二人の長い一日
隠れて着替える場所がないというのに、
「寝間着に着替えなければ眠れない」と言う
木下と、散々、口論して
「野宿なのだから安全ではない。
今宵は、そんなに安眠されては困る。」
という、まともな理屈を押し通して、
着替えを阻止した。
・・・これだから、お嬢様育ちは困る。
オレたちは、普段着のまま仮眠についた。
結局、木下は熟睡してしまった。
オレに気を許しているのと、
自分より強い者がそばにいることに
安心しきって眠ってしまったのだろう。
おかげで、交替で見張りを頼もうと思っていたのに
オレが仮眠しながら見張りの番をすることになった。
「なにが、寝間着じゃないと、だ。ったく。」
夜中に、足音が近づいてきたが、
それは村の周りを夜間巡回している村人たちだった。
『自警団』である、その村人たちに
あの『ヒトカリ』の会員証を見せて、
オレたちが怪しい者ではないことを伝えると、
納得してもらえた。
その『自警団』の一人のおっさんが
「一晩なら泊めてやっても良い」と
申し出てくれたのだが・・・
5~6人の足音や会話をしているというのに
木下は起きる気配がなかった。
完全に夢の中だ。
逆に起こすと可哀そうだってことで、
『自警団』のやつらは、早々に立ち去ってくれた。
熟睡できている木下よりも、
眠れないオレのほうが、可哀そうではないか・・・。
オレは、一人で焚火の炎を眺めて
うつらうつらと仮眠して夜を明かした。
数時間後、
遠くの砂の丘から、朝日が昇る。
その前から、薄明るい風景が広がっていた。
「うっう~ん・・・。」
木下が、虫のように丸まって寝ている。
村人たちの言う通り、
夜間は、まだ温かかった砂地も
朝方には少し冷えていた。
体の筋肉が硬直している。
焚火に、新たな枝木を入れてから
オレは、そっと立ち上がり、
剣を鞘に入れた状態で、素振りをしてみた。
ビュン! ビュン! ボッ!
軽く素振りしただけで、体の強張りが解けていく。
「うっ! ゲホッゴホッ!」
木下が咳き込みながら起きだした。
いつの間にか、オレの周りに砂塵が舞っていた。
少し派手に動き過ぎたか。
「おはよう。」
「おっ・・・ゲホッ!
おはようございます・・・。」
砂塵で起こしてしまったのは
悪い気もするが、その分、夜は熟睡できたのだから
文句は言えないだろう。
オレたちの長い一日が始まった。
朝日が昇りきる前に、焚火を消した。
荷物をまとめ、村の中へ移動。
停留場がある場所まで戻った。
ここで騎士が乗っている馬車を待つ。
早朝から開いている食堂はないらしいから、
しばらく、停留場で時間をつぶす。
「食堂が開いたら、一人ずつ朝食をとりましょう。
もう一人は、ここで馬車を待つということで。」
「そうだな。二人で食べていて
騎士が乗った馬車を逃したら、マヌケだからな。」
そうして、食堂が開店し始めると
二人で交替して食べに行ったが・・・
騎士を乗せた馬車は到着せず、
交替して朝食をとった行動は
取り越し苦労になった。
どうやら木下は、食堂のお手洗いで
化粧を整えてきたようだった。
普段、あまり気にならない程度だが、
戻ってきたときに、少し化粧の香りがした。
あー、オレもそろそろ
ヒゲを剃っておくべきだったか?
どこの馬車も、だいたいの発車時間は決まっているが、
到着の時間は、ほぼ決まっていない。
その日の馬の健康状態だったり、
天候だったり、道の状態だったり、
はたまた途中でケモノや野盗に襲われたりで
到着する時間は、まちまちだ。
特に、人の往来が極端に少ない
この村なら、なおさら決まった時間に
馬車が来るなんてことはないらしい。
「・・・手紙でもよかった、かな?」
少々、待っている時間がもったいなく感じてきた。
木下の仮説やオレたちの行動を伝えるだけならば、
なにも直接会わなければならないということもない。
手紙で伝えても良かったのだ。
「でも、誰に送るんですか?」
「あー・・・王都の宿屋『モアーナ』かな。」
今から会おうとしている騎士とは面識がない。
木下の仮説を信じ、オレたちの行動を
知っておいてもらいたい、この国の人間・・・
そうなると、オレたちを信じて依頼してくれたクラテルか、
その幼馴染であるモアナぐらいだろう。
クラテルは、いつも馬車で移動しているから
手紙の出しようがないが、
そのクラテルも、たまに宿屋へ寄るらしいから、
宿屋『モアーナ』へ手紙を送っておくのも
ひとつの手だと思う。
「そうですね、モアナさんなら
私の仮説を真剣に受け止めてくれそうですよね。
あ、でも、待ち人が来たみたいですね。」
そう言っている間に、
東からの馬車が到着した。
ゴトゴトッ、ゴトゴトゴトッ・・・
ヒヒーン・・・ブルルルッ・・・
「おや、旅の人、ずいぶん待たせたかね?」
到着したばかりの馬車を操作していた
年老いた御者がオレたちに話しかけてきた。
停留場で待っているのは、
荷物を持ったオレたちだけだった。
「あぁ、いや、オレたちは馬車に乗るわけじゃないんだ。
馬車に乗っているっていう騎士に用があってな。」
そう御者に答えていると、
馬車の後ろから降りてきたやつがオレに話しかけてくる。
「俺になんか用っすか?」
金髪のサラサラした髪で、
かなり若い顔をした男だった。
ジロジロとオレたちを見ているが、
クラテルほどの威圧感はないし、
クラテルより若いのかもしれない。
まず、口調が軽い。
クラテルと同じく、騎士の鎧を着ているから
騎士であることは間違いないだろう。
オレたちは、まず『ヒトカリ』の会員証を見せて
おのおの名乗ってから、
クラテルに依頼されたことを話し、
預かっていた書状と依頼書を見せた。
「なるほど、このかっこいいサイン。かっこいい文章。
クラテル先輩の依頼で間違いないっすね、これ。」
ジロジロと書状を見て、若い騎士が言う。
「俺は、レーグルっす。
尊敬するクラテル先輩の依頼を受けてるってことは、
ユンムさんたちは、信頼できる傭兵ってことっすね。
同じ敵を探す同志、仲良くしましょう!」
そう言うと若い騎士は、握手を・・・
オレではなく、木下に差し出していた。
鈍感なオレでも分かる、女性優先の態度・・・。
この国の男どもは・・・はぁー。
木下は、作り笑顔で握手に応じたが
レーグルがニヤニヤしだしたので、すぐに手を引っ込めていた。
どうやら、グイグイ攻めてくる男は苦手らしい。
いや、普通にこの男のニヤけ顔が
気持ち悪かったのかもしれない。
「では、あと数分後に馬車が出ますんで、
いっしょに・・・。」
と、レーグルが言い出したので、
すぐにこちらの用件を伝えた。
木下の仮説を。
それを確かめるために
今から歩いて『ボルカノ』へ向かうことを。
そして、このことをクラテルへ伝えてほしいと。
しかし・・・
「そりゃダメっすよ!
現在、『ボルカノ』は騎士団以外、立ち入り禁止っす!」
見た目に反して、こいつもマジメなやつだった。
「だいたい、その・・・仮説っすか?
なんか、突拍子もなくて、信じがたいっすよ。
今の騎士団長が『元・騎士団長』と繋がってるとか、
有り得ないっすよ!」
木下の仮説は、
騎士団に従事する騎士としては、
上司の悪口としか受け取れないだろう。
こいつはこいつで、ちゃんと
騎士の精神を持っているようだ。
「本当に、有り得ないかどうか、
それを確かめに行くんだよ。
それとも、ほかに確かめる方法はあるか?」
こういうマジメなやつは
正論で言って聞かせても通じない。
相手が正論だからだ。
「確かめるも何も、
有り得ないもんは有り得ないっす!」
「じゃぁ、有り得ないという証拠は?」
「しょ、しょうこ!?」
「あぁ、証拠だよ。
お前は、その目で確認したのか?
『ボルカノ』は平和だったか?
『ボルカノ』周辺に出没しているという魔獣は、
どういう魔獣だったんだ?
『オオカミタイプ』か?『クマタイプ』か?」
ちょっと考えれば、
無理難題をけしかけられているのは分かるのだが、
反論を考える隙を与えないように
畳みかけるがごとく質問責めにする。
「あぅあぅ・・・。」
オタオタするレーグル。
やはり若いな。
こういう相手が考えをまとめる前に・・・
「では、提案なのですが、
騎士団以外、立ち入り禁止なのであれば、
騎士団であるレーグルさんも同伴していただけないですか?
いっしょに確認していただけたら、
なにも規則違反にならないのでは?」
こちらが、先に打開策を提示する。
もっとも効率が良さそうで、相手に損がない提案をする。
しかも、木下という美人からの提案だ。
実際は、こちらにしか利点がない。
「え、いっしょに? あー、いっしょに、ね。
ユンムさんといっしょに! それ、いいっすね!
いっしょに確認! それアリっすね!」
木下をジロジロ見ながら、デレデレし始めるレーグル。
・・・チョロ過ぎる。
「なにかあるのを確認するだけじゃなく、
『ボルカノ』に何事もないのを確認したいだけなんだ。
だから、遠くから村が平和かどうか確認するか、
魔獣討伐中の騎士団を確認できれば、
そのまま帰ってこればいい。
村を警護中の騎士団に会ったら、
挨拶だけして帰ればいいしな。」
本当に、そうであってほしいと思う。
「なぁんだ、チョー簡単じゃないっすか!
じゃぁ、俺、馬車に載ってる荷物をまとめて来ます。
ちょっとだけ待っててください!」
こんなにも、あっさり承諾してていいのかと思うほど、
レーグルはウキウキしながら馬車へ戻っていった。
「この国の男は、みんな、あんな感じなのか。
騎士団として、よく務まっているなぁ。」
「まぁ、騎士団としては、どうかと思いますが、
おかげで、反対されずに済みました。」
木下の作り笑顔が真顔になっていた。
その目が・・・なんというか・・・
下等生物を見るような蔑んだ目をしていた。




