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No name 2

 ピピピピ……

 いつも通り、もはや耳にこびりついてしまったと言っても過言ではない音が、僕の意識を夢の世界から現実世界へと誘う。人は目覚ましの音に聞き慣れてしまうと起きれなくなるらしいが、僕は逆にこの音を聞くと、反射的に朝だと頭が認識する。

 Pipipipipipi……

 だからと言って、今更そんな事されても、もう頭は覚醒してしまっているし、聞き手からしたらその変化は観測もできない。故に理解されない。それでも僕が、この客観的にしか認識、理解できない変化を認識、理解できるのは、ひとえに僕が主人公だからなのだろう。

「……朝から何を考えてるんだ、僕は……」

 朝から変なことを考えさせてくれた目覚まし時計を手に取り、音を止める。沈黙を命じられた僕の目覚まし時計は、次の役目まで忠実に沈黙を守るだろう。まったく、可愛いやつだ。

「本当に朝から僕は……」

 およそ三週間ぶりの早起きに頭のネジが一本飛んで行ってしまったのだろうか? そんな事を考え、四年前から愛用している時計の針が示す時間を見つつ、僕は学校の制服を持って洗面所へと向かった。

 ――僕が通う学校は、僕の家から電車で片道十五分、さらに駅から歩いて十分程の所にある。秋菜の家は、学校まで歩いて二十分という立地条件を持っているので、僕たちはよく駅で待ち合わせをする。という訳で、登校日である今日も、いつもの如く駅で落ち合う予定の僕たち。

 そして優先席には座らないというポリシーを貫くこと十五分、もはや話さぬ顔見知りとなった乗客達に無言の別れを告げ、駅前の広場に到着した時、まだ秋菜の姿はそこにはなかった。

(まだ来てないか……。まぁまだ約束の時間の二十分前だもんな)

 ともあれ、これで僕VS秋菜の戦績は二一戦中十六勝三敗二分け。そういえば、初めてデートした時は約束の三十分前に待ち合わせ場所に着いたのに、もう秋菜は待ってたなぁ。確か、一時間前くらいから待ってたとか言って……。思えば、あの時から僕と秋菜の変な戦いが始まったんだよなぁ……。

 一人、そんな思い出に浸って待つこと、約五分。

「おーい、蒼くーん!」

 という、遠くから僕を呼ぶ秋菜の声が聞こえてきた。声のした方を見ると、清綾高校の夏服を纏い、加えて薄いベージュのカーディガンをその上から羽織った秋菜がこちらへ向かって走って来るのが見えた。

 一歩一歩、地面を蹴る度に弾む黒髪。翻るスカート(なお、秋菜はスカートの丈を膝上五センチメートルに固定している為、その中は見えない)。その姿を見て、やっぱり制服姿も可愛いなぁ、なんて思う今日の僕。

「秋菜、あんまり走ると転ぶぞ?」

 ぱたぱたとこちらに向かって走ってくる秋菜にそう言葉を返す。

 ――実際、高校生にもなって転ぶなんてお約束以外のなにものでもないが、僕の彼女はそのお約束に当てはまってしまう女の子だ。そしてこういう時はどんなに派手に転んでも怪我してるように見えないというお約束も付いている。

(さて、どの辺でつまずくんだろうか)

 笑顔で走ってくる秋菜を見つつ、身構える。だって絶対転ぶ、彼女は。そういう時こそ彼氏である僕ががっしりと受け止めてあげないと。……そういえば、今日の秋菜は黒いニーソックスだなぁ……。いや特に深い意味はないけど。

 だんだんと秋菜は近づいてくる。距離にして、十メートル、七メートル、五メートル、三メートル……

「わわっ!?」

 その三メートル地点から一歩踏み出したところでつまずく秋菜。……いくらなんでも近すぎると思うよ、秋菜。こういう場合、普通は転んだ彼女の元に駆けつけるっていう距離でつまづくと思うんだけど。いや僕も支えてあげようと身構えていた訳だけど。

 ――という事で。

「っと――」

 一歩踏み出し、トン、という軽い衝撃と共に秋菜を抱きしめるような形で支える僕。

「秋菜……危ないよ」

「え、えへへ……ありがと、蒼くん」

「いや別に……」

 いつもの事だし、と言おうとして思いとどまる。もしかしたら気にしてるかもしれない。いやでもここで何か言わないと秋菜に対して怒ってるように思われそうだ……。

 そんな逡巡をして、僕は無難に「大丈夫だよ、秋菜はそんなに重くないし」と、なるべく「軽い」というワードを避けてそう言った。

 言った後に思う。むしろここは「言った傍から転ぶのはお約束すぎるよ」なんて軽口の一つでも叩いておいた方が良かったのかもしれない、と。

「うん、それでもありがとうだよ。蒼くん」

 そんな後悔も、秋菜の笑顔一つでどうでもよくなった。そして秋菜をこのまま離したくなくなってしまう。……つくづく思うんだけど、僕って秋菜に依存しすぎてないかな?

「ヴァ〜カ〜ップルめ〜が〜」

 と、そんな事を考えていると、僕の背後からそんな声が聞こえてきた。その声から察するに、きっとこの声の主は……

「涼太か?」

「ああ、お前の友達にして来栖秋菜の幼馴染み、吉良涼太だ」

 秋菜を未だに支えた状態で振り返ってみると、予想通りにそこにいたのは、やけに説明口調で返事をしてくれた吉良涼太だった。

「いつの間に僕の後ろに?」

「……俺、お前らに声かけたんだけど。大体十メートルくらい離れた所から四回ほど」

「…………」

 全然気付かなかった。

「まぁ、お前らはなんかお楽しみ中だったみたいだから気付かなくてもしょうがないか」

「お楽しみ?」

「ああ。朝っぱらから学生やサラリーマンで賑わう駅前でこれでもかってくらいに抱き締めあいやがって……少しは自重しろ」

「あぅ……」

 と、その言葉を聞いた秋菜が、僕の腕の中で耳まで真っ赤にしているのが分かった。そんな秋菜も可愛いと思う僕はいけない人間なのでしょうか?

「……そうまで言っても離れないお前らのバカップルさに感服だ……」

「僕達ってバカップルなのかな?」

 いくら秋菜が可愛いからといっても、そのままでいる訳にいかないので、僕は秋菜を離す。秋菜は僕から半歩くらい距離をとって、乱れてもいない制服を正している。ちなみにその顔はまだ赤いままだ。

「…………」

 ……あれ、涼太の目がものすごいジト目になってる。

「これだから自覚のないバカップルってやつは……」

 果てにはそんな事を言われ、大仰に溜め息まで吐かれた。……なんだかものすごくバカにされた気がする。

(あ、そういえば……)

 と、そこで僕は一つの懸案事項を思い出す。そうだ、涼太に是非とも問い合わせなければならない事があったんだ。

「ところで涼太、秋菜に何か勧めなかったか?」

「あん? 勧めた?」

「あの『Sprout』とかいう雑誌」

「ああ、あれか」

 僕の言葉を聞くなり、いきなり涼太は頼んでもいないのにその本に対する批評を始めた。これがダメであれはいいけどそれは頂けないだのよく分からない事を熱く語ってくれたが、残念ながらまったく理解できない。

「――以上だ」

「ながいご高説をどうも。けど僕が聞きたいのはそんな事じゃなくて、なんで秋菜にこんな本を勧めたかなんだけど」

「ん〜それはだなぁ……」

 と、秋菜の方に目を向ける涼太。

「だ、だだ、だ、駄目だよ吉良君!!」

 そして目を向けられた秋菜はそう言いながら、ものすごい勢いで首を横に振る。

「……ふむ。という訳で、ただ単に俺がツンデレに対して異様な動悸を感じて胸が締めつけられたかのような切ない気持ちになるからだ」

「…………」

 いやそれは嘘だ。ああいや、涼太がツンデレに対してそういう感情を抱くのは本当だとして。

「疑うのなら、あとは来栖に聞いてくれ」

「えぇっ!?」

 その涼太の言葉に、大仰過ぎるほど驚く秋菜。……ていうか、それじゃあ何か隠し事をしていますよって言ってるようなものじゃないか。

「そいじゃ、あとはお若い二人でごゆっくり」

「ちょっ、吉良君!?」

 秋菜の呼び止める声に、涼太はただ無駄に爽やかな笑顔を返し、さっさと先に行ってしまった。

 そして残されたのは、微妙に変な空気な僕と秋菜。

「…………」

「…………」

 ……どうしよう。何か、気まずい雰囲気だ……。

「あー、えっと、秋菜?」

「えっ!? な、何かな、蒼くん……?」

「あー……」

 ……どうしよう。とりあえず沈黙を破るために声をかけたけど、話題が思いつかない。

「…………」

「…………」

 ふりだしにもどる、結局変わらない空気。

(本当に僕はこういう空気に弱いなぁ……)

 不甲斐ない自分に少し嫌になりながら、とりあえずの話題を探す。

「……とりあえず、行こうか。学校に」

「……うん、そうだね……」

 その僕の言葉に、秋菜は少しほっとしたように頷く。……そんなに僕に知られるとまずい事を隠してるのかな?

 とは思ったものの、僕は口にせず、なんとなく照れたようにこちらをチラチラ窺っている秋菜のことを「可愛いなぁ」なんて思いながら歩いていった。

 

 

「あんた、命の意味について考えたこと、ある?」

 ……突然、白石先生に真面目な声で重い質問をされた僕は、三秒くらい思考回路が停止してしまった。

 それもしょうがないと思ってほしい。だって、今まで秋菜のどこがどう可愛いとか、保健の講師にして秋菜の叔母である白石先生はそんな事ばかり語らっていたり、保健室のベッドで眠っている秋菜の変な寝言を聞いてものすごい言及を僕にしてきたり、特になにもしてないのだけれども、僕が曖昧に言葉を返してたら「秋菜をキズものにしたら、生まれてきた事を後悔させてあげる」的な言葉を賜ったりと、和気あいあい、とまではいかなくてもそれなりに穏やかな会話の流れだったはずだ。

 ちなみに今は体育館で全校朝礼中。その最中に秋菜が貧血で倒れてしまった為、何故か保健委員を差し置いて僕が秋菜を背負って保健室まで行く事になったのだ。

 秋菜を保健室のベッドに寝かせて体育館に戻ろうとした僕を、案の定というかなんというかで白石先生に引き留められ、先生の世間話に付き合う事に。そしてその最中に、いきなりこの質問。藪から棒にもほどがあるような。

「命……ですか……」

 とにかく、先生の真意が掴めない。だから僕は、白石先生の様子をうかがってみた。

 いつもはどこか力を抜いて、なにかふざけた様な雰囲気を出しているのだが、今僕の目の前にいる白石先生は、そんな雰囲気はおくびも出さず、ただ僕の目を見て僕の答えを待っているようだった。

「命ですか……」

 どうやらとてつもなく真面目な話をしようとしている。それを感じ取った僕は、もう一度同じ言葉を出す。

「そう、命だ」

 静かに、僕の目を見つめてくる。

(命……命の意味……)

 ――そのままの意味で取るなら、生物全般の原動力。または寿命といったもの。もしくは、自分にとって一番大切なこと、もの。

 だけど、白石先生が知りたいのはそんな事じゃなくて。

 もっと違う、何か別の事。

 きっとそれは僕の『命』についての観念的な見解とか、難しい言葉にすればそんな意味の事。

「なにも難しく考える必要はないよ。ただ、自分の思った事を言ってくれればいいさ」

「…………」

 ……そうは言われても、思った事をそのまま口にできるほど、僕は度胸もなければ闊達でもない。

「…………」

 でもそれは逃げだ。心の中にはいつでもある。そう、人一倍病弱な彼女を持つ身として、無意識のうちに考えてしまっている事が。

(でも……)

 それを口にしたくはない。考えているだけでも、そう思ってしまうのに、言葉にしたら――

(余計、命と秋菜が重なってしまう……)

 尊くて重くて、なにより儚いもの。道を歩いていて、不意に車が突っ込んできたら消えてしまう。誰かの愚かな気まぐれで、簡単に摘み取れてしまう。尊い筈なのに、誰にでも摘み取れて、誰もがあっけなく落してしまうかもしれないもの。

 そんなものと秋菜を重ねるなんて――

「……考えたくはありませんよ、あんまり」

 ――だから僕は逃げる。目を向けなきゃいけない未来に目を向けず、ただ現在の平穏のみを見て笑う。……僕はとんだ臆病者だ。

「そうかい。……まぁ、高校生の内なんてそんなもんだろうよ」

 白石先生は僕の言葉を聞くと、窓の外に目を向ける。

 僕も同じように、夏の太陽が煌めく外の景色に目を移す。

 ――今鳴いている蝉たちは、何年間土の中にいて、何日間外にいられるのだろう。

 ふとそんな事を考えた。

「秋菜はね……」窓の外に目を向けたまま、白石先生はゆっくりと喋り出す。「小さい時から、ずっと体――特に心臓が弱くてさ。今のこの状態も、昔と比べたらかなりマシな方なくらいに、ね。それこそ、ほとんど毎日のようにベッドに寝ていて、学校もけっこう休みがちだった。私は一応でも保険の教員免許なんての持ってるからさ、よくあの子の様子を見てたんだよ」

 白石先生は、窓の外を眺めたままだ。もしかしたら、その目はもっと遠い所を見つめているのかもしれない。

「普通さ……小学生って言ったら、外で友達と一緒んなって、目一杯遊んでたりしてるだろう? だけどあの子はほとんど寝たきり。本当は同年代の子たちと遊びたいだろうに、元気よくどこかに出かけたいだろうにさ……あの子はいつだって笑ってた」

 ……想像がつく。あの秋菜のことだ。きっと、周りの人に迷惑とかはかけたくないからって、無理してでも笑っていようとしたんだろう。

「そんな姿がいじらしくて、どうしようもなく切なくなって……。だからかな、そんな命について、なんて訳の分からない質問をあんたにしちゃったのは」

 白石先生の表情は、寂しそうな笑顔。それは愛情に満ちていて、泣きそうな。

(嫌だ)

 そんな表情も、そんな言葉も僕に示さないで欲しかった。そんな表情でそんな事を言うなんて、まるで――

(――秋菜がどこかにいなくなるみたいじゃないか)

「いやぁ、悪いねぇ。なんか重たい話なんかしちゃって」

「……いえ、別に……」

 白石先生はそう言うと、いつもの調子であっけらかんと言い放つ。その調子に、僕は合わせられない。

「さて、と。ちょっくら仕事でもして来ますかね〜」

 そう言って、白石先生は立ち上がり、保険室を出て行こうとする。

「……考えたくないって言ったって、少しは考えてんだろう?」

 しかし、白石先生は扉の前で足を止め、僕に体を向けないで話しかけてきた。

「……ええ」

「高校生のうちは、確かにそんなもんでもいいよ」白石先生は、扉の方を向いたまま言葉を紡ぎ続ける。「でも……秋菜とこれからも長く付き合おうって気があるなら……頭の片隅ででもいいから、そういう事も考えておいてくれ」

 それだけ言うと、今度こそ扉を開けて保険室を出て行った。

「…………」

 静かになった保健室で、僕は、たった今白石先生が言った言葉の意味をもう一度考える。

(秋菜と、これからも長く付き合う気があるなら、か……)

 あるかないか、で聞かれたら、断然あるに決まっている。僕の隣にいる女の子が、いわゆる彼女彼氏の付き合いをする女の子が、秋菜以外にいるとは思えない。僕が作ってる、他人に対してある壁を越えられるのは……

 そこまで考えて、ふと気付く。

(ああ……僕って、こんなに秋菜の事が好きなんだな……)

 まるで依存のように。なくてはならないもの。ないと生きては行けないもの。

(でも、もしも秋菜が僕の目の前から消えてしまったら……やっぱり、僕は秋菜の事を忘れてしまうんだろうか? 忘れられるんだろうか?)

 眠っている秋菜に目を移す。

 秋菜の寝顔は、まるで悩みとは無縁のような穏やかなもの。

 だけど実際に、彼女が背負ってきた苦労や苦悩は……きっと、すこぶる健康に育ってきた僕には分かり得ないものなのだろう。

(秋菜……)

 僕は立ち上がり、秋菜が眠っているベッドの枕元に立つ。

 顔を近づける。聞こえるのは、小さいけれど確かな息づかい。生物が生きている証。

(僕は……)

 秋菜の、年齢よりも幼く見える顔が、どんどん近付いてくる。……いや、僕がちかづけているのか……。

(待て……僕は一体何をしようとしているんだ……?)

 もう、文字通り鼻を突き合わせる距離で、秋菜の寝息が僕の顔にかかって、儚いほど穏やかに眠る秋菜が愛しくて――

「オーッス! 無事かぁ来栖ー!」

 ――涼太の声で僕は我に返り、音速を超える速さで秋菜から顔を離した。

(あ、危ないところだった……色んな意味で)

 僕は平静を装い、涼太の声に返事をする。

「ああ、秋菜は今寝てるよ」

 多分、いつも通りの声を出せたと思う。

「んー? なんだお前、そんな枕元に立って」

「まぁ……気にしないでくれ」

 妙な所を突いてくる涼太に、僕は若干ドキッとしながらそう返す。

「ははーん……」しかしその言葉を聞いた涼太は、ニヤリと頬を吊り上げる。「さてはお前、来栖にイタズラしようとしてたな」

 心臓が跳ねあがった。鼓動が速くなり、全身が熱い。冷汗が出てくる。

「ふふふふん。そうなれば、俺はただのお邪魔ムシだな。分かった。後は任せろ!」

 何も言えない僕に、グッとサムズアップしてみせる涼太。……何を任せろと?

「大丈夫だ。しっかりとクラスのみんなにはお前らがお楽しみ中だって事を面白おかしく様々な脚色をして伝えとくから! 安心して楽しんでてくれたまえ!」

 そう言って、僕の肩をバシバシと叩きまくる。

「任せられるか、そんな事!」

 対する僕は、微妙に図星だったので、めずらしく声を高くしてしまう。

「おお怖い怖い。だが安心しろ。俺は、お前の期待を裏切るような男じゃない!」

「…………」

 著しく裏切られるような気がするのは僕の気のせいだろうか、いいや多分気のせいじゃない。

「う、うぅん……ふぁ? あれ、蒼くん……?」

 そんなやり取りをしていると、ベッドに眠っていた秋菜が起きてしまった。

「ほら、お前が声でかく喋るから、来栖が起きちまったじゃねーか」

「それは僕のせいなのか?」

「当り前だ。そもそもお前が来栖にイタズ――」

「分かった全力で僕のせいにしていいからそれ以上は言わないでくれ」

 とりあえず涼太を黙らせ、僕は秋菜の方へ体を向ける。

「えーと、秋菜? 大丈夫?」

「ん〜……蒼くんだ〜」

 秋菜はまだ寝ぼけているのか、僕の姿を確認すると、何故か僕に抱きついてきた。そう、僕は立ちあがった状態のままで、秋菜はベッドに横になっていた状態だったため、ちょうど腰の辺りに。

「…………」

 その様子を、なんだか微笑ましいものを見る目をしている涼太に見つめられる。

「あー、涼太、これはだな……」

「うん分かってる」

 僕の言葉を遮り、力強く頷く涼太。良かった、流石は涼太だ。秋菜がただ寝ぼけているだけで、いつもこんな事をしている訳じゃないって事を言わずとも理解してくれ――

「クラスのみんなには上手く言っとく。じゃ、ごゆっくり」

 ――てなかったようだ。涼太は踵を返して、保健室の扉まで真っ直ぐに進む。

「ちょっと待て涼――」

 ――太、と続けようとしたところで、涼太は保健室を出て行ってしまった。そして扉を閉める時に見えたのは、笑いを堪える顔。

「僕の……僕のアイデンティティーが……」

 秋菜に抱きつかれたまま、しばらくは変なあだ名で呼ばれるであろう事を悟った僕だった……。


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