おっさんたちの憩いの場へ
向かった先は、大型馬車の停留場。家からそう遠くない場所だ。
そこは少し広い場になっていて夜になると、そこへ
おでんの屋台が来るのだ。
少し歩いただけで、赤い提灯が見えてきた。
早い時間に行くと、その屋台は、帰宅途中の客たちで満席になるが、
今の時間帯が一番空いている。
垂れている暖簾をくぐってみれば、案の定、客は1人しかいなかった。
しかし、その客は見覚えのある鎧を着ていた。
王宮前警備長の志村だ。
「お!? 佐藤じゃねぇか! 奇遇だな!」
いつもなら嬉しい偶然だが・・・
今は、1人で飲みたい気分だったから、少し残念な気持ちだった。
「お、おぉ、来てたのか。今、帰りか?」
「あぁ、夜勤の連中が、ちょっとふざけてたから喝入れてやってた!」
「珍しく、警備長らしいことしてたんだな。」
「わはは! 『珍しく』とは失敬な!」
ここで会ったのも、何かの縁か。
オレは、一人でチビチビ飲むことを諦め、
志村と笑いながら飲むことに決めた。
気持ちを切り替えて。
しかし、今日の志村は違った。
「なんてな。」
「え?」
いつもの陽気な笑い声をあげたかと思ったら、オレが座ったと同時に
志村は声のトーンを落として話し出した。
「本当は、残業してたわけじゃねぇ。
ここに来れば、お前に会えるんじゃないかと思ってな。」
「なに!? わざわざここで待ってたのか!?
オレが来るかどうかも分からないのに・・・。」
「あぁ、でも会えた。」
「それは、たまたま・・・」
「いや、なんとなく来る気がしてたんだ。何年の付き合いだと思ってんだ?
大方、奥さんが聞く耳持たなかったか・・・もしくは、派手なケンカして
出てきたんじゃないのか?」
「!!」
図星だった。
「『なんで?』って顔してるな。当たりか? わはは!」
「よ、よく分かったなぁ。」
「分かるさ。いや、分かるというより・・・オレがお前の立場なら、
そうなるだろうと思ったんだ。」
「え?」
「あんな・・・あんなデタラメな『特命』なんて言い渡された日にゃ、
とてもじゃねぇけど、酒でも飲まなきゃ眠れねぇよ・・・。」
「え! お前、それをどこで聞いたんだ!?」
「あ? もう王宮中の噂だ。
王宮警備の後藤が、それをくらったってことを
ヤツの部下たちが他のヤツらに言っちまったらしい。佐藤たちのことは、
そのついでに言われちまったらしいな。王宮の外に漏れるのも時間の問題だ。」
オレは、王室でオレたちを取り囲んだ警備隊のヤツらを思い出した。
「アイツらか。まぁ、オレみたいな『なんちゃって騎士』ならともかく、
あの後藤が、あんな『特命』くらっちまったら、トップニュースだよなぁ。」
オレはなるべく明るい声で言ってみた。
「資格も、階級も、関係ねぇ!」
しかし、志村は突然、大きな声を出した。
「オレは・・・ショックだった。
そりゃ、隊長たちのトップである後藤が、
あんな状態になるのも驚いたけどよ・・・。あんまりじゃねぇか・・・。
お前たちが、なにしたってんだ! オレは、王様を見損なった!」
志村はそう言い放って、酒をグイっと飲み干した。
屋台の店主であるオヤジが、少しビックリした顔をしている。
「おぃおぃ、勤務外とはいえ、お前が王様の悪口を言うのは良くないだろ。
誰かに聞かれたら、どうするんだ。オヤジ、オレにも酒だ。」
屋台のオヤジの顔が緩み、すぐに酒を出してくれた。
ついでに、酒を飲み干した志村の分も出してくれた。
別に、この国に、王様の悪口を規制する法律はないが、それでも
立場上、王様を侮辱するような暴言は慎まなければならない。
屋台のオヤジが王宮へ告げ口するとは思えないが、一応、気をつけねば。
「オレは、その話を聞いて、お前の立場になって考えたら・・・
居ても立ってもいられなくなってよぉ。」
志村は、すでに飲みすぎているようだった。
オレが来るまでに、さっきのように1人でグイグイ飲んでいたのだろう。
「オレの立場になって考えてくれたのは嬉しいが・・・
お前、飲みすぎじゃないか?」
「これが、飲まずにいられるかって! 聞いたか!?
このバカげた『特命』の黒幕を! 王宮人事室の女が提案したって話だ!
まだ就職して4~5年の女がだぞ!? 何十年も王宮を守ってきたオレたちに、
こんなヒドイ仕打ちしやがって!」
それは初耳だったが、あの『隊員削減提案書』を作成したのは、
村上だろうということは予想していた。
あの見下した顔を思い出すとイライラする。オレは、志村と同じように酒をあおった。
「そうか、あの村上が・・・。」
「あ、そうだ、村上だ! 村上! あの女!」
「ヤツは、アレでも人事の室長になってたんだな。」
「そうなんだよ! それもエグイやり方しやがって!」
「エグイ?」
「そうだ、じつにエグイやり方だった!
前の室長に言い寄って、室長の秘密を暴いて、
まんまと室長の座を奪ったって話だ。」
「女の武器を使って、か。でも、秘密ってなんだろな?」
「さぁな。王宮内の不祥事は、外に漏れることなくモミ消されるからな。
そこまで聞いた事はないが・・・大方、横領とか不倫とかじゃないか?」
「なるほど。」
あの、オレたちを見下した目・・・あの冷血さがあるからこそ、
4~5年で室長になれたわけか。
「前の室長は、秘密を暴かれるくらいだから自業自得だと思えるが、
オレたちは、何もヘマしてねぇ! なのに、あの女!」
「まったく、その通りだ!
あの、人を見下した目! 腹が立った!」
オレと志村は2人同時に、酒をグイっと飲んだ。
イライラと心が荒れるが、目の前の志村がイライラしている姿を
見ていると、妙にイライラが治まってくる。返って冷静になれる。
酒を飲んでもイライラしている志村にオレは言った。
「村上は、今回の『特命』で実績をあげたいんだろう。
他人の不祥事で室長に転がり込んだって、周りの評価は低いだろうからな。
自分の実力を認めてもらいたいんだろうな。」
「オレたちを犠牲にしてか!? こんなことが許されてたまるか!」
「まったくだ。悪い冗談としか思えない。
こんなバカげた計画を、アイツはよく実行に移せたものだ。」
「感心しとる場合か! お前は!」
オレが妙に冷静すぎて、
志村の怒りの矛先がオレに向けられそうになっている。
「いや、すまん! 本当に・・・国に仕える警備隊なのに、
まさか『リストラ』に遭うなんて思ってもみなかった・・・。
遊撃隊の高橋は怒って、城外警備の小林は泣いて、中央の後藤や城内警備の鈴木、
そしてオレは、ただただショックで立ち尽くしてた・・・。」
オレは、志村に『特命』を言い渡された時の状況を語った。
「あぁ、そのへんは、だいたいオレが聞いた噂と同じだな。
何度聞いても、その村上に腹が立つ!」
「とにかく、ショックが大きくてな。みんなそれぞれが違う態度になったが、
その全ての感情が、みんなで平等に受けたダメージの結果だった。」
「オレが不思議なのは、どうしてお前がそんなに冷静なのかってことだ!
同じ立ち尽くしていた後藤にしても、真っ先に王様に盾突いたらしいし、
鈴木だって立ってられねぇほどショックだったらしいじゃねぇか!
なのに、お前は!」
「いや、悪い、悪い! こりゃ、オレの悪い癖なんだ。
同じ状況に陥ってるヤツが目の前で冷静じゃ無くなれば無くなるほど、
オレの心は妙に冷静になるというか、冷めちまうんだよ。」
「なんだよ、そりゃ。変なヤツだなぁ。」
志村が怪訝そうな表情でオレの顔を見てきた。
「いや、オレにとっては、お前のほうが変わってるよ。
『特命』を言い渡されたのは
あの場にいた5人だけなのに、まるで自分のことのように怒って・・・。」
オレがそう言うと、志村の表情は急に曇り、酒を飲んでから、
深い深い溜め息をついた。
「なに言ってんだ・・・今回のは『竜騎士』の資格を持っていたお前らが
対象者だったってだけで、あの女の提案書には、ほかにも削減対象者の名前が
綴られてんだ。たぶん、オレの名前も・・・。」
そうか、そういえば村上は、それっぽいことを言ってたな。
オレたちは、たまたまこの資格を持っていたから、『ドラゴン討伐』という
バカバカしい『特命』で『リストラ』されたが、これからも
他のヤツらが何かしら不当な『特命』を言い渡されて『リストラ』されるのか・・・。
「オレとお前は同じ歳で同期だ。
オレたち同期はほかの世代より人数が多い。『かたまり』と呼ばれる世代だ。
つまり、お前がクビならオレもクビなんだよ。チキショー!」
志村が勢いよく酒を飲もうとしたら、ガラス瓶の中は空になっていた。
「まだ、そうと決まったわけじゃ・・・」
「オヤジ、酒だ!」
「おい、それぐらいにしとけ!」
「飲ませろよ! 飲んでも飲んでも酔えねぇんだ、今夜は・・・。」
「志村・・・。」
志村の機嫌がこれ以上悪くならないうちに、
屋台のオヤジは新しい酒を出してくれた。
「たしかに、若いヤツらが毎年たくさん就職してくる。実力的にも、オレたちより
優秀な若いヤツらは、たくさんいるだろうよ。認めたくねぇけど、認めるよ。
そんで、オレらの世代が『かたまり』となって、隊長格を陣取ってんだ。邪魔だろうよ。
あの女は、今の若いヤツらの主張を代弁してんだ。分かってんだよ、
こんなオレでも、それぐらいは分かってんだよ。」
志村が熱く語っている。
そして、それは、オレも分かっていることだった。
そう、オレたちの世代は人数が多い上に、長く上の椅子に座りすぎていた。
でも、初めから、そこに座ってたわけじゃない。
オレたちもまた、先輩たちの下で椅子が空くのを待っていたんだ。
「分かっちゃいるが・・・長年勤めてきたオレたちの処遇が、
こんな結果なのは納得できねぇ!!!」
志村がまた叫んだせいで、屋台のオヤジは困った顔をしている。
オレも悪い酔い方をしてると思う。
でも、志村は酒だけのせいで熱くなっているわけじゃない。
今回の不当な『特命』を提案した村上に対しての憎悪・・・
それを肯定した王様に対しての不満・・・、
そして、『明日は我が身』という不安・・・。
「もっとマシな処遇があったはずだ! この国のどうでもいい役職とかよぉ。
公務員が無理なら、一般の大きな会社に出向とかよぉ。この国がダメなら、
せめて他の国の警備とかよぉ。他にも、もっと・・・こう・・・あるはずだぞ!
それが・・・どうして『ドラゴン討伐』なんだよ!
あんなの本の中の生き物だぜ!? いねぇよ、んなもん!
いなくても最悪だし、いたとしても、たった5人で挑むなんて最悪だ!
なんで死地へ向かわせるんだよ!
もし、奇跡的にいたとして、奇跡的に討ち取ったとして・・・
帰ってきても、ここにオレたちの居場所はあるのか!?」
志村は、本当に、オレたちの気持ちをよく分かってくれている。
オレも、そう思う。やっぱり納得いくわけねぇよな。
長年勤めてきた最後が、こんな仕打ちだと分かっていたら、誰も勤めないだろう。
オレは、やりきれない気持ちを押し流すように酒を飲み込んだ。
「誰も『特命』を受けないような提案をした、あの女も絶対許せねぇし、
それを分かってて『特命』を下した王様も許せねぇ。
オレは・・・悔しい! そして、こんな自分が情けない!」
志村は、よく見ると、少し目が赤くてウルウルしている。
オレもつられて泣きたくなる。
長年勤めてきたことを誇りに思うが、ただ長く勤めていただけだった気もする。
こんな状況に陥った自分を救うこともできないのだから。情けなくなる。
オレも目頭が熱くなってきた。
ふと見ると、屋台のオヤジまで目に涙をためている。
このオヤジも同じ年代に見えるから、何か共感できるものがあったのだろう。
しばらく沈黙が続いたのちに、志村がつぶやき始めた。
「オレ、リストラされる前に辞めようかな。」
「え!?」
突然のカミングアウトに一瞬驚いたが・・・英断かもしれないと思った。
「オレは、もともと、この仕事がやりたかったわけじゃねぇんだ。
特に目標もなく、フラフラしてたところを、たまたま親戚のヤツが、
王宮のどうでもいい役職の人でよ。そのコネで入れただけで・・・。
長年勤めてきたって言っても、コネで入っちまったから
辞めれなかっただけのことなんだ。」
「コネでも公務員なんだから、いいじゃねぇか。
キッカケがどうあれ、お前は公務を長年務めた・・・それでいいじゃねぇか。」
「そう、だよな。そりゃそうだ。
キッカケがどうあれ、オレは長年辞めることなく務めた!
うん、悔いはねぇ!」
志村は、少し誇らしげに胸を張った。
志村を励ましたつもりだが、志村の気持ちはオレも同じだった。
とりあえず入った警備隊を、とりあえず辞めずに務めたまでのことだ。
でも、『ただ長年勤めていただけ』と他人に言われたくはない。
事実であっても、そんなふうに言われたり思われるのは、我慢できない。
志村に言った励ましの言葉は、そのままオレが誰かに言って欲しい言葉なのだ。
「佐藤、お前が警備隊に入ったキッカケはなんなんだ?」
「お前と同じもんだ。とりあえず、って感じだ。
んで、とりあえず辞めなかった。
それだけだ。」
「そうか。」
「それにしても・・・警備隊に入るために、少しでも有利になるように取った
『竜騎士』の資格が、クビの原因になるとは思わなかった!」
「ぎゃははは!」
オレが少しおちゃらけて言ったから、志村は笑った。
「あ・・・す、すまん。笑ってしまって・・・。」
「なぁに、気にすんな。オレも笑っちまうくらい笑える話なんだからよ。」
お互いにニヤリと笑って、また酒をあおった。
今宵の酒は、特に何も味がしなかった。