にしたら、私の前から消えてしまうでしょう。だから、ヒルコに『神器』の場所を教えてはいけない)
ラミアはヒルコのことを家族のように大切にしようと決めている。
例え、ヒルコのラミアへの想いが偽物でも。
※※※※※※
リビュア王が暗殺されてから一週間後。
王の間にラミアは呼び出された。
義母のレイアが新しい王となり、玉座に座っている。
「堅苦しい挨拶は必要ありません。所詮ワタクシはシナリオのつなぎでこの椅子に座っているだけですからね。すぐにワタクシの出番は終わります。貴女もワタクシに遠慮しなくてもよろしくてよ」
レイアが開口一番言った。
「正直なところ、早くこんな面倒な立場から降りたいのですけど、世間も神々もそれを許してくれないの。責任を果たせだなんて嫌になっちゃうわ。だから、ワタクシは決めました。一番早く結婚した子に王位を譲ると。ねぇ、早く結婚して孫の顔を見せて頂戴な。もちろん、貴女も含まれてますよ、ラミア」
王となってから、レイアは憑き物が落ちたかのように、ラミアに優しくなった。今まで以上に虐めが酷くなると予想していたため拍子抜けしてしまった。
「母さま、シナリオの台本通りに演じて」
玉座のすぐ横で直立していた第二王女ノルンがため息交じりに注意をした。
レイアは壊れたように笑う。
「うふふふふふ。あはははははは。シナリオに従って生きたって良いことなんて無いわ。今までシナリオ通りに忠実に生きていたけど、今のワタクシの状況は思い描いていた未来とは全く違うもの」
「それでも今の状況は、『魔鏡』が母さまのために繋いでくれた細い糸。本来なら出番なく、この世から退場されるしか母さまには選択肢がなかったのは知っているはず。そんな中、とある『化身』がシナリオを無茶苦茶にした僅かな隙間を縫って、『魔鏡』は父さまを殺すことで母さまの出番を無理やりねじ込んだ。破滅エンドから逃がしてもらった母さまは、とても幸運」
「何が、幸運なものですか。女王なんて窮屈だし、仕事が多すぎます。これなら、シナリオから退場させられて死んだほうがましだったわ! そもそもワタクシは今まで王妃の仕事も全部カスレフティスにしてもらっていたのよ。そんなワタクシが女王の仕事なんてできる訳ないでしょうに」
喚きたてる母親をノルンはゴミを見るかのような蔑んだ目で見つめている。
娘の冷たい視線に気づき、レイアは我に返ったのか「こほん」と咳払いをして仕切り直した。
「本題に入りましょう。ラミア、貴女は『神の王』の『巫女』に選ばれました。まぁ、『予言書』のオリジナルでも貴女は『神の王』の『巫女』に選ばれていますから、貴女に関しては元通りの配役に戻ったというわけです。おめでとうございます。これで、富も名声も貴女のものです。ですが『巫女』として貴女はまだ未熟です。これから立派な『巫女』になれるようワタクシ達が礼儀作法などを指導していきます」
「嫌です」
女王の言葉に、ラミアはきっぱりと返した。
ノルンが驚いたように目を見開く。
「『神の王』の『巫女』になることは名誉なこと。何故断る? もしかして今までのように、母さまやこの国が意地悪しようと疑っている? それは違う。『魔鏡』によるラミアへの呪いは解除済み」
「そうですよ。『巫女』になれば何だってできますよ。リビュアの王になって、意地悪をしたワタクシを煮るなり焼くなりすることもできますよ」
レイアはおどけるような口調で言う。
ラミアは笑顔で言う。
「今までの環境の所為なのか、人を疑ってしまうのが性分なんです。私は人も神も疑って生きていく必要があることをこの城で学びました。そんな私に『巫女』は務まりません」
「あら、そうですか。理解はできませんね。折角目の前に素晴らしいものがあるのに、飛びつかないなんて」
「誰も彼もシナリオ無視して自分勝手。その皺寄せはどうせ私にくる。自由なのがうらめしい」
レイアとノルンがそれぞれ感想を言う。
その後もノルンが小さな声で不満をぶつぶつ呟いていたが、レイアが遮った。
「ところで、これは内密の話なのだけれど」
そう前置きして、レイアは昨日宝物庫に泥棒が入ったことを教えてくれた。
犯人は見つかっていない。
盗まれたのは、封じられた一冊の本。邪な文字で記載された『邪な言葉を操る神』の『神器』だ。
「一体全体誰が何の目的で盗んだのでしょう。ラミアには想像がつきますか?」
「いいえ」
ラミアは嘘を吐いた。本当は、泥棒が誰なのか心当たりはある。
(ヒルコね。でも、どうして私に秘密にしたのかしら?)
愉しそうな表情をレイアは浮かべながら、ラミアを見ていた。
「ふと、直感的に思ったのですが、貴女は、ワタクシと真逆ですね」
「?」
「お金よりも愛を選ぶところがワタクシと正反対。愛だけじゃ苦労するとワタクシは思いますけどね。でもまぁ、貴女の選ぶ道をワタクシは尊重しましょう。ただ、運命からは簡単に逃れることはできません。貴女が『神の王』の『巫女』になるのは決定事項です。いずれ『神の王』の『化身』が貴女の前に現れるでしょう。その時まで、後悔のないように」
女王様のありがたい言葉を最後に、ラミアは王の間を退室した。
ラミアは自分の部屋に戻った。
部屋の中でヒルコが椅子に座っていた。
「ねぇ、ヒルコ。最近、一人で宝物庫に行ったかしら?」
ラミアが訊ねると、目を泳がせながら「行ってませんよ」と答えた。
(ほら、やっぱりヒルコは信用できないわ。それでも、『神器』を手にしても私のもとにいてくれることだけで良しとしましょう。これも奴隷契約のお陰でしょうけど)
心の中で苦笑しながら、ラミアはヒルコの頭を撫でた。
「嘘吐きは泥棒の始まりよ。でも、私はヒルコを許すわ」
ヒルコが心の底で何を考えているか分からない。もしかするとラミアを嫌っているのではないかと疑いながらも、ラミアは告白する。
彼がどんな思いを抱いていようともかまわない。
「私はヒルコが大好きだから」
例え、それが一方通行の想いでも。
ラミアはヒルコのためなら、命を懸けられる程度には大切に想っている。
ヒルコは不思議そうな目でラミアを見つめていた。




