大甘のおっさん
「どうするも何も、ここで
助けないという選択肢ってあるんですか?」
木下が、ツンとした態度で聞いてくる。
「うっ・・・助けない、か・・・。
うーん・・・どうだろうな・・・。」
「即答できない時点で、それは無さそうですよね?」
たしかに。
オレは答えることができなかった。
「助けない」という選択肢が自分の中に無いということだ。
むしろ、木下をどうやって説得しようかと
思っているほどだった。
「はぁ・・・。」
オレが答えられないでいると、木下が溜め息をついた。
「クラテルさんが、おじ様の隣りに座った時点で
こうなるような気がしていました。」
「そ、そうなのか? そんな動作だけで、
この展開になることを予想済みなのは、
さすがと言うべきか・・・。」
「だから、クラテルさんが首をうなだれて黙った時に
何も聞かないでほしかったんですけどねぇ?」
「うっ・・・申し訳ない。」
たしかに、あの時、木下は
首を横に振っていた。
あれは「話しかけるな」という合図だったのも
分かっていた。
分かっていたのだが・・・。
「なんだか・・・クラテルが
オレのことを父のようだと言ったときに、
オレも、アイツのことが息子のように
見えてしまったんだよなぁ・・・。」
クラテルの歳は分からないが、
息子・直人より若い気がする。
でも、父を亡くして悲しむ姿を見ると、
年齢関係なく、息子が悲しんでいるような・・・
そんな姿に見えてしまったのだ。
それに、父を慕っていたクラテルの
あの、怒りと悲しみを堪えている目を見てしまうと・・・
同じ男として、なにか助力したいと思うものだ。
「会った時から感じていたんですけど、
おじ様は、なんでそんなに甘いんですか?
なんで、そんなにお節介なんですか?」
木下に言われても、いまいちピンとこない。
オレが甘い? お節介だと?
「オレって、そんなに甘いのか?」
「甘いです。大甘です。
泥酔して失敗した私のことをかばうのも甘いし、
東の停留場の魔獣騒動もそうだったし、
休憩中の魔獣討伐も、そうだったし、
関所での問答でも・・・
なんでもかんでも他人のミスを許して、
どんな厄介ごとも首を突っ込みたがる。」
ぜんぜん自覚がないオレとしては
木下が言いがかりをつけているとしか感じないのだが。
他人から見たら、オレは甘いのだろうか?
「オレとしては、すべて
自身に降りかかってきた火の粉を
振り払っているだけに過ぎないんだがなぁ。」
「本当に、すべてが降りかかった厄介ごとでしょうか?
私には、そう思えません。
そして、今まさに、自分から
首を突っ込みそうになってますよね?」
「うっ・・・。」
昨日までの出来事は降りかかった火の粉だと
本当に思っているが、クラテルのことは、
たしかに自分から首を突っ込んでしまっている気がする。
「今回の件は、さすがに自覚があるようですね。」
「た、たしかに。
では、きの・・・ユンムは、
クラテルの件は首を突っ込むなと・・・
助けるなと言いたいわけだな。」
「そうですね。
私たちは『特命』の旅の途中であり、
彼を助ける義理も義務もありませんし、
こちらにとっての利点がひとつもありません。」
木下の言っていることは正論だ。
オレたちは、隠密行動をしている。
そして、この『特命』を短期間で達成するには
早く目的地へと進まなければならない。
一日たりとも、無駄にできない長旅なのだ。
「・・・ですが、ひとつ
気になることがあります。」
「気になること?」
「はい。おじ様は知らないでしょうが、
窃盗団のリーダーに殺されたという
『レッサー王国』最強の騎士団長・アンサンセの名は
『ソール王国』以外の国々では、けっこう有名なのです。」
「そ、そうなのか?」
オレが知らない情報だ。
アンサンセ・・・でも、たしかに
どこかで聞いたことがあるような名前だ。
「逆に、窃盗団のリーダーであるトライゾンという名は、
今まで聞いたことがない名前です。
それだけの実力があるのなら、ほかの国にも
名前が届きそうなものなのに。」
「な、なるほど・・・
それが気になることなのか?」
「・・・。」
木下が黙ってしまった。
なにか考え込むような・・・
いや、なにか戸惑っているような表情だ。
「な、なにか考えがあるのか?」
木下の沈黙が不気味に感じてしまって、
オレは、つい言葉をかけてしまう。
「・・・はぁ。
遅かれ早かれ、ですかね・・・。」
木下が溜め息まじりに、そんなことを言った。
「えっ?」
「そうですね・・・おじ様になら、
お話ししてもいい気がします。」
「な、なにをだ?」
「私の仕事の内容です。」
木下の作り笑顔が消えている。
真剣な話ということだ。
木下の仕事の内容というのは・・・
『特命』や『秘書』の仕事とは別の・・・
『スパイ』の任務内容ということか!?
「それは、オレに話していいのか?」
「はい、おじ様になら・・・いいと思います。
今すぐ、ここでお話しすることはできませんが、
今後、知っておいてもらった方が
私としても動きやすいと思うので。」
「き・・・ユンム。」
動きやすいというのは・・・
『スパイ』としての活動は、
まだ継続中ということなのだろうか?
てっきり任務失敗して帰るだけだとばかり・・・。
やはり正体がバレても、『スパイ』は『スパイ』か。
何かを隠しているとは思っていたが・・・
無事に帰還するまでが任務ということか。
その内容を、木下のほうから
打ち明けてくれるというのは・・・
オレのことを信用していると思っていいのだろうか。
そうなら嬉しいが、逆に、ウソの内容を信じ込ませて
オレの行動をかく乱、または利用される可能性もある、か。
オレ自身、まだ木下を疑ってしまっている。
自国を守りたい気持ちがある限り、
他国の『スパイ』を、たった数日
ともに行動しただけで信頼できるわけがない。
・・・しかし、他人との信頼関係を築くには、
相手を信じることから始めなければならない。
初めから疑ってかかっていては、いつまで経っても
お互いに信頼関係は築けないだろう。




