No name 1
半年ぐらい前に一度UPしてたのを、訳あって(訳といってもちょっと書き直したくらいですが)もう一度再UPしたものです。
僕の彼女は病弱だ。体も平均より細くて小さい。並んで歩いていると、とても僕と同級生には見えないと思う。
街で一緒にデートをすれば、「兄弟ですか?」なんて洋服屋の店員に愛想笑いされるし、喫茶店にでも入ろうものなら大抵決まって店員が微笑ましそうに僕たちの事を見てくる。
……果たして僕たちは本当に恋人同士に見えないのだろうか? 確かに僕の身長は百七十センチ後半、比べて彼女の身長は百四十センチ半ばくらいだ。
身長差およそ三十センチ。……確かに兄妹に見えない事もないか。
ちなみに先に言っておくけど、僕は別にロリコンという訳ではないから。彼女はこれでもれっきとした十七歳の同級生で、僕よりも誕生日が半年ぐらい早い。
まぁ確かに、ちっちゃいし、童顔だし、どこから見ても中学二年生くらいにしか見えないし、ちょっと甘えん坊だし、無邪気な笑顔なんかもう心縛られるくらいに可愛いし、拗ねて怒ってる顔も(本人には悪いと思うけど)また可愛いと思うけど。
それでも断じて僕はロリコンではない。そこは理解しておいてほしい。
「なにブツブツ言ってるの?」
下から覗き込まれるようにして投げかけられた、彼女――来栖 秋菜からの言葉で、僕の意識は彼女へと向けられる。
「ああいや、ちょっと僕の趣味趣向についての主張をしてた」
主な内容としてはロリコンについての、と心の中で付け足しておく。
「?」
そんな僕の返答に、よく意味が分からないといった感じに首を傾ぐ秋菜。その仕草がまたたまらなく可愛い。……違うぞ? 僕は違うからな?
――そもそもの僕と秋菜の始まりはこんな風だった。
「好きです」
僕と彼女以外誰もいない教室。空気が澄んでいて、夕焼けがやけに綺麗だと思ったその日。その場所で、端的に、一言ではっきりと言われた言葉に僕の思考は一時停止をしたままで、時計の秒針が三回時を刻むまで何もできなかった。
「えっと……はい?」
そうしてようやく絞り出せた言葉はひどく上ずっていて、とても間の抜けたものだった。
それも仕方のない事だと思ってほしい。だってそんな言葉が、彼女から僕に投げかけられる事なんて考えた事もなかったし。
僕を好きだと言った少女――来栖秋菜は、同じクラスの生徒で、一言で表現するなら病弱少女。
だけど性格は明朗快活、天真爛漫といったところで、表情がよく変わるので見ていて飽きない。たまに自分よりも他人を優先させる事があり、また、周囲の人間に、病弱な自分に対して気を使わせないよう振る舞う優しいところもある。
見た目は、まず長くて綺麗な黒髪が目につき、次いでそれに隠れてしまうような小さい体が少し儚い印象を人に与える。制服も少し大きいのか、掌が半分袖の中に隠れてしまっている。
そんな外見といじらしい性格からか、クラスの女子にはよく可愛がられ、男子の人気もそこそこにある。……別にみんながみんな、ロリコンという訳じゃないと思う。多分二割くらいの男たちはそうだろうけど、少なくとも僕は違うからな?
話を戻そう。
とりあえず、僕はこの人生が始まってから今までに、何度か女の子に告白された事はある。だけど、今まで女の子と付き合った経験もない。よって、毎度の事ながらこんな雰囲気にはどう動いていいのかが分からない。
「え〜と……」
反応に窮し、なんとなく来栖さんの様子を窺ってみる。伏せがちな彼女の顔は赤くなっていて、上目遣いにこちらの返事を待っているようだ。
……正直に言うと、可愛いです。なんというか、こう、抱きしめてあげたくなるような様子。
(……腹をくくろうか)
こういう時はしっかりと、そして冷静に自分と話し合ってみるのが上策だろう。
――僕はロリコンかい?
答えはNO。
――いつまでこのネタを引っ張るんだ?
そんな戯言を僕に聞かないでくれ。
――ところで、いつになったら僕の名前は明かされるんだ?
僕の名が明かされる事はない。
――何故?
僕の名前を知った人は、必ず不幸になるから。
――どこの戯言使いですか、あなたは?
「…………」
……きっと、今の僕は冷静ではない事が分かった。
(真面目に考えよう……)
えーと、そう、まだ来栖さんは僕の事が好きとしか言っていない。ならばこの先を促すのが常識だろう。
「「それで――あっ」」
……やってしまった……。丁度彼女が喋りだそうとしていたのに、僕の焦る気持ちから出た言葉が彼女の言葉と被ってしまった。
「…………」
「…………」
静寂が夕焼けに染まった教室という空間を支配する。ついでに気まずい空気も我が物顔でこの空間に闊歩している。
……僕はこういう星の下に生まれてきてしまったのだろうか? それともいつまでも場慣れ出来ない僕が坊やなのだろうか? いや、今はそんな事はどうだっていいから、誰か時間を六秒くらい戻してほしい。
――いや、今は現実逃避している場合じゃない。人は前を見ながら、何かを切り捨てていかなきゃいけないのだから。
そう思った僕は、次に来栖さんが喋り出すまでは沈黙を守っていようと決意する。
「…………」
「…………」
「…………………」
「…………………」
「「……………………………」」
続く沈黙。満たされる気まずげな空気。……神様、僕は何かいけない事をしてしまったのでしょうか?
「…………」「…………」
(このままじゃ埒があかない……)
こんな空気に耐えられるほど僕は強心臓ではない。だから、僕は新たに意を決して口を開くことにする。
「「あの――」」
……そして再び被る言葉。
「「…………」」
続く沈黙の無限回廊。この出口はどこに?
「…………」
「…………」
「……プッ」「……クスッ」
黙ったままでいると、なんだか段々おかしくなってきて、僕と彼女は同時に吹き出してしまった。
(ああ、こんな所まで被るなんて……)
そんな事を考えると、なんだかおかしくてしょうがなかった。――そういえば何回かあった告白も、大体が相手が一方的に好意を示して、僕がそれを一方的に壁を作ってはねのける感じだったな……。こんな微笑ましい状態になった事なんて、一回も……。
「えっと、えっとね?」
ひとしきり笑い終わると、来栖さんが先程のかしこまった口調ではない、いつもの親しみやすい口調で話を再開する。
「私は、君の事が好きなんだ。だから、その、付き合って……くれないかな?」
形式も堅さもない口調。ありのままの言葉。心地のいい、自然な言葉。
そんな彼女に、僕は。
「ああ、いいよ」
彼女に対して、僕は自然と答えを返していた。毎回理由にする、人付き合いが苦手だからとか、どう付き合っていけばいいか分からないからとか、そんな不安を抜きにして。
「え〜と、よろしくお願いします……って言うのかな? こういう時って」
「……僕に聞かれても……」
僕は、この少女と一緒にいてみたいと思った――
それが去年の冬の事。あの時から僕たちは恋人同士になった。
そして、今はそれから一年後の夏休みのとある一日。僕たちは地元の駅から約二十分くらいの地方都市でデート中。燦々と輝く太陽の光が、親子連れが暑そうに、楽しそうに歩いている景色が、僕たちと同じようなカップルが幸せそうに歩いている風景があるごく普通の一日。夏の日常の一ページ。
そしていつもの如く、行く先々で『兄妹ですか?』という言葉と微笑みを投げかけられる僕たち。
ちなみに、そういったケースになった場合の対処法。
A:愛想笑いで切り抜ける。
B:そうなんですよ、と笑顔で相槌を打つ。
C:恋人です、と答える。
結果として、Aが一番無難だった。Bの方法を試したところ――
――あれは僕と秋菜が付き合いだしてまだ間もない頃の事だった。
「こちらのお洋服もお似合いですよ〜」
秋菜の洋服選びに付き合って、秋菜の地元にある洋服屋で服を選んでいる途中の事だった。あれこれと色々見て回っていた所を店員さんに声をかけられ、せっかくだから〜と秋菜はその店員さん(二十歳くらいのお姉さん)に服を見繕ってもらう事になった。
「う〜ん、少し派手じゃないかな……?」
「そんな事はないですよ。これくらい、今どきは普通の範疇です」
(やっぱり、女の子の服選びって時間がかかるんだなぁ……)
僕は手持無沙汰に二人の様子をただボーっと見ながら、そんな事を考えていた。
(僕なんか、服は安物で済ませちゃうし、最近の流行なんて全然分からないもんな)
でも秋菜に似合う服だったらしっかりと選べる気がする。例えば今、店員さんが取った服の隣にある服。白基調の、少し簡素な感じのするワンピース。
(秋菜の綺麗な黒髪とぴったり合うと思う)
いやしかし、サイズが少し大きいか……。見たところ、秋菜がそれを着ると袖の中に完全に手が隠れてしまい、肩の辺りもどちらか片方がずり落ちてしまいそうな感じがする。丈は……膝の下……いや脛の辺りまでいっちゃうかな?
「ほら、これもいい感じですよ? ……ところで、お二人は兄妹なんですか?」
僕がそんな風に秋菜の洋服について考えていると、不意にこちらを見た店員さんがそんな事を尋ねてきた。
「あ……え〜と……」
――恋人同士です。僕と秋菜との関係を聞かれたのなら、そう答えるのが適当なのだけれど、当時の僕はまだその事をおおっぴらに言える程の心は持っていなかったので、
「え、ええ、そうなんですよ」
と、笑顔で相槌を打っておいた。
「むぅ〜……」
すると何故か、店員さんの肩越しに見える秋菜が不服そうな顔をしているのが見えた。
「へぇ、優しいお兄さんなんですね」
ついで店員さんも何故か、秋菜の洋服選びを一時中断して僕との話を続ける。
「え? いや、別に僕は優しくは……」
「いえいえ。こういうご時世で、夏休みに妹さんと買い物をするなんて、相当に妹想いの優しい方ですよ」
「は、はぁ……」
「……うん。たまに優し過ぎるほど優しい」
店員さんの肩越しに、何故かうんうんと頷いている秋菜。
「それに、一見クールそうに見えて実は妹想いの優しいお兄ちゃんっていうのは、ギャップがあっていいと思いますよ?」
「ギャ、ギャップ……ですか?」
「うん。見た目は冷たい印象があるのにここぞっていう所で優しい」
僕ってクールなイメージ……あるのか? 何故かまたうんうんと頷いている秋菜に今度聞いてみよう。
「いいですね、そういうところ。カッコいいのに可愛くて、非常にお姉さんのタイプですね」
「!!!」
「え!? は、はぁ……それは……どうも……」
初対面でなんて事を言うんだろう、この店員さんは。……ところで、なんで秋菜は変なポーズをして固まってるんだろう?
「よければ、今度お姉さんとお茶でも――」
と、店員さんがなにかを言いかけた辺りで、
「お兄ちゃん!! 私、急にアイスが食べたくなっちゃった!!!」
「え?」
急に秋菜が大きな声で僕を「お兄ちゃん」呼ばわりして、目にもとまらぬ速さで僕の隣に来て腕を引っ張る。
「ねぇ、早く行こうよ、お兄ちゃん!!」
「あ、秋菜? 僕がいつ秋菜のお兄ちゃんに――」
「早く行こう!!! お兄ちゃん!!!」
「えっ、ちょっ、秋菜!?」
すごい力で僕の腕を引っ張られ、そのまま店の外にまで引きずられる僕。この細腕のどこにこんな力が? というか秋菜、買物はいいのか……?
……一方の店の中では――
「……逃がしたか。あーあ、せっかくの上玉だったのに……。嫉妬深い妹がいるお兄ちゃんって、大変なんだなぁ」
「……千鳥君、何してんの?」
「何って、いい男捕まえてナン――え? あ、あらやだ店長、いたのですか? いや、これは……ほ、ほら、夏に出会いを求めるのは女の性というか――」
――みたいな会話が起こっている気がしたが、今はそれよりも秋菜の方が気になった。
秋菜は店を出てからもずんずんと進んでいき、街の中央にある大きな公園まで僕を引きずって行った。そして公園の中央、大きな噴水がある広場に辿り着くとようやく僕を解放してくれた。
「ど、どうしたんだ、秋菜?」
解放された腕をさすりながら、僕はいつもと様子の違う秋菜に話しかける。
「……ばか……」
「え?」
「むぅ〜、どうせ私は妹ですよ〜だ!」
ああ、様子がおかしいと思ったら、その事を気にしてたのか。秋菜は極度に子供扱いされる事を嫌がるのだ。それで、さっきの妹扱いが気に食わなかったのだろう。……でも、お姫様だっこや頭撫でられるのはOK(むしろ喜ぶ)なのに妹扱いはNGなのか……。
「ああ、その、ごめん。ちょっと照れくさくて……恋人って宣言するのが……」
とりあえずいけない事をしたのはこっちなので、素直に謝ろう。
「それは……まぁ、いいけど……その……あの店員さんに口説かれそうになってたのがただ気になっただけで……」
「え?」
「な、なんでもない!」
秋菜が何か呟いていたような気がしたけど……まぁ、いいか。
「それにしても、あの店員さんは何が言いたかったんだろう?」
「……気になるの?」
「え? ああ、うん、まぁね。あの人、面白かったし、色々(秋菜に似合う服の事とか)話してみたかったし」
「…………(色々って、なんだろう)」
「やっぱりああいう(服に詳しい)人に聞かないと分からない事もあるだろうし」
「…………(分からない事……大人の女の人に聞かないと分からない事って――まさか!?)」
「ああそうだ。秋菜に一つ聞きたい事があったんだけど――」
「なぁに、お兄ちゃん?」
――僕ってクールに見える? と言おうとした口が止まった。
「……え? 秋菜?」
「どうしたの? お兄ちゃん?」
「え、いや、その呼び方は……何故に?」
「これは……(たしか吉良くんが言ってた。え〜と、ロ、ロ〜……なんとかっていう人なら私みたいな女の子に夢中になるって聞いて、蒼くんはもしかしたらそういう人かもしれないって。それで、そういう人には『お兄ちゃん』って呼び続けると効果があるって聞いたから――なんて言えないよぉ……)……えっと、そう! 私は、誰かさんの妹らしいから!」
うわ、まだ妹扱いした事を根に持っているのか……。
「え〜と、その……ごめん」
「ううん。気にしてないよ、お兄ちゃん♪」
気にしてるよね? それ……。
なんて事があって、それから一週間くらいはいつでもどこでも『お兄ちゃん』なんて呼んで来るものだから、愛すべきクラスメートたちには真顔で「お前……ついに……」なんて事を言われるし、秋菜の叔母にして我が清綾高校の保険医・白石先生には「お前私の秋菜に何をしたんだ? さぁ怒らないから言ってごらん?」なんて笑顔で青筋立てて言われるし……。本当に、あの時は苦労した……。
気を取り直して、Cの場合――
――あれは思い起こす事三か月前の、よく晴れた日曜日だった。
その日も僕と秋菜はデートの真っ最中。今度の場所は僕の地元。僕の地元はどちらかというと田舎に属するような場所で、あまり目立った物がない。そう言ったのだが、それでも秋菜は僕の普段住んでいる場所を見てみたいと、何だか無性に嬉しくなるような事を言ってくれたので僕の十六年間がつまったこの場所でのデートとなったのだ。
なんてカッコいい事を言ってみても、やっぱり僕の地元は微妙に田舎な訳で、娯楽施設という物がかなり少ない。だからぶらぶらと散歩するくらいしかやる事はないのは必然で、だけどそれでも楽しそうにしている秋菜を見ているとこっちまで楽しくなって。
見慣れた景色も大分違って見えて。秋菜につられて、僕も笑って。
そんな、平和な休日を満喫していたんだ。
――昼頃までは。
適当にぶらぶら散歩をしていると、いつの間にかに時計の短針は十二の数字をまわっていて、僕たちは駅の近くにある喫茶店で昼食をとる事にした。
その喫茶店――マザーズ・キッチンは、小さいながらも綺麗な、なかなか雰囲気のある内装や、女の子に人気があるケーキ、それと制服が可愛いとかで僕の地元ではちょっとした有名店だった。こういう喫茶店には普通男は入りづらいものだが、何故だか男性客の入りもそこそこにあるらしい。僕はないが、友人の何人かはよく行っていたらしい。
それは何故なんだろう、と店内に入った瞬間――
「……ああ……」
――だいたい理解した。
(なるほど、制服が可愛い――ね……)
いま、僕の目の前に来てくれたウェイトレスさんの服。全体的に明るい色合いの生地に、なんか、フリルとかいっぱい付いていて、スカートは軽くふわりと広がるフレアスカート。丈のほどは膝上十センチといった辺りで、二―ソックスとの間に肌色の空間を有していた。
確かに可愛い。可愛いんだけど……。
(……可愛いって、男から見た目線なのか……?)
「可愛い……」
そう思ったが、僕の後ろにいる秋菜もウェイトレスさんの服を見るなり目を輝かせているあたり、女の子にも可愛く見えるらしい。
「お客様は二名ですか?」
「ええ、はい」
なんで店内は落ち着いたシック調なのに、こんなに明るい制服なんだ? とか色々な疑問が浮かんだけど、気にしない事にした。
「ではこちらへどうぞ」
そう言ってウェイトレスさんは僕と制服に見惚れたままの秋菜を二人席に案内すると、メニューと「注文が決まりましたらお呼びください」というお決まりの言葉を置いて去って行った。そしてそれを目で追う秋菜。
「秋菜……」
「…………(ぼー)」
「はぁ……」
僕はため息を一つ吐いた。
秋菜は可愛いものを見てしまうとしばらくぼーっとして反応しなくなってしまう事があるのだ。こういう時の対処法は、時間を置く事だけ。
という訳で秋菜が再起動するまで彼女の顔を眺める僕。……こういう顔も可愛いなぁ。
「あれ……先輩?」
「え?」
あれから秋菜も再起動して、無事に昼食を取り終わった僕たち。そして会計を済ましている最中に、僕はレジ打ちをしているウェイトレスさんからそんな声をかけられた。
「あれ、君は確か……」
どことなく見覚えがある顔だと思ったら、この女の子は確か中学の後輩の――
「……千鳥さん?」
「そうです! 千鳥要です!」
僕にそう呼ばれた少女は、ぱぁっと顔を輝かせた。
「久しぶりだね」
「はい!」
千鳥要――確か中学生の時、友人に半ば強引に入れられた軽音楽部の後輩。いつでも明るく元気な印象の娘で、何故か僕は良く懐かれてたっけ。
「ていうか先輩、私の事は気軽に『要』って呼び捨てにしてくれて構わないっていつも言ってるじゃないですか〜」
そう言って少し頬を膨らませる仕草をする千鳥さん。
「いや……そういうわけには……」
そういえば中学の時もそんな事ずっと言われてたっけ。なんだか少し懐かしい。
「相変わらず固いですね〜先輩は。でもそんなところも素敵&可愛い! 高校生になってより大人っぽくなってさらに素敵!!」
「はは……ありがとう」
冗談と分かっていながらも、少し照れてしまう。というか、僕って大人っぽく見えるのかな?
「千鳥さんは、ここでアルバイト?」
「はい! 制服が可愛くって一発でここに決めちゃいました!」
「あははは……」
けっこう久しぶりに会ったけど、相変わらず元気な女の子だなぁ。
「それで、先輩は今日はどのような要件で――」
と、そこで千鳥さんの言葉が切れる。どうやら何かを視界にとったまま動けないようだ。その視線を追ってみると、
「…………」
「秋菜?」
無言で、なにか天敵でも見つめるかの様に千鳥さんを見返している秋菜。滅多に見ない表情だけど、そんな顔もまた可愛い。
「――先輩、今日は妹さんといらしたのですか?」
ふと、千鳥さんからそんな質問をされる。
「ああ、いや――」
――そう言えば、同じような質問をあの時されたなぁ。だけど、今の僕はあの時とは違う。
「恋人と、だよ」
もう秋菜を『恋人』と呼ぶのに何の抵抗も感じない。というか、言わなかった時のその後の展開の方が怖い。
「え、えへへ……」
僕の言葉を聞いて嬉しそうに笑う秋菜。と――
「か、彼女!?」
――なにやらすごいショックを受けている千鳥さん。
「? どうかしたの?」
「せ、せせせ先輩って、その、彼女――」
「ああ、高校でね」
「先輩って、その――」
――その先の言いたい事はなんとなく理解できてしまった。というか、知り合いにそう言われると、なんとも言えない気分になるのですが……とりあえずここは笑顔に頼っておく。
「ん? どうかしたかい?」
「あ、あの、その、え〜と……なんでも、ないです……」
――言いたい事は多分理解できたけど、なんで落ち込んでるのかが理解できない。
「あの、大丈夫……?」
「はい……私は至って正常です……」
いや、普段から元気百倍な君がそういう状態って、ただ事じゃないと思うんだけど……。
「いえ、本当に大丈夫です。それじゃあ先輩、また来てくださいね。……できれば今度は一人で……」
「あ、ああ、うん。機会があれば」
最後のほうになにかボソッと呟いていたような気がするけど……気のせいかな。
「それじゃあ。秋菜、行くよ」
「うん!」
対照的にすごい元気な秋菜は笑顔のまま僕に着いて来た。
――二人が出て行った後、店内では……
「どうしたの、要。レジで打ちひしがれちゃって」
「先輩って……」
「先輩って、さっきの中学生連れてたカッコいい人? なに? 知り合いだったの? だったら紹介しなさい。抜け駆け、ダメ絶対」
「先輩って、その……年下、好きなのかな……」
「は? そんなのいいから紹介――」
「なら、なら大丈夫! 私にもまだチャンスあるよね!!」
「な、なんなのアンタ。打ちひしがれたと思ったら急に元気になって」
「私の取り柄は元気!!」
「いや知ってるけど……それより紹介しなさい、あの人」
「やだ」
なんて会話があったとかないとか。
あの時の千鳥さん、様子がおかしかったもんなぁ……さすがに懐いていた先輩にロリコン疑惑あったら嫌だもんなぁ……。
とまぁ、色々あった結果、Aの方法が一番無難だと判明した。
という訳で、今日も今日とて随所で愛想笑いを振りまく予定の僕。
「も〜またブツブツ言ってる〜」
再度投げかけられた秋菜からの不満そうな言葉で僕はハッと我に返った。どうやらまた回想の海に埋没していてしまったようだ。
「あ、ああ。ごめんよ」
僕は秋菜に謝罪の言葉を返しながら、
(その少し拗ねてる顔もまた可愛いんだよなぁ)
なんて、どうしようもなくバカップルみたいな事を考える僕。
「まったく……暑いから早く行こうよ、蒼くん」
「そうだね。今日は――そう、秋菜の水着を買いに行くんだったよね?」
「うん、そうだよ〜水着だよ〜」
と、秋菜はにんまりと意地悪そうな笑みを浮かべる。それは大抵僕を困らせる時の笑顔で、そんな表情もまたたまらなく可愛い。
「えへへ……蒼くんはどんな水着を選んでくれるのかなぁ〜?」
「なんとなく予感はしてたけど……やっぱり、僕が選ぶの?」
「うん♪」
「え、えっと……」
一転してそんな期待に満ちた笑顔でそんな事を言われてしまったら、果たして僕は拒否権を敢行できるのでしょうか? 答えは『否』です……。
という訳で、乏しい知識を振り絞って秋菜に似合う水着を想像中の僕。
そんな僕を楽しそうに眺めている秋菜。
こんな二人は、目的地である某有名デパートに向けて歩いていく。
「さぁ、どれがいい?」
「いや、どれがいいって……」
現在、僕たちは某有名デパートの一角にある水着コーナー(女性物の)にいる。辺りには色とりどりの水着が華やかに飾られている。ぱっと見た限りでは、少し地味なワンピースから、際どいビキニの物、果てにはスクール水着まで完備してあるようだ。
ここにいて分かる事がとりあえず一つ。男の僕には場違いな場所であるという事。
「さぁ、早く選んでここに持って来て?」
「い、いや、僕はその……あんまりそういうセンスは……」
「大丈夫。蒼くんが選んでくれた物なら、なんだって似合うよ♪」
「…………」
それは僕が秋菜に言うべきセリフ、と思ったが、そうとまで言われてしまったのなら、ここはどうするべきだろうか? 彼氏以前に男として。プライドとか、男がそういう水着を選んでいる姿は恥ずかしいとか、期待に添えるかどうか不安とか、そういうのを抜きにして。
「……ああ、分かった……」
頷くしか、選択肢はないのだろう。
「……でも、あんまり期待はしないでくれよ?」
「うん、期待して待ってる♪」
人の話を聞きなさい――とは思ったが、ここでそんな事を言うのは男じゃない。できる限りで、期待に添えるような水着を探し出してみよう。
そんな決意を胸に、僕は秋菜の水着探しへと旅立った。
「さて、と――」
試着室の前で待っている秋菜からの激励の言葉を背に、とりあえずは水着が所狭しと並べられている棚の前に立ってみたのだけど……。
「――どうするかなぁ……」
さっきはあんな事を思ったけど、実際僕は、その、ファッション? というかそういうのにあまり教養がない訳で。
「ん〜……」
色鮮やかに自己主張している水着たちがどういった種類なのかとか、そういうのが全くと言っていい程分からない訳で。
「う〜……」
そもそもこんな女性物の水着売り場(どちらかというと子供向け)に僕みたいな男がいるのはいささか以上に不自然な訳で。
「…………」
僕は思った以上にヘタレな訳で。
どうしたものか、と視線を辺りに巡らせてみる。その時、ふと目につく水着が一着。
それは紺色主体の地味なワンピースの水着で、胸の所には白い布が宛がわれている物。紺以外にも白とかのバリエーションがある――要するにスクール水着。
――いや、コレはダメだろう?
なんて思いつつ、ついつい想像してしまう、秋菜のスクール水着姿。
(……違和感なく想像できるのはなんでだろう……?)
僕は頭を振ってその想像を頭から追い出した。いけないいけない、このままでは僕がロリコン+スク水好きの取り返しのつかない人だと思われてしまう。
真面目に考えよう。
とりあえず、候補としては無難なワンピースタイプ、スカート付きのタイプ、上下に分かれてるけどそんなに際どくないビキニタイプ(というのだろうか?)、それとスクール水――
待て待てちょっと待て僕。さっきから何を考えているんだ。ダメだこれは流石にダメ絶対まず落ち着け僕――
深呼吸、とりあえずその場で深呼吸。
冷静に、冷静に、頭の中を空っぽに――
――うん、僕はもう大丈夫。もう迷わない。
(だからその紺の布地のスク――)
ガッ! と自分の頭を一発、殴った。
考えるな。何も考えちゃいけない。冷静に真剣に、秋菜が可愛く見える水着を探し出すんだ。
「…………」
しばらく緑あふれる山を流れる小川のせせらぎについて考えて冷静になった僕は、今度こそ真面目に水着を選ぶ事にする。
「……うーん」
少ない知識を振り絞り、辺りを見回すと世間一般で何かと可愛いと言われるピンク色が目に入る。やっぱり、無難にこのピンクのワンピースに――
「……いや待て」
――それがいけるならこっちの黄色いのもいいはずだ。いや、だけどこれだとしたらこっちの水玉模様もいけるはず。いっそビキニにするか? いやでもそれはちょっと駄目かな、僕の精神衛生上。だから秋菜にはやっぱりこっちの明るい水色――ああそういえば秋菜は緑色が好きだって言ってたっけ。緑は優しい感じがするからって……あの時の秋菜も可愛かったなぁ……。
……そんなこんなで、微妙に冷静ではない僕は三十分程水着を吟味していた。
――一方、その頃の来栖秋菜はというと――
「ふむふむ――」
試着室のちょうど対面の通路に設けられているベンチに座ってある雑誌を読んでいた。
「へぇ〜、男の人ってこういうのがいいんだ〜」
その雑誌の名前は「月刊Sprout」といい、表紙には『男心をグッと掴む特集!! これで意中のあの人もGETできちゃう!? 第三部〜ツンデレ〜』と、大きく赤文字で書かれている。
――来栖秋菜は知らない。その雑誌は所謂そっちの人向けの本である事を。
余談だが、第一部はドジっ娘、第二部はお嬢様、続く第四部と第五部は姉妹、ヤンデレの特集記事が掲載される予定。
「え〜と、『か、勘違いしないでよね。別にアンタの為にやってる訳じゃないんだからっ』かぁ。うー、蒼くんにこんな事言えるかなぁ……」
そうとは知らぬ無垢な彼女は、さらに間違った知識を頭に詰め込んでいくが――
「ん〜と、具体的なセリフ――『デートじゃないんだから。遊んでたら死刑よ!』ん〜? 『見せてるのよ』う〜? 『あんたバカァ?』……??」
――今の彼女には理解できない。
「あれ……秋菜?」
長い激戦の末、勝ち残った水着を片手に試着室前に戻ってくると、そこで待っているはずの秋菜の姿が見えなかった。
「……まぁ、三十分も経っちゃってるからどこかを見て回ってるのかもしれないか」
と、辺りを見回していると通路を挟んだ対面のベンチにちょこんと腰掛けて雑誌を読んでいる秋菜を発見。
「あ、いたいた。おーい、秋菜〜」
「!!」
名前を呼びながら、選んできた水着をなんとなく後ろ手に隠しながら近づいて行く僕に、ビクッと過剰な反応を示す秋菜。そして今まで読んでいた雑誌を慌ててバックにしまうと、
「お、遅い、わよ……」
僕の事をキッと見据えて、いつもと違う口調で話しかけてくる。
「? ああ、ごめん。ちょっと選ぶのに熱が入っちゃって」
いつもと違う口調に少し疑問を感じつつも、素直に遅れた事を謝る。
「ま、待たせるって、いうのにも限度ってものがあるでしょう?」
「え――」
「ま、まったく……えと、こ、こっちは退屈で死にそうだったのよ?」
「あ、うん……」
――まずい、三十分も待たせちゃった事を大分ご立腹のようだ。……熱が入りすぎたとはいえ、流石に時間かけ過ぎちゃったか……。
「うん……その、待たせてごめん」
という事で今度は真摯に謝る事にする。この非は全面的に僕にあるものだから。
「あ、えっと、その、別に大丈夫っていうか、その、本気じゃないっていうか――」
その僕の様子に、慌てたようにそう取り繕う秋菜。
「え?」
「えっと、これは怒ってるっていうか、その――そ、そうそう! 選んで来てくれた水着は!?」
なにやら怒ったり慌てたりと様子のおかしい秋菜は強引に話を変えた。僕としてはありがたいような、そうでないような微妙な気持ちだった。
「あ、ああうん。これ……だけど……」
先ほどの秋菜の様子からして、気に入ってくれなさそうな雰囲気がする。
「僕なりに精一杯選んだんだけど……どう、かな?」
僕は後ろ手に持っていた水着を自信なく秋菜の前に差し出す。僕が選んだそれは、基本は明るい緑が主体のスカートタイプ。肩から背中の辺りにかけては若干ひも状になっている為少しセクシーな感じがするが、胸元とかについているフリルのおかげで可愛さの方が目立つようなものだった。
「――――」
秋菜はそれを見た途端、何故かフリーズ。何の反応も示さない。その反応に僕の不安は募るばかり。
「あ、ほ、ほら、秋菜、前に緑が好きだって言ってたでしょ? だから明るい緑が主体のを選んでみたんだけど……あ、あとフリルとか可愛いって喫茶店でちょこっと言ってたし――」
沈黙の空気に慌ててフォロー的な言葉を紡ぐ僕。やばい、外したか? 気に入らなかったのか!?
「蒼くん――」
不意に、沈黙を破って喋りだす秋菜。心なしか、目が潤んでいるような気がする。そこまで、お気に召されなかったのか? まずい、非常にピンチだ。自分のセンスの無さに涙が――
「――ありがとう」
「――え?」
――そんな風に、内心かなり焦って冷や汗だらだら生唾を呑み込んでいた僕に投げかけられた言葉は、かなり意外な、本当に、思ってもみなかった言葉だった。
「え……? な、なんで……お礼?」
とりあえずピンチを免れたらしい僕は、かなり間抜けな反応をしてしまった。思うに僕は肝心な時っていつもこうな気がする。
「ん〜……」
一方の秋菜は顎に指を当て、
「内緒」
チロッと舌を小さく出して、極上の笑みを僕に投げかけてくれた。
「――――」
そしてその微笑みを見て、言葉もなく動けなくなる間抜けな僕。いやでも本当に可愛いんですよ?
「それじゃあ、ちょっと着てみるね。あ、でも見せるのは海とかに行ってからだからね。それと、蒼くん。私のバックお願い」
秋菜はそう言って、今だにフリーズしている僕の手から水着を受け取ると、試着室の中へと入っていった。
――シャー……
と、試着室のカーテンを閉める音で僕は我に返る。そして秋菜に言われたとおり、バックが置いてある、先ほどまで彼女が座っていた場所に腰掛ける。
(時々思うんだけど、さ……)
そして天井を見上げてため息を一つ。
(なんであんなにいい娘が僕の彼女なんだろう?)
いや、もちろん他の男に渡す気なんて毛頭にもないけど。
なんて。
秋菜の可愛さと自分のヘタレさを実感しつつ、
「――ん? そういえば秋菜って、どんな本を読んでるんだろ?」
ふと、秋菜のバックから不自然に飛び出ている雑誌に目が着いた。
悪い気がしたけど、それを手にとって読んでみる。すると、ドッグイアー(ページの端っこを折ってよく見るページをすぐに開けるようにする事)がされているページがすぐに開けた。
「え〜っと、なになに……『男心をグッと掴む特集!! これで意中のあの人もGETできちゃう!? 第三部〜ツンデレ〜』……って――!!」
な、なんなんだこの本は!? 秋菜はこんな本を購読しているのか!?
僕はバタンと雑誌を閉じて、表紙の文字を見て――
「ああ――」
理解した。全てを。
――この本は、秋菜の物ではない。これは、涼太の所有物だ――
――この本の持ち主だと判断されたのは、吉良 涼太。中学、高校と秋菜と同じ学校に通う、秋菜の友人兼僕の悪友。涼太はルックスも良く、運動神経も良く、頭脳も明晰、性格は明朗快活で軽口が玉に傷といったようなサバけた印象を人に与える、ここまでを見るとかなりの好人物。だが、彼には隠された本性(実際まったく隠してはいない)があるのだ。涼太は、最近日本の文化の象徴と言われまくっている――要するにオタクなのだ。
この本――「月刊Sprout」についての話が一つある。
たしか、あれは英単語のテスト前の休み時間の事だった――
「なぁなぁ、この『Sprout』の意味って知ってるか?」
「いや知らないけど……範囲の単語を覚えなよ」
「んなもんとっくに覚えちまったよ。それよりもこの話を聞いてくれ」
「……どうせ断っても話すんだろ?」
「モチのロン!」
「はぁ……手短にね」
「任せな! いやなぁ、これと同じ名前の雑誌があるんだよ。主に声優とかアニメとかそういう情報を載せたやつだけど」
「それが?」
「でな、この『Sprout』の意味には、名詞だと『芽』だとか『若者』とかいう意味があって、他動詞だと『〜を発芽させる』とかあって、自動詞だと『発芽する』とかそういう意味があるんだ」
「で?」
「反応がいやに冷たいな……だが気にする俺じゃない! で、『発芽する』とかを日本語に一語の日本語にすると?」
「……『萌える』?」
「イエース!!」
「……だから?」
「いや〜、すごい遠まわしな屁理屈だな〜、と」
「…………」
「ああ無視すんなよ〜ほら、これで試験に『Sprout』がでたら完璧に答えられるだろう?」
「その単語、試験範囲じゃないけど」
「無問題!! いつか使う日がきっと来る!!」
……といった、涼太とそんな話をした記憶が僕の脳にこびりついてしまっている。
というか涼太。秋菜に何を芽生えさせるつもりなんだ?
ともあれ、これでさっきの秋菜の行動の理由が分かった。ただ涼太の毒牙に晒されていただけだったんだな。
(じゃあ、さっきのは別に本気で怒ってた訳じゃないのか……)
そう思うと安心した。
「…………」
それはそれで解決したとして、もう一つの問題が浮上してくる。なんで秋菜がそんな本を読んでいたか、という。
(まさか、僕の為じゃ……ないよな?)
僕にもっと好かれたいから、とか、そんな僕にとって都合のいい考えが頭に浮かぶが、それはないと思う。
(じゃあ自分に自信がないとか?)
それもないだろう。秋菜が自分に自信がないのだとしたら、僕なんてどうなるんだ……?
(……これも自分勝手な考えの気がする)
一つ溜息を吐いて、少し冷静になる。
「とにかく……」
本を読んでいた真意は気にしない事にして、僕は言葉を考える。秋菜がいないうちに、彼女になんて言葉をかけるかを。とりあえず、言葉の足らない僕でも確実に伝わるような言葉を。
ありのままの秋菜が一番可愛いと、僕の気持ちを伝えるための言葉を。
――西へと傾いた夕陽に、鮮やかな緋の色に染め上げられる街並み。もう間もなく太陽は完全に沈んで、今度は夜の帳に街は包まれるだろう。カナカナと鳴くひぐらしの声と、軒並みから聞こえる声や音は、どうも懐かしく、温かく、それでいて寂しい印象を人に植え付ける。
そんな、黄昏に進む世界の中、
「えへへ……」
「…………」
とてつもなく幸せそうな顔で笑う秋菜と、そんな彼女に身を寄せられて、照れ隠しに赤い空を見上げている僕がいた。
――あの後、試着を終えて何気にお会計まで済ませて僕の所へ戻ってきた秋菜に、
「秋菜……えと、真似とかそういうのはいいから。僕は、ありのままの、自然な秋菜の方が好きだから」
と、相変わらずの言葉の足らなさで、しかも結構クサい事を僕は言った。
それを聞いた秋菜は一瞬ポカンとした後に、バックから出されている雑誌を確認すると、「はわわ!?」とかそんな面白くて可愛い反応を示してくれた。
「えと、あ、あの……普通な私でも……その、蒼くんはいいの……?」
ひとしきり、秋菜はあわあわと今買ったばかりの水着の入った袋を上下に振ったり抱きしめたりした後、真っ赤になった顔で、不安そうに、上目遣いで、そんな可愛い事を言ってきてくれた。
「僕は、秋菜じゃないと嫌だよ」
それに対して僕はちょっとそっぽを向きながら、小さな声で答える。その言葉は、ちょっと恥ずかしすぎて大きな声で言えた様なものじゃないから。
「え?」
――けど、こんな不安そうな秋菜を見てたら。そんな事を恥ずかしがる自分が嫌になって、半ばヤケクソ気味に言った。
「……だから、僕は秋菜がいいんだ。むしろ僕の方が不安になるよ。秋菜は僕なんかでいいのかなって……」
言ってから後悔。ああ、なんていうヘタレっぷりなんだろうか。自分の彼女が不安そうにしているのに、僕の方が不安を秋菜に吐露してしまっている。だから、不安になるんだ。こんな小さな自分だから。
「私も……」
その僕の言葉を聞いた秋菜は、水着の入った袋を抱きしめて、
「私だって、蒼くんじゃなきゃ嫌だよ?」
「え――?」
なんだか少し嬉しそうに聞こえる声でそう言う。
「蒼くんが不安になる事はないよ? だって、あんなちょっとした事でもしっかり憶えててくれるくらい、優しいもん」
「ちょっとした……こと?」
「うん。私が緑色が好きだとか、フリルみて可愛いって言ってた事とか」
「…………」
それは違う。それはちょっとした事なんかじゃなくて。僕にとって、それはけっこう――いやかなり大事な事で……
(ん? あれ? そういえば……)
ふと、そこで自分の今いる場所を思い出す。
たしか、ここは某有名デパートの三階水着売り場のエントランスホール。
季節は夏。
つまり。それなりに人がいて。活気がある訳で。
「――――!!!」
こんな公衆の面前でバカップルみたいな事をしている僕たちは結構目立つ訳で。僕はヘタレな訳で。
「あっ――」
秋菜もこの状況に気付いた訳で。
「と、とりあえず、この話はどこか落ち着ける場所でしっかりと話そうか!」
「う、うん、そうだね!!」
(……やっぱり肝心なところで僕はヘタレなんだなぁ)
そんな事を実感しつつ、秋菜の手を取って、僕たちは逃げるようにそこから退散する訳で。
握った秋菜の手にギュッと力が込められた事がなんだか嬉しくて、気恥しくって……
まぁ、そんな事があって、その後の喫茶店でも同じような事をして、大分恥ずかしかったんだけど――とりあえず僕は秋菜の事がやっぱり好きなんだなぁ、と実感して、秋菜は秋菜で喫茶店を出てから僕に体を預けたまま歩いている。
ただ、何をするでもなく。ろくに会話もせずに、のんびりと。影と夕陽が織りなすコントラストの鮮やかな道を。
駅まで続いている道を、ありふれた景色の中を……。