Epilogue
――高く晴れ渡った青空。転々と泳ぐ鰯雲。控えめな日差しを振りまく太陽。
「うーん……いい天気だなぁ……」
それからたまにそよそよと吹く風を感じながら、僕は空を見上げて呟く。
時は十月上旬。夏の暑さもなりを潜め、ともすれば肌寒い日も出てくる今日この頃。
僕は夏祭りの花火を見上げた丘に来ていた。
「……あれからもう一カ月と半分くらいか……」
小高く開けた、空を一望できるこの場所。ここから始まった、色々と大変で、色々と決心した、夏の一大イベント。忘れたいけど忘れたくないような、色々な事がありすぎた一日。
「……そういえば、なんでみんなこの事を知ってたんだろう……?」
その後日、何故かこの日の出来事を知っているらしいクラスメート達から色々なメールが送られてきた。「感動した」とか「蒼くんかっけー」とか「なに? お前らいつ結婚すんの?」とか「バカップルは許せないけどお前らなら……まぁ許せない事もないかな」とか「実は俺、来栖の事好きなんだ」とか(ちなみに最後のメールにだけは返信しなかった)。
どこから情報がリークされたんだ? と疑問に思い、一秒で結論にいたった。
「……涼太め」
当たりをつけて問い詰めてみれば、
『ち、違う、俺じゃない! 俺はその、来栖のご両親にお前の武勇伝を語ってあげただけだ! そしたら将来の婿の武勇伝は広く伝えないとって、俺のケータイを使ってみんなに教えだしたんだ!!』
なんて回答が返ってきた。
ちなみにその武勇伝とやらは、『来栖が倒れた瞬間に蒼くんの体内で何かが覚醒、そして行く手を阻むように現れた警察官とヤンキー相手に「人の心を大事にしない世界なんてぇ――!!」と体を通して出る何かを発動、警察官の発砲をものともせずに障害を薙ぎ払うも、最後の最後にされた精神攻撃(来栖の写真に「蒼くん、嫌い」の落書き)により人間不信に陥るものの、どうにか救急車を呼ぶ事に成功。救急隊員に来栖を引き渡すと、どうしようもない絶望感から「絶望した!!」と吉良涼太に当たる。当られた吉良涼太は、そこは親友として「来栖は今苦しくて泣いているんだ。それが分からないなら……俺がお前を討つ!!」と拳での語り合いにて解決を計る。それにより無事に正気に戻った蒼くんに対し、「へへ……お前の拳はずいぶんとお喋りじゃねぇか……う、ウッディ!!」と言葉を残し、吉良涼太は入院。その言葉を胸に刻み、蒼くんは病院へと駆けつけた。その際の「秋菜は僕のモノだ」発言は、警察から問いただしが来るのではないかと関係者の間で囁かれるものだった』というもの。加えて一番下に『コピーライト、吉良涼太With来栖家』と書いてあった。
「……ていうかこれ、みんな信じたのか?」
甚だ謎だった。
「……まぁ、半分くらいは信じてるんだろうな」
僕はそう結論付けて、その場に腰を下ろした。辺りの地面一帯はまだ緑で覆われていて、ちらほらと僅かながらにも、小さな青い花が咲いていた。
「結構咲いていられるもんなんだな……」
なんとはなしに、その花を眺める。こんな人がめったに来ないような場所で咲いている、小さな花を。
「あー、そういえば、涼太がなんか勿忘草がどうとかって言ってたな」
確か、この辺の勿忘草はなんかすごく長生きだとか、そんな事。ここら辺に咲いている花もその勿忘草なんだろうか。
「…………」
誰も来ないところで、ひっそりと、長く咲き続ける勿忘草。花言葉は「私を忘れないで」。
「さびしがり屋の勿忘草が、誰かに会いたくて長生きしてるのかな。」
なんて。
僕はどこの詩人だろうか。
「ふぅ……」
そんな性に合わない事を考えていたら、なんだか切ない気分になった。
「こういう時は、声が聞きたくなるよな……」
そんな時、脳裏に浮かべる人物はただ一人。僕が大好きな、裏表のない真っ直ぐな声。
「まぁ、聞きたいからってすぐ聞けるようなものじゃ――」
「おーい! 蒼く――ん!」
「…………」
とか思ったら、すぐに聞けた。なんてタイミングがいいんだか。
声のした方へ首を巡らせば、茂る草木の分かれ目から僕の大好きな小さい姿が――
(……いや待て)
大好きな小さい姿、なんて表現したら、まるで僕が彼女を小さいから大好きなように聞こえるんじゃないのか? マズイな、このままだとまた僕にロリコンの烙印が押されてしまう。
「違う、断じて違う、僕はロリコンなんかじゃ――」
「えー? なーにー?」
僕の呟きが聞こえたのだろうか、彼女はそう僕に聞きつつ駆け寄ってくる。
「……なんでもない」
その姿を可愛いと思う僕は、やっぱり……?
(いや、違う。僕は、小さいだけじゃ好きにはならない)
そうだ。ていうかそもそも、小さいとか大きいとかそんなのは関係なしにして。
「秋菜、あんまり走ると転ぶよ?」
そう、秋菜だから。来栖秋菜だからこそ、僕は好きなんだ。
――秋菜は、あの日からちょうど一週間くらい前まで、ずっと入院していた。起こった発作のせいで、だ。詳しい病名とかは、医学の知識がない僕にはまったく理解できないものだったけれど、あの程度の発作では死ぬ事はほとんどないらしい。ならあの日の僕のテンパリ具合はなんだったんだ、と思わなくもないけど、僅かとは言え秋菜が死んでしまうかもしれなかったんだ。なら、あのテンパリ具合も仕方がないだろう。
そんな話を医者に聞いてから、僕は今まで意図的に触れないでいようとした、秋菜の体の事について詳しく聞いてみようと思った。いくらその事から目を背けていたって、起こるものは起こるんだ。今回の事でそれが身にしみた。
だから僕は、白石先生から詳しく話を聞いた。本当は秋菜の両親に聞くべきなんだろうけど、流石にそうする勇気がなかった。そのせいか、「このヘタレめ」とまた涼太に言われてしまったが。
ともかく、僕は白石先生から秋菜の体についての話を聞いた。
『秋菜の体の中で、特に心臓が弱いのは言ったよね? で、医学的な説明は省いて簡単に症状を言うと……そうだね、今回みたいな発作が起きやすいっていう以外、これといって目立つ事はないんだよ。だけど、目立たないからこそ厄介なのさ。小さい頃は体力もなくて、体内に異常がきたすとすぐに熱が出たりするじゃない? でも、高校生にもなってくると、多少の違和感じゃ顕著な体調の変化が見られないんだ。だから、無理をする。本人に無理をしてるって自覚がなくともだ。そして、違和感は徐々に蓄積されて大きくなり、今回みたいなケースで、手術が必要になるくらいの大きな発作になりやすい。死ぬ確率が低いと言えば、そりゃ低いさ。でもね、いくら確率が低いって言っても、秋菜はその発作が起こりやすいんだ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるんだよ。秋菜は、そんな症状を一生抱えて生きてかなきゃならないんだ』
簡単にまとめたその説明だけを聞けば、死ぬ確率は少なく聞こえる。でも、それは、普通の人よりも死が近くにあるって事だ。
『秋菜は、そんな人生を送る子なんだよ。……それでも、アンタはあの子といられるのかい?』
試すような白石先生の質問に、僕は――
「……ええ、いられますよ」
駆け寄ってくる秋菜を見て、呟く。そうだ、あの可愛い彼女のためなら、そんなハンデくらい背負ってやれる。儚くて脆い彼女を支えてやれる。第一、こんな僕があんなにいい子と付き合っていられるんだ。それくらい……軽いもんさ。
『そうかい』
その答えを聞いた時、白石先生は煙草をくわえたまま器用に笑った。優しい、姉のような表情。
「命の意味にも、いつか答えられると思いますよ……」
そんな甥想いの叔母が出した、いつかの質問。あの日も今も、まだそれに返せる答えは見当たらない。だけど、そんなに焦る事も、やっぱりないんだと思う。だって――
「あはは、へーきだよー!」
――そんな事を言って、見事に転ぶような秋菜が好きなんだ。一生、そんな彼女の傍にいるんだから。
「……あ」
と、そこで僕は重大な事に気付いた。退院したばかりの秋菜が転ぶのはいつもより危ないんじゃないか、とかそんな事ではない。その点は僕が受け止めればいい。
(そういえば僕、秋菜に面と向かって、はっきり「好き」って言った事無かったような……)
それっぽい事は言ったような気がする。でも、面と向かって、はっきり言った事は……ない。
(……この点は、彼氏としてどうしようもなく駄目だと思う……)
加えて、なんとなくこの場で言わなきゃいけない空気な気がする。
「わ、きゃ!?」
と、そんな事を考えていると、僕から五メートルくらいの地点で秋菜がつまづいた。
「危ない、秋菜!」
僕は咄嗟に立ち上がり、秋菜を受け止めるべく一歩彼女に近づいて、思い切り抱きしめる形で受け止めた。
腕の中に、温かな秋菜の感触。もう二度と無くしたいくない、大切なぬくもり。
「え、えへへ……ありがと、蒼くん」
そして恥ずかしそうに顔を赤らめながらそう言う秋菜。そんな彼女を見たら、胸が熱くなって、色々吹っ切れた。というか、テンションに流された。
「秋菜」
「うん?」
秋菜の顔が僕の方を向いたのを確認すると、色々な覚悟を決めた。
一つ、息を吸う。
小さく吐く。
そうやって心を落ち着けて、そして――
「……大好きだよ、秋菜」
――そう言って僕は秋菜にキスをした。
――多分僕は、これからもこうやって秋菜と共に生きていくんだろう――
そんな事を思いながら。
皆様こんにちは。檜楓呂です。
えー、突然の自己主張ですが、あとがきは言い訳とお礼を言うところだと、僕は勘違いしちゃってます。檜楓呂という生物は、本編で抱かせた「え? なんぞこれ?」みたいな 疑問も、あとがきで言い訳をしてどうにか傷口を小さくしようとします。
そういう訳で、言い訳タイム。
えっと、まずこの物語ですが、高校二年生の二学期、授業中ルーズリーフに書き始めたものでございます。完成に、二年かかってます。
えー、前の作品のあとがきにも書いたのですが、二年も経つと設定とか伏線とか文体がおかしくなっちゃうのです。
だから、その……作中のおかしな点とかには……目をつぶってて欲しいかなぁ、なんて……。
いや! いやね!? ちゃんとね、僕も一通り書き終わってから目を通したんですよ!?
でもさほら、人間の能力には限界があるというか、ほら、さ、えーと、うん。とりあえず、ごめんなさい。
言い訳タイム終了のお知らせ。えー、話を強引に変えて……。
この物語は、自分的にほのぼのしたものを書きたいなぁ、と、当時ハマっていた某病弱ツンデレ少女が出てくるライトノベル(今度実写映画化するらしいですね)を読みながら思ったところから生まれたものです。ついでにその時期、病気系(?)の話が流行っていた時期でしたし。
そして書き始めて、書き終わりは二年後。加えて更新滞りまくり。どういうこっちゃねん。
と、自分の不甲斐なさを痛感しながらも、なんとか書きあがりました。
そんな自分の、けっこうグダグダな感じがありそうな話ですが、最後まで読んでくれた方にはもちろん、少しでも目を通してくれた方にも感謝の意を伝えたいです。それから加えて、色々とアドバイスをもらった友人にも。あんまりそのアドバイスを生かせてない気がしますけど。
ともかく、こんな僕の作った物語にここまで目を通していただいて、ありがとうございました。東京の片田舎から最大限の感謝を。
檜楓呂でした。