臭う、お年頃
午前中は、あっという間に過ぎていった。
お昼が近くなったことは、気温ですぐに分かった。
とてもじゃないが、歩き回りたくない気温。
風は熱風になっていて、体にまとわりつく。
季節は春のはずなのだが、まるで夏だ。
『レッサー王国』の真夏は
さぞ地獄なのだろうな。
買い物が終わり、熱い日差しを避けるためにも
オレたちは店に入り、昼食を食べることにした。
『レッサーヌードル』という
赤い麺を赤いスープで煮てある料理を食べてみた。
激辛であることに違いないが、
どこか酸味があって、後味がさっぱりしている。
木下は、またもやサラダだけを食べていた。
よく飽きないものだな。
まだ旅は始まったばかりだが、
午前中が買い物だけで終わったので、
ひさびさに、街でゆっくり過ごした気分だ。
床で眠って首や背中を痛めていたが、
その痛みも、すっかりなくなった気がする。
たしか、『ボルケーノ』の町で聞いた話では、
『ボルケーノ』にある傭兵斡旋会社『ヒトカリ』よりも、
この王都にある『ヒトカリ』のほうが
いい仕事が集まっていると聞いた。
だから、昼食後に
この街の『ヒトカリ』へと向かってみた。
『ヒトカリ』は、街の人に聞かずとも、
街のあちこちに矢印の看板が立てられていて、
建物も、王城よりは小さいながらも
どの店の建物よりも大きかったので、すぐに分かった。
『ボルケーノ』で見た
大きな垂れ幕の『ヒトカリ』という文字も目印になっている。
しかし、中に入ってみたら『依頼掲示板』には、
ものの見事に、一枚も依頼書がなかった。
『ボルケーノ』と違って、
窓口が4つもあったが、受付の女性は一人だけ。
「今のところ、残っている依頼はありません。
だいたいの依頼は、朝のうちに
すべて、他の傭兵たちが請け負ってしまうので。
あなたたちも、依頼を受けたいなら
朝のうちに来ることをお勧めしますよ。
『ヒトカリ』は、朝8時から営業しております。」
そういう説明を受けた。
たしか『ボルケーノ』の窓口でも、
そんなことを言われていた気がする。
「雑用のような仕事すら無くなってるなんて。
同業者がたくさんいるということですね。」
「ライバルと言うべきか。
みんなも生きるために必死だろうからな。」
依頼書が一枚もない・・・。
つまり『魔獣討伐』の依頼もない。
やっぱり気になったので、窓口の女性に聞いてみる。
「つかぬことを聞くが、
『ボルカノ』という村の周辺の
『魔獣討伐』の依頼は出ていなかったかな?
それとも、すでに誰かが討伐したか?」
「・・・。」
窓口の女性の表情が固まった。
なにか変なことを聞いてしまったか?
「それが・・・今は、国の指示で
『ボルカノ』周辺の依頼は
すべて騎士団のほうで
請け負っていただくことになっています。」
「そうなのか?
その『ボルカノ』という村に何かあったのか?」
国の騎士団が動き出すぐらいの
やっかいなことなんだろうか?
傭兵に任せないくらいの規模なのか?
「私たちも、はっきりした理由は
教えてもらっていないのですが、
手ごわい魔獣がうろついているらしくて、
1ヵ月前あたりから
『ボルカノ』周辺は、立ち入り禁止となってます。」
「なに!?
では、今は村に誰も行けないってことか?」
「そうです。
近づくと、騎士団の人たちに叱られますので
騎士団が魔獣討伐するまでは
近づかないでくださいね。」
クラテルはそんなことを言ってなかったが、
オレたちが『ボルカノ』へ行くことになるとは
思いもしなかったからか。
モアナにも話してなかったから
こういう事情を教えてもらえなかったわけか。
「いや、それは困ったな。
じつはオレたちは『ボルケーノ』の『ヒトカリ』で
『ボルカノ』への配達の依頼を受けてしまったのだ。」
「え? はぁ・・・
また『ボルケーノ』の『ヒトカリ』ですか。」
窓口の女性が急に溜め息をついた。
「あそこの職員たちにも通達してあるのに。
『ランク』の指定がないものを
よくチェックせずに掲示板に
張り出しちゃってるらしいんですよ。はぁ・・・。」
そう言って愚痴りだす窓口の女性・・・。
支店間の伝達ミスというヤツか。
はたまた、あそこのスタッフが怠慢なのか。
窓口の女性は、その場で立ち上がり、
「こちらの不手際で、大変ご迷惑をおかけしました。」
と、謝罪の言葉を述べながら深々と頭を下げた。
この女性のミスではないのに・・・。
「・・・あんたも大変だな。
それで、この依頼書と荷物はどうすればいい?」
「こちらでお引き受けします。
荷物は、あとで王城にいる騎士団へ渡して
届けてもらうように依頼します。」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
木下が慌てて、口をはさんできた。
「あの、この依頼書を渡してしまったら、
私たちパーティーの報酬金や実績は!?」
「あー・・・そうですね、そうですよね・・・。」
窓口の女性が困った表情をしている。
「ちょっとお待ちください。」
そう告げて、窓口の女性は奥の扉へ入っていった。
奥は事務所になっているようだ。
「き、ユンムがいてくれて助かった。
オレだけだったら、なにも気づかず
依頼書ごと全部渡してしまっていたかもしれんな。」
「それよりも、おじ様。
なんか臭いますね、今回の件・・・。」
臭うと言われて『加齢臭』のことかと思って
一瞬ドキっとしたが、そういう意味ではなかったようだ。
「におう、か? どういう意味だ?」
「お待たせしました。」
そこへ窓口の女性が戻ってきた。
「この場で、特別にサインしておきました。
これが達成した依頼書です。お返しいたします。
報酬金も、お支払いいたします。」
そう言って、達成のサインがはいった依頼書と
微々たる報酬金を渡してくれた。
「うむ、たしかに。ありがとう。」
ちゃんと配達できていないので
依頼を達成した感じがしないが、
こうして報酬を受けると、とりあえず
役目を果たしたという感じがする。
「達成、おめでとうございます!
『森のくまちゃん』!」
窓口の女性が、パーティー名を言いながら
祝福してくれた・・・。
そうだった・・・オレたちのパーティー名は、
仮決定だが『森のくまちゃん』のままだった・・・。
窓口の女性に他意はないだろうが、
めちゃくちゃ恥ずかしい・・・。
自分の顔が熱くなっていく。
「ありがとうございます。
これからも、『森のくまちゃん』をごひいきに!」
木下が満面の笑みで、そう答えていた。




