王都行きの馬車
「いやぁ、本当に困っていたから助かるよ。」
荷物の依頼主は、薬屋のおっさんだった。
なにかの薬の調合に使う材料を、
お客さんへ届けてほしいとのことだった。
ということは、その客も薬屋なのだろう。
「いえいえ、お役に立てて光栄です。」
木下がそう言いながら、荷物を受け取る。
長さ20cm、直径5cmぐらいの
茶色の円筒の荷物だ。
木下が軽々と片手で持っているあたり、
そんなに重い物でもないらしい。
「お客さんから注文をもらったのは
1週間前ぐらいだから、早く届けたかったんだが、
配達会社が請け負ってくれなくてね。」
依頼主は、髪が薄くなった頭皮をボリボリかきながら
困った表情をして言う。
「なんで、請け負ってもらえないんだ?」
オレは率直に質問してみた。
「なんでも、あの周辺に魔獣が出るとかで。
何度か魔獣討伐の依頼も『ヒトカリ』に出したそうだが、
まだ討伐されてないらしいんだよ。
あんたたち、傭兵なら、ついでに
その魔獣もやっつけちゃってくれよ。」
依頼主が冗談にとれないことを適当に言っている。
「あぁ、遭遇したら、ついでに狩っておくよ。」
だから、こちらも適当に返事をして
その場を去った。
急いで馬車の停留場へと戻った。
幸い、王都行きの馬車がまだ発車していなかったので
慌てて乗り込んだ。
「ふぅ~・・・なんとか間に合ったな。」
ケツに『着替え』の袋を敷いて座りながら
木下に話しかけた。
「ハァハァ・・・。」
ちょっと急いで走ったので、
木下がまだ息切れしている。
「ハァ、おじ様、私を置いていく勢いで
走るの、やめてくれませんか? はぁ・・・。」
「そ、そんなつもりはなかったんだが。
馬車が見えたから、つい走ってしまった。すまん。」
本当に、そんなに早く走っているつもりがないのだが、
木下はオレの足についてこれないようだ。
木下の大きな荷物もオレが持ってやっているのに。
これがオレの・・・『ソール王国』出身者の
優れた身体能力というやつなのか?
もしくは、木下が案外、体力がないのか?
『スパイ』って、もっと、こう・・・
戦場の『斥候』みたいな役割で
身体能力に長けている印象だがなぁ。
馬車内は、すでに満席だった。
それでも立っている客はおらず、
一番最後のオレたちが座れたぐらいなので、
満員ではない。
乗っている乗客は、老若男女、さまざまな人たちが乗っている。
一番奥、御者が運転している、すぐ後ろの席には
やはり鎧を着た護衛役の傭兵が乗っている。
しかし、鎧は『騎士団』のものではないようだ。
護衛役の男は、オレより若いが、
クラテルよりは歳を食っている感じだ。
なんとなく、護衛役の男が
こちらをチラチラ見ているような・・・
いや、護衛役の男だけじゃなく、
乗客の男性たちが、やたらと
こちらを見ているような・・・。
「あ。」
そうだった。
この国の男どもは、美女に目がないのだった。
「ふぅ~・・・どうしました?」
馬車内の男どもの視線が
自分に集まっていることを知ってか知らずか、
木下は何食わぬ顔で、
呼吸を整えるために深呼吸をしている。
・・・大きな胸が上下している。
「いや、美女は何かと大変だと思ってな。」
「あぁ・・・
でも、おじ様という護衛がいるので安心です。」
美女と言われても否定はしないのか。
やはり男どもの視線に気づいているし。
いや、こいつのことだ。
この状況を楽しんでいるかもしれない。
だいたいオレは護衛役じゃない。
「はぁ、お気楽なものだな。」
「そうでもないんですけどね。
女性って、美女に限らず、
生まれた時から『そういう目』で
男性から見られる生き物なので。
男性よりも『見られる行為』に慣れているだけですよ。」
「そういうものなのか・・・。」
オレは男だから、いまいち分からない感覚だな。
「それよりも、さっきの依頼主の話、
なんか変だったよな。」
オレは女性特有の感覚についていけないから、
さっさと話題を変えることにした。
「えぇ、たしかに。」
「『ヒトカリ』の掲示板には『魔獣討伐』の
依頼書が張り出されてなかった。
すでに誰かが討伐したか・・・
たまたまオレたちが行く前に
誰かが依頼書を請け負って、持って行ったか・・・。」
「それに関しては、地域が違うからかもしれません。
お届け先の『ボルカノ』という村は、
ここよりも東・・・王都よりも東にある村なので、
ここから遠すぎますから。」
「なるほど、『ボルカノ』周辺の魔獣退治は
この町から離れすぎているから管轄外というわけか。」
「気になるのは、何度も討伐の依頼が
出されているのに討伐されていない・・・ってとこですね。」
「それもそうだな。
よほど手ごわい魔獣なのか・・・
誰も依頼を受けていないとか?」
クラテルに教えてもらった、この国に出没する魔獣は
クマタイプとオオカミタイプと、
魔物と呼ばれるタイプ、だったか。
「『Cランク』ぐらいで、オオカミタイプが倒せると
馬車の護衛の男が言っていたよな?
ほかの魔獣は、どれぐらい強いのか・・・。
もしかしたら相当強いのかもしれないな。」
オレの興味は、配達の仕事ではなく
その配達先に待ち構えているかもしれない
魔獣のことに向いていた。




