戦いの狼煙をあげろ
クラテルに教えてもらっていた、
この国に出没する魔獣のタイプは、三種類。
『オオカミタイプ』、『クマタイプ』、
そして『魔物タイプ』だ。
その『魔物タイプ』は、『キラウエア』という。
元々は、人畜無害の精霊の類だった
エネルギー体が、悪い物に変わって、
人を襲う『土の魔物』なのだという話だった。
その魔物の攻撃は、かなり強く
『溶岩』という熱々のドロドロになった石を
飛ばしてきたり、爆発させるのだという。
その魔物の大きさは、大小様々で、
小さいものならば、脅威ではないが
大きなものになると、村ひとつが
壊滅してしまうほどの大きな被害が出るらしい。
倒す方法は、いろいろあるが、
一番有効な方法は・・・
『水』か『氷』の攻撃魔法だという・・・。
オレの中で、妙案が思い浮かんだ。
頭の悪いオレが考えたものなど、
たかが知れているから、うまくいくとは思えない。
しかし、現時点で、誰も妙案が
思い浮かんでいないのならば、今は
『一か八か』に賭けるしかない。
「木下は、広範囲の攻撃魔法で
『火柱』が立つような魔法はできるか?」
「はい、使ったことが無いですけど、たぶん。」
「何発、出せる?」
「中級魔法の『ファイヤーウォール』なら、
なんとか2発か、3発は実行できるかと・・・。
でも・・・。」
「なんだ?」
「・・・でも、人に対して使ったことはありません。」
木下の表情が困惑している理由が分かった。
対人戦の訓練ぐらいは受けたことがあるだろうが、
実戦経験がないから・・・
人を傷つけることを恐れているのだ。
レーグルの表情も、同じく青ざめたままで・・・
こいつも実戦経験がない。
騎士団の先輩たちの強さを知っているから、
人を傷つける恐怖ではなく、
殺されるという恐怖のほうを強く感じているのだろう。
オレは実戦経験があるから、
両者の気持ちが分かる。
オレも初陣はそうだった。
傷つけたくないし、傷つけられたくない。
殺したくないし、殺されたくない。
しかし・・・
戦場で、戸惑ったやつは死を迎える。
恐怖で体が動かなくなったとしても、
敵は、見逃してくれない。
「いいか、二人とも?
『やる』か、『やられる』か。
実戦での命の選択肢は、この二択しかない。
そして、チカラの弱い者から死ぬのではなく、
心の弱い者から死んでいくんだ。
心の弱い者は、自ら『やられる』という選択をするからだ。」
オレが喝を入れようとするが、
二人の表情に、ほとんど変化はない。
「お前たちは、弱い。
はっきり言って、あの村にいる騎士団は
お前たちより遥かに強いやつらだろう。」
木下の表情に変化はないが、
ここで、レーグルの表情に変化があった。
ムッとした表情。
つまり、敵に対して「負け」を認めたくない顔だ。
いい傾向だ。
「木下、お前ごときの魔法では、誰も殺せない。
だから、思いっきりやれ。
オレとレーグルは、攻撃魔法を避けたやつを斬る。
レーグル、お前ごときの剣では誰も殺せないからな。
思いっきり、ブッた斬ってやれ。」
レーグルの表情が硬くなった。
いい男の顔になった。
少し覚悟が決まったと見える。
木下も、弱いながら、うなづいている。
思いっきりやっても、誰も死なないと分かったから
踏ん切りがついたのだろう。
・・・実際、相手が死ぬかどうかはオレには分からない。
でも、「自分は弱くて相手は強いから殺せない」と思うと
とにかく全力で攻撃しようと思えるものだ。
昔、オレが初陣で先輩に言われた言葉だった。
「よし、移動するぞ。」
オレの妙案は、
まず、村から少し離れた小高い丘で、
木下に『火柱』の攻撃魔法を空撃ちさせる。
使ったことがない魔法だから、
その空撃ちで、だいたいの魔法の威力と範囲が分かるだろう。
そこで、木下とレーグルを待機させる。
次に、その『火柱』を合図に、
オレがひとつ芝居をして、村へ行く。
旅の途中で『魔物タイプ』に襲われたとウソをつく。
先に空撃ちした『火柱』が、
やつらに見えていても、いなくても、
「仲間が魔物に襲われているから助けてほしい」と
大きな声で騎士団に言う。
騎士たちが『窃盗団』だと、村人たちが知らないなら、
やつらは、オレを村人の前で
いきなり殺そうとはしないはずだ。
そして、ウソを隠すためにも騎士団のフリをするだろう。
おそらく、いきなり全団員が村から出ることは無い。
『魔物タイプ』と聞けば、
魔法が得意な騎士たちが数人だけ、
オレについてきてくれるだろう。
小高い丘で、先に撃った『火柱』の焼け跡を
避けるように、オレたちは歩くだろう。
より多く固まって歩いている騎士たちに
木下が『火柱』で奇襲する。
それで、何人か戦闘不能になってくれればラッキーだ。
避けられたら、態勢を立て直される前に、
オレとレーグルで戦う。
第一陣をうまく倒せたら、
次も、オレが村へ戻って、ひとつ芝居をする。
そうやって、少しずつ敵をおびきだして
敵の人数を減らしていく作戦だ。
・・・うまくいく確率は極めて低いだろう。
もし、村人全員が『窃盗団』と繋がっていれば
オレが村に近づいただけで殺されてしまう。
うまくおびき寄せたところで、
木下もレーグルも、初陣なのだから
うまく敵を討ち取れるかどうかも怪しい。
小高い丘に移動しつつ、オレの無謀ともいうべき
妙案を説明してみたが、
案外、二人とも楽観的なのか、納得したみたいだった。
いや、初陣を前に、冷静な判断ができていないのだろう。
他に選択肢が思い浮かばない状態だ。
説明が終わり、小高い丘へ着いた。
ちょうど、身を潜めるのに
いい感じの草木も見つかった。
「準備はいいか?」
「・・・。」
木下とレーグルが、黙ってうなづく。
二人の覚悟は、だいたい決まったようだ。
「・・・。」
ふと、我に返る。
オレは、どうなんだ?
旅へ出る前に、
戦いに身を投じることは覚悟していた。
しかし、これは『特命』とは関係のない戦いだ。
親父さんを殺されたクラテルのため?
国を乗っ取られた木下のため?
そんな他人のために命をかけるのか?
自分は、なんのために戦う?
「・・・。」
「おじ様?」
木下が、オレの顔を覗き込んでくる。
不安そうな顔だ。
・・・オレは甘い男だ。
オレに関わったやつが、不幸になるのを見たくない。
ただ、それだけだ。
オレが、イヤなのだ。
とてもメンドクサイことだが、仕方ない。
自分の『我』を通させてもらおう。
「作戦は、話した通りだが、
もし、オレが村から戻ってこなくて、
村から『窃盗団』だけが出てきたら、
作戦変更して、二人だけですぐ逃げてくれ。」
「おじ様・・・。」
「佐藤さん・・・。」
木下とレーグルが心配そうな顔をするが、
「なぁに、簡単にやられはしない!」
オレは二人の返事を待たず、ニカっと笑って見せて、
作戦決行の合図を出す。
「木下、戦いの狼煙をあげろ!」
「はい!・・・わが魔力をもって、
灼熱の炎、真円となり・・・
すべてを灰塵と成す柱となれ!」
またうっかり「木下」と言ってしまったが、
木下もレーグルも気にしていない。
木下が手をかざし、魔法の詠唱を始めた。
隣りにいる木下の魔力が高まっていくのを感じる。
魔法を実行すると、誰もが
こうして魔力の高まりを他人に感知されてしまう。
しかし、これだけ村から離れていれば、
よほど感度が高いやつじゃなければ、
感知することは無理だろう。
目の前の砂地に、突然、火が燃え出し、
それが燃え広がって、大きな円となっていく。
直径5mぐらいか。
「ファイヤァウォォール!!!」
ドッオオオォォォーーーン!
木下の魔法の詠唱が終わり、
オレが予想していた『火柱』よりも
大きな炎の柱が、突然、目の前に立ち昇った!
若干の地響きも感じる。
ゴォォォォォォ・・・!
「うわっちちち!!」
レーグルが熱がってのけぞる。
オレも顔を手で覆う。
かなりの熱量、そして範囲も広い。
炎の柱は、軽く10mぐらい立ち昇っただろう。
魔法を放った木下は放心状態だ。
初めての魔法だったし、これほど威力があるとは
思っていなかったのだろう。
「お、おじ様・・・私、やりました!」
魔法が成功して、笑顔になった木下。
成功するとは思っていなかったのか。
ただし、これが敵を目の前にしても
成功できるかどうか・・・難しいところだ。
炎の柱は、数秒で、すぐに消えていった。
砂地には、黒い焼け跡が少し残り、
プスプスと煙がくすぶっている。
「よくできたじゃないか!
今の魔法の範囲と威力を忘れるなよ。
では、二人とも身を隠していてくれ。
行ってくる!」
オレは一人、『ボルカノ』へと走り出した。
さて、ウソが苦手な
オレの演技が通用するのか?
だいたい、この老体でどこまで戦えるのか?
オレは、不安でドキドキしているだけじゃなく、
久々に気分が高揚しているのを感じていた。




