「カスレフティス」を名乗った男の最後
愛よりもお金。裕福な暮らしができて、多くの者達から羨まれるような身分が欲しい。
その想いを胸にレイア王妃は分かれ道を選んできた。
手に余る高い望に手を伸ばした貧乏貴族の娘は、王の妻という玉の輿に乗ることができた。女の子たちが憧れるシンデレラストーリーの主人公のようだ。
ただ、その道の先は落とし穴ばかりだった。
彼女の運命は悪女として処刑される未来が『予言書』に定められていた。
「まぁ、ワタクシはヒロインよりも意地悪な継母の方が合っているのでしょうけど」
レイア王妃は鏡を見つめていた。『魔鏡』の力が込められている鏡だった。その鏡にヒビが入っている。
「カスレフティスよ。カスレフティス。この国で一番美しい女は誰? 最も高貴な女は誰?」
心が穏やかでない時、レイアは鏡に訊ねた。
いつもなら、鏡から「美しいのは王妃様です。高貴なのは王妃様です」と鏡から声が聞こえてくるはずだが、今日は何度訊ねても答えが返ってこない。
「あらあら。カスレフティスが失敗してしまったようねぇ」
溜息を吐きながら、鏡面に触れ、割れ目をなぞる。鋭利なヒビに傷つき、指から血が流れた。鏡面に沿って血が流れ落ちる。
「貴方がいたから、ワタクシは今まで落とし穴に落ちずにいられた。貴方がいなくなったら、ワタクシには何もできないのを知っているでしょう? ワタクシを置いていくなんて酷い人。確かにワタクシは愛なんてものよりもお金や身分が好きよ。でもね、貴方を愛していたのは、愛しているのは本当だったのよ。ワタクシは貴方とずっと一緒に居たくて洗脳されたふりまでしていたのよ? どうして気付かなかったの? カイル」
レイアはかつての恋人の名を呟いた。
それに答えてくれる者はいない。
「愛もお金もなくなってしまったけど、後悔は無いわ。だって、今まで貴方と過ごせて幸せだったから。今までありがとう」
鏡に向かってレイアは微笑んだ。
コンコン。
部屋がノックされ、女が返事も待たずに入り込んできた。黒い博士帽子をかぶり、黒いローブを纏っている姿は学士のようにも見える。
「久しぶり、母さま」
女はレイアの娘であり、賢者とも称される第二王女ノルンであった。ノルンは一冊の本を持っていた。その本と同じ装飾のものをレイアは知っていた。カスレフティスがいつも読んでいた本と同種のものだ。
「どうやらワタクシも、カスレフティスも貴女達の手の内で転がされていたのかしら?」
ノルンが手に持っているのは予言者の『シナリオ』が書かれた台本だった。
「母さまが、勝手に転がっていただけ。私は興味無かった。母さま達がヘマしなければ、見てないふりしていたのに」
小さな声でノルンが言う。ノルンは普段から声が小さく、寡黙な女であった。
「ま、ノルンはそうよね。必要最低限なことしかしない主義だものね」
「表舞台は嫌。でも、予言者様が私にシナリオを渡してきた。さすがに、無視は無理。私も、シナリオを進める駒の役割を果たすことにした」
「ワタクシとカイルの望んだシナリオ変更は却下された。『予言書』オリジナルのシナリオにまた戻るのかしら?」
「新規のシナリオになるみたい」
「あら、そうなのね。でも、どのシナリオが採用されるにしろ、ワタクシの出番はないでしょう。貴女達にとっても悪女の母親は不必要でしょうしね」
「いえ、母さまにも出番有る。それを伝えに来た」
そう言って、ノルンはレイアに台本を渡した。
※※※※※※
第四王女ラミアは騒ぎ声がする方へと走った。騒ぎは庭園で起きているようだった。
「これは、どういう状況なのかしら?」
庭園に到着し、ラミアは困惑しながら呟いた。
そこは何となく嫌な雰囲気が満ちていた。
いたるところで壁は壊れ、地面もえぐれている。
多くの騎士達が一か所に集まっていた。
その中心には倒れたヒルコと、それを介抱している第三王女ゴルゴーンの姿があった。ヒルコは大きな傷を負っていないとラミアには分かった。ラミアとヒルコは奴隷契約を交わしており、奴隷であるヒルコの健康状態を知ることができた。ヒルコは過労で眠っているだけだ。
もう少し労働環境を良くした方が良いかしら?と思いを巡らせながら、騎士達の声に耳を傾ける。
「さすがはヒルコだ」
「俺たちに模擬戦とはいえ百人抜きを挑むとなんて、メイドのくせに大した奴だ」
「でもまぁ、ゴルゴーン様には勝てないか」
「百人目のゴルゴーン様は国で一番強いんだから仕方ない。でも俺たち騎士99人に勝てたんだ」
「あぁ。すげぇよ。俺もヒルコのファンクラブに入ろうかな」
騎士達は、ヒルコとゴルゴーン率いる騎士達が模擬戦を行い、99人抜きをしたヒルコを讃えていた。周囲から聞こえる声にラミアは違和感があった。
「これは、どういう状況かしら?」
再び訊ねた。今度は、違和感が最もする方へ顔を向けて。
そこにはボロボロの衣装を纏った男がいた。
男の両目にはひび割れた鏡がはめ込まれていた。
「すごいな。俺の最後の【心鏡】が通じないなんて」
男がフラフラとした足取りで、ラミアの横を歩きながら言った。『魔鏡』に選ばれ、カスレフティスと名乗っていた男の成れの果てがそこにあった。
100人以上いる騎士達は明らかに不審な男に誰も気づかない。気づいているのはラミアだけだ。
「さすがは、『予言書』のオリジナルの中で、『巫女』の役に抜擢されることはある。『神器』を手にしていないのに、『魔鏡』の力に打ち勝つとはねぇ。君はこれから、シナリオを進めるために重要な駒として重宝されるのかもね」
「あの、私は状況説明を求めているんですけど?」
「はん。そんなの見てわかるだろ。俺は君の奴隷と戦い、彼の呪いに負けた。『神器』を持っているのに、負けたんだ。敗者である俺は、君の奴隷にとって都合の良さそうな幻術を餞別にかけただけさ。彼等騎士は、ゴルゴーンがヒルコの力を試すために模擬戦を行っていたって認識さ。その結果は見ての通り」
男の声は弱々しい声音で言う。
ラミアはもう一度、騒ぎ立てる騎士達を見る。彼らはヒルコを一人の人間として認めている。それは『魔鏡』の幻によるものかもしれないが、ラミアは不快だった。
(ヒルコのことを何も知らないくせに)
「俺は、この国に漂う呪いだった」
男が再び口を開く。
「君の母親を毒殺したのは俺だ。『魔鏡』の力を使って殺した。そして君の身に降りかかった呪いのような不幸は全て俺が原因だ。君には、俺に復讐する資格がある。だが、ゴルゴーンが君に意地悪をしていたのは俺の所為だ。ゴルゴーンは許してあげてくれ」
「城にいると嫌な感じがしていたのは貴方の力でしたか。ゴルゴーン姉様を許す件については約束しましょう。姉様は阿呆ですから、私は意地悪された覚えはないです。毎回毎回、姉様が自爆しているだけしたから」
「あぁ、そうかい。ゴルゴーンのことだけが心残りだった」
話が終わったと思い、ラミアはヒルコに向かって歩き出そうとした。
「そう言えば、君はどうして彼に『邪な言葉を操る神』の『神器』がリビュア王国に眠っていることを伝えないんだい?」
男が訊ねた。
ラミアの身体が固まる。
「よく聞こえませんでした」
聞こえないふりをラミアはした。
男は「まぁ、他人が介入するものではないのは確かだ。俺は最後の仕事をすることにしよう」と言って庭園を出て行った。
一時間後。
リビュア王が暗殺された。
暗殺者は見つからなかった。
臣下達は動揺し、慌てふためいた。ひとまずレイア王妃が代わりに玉座に座り、表面上は落ち着いた。
数日後、街中で一人の男の死体が発見された。
男はボロボロの衣装を纏い、目をくりぬかれていた。
リビュア前王の暗殺について盲目の男が関与していたとは誰も思いつかなった。
男の死体の左横に、血を使って地面に文字が書かれていた。
『結末』は変わらない、と。




