婦人服売り場の葛藤
朝食が終わってから、オレたちは荷物をまとめ、
モアナに別れを告げる。
「えっと・・・
昨夜の最後は、よく覚えてないんだけど・・・。」
モアナが照れたような顔で、
オレだけに、そう言ってくる。
「け、決して、やましいことはしてないぞ!?」
本当に、やましいことはしてないのだが、
こういう時の男の自己弁護は、
どうしても怪しく聞こえてしまうものだな。
「それは分かってるよ。
あたしを襲ったなら、佐藤さんが床で寝てるわけないし。
そうじゃなくて・・・
なにか変なこと、あたしが言っちゃった気がして・・・。」
「いや・・・特になにも。
オレもあまり覚えていないのでな。
今後、酒を飲むときは
クラテルの前だけにしておけよ。」
モアナの顔が、みるみる赤くなる。
「分かった・・・ありがとう。」
なにやらゴニョゴニョ言ってて聞こえにくかったが、
お礼を言われたようだ。
「こちらこそ、ありがとう。
世話になった。元気でな。」
そう言って、オレたちは宿屋『モアーナ』を跡にした。
『レッサー王国』の王都『レッサー』。
この国最大の街であり、王様の名を冠した街。
昨日は夕陽に照らされて、
何もかもがオレンジ色に染まっていた建物だが、
今朝は、真っ白な建物で、眩しいぐらいだ。
街全体の建物の色を統一することにより、
街全体が美しく見える。
昨日、がむしゃらに走っている間に
目印にしていた『王城』は、この街で一番巨大で
真っ白な建物でも、ひと際、目立っている。
街のどこからでも『王城』が確認できそうなくらいだ。
しかし、オレたちは観光に来ているわけじゃないし、
王様に会う必要もないので、今は『王城』には近づかない。
モアナから聞いた話では、
この国は晴天が続く気候で、雨が少なく、
いつでも晴れているらしい。
昼は暑くて動き回りにくいだろうということで、
朝の内から行動することにした。
「これなんて、どうでしょう?」
「あー、いいですねー。じゃぁ、それも試着します。」
婦人服を売っている店へ
木下と入ってから、もう1時間以上経っているが、
ずーっと女性店員と話して、何回も
試着室を行ったり来たりしている。
女房の買い物に付き合った時も感じたが、
女性は買い物が好きで、特に服を買うときは
一着を決めるのに時間を要するものだ。
はっきり言って、こういう状況下の男は退屈だ。
服装に興味がない上に、
好意を寄せている相手じゃなければ
なおさら興味がない。
さらに、婦人服のお店だから
男子禁制の場所に一人だけ放り込まれた感覚で
とても居心地が悪い。
最初こそ、嬉しそうに服を選んでいる木下を見て
「娘と買い物に来たら、こんな感じだろうか」と
微笑ましい感情もあったのだが、
その感情も時間が経てば、消え失せた。
今は「早くしろ」や「まだか?」という一言を
我慢することに集中している。
買い物をしている最中の女性に、この一言を
うっかり言ってしまったら最後だ。
女房の時は、店内で派手な口喧嘩の末、
一週間、口を聞いてもらえず、
家事全般も一切してもらえないという
地獄の日々を経験させられたものだ。
木下の場合なら、溜め息ひとつでも
「待たされてる」というアピールだと受け取られかねない。
たぶん、欠伸もダメだと思うが・・・
こうして、興味がない場所に連れてこられて、
長時間、待機するだけの状況だと、
うっかり欠伸をしそうになる。
加えて、昨夜は、変な寝方をしたから、
体中が痛いし、寝不足なのだ。
「ふっ・・・ふっ・・・ふっ・・・。」
ヒマすぎたので、体もなまっているし、眠気覚ましに
屈伸運動をして気を紛らわせることにする。
これならば、うろうろして目障りな行動をするわけじゃないし、
その場から一歩も動かないので迷惑にはならないだろう。
「お・じ・さ・ま・・・なるべく控えてくださいね?」
すぐ、木下に気づかれて、真顔で注意された。
屈伸運動はダメだったらしい。
「控えろ」というのは、
「少しなら平気」という意味ではない。
それも、オレは過去に女房から学んでいる。
しかし、こちらの身にもなってほしいものだ。
「身動きせず待機せよ」というのは、
演劇でいえば「死体役だから呼吸せず動くな」という
大変、難しい指示を出されているのと同じなのだ。
買い物をしている女性は、
せめて待たせている相手に
「〇〇分だけ待て」と待機時間を告げてほしい。
そして、相手を待たせているということを念頭に、
その限られた時間内で服を決める努力をしてほしい。
それなら、多少の時間は我慢できるというもの。
自分は長時間使って、自由に好き勝手やっているのに、
相手には長時間の不自由を強要するのだから、
たまったものじゃない・・・。
これでも、数軒連れ回されないだけマシだろうが。
あれ? やっぱり理不尽じゃないか?
なぜ、こんなに待たされなければならないんだ?
不平等じゃないか?
対等な立場なのだから、相手の要求ばかり通さず、
こちらの要求も通してもらわねば、納得いかない。
「木下、あのな・・・。」
オレが木下にこちらの要求を伝えようとしたが、
「あ、おじ様、あと3分で決めますから。」
と、予想外に、短い待機時間延長を告げられて、
「・・・分かった。」
3分なら、と納得させられて
それ以上、何も言えなくなってしまった。
木下の服が決まり、着替え終わって、婦人服の店を出た。
木下は一着だけじゃなく、数着も買おうとしていたので、
それは止めた。荷物が増えるだけだからだ。
しかし、女性というものは、
服を変えるだけで、ずいぶんと印象が変わるものだ。
「~♪」
すっかり、この国の一般人のような姿。
それでいて、木下の美しさは消えていない。
露出した部分がほとんどなくなったが、
ボディラインは、かえって強調されているような服装。
なんというか・・・
「これ、こんなに着込んでいるのに暑くないです。
通気性がいい生地みたいですね。軽くて動きやすいし。」
木下は、何を着ても美人ということだな。
くるくる回って、衣装を見せてくれる木下。
喜んでいるようで、何よりだ。
露出がないというだけで、周りの男どもは寄ってこない。
ただし・・・服を変えても美人なのは変わらないので、
男どもに注目されるのは避けられないようだ。
とりあえず、無駄に逃げ回らなくてよくなったので
本当によかった。
次は、オレの買い物だ。
オレも鎧の下に着る服を購入した。
店に入って、店員に聞いて、
迷うことなく、すすめられた服を買ったので、
着替える時間を入れても
5分以内に買い物が終了した。
店員のおすすめ通り、通気性がよく、
鎧を着ていても快適だ。
そして、ついでに他の店で
『イロメガネ』というアイテムを購入しておいた。
さまざまな色のメガネの中から、
黒色のメガネを選んだ。
「あー、それいいですね!
ここの建物がどれも白くて、太陽の光を反射して
すごく眩しいですもんね。私も買おうかなー。」
「ん? まぁ、買っておいてもいいと思うが、
オレは昼間は使わないから、
昼間だけお前が使っててもいいぞ。」
「え? いいんですか?
・・・というか、こんなの
昼間以外に使えないと思いますけど?」
「それを使う機会がなければいいんだがな。」
「じゃぁ買わなければよかったのでは?」
「いざって時のためだ。」
「?」
『用心に越したことは無い。』
この考え方は、
今の若者たちには伝わらないかもしれないな。
昔より豊かになり、物が溢れている時代では
備えておくという考え方じゃなく、
必要になったら買い、使わなくなったら捨てるという
考え方が定着しているようだ。




