青い月ひとつ
数時間後、少し欠けている月が、青々とした光で夜道を照らしていた。
オレは、ヘベレケになった志村に肩を貸しながら、ヤツの家まで送っていた。
かくいうオレもフラフラで、志村を支えているようで、
じつは、オレが志村に寄りかかって歩いている気もする。
志村は低い唸り声をたまに吐くだけで、何も言葉を発しない。
意識があるのかも分からない。多分、無意識のまま歩かされてるのだろう。
オレは、思うように動かない体を必死に動かしながら、考え事をしていた。
体は酔っ払っているのに、頭は酔ってない。妙に冴えている気さえする。
オレが考えているのは、明日の『特命』に対しての返事だ。
もうすでに日付が変わっているから、正確には、あと数時間後に返事を
しなければならないわけだが、オレは決めかねていた。
『決めかねている』?
オレは、自分で自分の考えが分からず、それを考えていた。
なぜ、決めかねているのか?
こんなバカげた『特命』、誰も受けない。当たり前だ。
他の4人の返事も、きっと同じはずだ。断ったって、誰も咎めない。
なのに、なぜ、オレは決めかねている?
断ることに抵抗を感じる? なぜ?
断ることで、何かを失うわけじゃないのに。
誰も存在を信じない『ドラゴン』の討伐。
それを断ったって、
誰も「ドラゴンに恐れをなして逃げた」とは思わないだろう。
むしろ、いないと分かっているのに、それを受けることのほうが
よっぽどバカだ。みんなにバカにされる。絶対、女房にバカにされる。
息子にも、娘にも。
息子・・・直人とは、もう何年会ってないだろうか?
たしか、数年前のオレの親父の七回忌の葬儀で会った以来か。
昔から口数が少なかったから、何を考えているのか分からんヤツだった。
そういえば、娘の香織とも、葬儀以来会ってないし、昔からあまり話した覚えがないな。
話すも何も、すべて女房に押し付けてたから、話す機会がなかったというか・・・
オレが避けていただけかもしれないな。アイツらに避けるようにさせたのはオレか。
まぁ、今頃気づいてもどうしようもないのだが。
オレだって、親にはそうやって育てられてきたんだ。
男は黙って仕事をこなして、家にお金を持ち帰る。子供は、その背中を見て育つ。
そういうものだと思っていた。
「何が騎士だ・・・。」
ふいに、志村がつぶやいた。無意識につぶやいただけだろう。
しかし、その言葉で、オレは何が心にひっかかっているのか分かった気がした。
そうか・・・そうだ。
オレがどうして『決めかねていた』のかが分かった。
そして、それが分かった今・・・オレの心は『決まった』のだった。
「それにしても・・・志村の家、遠いな・・・。」
オレは、重い鎧を着た志村を引きずりながら、そうボヤいた。
疲れて、ふと夜空を見上げれば青い月ひとつ。今宵の月は、とても冷たく感じた。