木下の実力
「協力するとは言ったものの、
オレの実力は、『ソール王国』の
本物の騎士には劣ると思う。
なんと言っても『竜騎士』の資格だけしか持っていない、
『なんちゃって騎士』だからな。
どこまでお前の助けになれるか分からんぞ。」
少々、弱気なことを言っておく。
過大な期待は重荷になるからだ。
安堵しきって、ようやく
オレの手を離してくれた木下は、
「それでも、私一人よりも
強力な助っ人であることに変わりはありません。」
そう信じ切っているようだ。
「ユンムは、その『ソウル』ナントカの
者たちの戦う姿を見たことがあるのか?」
「直接は見ていませんが、
我が国の騎士たちは、倒されてしまいました。」
敵の強さが知りたかったのだが、
『ハージェス公国』の騎士たちの実力が
どれだけのものか分からないので、
いまいち敵の戦力が分からない。
「そうそう、今回の『窃盗団』の件と
我が国を乗っ取った『ソウルイーターズ』の策略が
とても似ているのです。」
「どういうふうに?」
「我が国を乗っ取った『ソウルイーターズ』も、
最初は、我が国の職員だったり、騎士だったり。
いつの間にか国の内部に溶け込んでいて、
そうして、いつの間にか重役を担う人間として
成りすましていたのです。」
なるほど。
木下が話してくれた『窃盗団』の仮説と
よく似た話だ。
つまり、敵は武力だけで乗っ取ったわけじゃなく、
入念な計画を長い年月をかけて遂行したのか。
木下の仮説も、自国の体験を元にしていたわけだな。
「なんというか、途方もなく回りくどいやり方だが、
敵は、すごく頭のいいやつで、
おのれの目的のために根気強く時間をかけるほど、
忍耐力がある持ち主なのだな。」
オレには、とてもマネできないことだ。
素直に感心する。と同時に、
そんな頭脳も力も自分より格上の
敵を相手にしなくてはならないと考えると、
すこし億劫になる。
「そういえば、オレはユンムの実力を知らないのだが、
どれぐらいの強さなんだ?
あの『オオカミタイプ』の魔獣は余裕で倒せるとか?」
敵の武力は、オレより上だと考えて、
まず間違いないと思うが、
味方である木下の戦闘における実力を
知っておきたい。
「・・・。」
木下の表情が固まった。
「たしか旅に出る前は、自分の身を守ることは
できる程度とか言っていた気がするが、
護身術を身につけているんだったっけ?
戦いとなった時に、どれぐらい強いんだ?」
「・・・。」
「いや、魔法が得意って言ってなかったか?
補助魔法だったっけ?
そういえば、
「攻撃系の魔法が使えないとは言ってない」とも
言っていた気がするが?すごい魔法が使えるとか?
とんでもない魔力を持っているとか?」
「・・・。」
いやぁ・・・見事に、木下の目が
右へ左へ泳ぎまくっている。
こいつ、『スパイ』のくせに分かりやすいな。
気を張って対話していれば、
こういうことにはならなかったはずだが、
気を許すと、こうも簡単にウソがバレやすくなるのか。
まぁ、それだけ、オレのことを
信頼してくれるようになったということか。
「あー・・・もういい。
もうこれ以上は聞かないことにしよう。」
オレが諦めた声をあげると
「あ、あのですね、一応、
私でも、街をうろつくチンピラぐらいは撃退できると思います。
でも、魔獣が相手となると、うまく対処できるか分かりません。」
木下は、ようやく観念して、
自分の実力を説明しだした。
しかし、オレが思っていた以上に・・・
こいつは「使えない」という類の人間だった。
「はぁ・・・。」
深呼吸ではなく、普通に溜め息が出た。
少なからず木下の戦闘能力に期待をしていたのだが。
「そこで、溜め息されると傷つきます。」
すねた表情でオレを見て
非難する木下だが、
「しかし、これから強敵を相手にしなきゃならんって
状況で、仲間であるお前の実力が
街のチンピラ程度だと聞かされたら、
そりゃ溜め息もつきたくなるというものだぞ。」
オレも木下を非難したくなる。
よくも、まぁ、あんなウソを・・・。
いや、あの状況では
『対等である』というふうに
相手に思わせる話術を使わなければ、
こういう展開にはならなかっただろう。
「たしか『スパイ養成学校』?を
卒業してきたんだろ?
そこでは、戦闘訓練とか無かったのか?」
「ありましたけど・・・
私がお母様の娘ってことで、
みんなが私に手加減していたのです。」
あー・・・そういうことか。
能力がすごいわけじゃないのに、
親がすごいってだけで
特別扱いされてしまったパターンだな。
「それでも、一通りの訓練は受けたんだろ?」
「一応・・・。
でも、どの訓練でも
必ず周りの誰かが手助けしてくれて・・・
一回も実戦経験がないようなものです。」
完全に『お嬢様』扱いされてきたわけだな。
「でも、情報収集の能力や社交的な演技などは
長けているようだな。」
「そうですね、それだけは幼い頃から
家での社交パーティーに出席していたので
おのずと身に付きました。」
なるほど、
『お嬢様』ならではの能力というわけか。
「つまり、『スパイ』としての
潜入捜査みたいな任務は、ユンムには
うってつけだったわけか。」
「いえ、私より、もっと最適な人はいましたが、
私が無理を言って、この任務を引き受けたのです。」
「ほう。なんでまた?
かなり危険な任務だと思うが。」
普通、敵にバレれば極刑は免れない。
国同士の戦争にもなりかねない、
とても危険な任務だ。
「みんなに特別扱いされて、大事にされているのは
ありがたいことだと感じているのですが、そのままでは
ダメな気がしていたのです。
そんな時、お父様とお母様が『ソウルイーターズ』の件で
話し合っているのを聞いて・・・
あの国から出る、いい機会だと感じて・・・。」
「ユンムにとっては、不幸中の幸いだったわけか。」
「不幸でしかないはずですが、
そうですね、自分の身を違う環境に置く、
いいタイミングでした。
でも、結局、最後の最後で
おじ様にバレてしまったので
任務失敗しちゃいましたけどね。
こうして、おじ様にすべて話してしまっているし・・・
やっぱり私はダメですね。」
木下はうつむき、落ち込み始めた。
まぁ、落ち込みたくなる気持ちもわかるが。
こいつは、こいつなりに、
チヤホヤされている環境が
自分をダメにすると感じて、それを打破しようと
がんばったのだな。
「・・・ダメなことばかりではないだろう。
お前は、こうして生き残っているのだから。」
「それは、たまたま運が良かっただけで・・・。」
「運がない奴は、早く死んでしまうものだ。
今、生きている奴はみんな運がいいんだ。
それもひとつの能力なんだ。
その能力まで否定するなよ。」
さりげなく励ましてやったが、
木下は納得していない様子だ。
若いうちは、分からないことかもしれないな。




