お約束の酒
木下のあとに、オレもシャワーを浴びた。
ちょっと走っただけで、この汗の量だ。
歳のせいで体力が衰えているが、
それだけじゃなく、暑さで体力が奪われているようだ。
なんとも暑い国だな。
あとは、もう鎧を着ずに普段着でくつろぐ。
・・・いつか、鎧を着ずに
気楽に旅してみたいものだな。
「骨に異常はありませんが、
おじ様に握られた手首に跡が付いちゃいましたよ!」
そう言われて見ると、木下の右手首に
赤いアザが出来てしまっていた。
木下の肌が白いので、余計に目立つ。
オレが強く握って、引っ張りまわしたからだ。
「すまなかった。
あの状況では、あぁするしかなかったんだ。」
瞬時にあの場から逃げていなければ、
大勢に取り囲まれて、
木下と離れ離れになっていたかもしれない。
「たしかに助かりましたけどね。
すっごーーく、痛かったんですからね!」
木下が怒っている。
たしかに痛々しいアザだから、
申し訳ないと思っている。
「本当に申し訳ない。
それで、提案なのだが・・・。」
オレは、馬車内で観察して感じたことを述べた。
この国の女性は露出をおさえた服装をしていることを。
「たしかに、この国へ来てから
男性からの視線は、すごく感じていましたが納得です。
では・・・
明日は私の買い物に付き合ってもらいましょうかね。」
「か、買い物だと!? そんなヒマは・・・。」
オレが反論しようと思ったら、
木下が、右手首を見せつけてきた。
「うっ!」
「痛かったなぁ~。
これは一生残っちゃうかもなぁ・・・。」
そう言いながら、痛々しいアザがある
右手首をさすっている。
顔は、ものすごく悪い顔だ。
「はぁ・・・変装ってわけでもないが、
必要な衣替えだからな。付き合ってやる。」
「さすが、おじ様。分かってますね。」
木下の不機嫌が直ったようなので、
良しとしよう・・・。
その後、1階へ降りたオレたちは
女店主がおすすめした料理に舌鼓を打つ。
うん、辛い・・・。
せっかくシャワーでさっぱりしたのに、
また汗をかきそうだ。
木下は、すぐにサラダ系の料理を注文していた。
「今夜は、酒を飲ませてほしい。」
オレは素直に木下に白状した。
「いいですよ。」
木下は案外、あっさりと承諾してくれた。
「いいのか?」
「何事も限度があるので、
大量に飲まなければ、必要経費として認めます。
むしろ、今までよく我慢してましたね。」
オレが酒を飲みたい衝動を
我慢していたことを知っていたらしい。
「やはり、オレは分かりやすいのか?」
「この場合は、分かりやすいとかじゃなく、
初めて会った日も、いきなり昼間っから
飲んでいたから、きっとお酒が好きなんだろうと
分かってました。」
分かりやすい行動であることに変わりないな。
「あ、私は飲みませんからね。」
「あぁ、それでいい。
むしろ今夜は絶対飲まないでくれ。」
「んっ!?」
オレの言った一言が余計だったらしい。
木下が鋭い眼になった。
「私は飲みたくても飲まないだけですよ?
飲めないわけじゃないですから。」
「そんなこと言ってないだろ。」
「いいえ、おじ様は、今、
そういう目をしてました。
私を蔑んだ目で見ましたよね?」
なんなんだ?
こいつのムキになる意味が分からない。
あんな失態をさらしておいて、
酒が飲めないと思われたくないってことか?
「ちょっと待て、きの・・・ユンム!」
「そういえば、おじ様、
停留場でも、私のことを木下って言いましたよね?
マイナス50点。」
その点数は、いつ上がるんだ?
下がる一方じゃないか。
しかし、たしかに咄嗟に名前を呼ぼうとすると
つい「木下」と呼んでしまうなぁ。
「悪かった、ユンム。
それより、今夜は大事な話があるんだよな?
お前は、前回、酒を飲んでしまった時の
自分の失態を悔やんでいたんだよな?」
「うっ!」
『前回の失態』という言葉で
やっと我に返ってくれたらしい。
「・・・はい、反省しました。」
急速に、シュンとした木下。
自分の失態は思い出したくないものだ。
それを思い出させてしまって
かわいそうな気もするが、
冷静になってくれたようで助かる。
「思い出してくれて、よかった。
では、今回は、
俺だけ酒を飲ませてもらうとしよう。」
「はい、どうぞ・・・。」
木下への説得が成功し、
オレは女店主に酒を注文した。
少し茶色がかった色の酒が運ばれてくる。
『ソール王国』で飲んでいた酒よりも
苦味があり、アルコール度数が高い気がするが、
キンキンに冷えていて、うまい。
これまた、辛い料理によく合う。
ついついグイグイ飲んでしまう。
しかし、今夜のオレは酔い潰れるわけにはいかない。
木下の話を聞かねば。
「注ぎましょうか?」
木下が酒瓶を持って、そう言った。
「おぉ、すまんな。」
遠慮するのは悪いので、
コップに注いでもらう。
・・・こんなふうに、
娘に注いでもらったりしたら
嬉しいだろうなぁ・・・。
「目が座ってますけど、大丈夫ですか?」
木下に心配されてしまう。
遠い目をしていたようだ。
「あぁ、気分がいいだけだ。
記憶までは飛んでおらんよ。」
しかし、これ以上、飲むのは危険と感じ、
コップの酒は一口飲んで残しておいた。
突然、店の入り口の方が騒がしくなった。
どうやら、帰る客が大勢いるらしい。
女店主が受け答えしながら、
勘定を処理している。
大変そうだな。
気が付けば、食堂に残っている客が
一気に少なくなっていた。
もうそんな遅い時間なのだろうか?
オレの視線に気づいた女店主が
ニコニコしながら、こっちにやってきた。
「やれやれ、ひと段落した~。
この国は今、王様から厳戒令が出ていてね。
夜遅くまで外出したら
ダメってことになってるのさ。
例の『窃盗団』に襲われないようにって。」
荷物の多さでオレたちが旅の者であり、
この国の者ではないと分かっているのだろう。
女店主は、そう教えてくれた。
「なるほど。それは物騒だな。」
馬車内で乗客が話していた『厳戒令』というのは
このことだったのか。
例の『窃盗団』は、まだ王都には到着していないはずだが、
それに便乗した窃盗事件が増えたせいだろう。
「今、ここに残っている客は
みんな宿泊客だけだから、
気兼ねなく、食べてってよ。」
「では、なにか飲み物を。」
「あいよ。」
木下が飲み物を注文したら、
女店主が店の奥へと行った。
「『窃盗団』のせいで、
この国が傾きかねないな・・・。」
昼間だけの仕事には影響ないかもしれないが、
こうして夜に繁盛している店にとって
『厳戒令』は経済的な悪影響が出そうだ。
経済が回らなければ、国が衰える。
それも『窃盗団』の狙いなのかもしれない。
「早く鎮圧できればいいですね。」
木下がそう言った。
「それにしても、あの女店主・・・
何者だろうな?
なんかすごい雰囲気を持っているよな?」
「えぇ、私もそう思います。
もしかしたら、昔は同業者だったのかも。」
木下が『同業者』と言うと
『傭兵』のことか、『スパイ』のことか、
分かりかねるのだが。
「タダもんじゃないよな。」
「だれが、タダもんじゃないって?」
「おぅ!」
いつの間にか、後ろから
女店主が飲み物を運んできていた。
「あんたのことだよ。」
「あたしのことかい?
美人だっていうなら
否定はしないけどね!
あたしは、ただの宿屋の女将だよ!」
カラカラと笑い飛ばして、女店主は
ほかの客のテーブルへと移動していった。
油断していたとはいえ、
いつの間にか背後にいたからビックリした。
「やっぱりタダもんじゃないな。」
そう言って、木下を見た。
木下は運ばれてきた飲み物を一口飲んだかと思ったら、
美味しそうに一気飲みしはじめて・・・
そして、
ダンッ!
と、コップを乱暴にテーブルに置き、
「ぷはぁーーー!おいしーーーー!」
テンションが高い声を上げ始めた!?
まさか・・・
「お、おい、ユンム?」
「なんですか~? おじさま~?
ぜんぜん、のんでないじゃないれすか~!」
・・・完全に出来上がっている!?
「おい、女将!
き・・・ユンムに酒を運んだな!?」
「えー? 飲み物って言われたから、
てっきりエールのほうかと思っちゃったよ。
まずかったかい?」
「かなり、まずい・・・。
もう手遅れだが・・・。」
こんな『お約束』という展開が
自身に降りかかるとはな。
「ぜんぜん、まずくないですよ~!
めっちゃおいしぃ~!
おかみさん、おかわり~♪」
「お前は、もう飲むなー!」




