異国の地で独り酒
・・・木下は、完全に酔いつぶれてしまった。
女将が間違えて酒を出してしまったばかりに。
今回は、余計なことを口走る暇もなく
すぐにテーブルに突っ伏して寝てしまった。
やはり『ソール王国』の酒よりも
アルコール度数が高いらしい。
オレも控えめに飲んでいたが、危なかったかもしれない。
2人分の料理を平らげてから、
酔いつぶれた木下を背負って、2階の部屋まで運ぶ。
前回は、お姫様抱っこして運んだが、
今回はオレも酔っぱらっているため
抱っこするチカラがない。
だから背負っているわけだが、鎧を着ていないため
・・・木下の胸の柔らかさを背中に感じる。
これは『運賃』として受け取っておこう。
そうして、木下を無事にベッドへ放り込んでおいた。
・・・今夜は、大事な話を聞きそびれた。
残念だが、日を改めるしかないだろう。
それにしても・・・
「う~~・・・ん。」
だらけきった寝顔の木下を見ていると、
こいつが本当に『スパイ』なのかと疑ってしまう。
飲む前に匂いで気づかなかったのか?
オレが悪い男だったら、どうするつもりか。
・・・いや、オレに対して信頼してくれているから
ここまで醜態をさらけだしているのかも。
だからこそ、『仕事』の話を
オレに打ち明けようとしてくれたのだろうし。
「明日には大事な話とやらを聞かせてもらうからな。」
オレは寝ている木下に、
独り言のように、そう告げた。
まだ寝るには早い時間。
木下の身の安全のためと、
預かっている依頼の荷物を守るため、
オレは部屋に鍵をかけた。
そして、酔いさましのために
1階の食堂へ戻り、冷たい飲み物を注文する。
「エールでいいのかい?」
『エール』というのは、
さっきまで飲んでいた酒の名前のようだ。
うーん、また飲んでしまっては
酔いさましにならないんだが。
「ん?」
女将がきれいな顔で覗き込んでくる。
・・・なるほど、繁盛するはずだ。
店の売り上げに貢献したくなる。
「じゃぁ、1杯だけ。」
「あいよ。」
女将が嬉しそうに店の奥へ行く。
食堂には、まだ飲んでいる客が、まばらに座っている。
オレを入れて4人。いずれも男どもだ。
その男どもが、酔っぱらいながら
ニヤニヤと女将の後ろ姿を・・・
どうやら女将のお尻を見ているらしい。
こいつら・・・と思ったが、
まぁ、女将の顔を見て、ついつい
酒を注文してしまったオレも、こいつらと大差ないか。
「はい、おまち。」
女将が酒を持ってきた。
それと、頼んでいない料理を置いた。
小魚の燻製らしい。
おいしそうな匂いがする。
「こいつぁ、オマケだよ。
さっきは間違って悪かったね。
あの子は大丈夫かい?」
「いいのか? 逆にすまんな。
あいつなら大丈夫だろう。
明日の朝にはケロっとしてるだろうさ。」
「なら、よかった。」
女将がニカっと笑う。その笑顔がいい。
・・・いやいや、オレも
けっこう酔っぱらっているのかもしれないな。
運ばれてきた料理をつまみながら、
エールという酒をチビチビ飲んで
これ以上、酔わないように努めた。
・・・思えば、ほんの数日前まで、
自分がこんな異国で酒を飲んでいるなんて
想像もしていなかったなぁ。
いつもの屋台の酒が、少し恋しい。
今夜も城門は異常なし、かな・・・。
小野寺は隊長として、うまくやっているかな。
金山君はたぶん、オレのことを
王国中に言いふらしているんだろうなぁ。
志村は、今頃、一人で飲んでいるのかなぁ。
鈴木はもう旅に出ただろうか。
小林は友人との仕事を始めたかな。
後藤は・・・まぁ、あいつなら、すぐ再就職してるだろう。
女房は、どうしているかな・・・。
まぁ、あいつはいつも通りか。
たぶん保険加入は速攻で手続きしただろうけど、
離婚届は・・・まさか、もう提出してないだろうな。
最後に見た、女房の顔を思い出す。
「必ず、生きて帰らなきゃな・・・。」
「もう部屋に帰るのかい?」
「えっ!?」
また、いつの間にか背後にいた女将が
オレに声をかけてきた。
気づけば、食堂には
ほかの男どもがおらず、オレと女将だけだった。
「あー・・・いつの間にか
酒に飲まれてしまったか。」
自分の顔を手で覆う。頬が熱い。
どうやら、いっしょに出された料理が
やはり少々辛い味付けで、
のどが渇いてしまうから
ついつい酒を勢いよく飲んでしまったらしい。
「そろそろお開きにしてほしいね。」
つまり閉店の時間というわけだ。
「すまん、こんなに長く飲むつもりはなかったが、
酒がうますぎた。」
「嬉しいこと言ってくれるね。」
そのまま勘定を済ます。
けっこう飲んだ気がしていたが、
そこまで高くない。
値段まで優しい店なんだな。
「それにしても、やはり女将はタダもんじゃないな。
たまに気配が分からなくなる。」
「そういうあんたも、鎧を脱いでも、
やっぱりなにか雰囲気が、にじみ出ているね。
名のある騎士か、剣士なんだろ?」
別にやましいことをしているわけじゃないが、
『隠密行動』しているわけだから、
騎士と言われて、ドキっとする。
「いや・・・オレは、ただの傭兵だよ。
それより、『あんたも』ってことは、
女将も傭兵か、なにかだったのか?」
動揺して、うっかり聞き逃しそうになっていたが
女将は、たしかに『あんたも』と言ったはず。
「あたしは、この国の『元・騎士団』なのさ。」
「えっ!?」
「あはは、分かるよ。
今じゃ宿屋の美人女将だからね。
そう見えないだろ?」
自分で美人って言っちゃっているが、
本当に美人だ。
「あぁ、ぜんぜん見えないな。」
そう言いながら、女将の体つきを
まじまじと観察してみたが、
そんなに筋肉がついていないように見える。
「やだ、あんまり見ないでおくれ。
騎士だったのは、とっくの昔のことで、
今は、すっかり宿屋の女将なんだから。
筋力も体力も、騎士のものではなくなったし、
逆に、余計なものまでついてきてるからね。」
女将は照れているが、
そんな余計な脂肪はついていない。
よくよく見れば、いい具合に
引き締まった体つきのようだ。
そういえば、ここに来た時、
あの大きな酒樽を床に叩きつけていたようだから、
あれぐらいを軽く持ち上げられる筋力があるということだ。
「いやいや、いい具合に筋肉が引き締まっていて、
まだまだ現役で戦えそうじゃないか。」
「それ、女性に対しての誉め言葉じゃないけど、
誉め言葉として受け取っておくよ。」
うっかり失言してしまったが、
女将は、笑って流してくれたようだ。
いやらしい目で見てくる酔っぱらいどもを相手に、
夜まで女一人で働いていたら危ないのでは?と
思っていたが、余計な心配だったな。
「では、『元・騎士団』ということは・・・
クラテル殿のことは知っているか?」
「あんたこそ、なんで
クラテルを知ってるんだい?
知ってるも何も、クラテルはあたしの幼馴染で
『騎士団』では同期だったんだよ。」
「なるほど、それでか・・・。
いや、ここへ来る前にクラテル殿に出会ってな。
この宿屋を紹介してくれたのだ。」
そこで、ここへ来るまでの経緯を
『特命』や、クラテルの『依頼』のことを伏せて説明した。
「ウソをつかなきゃいけないと思うと人は饒舌になる」と
木下に教わっていたし、少々酔っているから、
余計なことを言わないように注意しながら、喋ってみた。




