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No name 4

 遠い海岸線にオレンジの太陽が沈み始める頃、浜辺には長い影が伸びる。あれだけ人がいた浜辺も、その頃になるともうまばらで、残っているのは僕たちのようにまだ遊び足りない人か、この付近に住んでいる人、もしくは海の家やらで働いている人ぐらいのようだ。

 そんな砂浜に打ち寄せる波の音はひどく寂しく感じられ、胸に感傷的な何かを残して消えていく。

 涼太が立ててくれたビーチパラソルの下、言葉も少なくそれらを眺める僕と秋菜。

 僕らがほとんど喋らないのは、この寂しさの中にいて、より互いの存在が大きく感じられるからなのか。

 握り拳一個分くらいの、僕と秋菜の距離。

 きっと、この雰囲気の中で言葉がもつ意味なんてものは、野暮なものにしかならないんだろう。

「……なんて」

 僕はどこの評論家だろうか。そんな事を考えるなんて。

 秋菜はそんな僕の呟きも聞こえていないのか、ずっと沈み行く夕陽を眺めている。

 ――トス。

 と、夕陽を眺める秋菜を眺めていると、僕のすぐ右の砂浜に、一本の矢が突き立った。

「……矢文?」

 えらく場違いなものだなぁ、と思いながら、僕はそれを手に取る。突き立っていた矢の真ん中には、手紙と思われる一枚の紙がくくり付けられていた。

 それを取って、中を見てみる。

『拝啓、バカップル様。

 楽しい楽しい海水浴をどうお楽しみ中でしょうか。そろそろ涼しい時間帯になってきたので、水着と裸は紙一重、とか言ってよからぬ事をしないか心配です。

 さて、この素晴らしい夕暮れ時に置きまして、そろそろ私どもは帰宅する事になりました。本来ならば最後まであなた達のバカップルさを観測し、日本バカップル撲め――じゃなかった――日本バカップル研究委員会に送りつけようと画策しておりましたが、先ほどの彼女様から漂われたイカスメルによって私どもはすべてを把握しました。そして、これは白石先生以外には言ってはいけない、と思い、また、これ以上の観測は非人道的なるものと判断し、観測を中断、先に帰宅する所存でございます。

 最後に一言。犯罪にならないように気を付けて下さい。

 日本バカップル研究会地方部長、吉良涼太&理解あるクラスメート一同より。敬具』

「…………」

 さて、まずはどこからツッコミを入れればいいんだろう? 多すぎて分からない僕は、全力でお笑いを習うべきなんだろうか?

「あ、続きがある……」

 その紙の下の方に、ものすごく小さな字で何かが書いてある事に気付いた。

『追伸

 恨みます。この世の全てのモテない男を代表して、君を恨みます。

 ていうかなんで!? なんで彼女いる君は女の子の方から声をかけて来てくれて、彼女のいない僕らは自分から話しかけていってもシカトもしくはフラれるの!?

 訳分かんないよ、世の中不公平すぎるよ!!

 という訳で、新月の夜には背後に気を付ける事をオススメします。

 日本バカップル撲滅運動委員会名誉会長含むクラスの有志八人より。敬具』

「…………」

 ……僕が何をしたっていうんだ……。

「ていうか、両方とも存在するのか? この訳の分からない会は……」

「どうしたの、蒼くん?」

 知りたくなかった世界を知らされたショックを受けていると、隣に座る秋菜が不思議そうな表情で僕を見上げてきた。

「……いや、なんでもない。涼太たちはもう帰るって」その旨が書かれた紙はクシャッと丸めて握り、秋菜にはそう言っておく。「僕たちはどうする?」

「うーん……もう少し、こうしてたいかな……」

 そう言って、また沈み行く夕陽に目を移す秋菜。

「……そうだね、じゃあそうしようか」

 そしてそんな秋菜を抱きしめたくなった僕。

 また、二人して黙りながら、海と太陽を眺める。

 ――トン。

 しばらくそうしていると、左肩に温かな衝撃。そこに目をやれば、僕に寄りかかって、少し赤くなった顔で、いたずらな笑顔を浮かべる秋菜。

 僕は、気付いたら秋菜の肩に手をまわしていた。ただ、そうしたかったから。

 そのまま少し、まわした手に力を込める。温かな感触を、秋菜の体温を、もっと感じていたいから。

 ……そうしている間に、また僕の近くの砂浜に矢が五、六本は突き立ったような気がしたが、気にしない。そこに矢なんて飛んできてないし、僕たちが見える範囲に涼太たちなんか存在しない。そう思う事にした。

「…………」

「…………」

 お互い、何も喋らずに、ただ眼前に広がる景色を眺める。お互いの体温を感じながら。

(やっぱりこういう時って、言葉なんて野暮なものにしかならないんだなぁ……)

 ついでに僕の近くの砂浜がもはや剣山みたいになってしまっているのも、野暮なものなんだろう。

 どれくらいの間、そうしていただろうか。徐々に落ち行くオレンジは、もう水平線に半分近くが沈んでしまい、空の色も段々と、茜色から紫色へと変わっていってしまった。

 照りつけるような暑さも、いつの間にかに鳴りをひそめてしまい、少しづつ涼しくなってきた。

 その分、より確かに感じられるようになった秋菜の体温。

 しかし僕は、彼女の肩にまわした手をそろそろ離さなければならない。

(もうそろそろ涼しくなってきたし……これ以上いたら秋菜が風邪ひいちゃうかもしれないし……)

 僕はかなり未練があったけれど、ゆっくりと、秋菜のぬくもりを感じていた腕を降ろした。

「秋菜、そろそろ涼しくなってきたし、着替えてきた方がいいよ」

 僕のその言葉に、秋菜は少し残念そうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔になる。

「うん。そうだね、それじゃあ、ちょっと着替えてきちゃうね」

 そう言って、着替えが入っているだろうバッグをもって、朝と同じように更衣室に向かって歩き出す秋菜。僕の近くに出来ている剣山に不思議そうな視線を送りながら。

 僕は、出来る範囲で簡単に荷物の整理を始め――

「うわ!?」

 ――だしたところで、目の前を矢が通り抜けた。その矢は、先ほど出来上がった剣山とは違うところに突き立った。

「……まだいたんだ」

 僕はとりあえず、今目の前を過ぎていった矢を引き抜き、くくり付けられている紙をとり、中を見てみる。

『お前なぁ、そこはそう言う場面じゃないだろう! もっと、こう、「寒くなってきたね、僕が温めてあげる」みたいなセリフを言う場面だろう!』

「いや確かにそういうセリフっていうのもいいけど……」

 そんな自己満足よりも、秋菜が体調を崩さないことの方が、僕にとって大事だから。確かに、さっきの発言はあまり雰囲気にそぐわないものだったろうけど。

「秋菜だから、小さなことでもすごく心配になるんだよな……」

 そう呟いて、その紙をクシャッと丸めて、剣山の上に置いておいた。多分、この変な剣山もクラスメイトの誰かが片付けてくれる事を信じて。

「ふぅ……」

 僕は少しだけ荷物を片付けると、そこで一旦荷物整理をやめて、先ほど秋菜と寄り添って座っていた場所に座りなおし、静かな海の方へ視線を移す。

 打ち寄せる潮騒の音に揺られながら、もうほとんど沈んでしまった太陽を見つめる。

 昼にはあんなに煌々としていた太陽も、既に茜色――ともすれば暗いオレンジ色に変ってしまった。

 僕たちが楽しんでいる間に。

 太陽は色を濃く黒くして、沈んでいってしまう。

 僕らの裏側にいる人たちに朝をもたらすために。

 僕らの一日を想い出にするために。

(そう思うと、なんでだろう)

 ただ、いつも通りに空をなぞる太陽が、なんだかもの悲しく見えてしまうのは――。

 

「蒼くん?」

「……え?」

 気づくと目の前に秋菜の顔があった。なんだか不思議そうな顔だ。さらに秋菜の後ろには、紫色の空が広がっていた。

「あれ?」

 僕はその状態のまま、まばたきを二、三度繰り返す。

(えーと、僕は……何してたんだっけ?)

 妙に頭がぼんやりとした。なんだろう、この思考が霞んで前後不覚になったような感じ。

「寝てたの?」

 まだ僕の顔を不思議そうに覗き込む秋菜は、目をパチクリとさせながら、そう聞いてきた。

「あー……多分寝てた」

 ああなるほど。僕はいつの間にかに眠ってしまってたんだな。だからこんなに頭がボーっとしてるのか。

 僕のその言葉を聞いた秋菜は、クスリと笑う。

「それじゃあ蒼くんが風邪ひいちゃうよ?」

「うん、確かにそうだ」

 まったく……。秋菜の心配をしておきながら、自分がこんなところで居眠りするなんて、本当に人の事を言えたものじゃない。

 僕は体を起こす。その際、一瞬だけど秋菜と顔が近くなり、少しドキッとした。

「寝てたから当然と言えば当然なんだけど……荷物の整理、あんまり進んでないや」

「しょうがないよ。だってこんなにいい場所で何もしてなかったら、私も寝ちゃうもん」

 秋菜はそう言うと、楽しそうに笑う。僕も釣られて頬を緩める。

「それにしても、蒼くんの寝顔……けっこう可愛いんだね」

「え? そ、そうなの?」

 ……男が可愛いって言われても、嬉しくないんだけど……。そういえば、いつぞやかに他の人にも言われたような気がする……。

「…………」

 僕って、女性側から見ると可愛いのか?

「……そんな訳ないよな」

 大体、可愛いっていったら秋菜の方がずっと可愛いじゃないか。

「それより、早く荷物を片付けちゃおうか」

「うん、そうだね」

 そうして、僕と秋菜はビーチパラソルの下、荷物の整理を始めた。

 時々他愛のない会話なんかをしながら片付けていると、大した時間もかからずに整理は終わった。

「そういえば、このパラソルはどうすればいいんだろう……」

 そこで気付いたのだが、この涼太が立てたビーチパラソルはどこに片付ければいいのだろうか。

「まさか、持って帰れとか言わないよな……」

 そんな事を危惧していると、例にもよって、また矢がどこからか飛んできた。ものすごく今更なのだが、これは一体どこから射っているのだろうか。

 とりあえずその矢にくくり付けられている紙を取り、中身を確認する。

『それは近くの海の家で、終日前払いで借りたものだから、たたんでから海の家に持って行ってくれ』

「…………」

 やっぱり、盗聴器か何かが備え付けられているのだろうか、このビーチパラソルには。なんでこうもタイムリーな事が書いてあるのかものすごく気になる。

「蒼くん、それなに?」

「……多分、矢文」

 お節介――というより出歯亀なクラスメートからの、やけにピンポイントな。

「ふぅん?」

 僕は溜め息を吐くと、立ち上がってビーチパラソルをたたみにかかる。

「秋菜、これたたんじゃうから、荷物とかちょっとどけてくれる?」

「あ、うん」

 秋菜が荷物をどかし終わるのを確認すると、僕はビーチパラソルを倒してたたむ。

「立てるのは難しいけど、倒してたたむのは簡単なんだな……」

 ……朝、これを立てるのに苦労していたクラスメートたちの姿を想像したら、何か切ない気持ちになった。

 僕はビーチパラソルを抱えると、近くにある海の家にそれを返しに行く。

 ビーチパラソルを返して、僕が荷物の置いてあるところへ戻ると、秋菜が置いてある荷物を全部持とうとして――

「うわわ!?」

 ――転びそうになっていた。

「……秋菜、無理に全部持とうとしなくても……」

 僕は口元を緩めながら一つ息を吐き、走って秋菜の元へ。

「だ、だって蒼くんに全部任せるのも悪いし……」

「気持ちは嬉しいけど、大丈夫だよ」

 僕はそう言って、自分の荷物を持つ。お弁当と飲み物を入れておいた小さめのクーラーボックス、着替えやらなんやらが入っている大きめのエナメルバッグ。それらは、行きよりは軽いが、それでも少し重たかった。

「それに、こんなに重い荷物を彼女に持たせるのは、その……彼氏として失格だと思うし」

 そしてけっこう恥ずかしいセリフ。秋菜を見ながらに言えないあたり、僕はまだまだなんだと思う。

「蒼くん……」

 横目でちらりと秋菜の様子を伺うと、夕陽のせいか疲れのせいか、その顔は赤くなっていた。

「と、とにかく、そろそろ行こうか」

 僕は顔を逸らしたまま、秋菜に空いていた右手を差し出す。

「うん」

 その手に、柔らかくて温かい感触。

 僕はそれをギュッと握ると、歩き出した。少し遅れて着いてきてくれる足音。

 だんだん遠ざかる潮騒。

 影はもう薄く、長く。

 僕と秋菜は、ゆっくりと無言で歩いていた。

 

「蒼くん、別に私は大丈夫だよ?」

 海から電車を乗り継ぐこと約一時間半。僕らは秋菜の地元の駅にいた。ちなみに僕が降りる駅は、この駅から四駅ほど下ったところで、そこは二十分前に通過してしまった。というのも海から最寄りの駅に行くまでの道で、秋菜が一回倒れそうになったからだ。

「確かに大丈夫かもしれないけど……心配だから」

 僕はそれから、遠慮する秋菜の手から荷物を奪って持ち、ずっと秋菜の様子を見ていた。最初は顔色もあまり良くなかったが、電車のイスに座っていると、だんだんと顔色も良くなってきた。僕の地元の駅で「もう大丈夫だから」と秋菜に言われたのだが、それでも心配な僕は秋菜を家まで送る事にしたのだ。

「ほら、荷物は僕が持つから」

「でも……」

「でもじゃない。僕は大丈夫だから」

 僕に荷物を持たせたがらない秋菜から、少々強引に荷物を奪う。

「よし、それじゃあ行こうか」

「……うん」

 僕が先導して、秋菜がその後をついてくる。

「蒼くんって、」

「うん?」

 そのまましばらく歩いていると、秋菜が小さな声で何かを呟いた。

「蒼くんって、たまに強引だよね……」

「…………」秋菜の為にと思ってやった事だけど、もしかして嫌がられちゃったかな……?「嫌……だった?」

「ううん」

 秋菜は首を振って、僕の不安を否定する。よかった、嫌がられてなかったみたいだ。

「……こんな風に優しい蒼くんも、好きだよ」

「え?」

「なんでもない」

 ものすごく小さな声で秋菜が何かを言ったような気がした。けれど秋菜は頭を振る。そして先導していた僕に並ぶ。

「蒼くん、私の家の場所って、ちゃんと憶えてる?」

「うん、多分」

「そっか」秋菜はそう言って、電車を降りてからの暗い空気を吹き消すように明るく振る舞う。「じゃあ、蒼くんに私の家までエスコートしてもらお〜っと」

「……そんなに期待されると、応えられるかすごい不安なんだけど」

 そんな秋菜の言葉に、僕は困ったように笑う。

「大丈夫。蒼くんならできるよ!」

「まぁ、やれるだけやってみるよ」

 僕はそう言って、秋菜の手を――握ろうとして、荷物で両手が塞がってる事に気付いた。

(ダメじゃん、僕……)

 とは言ってもいまさら秋菜に荷物を返す事なんて出来る訳ないし、こうなっては普通に話しながら歩くことしかできない。そもそもエスコートと聞いて手を繋ぐ事を連想するのって、かなり単調的というか短絡的というか……。やっぱりエスコートって言ったら……何をすればいいんだろう?

 そんな思考を重ね、結局行き着いたのは、

「やっぱりダメダメじゃないか、僕……」

 自分の不甲斐なさの再認識。

「ダメダメじゃないよ、蒼くんは」

 こころなしか肩を落とした僕に向かって、おかしそうに嬉しそうに笑いながら、秋菜がフォローを入れてくれる。

「うーん、そうかなぁ……」

「そうだよ。だって……」

 秋菜は、荷物を持つのに邪魔にならないように、器用に僕の腕に抱きついてきた。

「だって、こんなに優しい人だもん」

「…………」

 僕を見上げてそんな事を言ってくれる秋菜。その真っ直ぐな言葉に、僕はただ照れて言葉も出なかった。

「……いや、僕はそんなに優しくないと思うよ?」

 それでも何か答えを返そうと、頭の中でさんざん言葉がめぐった挙句、出てきたのはそんな言葉。

「ううん、そんな事ないよ」

 しかし秋菜はそれも否定して、抱きついた腕に力を入れる。

「……そうかな」

 抱きついている秋菜の体温を感じながら、僕はひとりごちる。

 秋菜は僕が優しいって言ったけれど、本当の僕は全然優しくないと思う。だって、きっと秋菜相手じゃなければこんな事はしないし、しようと思っても実際に行動には移せないと思う。そもそも、僕はきっと秋菜の為に優しくしているんじゃなく、自分の為に優しくしているんだと思う。

 嫌われたくないから。

 僕が知っている人の中で、誰よりも嫌われたくないから。

 そして好かれていたいから。

 きっと僕は、そんな気持ちを土台に秋菜に優しくしているんだと思う。

 だから僕は、優しくなんかない。

 そんな、相手を選ぶような事をする男が。

 こんな、自分勝手な自己満足を得るために動く男が。

 優しいはずなんか、ある訳がない。

「ここは、右でいいんだよね?」

 僕は、分かってる道順を秋菜に確認する。今考えていた事を頭から追い出す為に。

「うん、そうだよ」秋菜はいつも通り、柔らかで温かな笑顔を浮かべて頷く。「というか、蒼くん。エスコートする側が道を聞いてちゃダメでしょ?」

 そんな、子供を叱るお姉さんのような、大人に甘える子供のような言葉。

「ああ、ごめんごめん」

 僕は頬を緩ませながら謝り、秋菜の家に続く道を歩いた。

 

 駅から十五分ほど歩いたところで、僕らは秋菜の家の前に到着した。僕はそこで、今まで持っていた秋菜の荷物を彼女に返した。

「それじゃあ、秋菜。風邪とかひかないようにね」

「それは私のセリフだよ、蒼くん」

 そして家の前での軽い会話。別れを惜しむ恋人同士の一時。

「…………」

「…………」

 別れの言葉を告げたのだけれども、なんとなく背を向けられずに黙り込む。別にもう会えなくなる訳じゃないけど、別れがたいこの雰囲気。

 しかしいつまでもこうしている訳にはいかない。時間は永遠ではなく、過ぎていくものなのだから。

「それじゃあね、秋菜」

「……うん」

 僕は、このまま秋菜と話していたい誘惑を断ち切って、背を向ける。秋菜は調子があんまり良くないんだし、僕のわがままに付き合ってもらう訳にはいかないし。

「……蒼くん」

 僕の背中に、秋菜の声がかかる。僕は踏み出した足をその場に降ろし、立ち止まって肩越しに振り返る。

「今日は……ありがとうね。わざわざ私の家まで送ってくれて……」

 そんな僕に、秋菜は少し赤くなった笑顔でお礼の言葉をくれる。

「いいよ、別に。それに、これは僕が勝手に心配して秋菜についていったようなものだし」

 むしろ少し強引だった気がするし。

「ううん。それでもありがとう、だよ、蒼くん」

「……うん」

「それじゃあ、蒼くん。気を付けて帰ってね?」

「うん」

 僕は今度こそ、秋菜に背を向ける。

「おやすみ、秋菜」

「うん。おやすみなさい」

 それだけを言い、秋菜からの言葉を聞いた僕は、歩き出した。

 そして秋菜の家も見えなくなるくらいまで歩くと、点々と星が光る空を見上げて溜め息を吐く。

「本当……」

 目を閉じれば浮かぶのは、秋菜の笑顔。眩しいくらいに無邪気で可愛くて、優しい。

 耳に残るのは、僕を心配してくれる声。

「なんで、あんなにいい子が僕なんかの彼女なんだろうな……」

 その独り言は夜空に消えて、僕はただ一人で見慣れない道を歩いた。

 


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