真面目な奴ほどよく怒る
「馬車を止めようか迷ったが、
なんとか落ち着いたようだな!」
馬を操る御者が、馬車内を振り返りながら
大声で言った。
「心配をかけた!すまない!」
護衛役の男が、すぐに謝っていた。
「まったくだ!
こっちは頼まれて乗せてるのに!
乗客を危険な目に遭わすなら
騎士だろうと関係なく、
すぐに降りてもらうからな!」
年老いて見えるが、なかなか威勢がいい御者だ。
まぁ、客商売だから
護衛役が乗客と喧嘩をするなど、もってのほかだ。
怒るのも無理はない。
「本当にすまない!・・・はぁ~。」
護衛役の男は、御者に怒られて
すっかり落ち込んでいる。
反省しているのだろう。
律儀にも護衛役の男は
もう一度、改めて乗客の男二人に謝っていた。
男たちの方は、護衛役の男を怒らせたら
どんな目に遭うか、しっかり懲りたらしく
逆に委縮していた。
それから、オレたちにも
改めて謝罪してきた。
「本当にすまなかった!
あなたが止めなければ、
私は・・・騎士を辞めなければならなかっただろう。」
「いやいや、騎士殿の気持ちは
ものすごくよく分かるから、もう謝らなくていい。」
護衛役の男が、
そのままオレの隣りに座ってしまった。
オレは、少し困りながら
木下の方を見てみたが、作り笑顔に戻っている。
どうやら、騒動が収まったから
心の余裕が戻ったらしい。
ならば、このまま会話を続けても大丈夫かな?
「私は『レッサー王国』の『赤い騎士団』、
団員のクラテルと申します。」
護衛役の男がそう名乗ってきたので、
こちらも名乗る必要がある。
「オレは・・・傭兵の佐藤健一だ。
こっちは、姪っ子のユンム。」
名乗ったついでに、
オレの隣りに座っている木下のことも紹介しておく。
相手が正直に名乗っているのに対して、
こちらは身分を偽って名乗っているので、
少々、心が痛む。
木下は、声を発することなく、お辞儀だけした。
木下も多くは語らないようにしているのだろう。
出身地は、あえて言わないことにした。
聞かれたら『ハージェス公国』が故郷だと答えよう。
「それにしても、佐藤殿は強いのですね。」
いきなり、護衛役のクラテルがそう言ってきたので
内心はドキっとした。
「そ、そんなことはない!
オレは見た通りの、しがない老兵だ。」
平常心を装ってみたが、声が少し震えてしまった。
やっぱりウソをつくことが苦手だ。
たったこれだけで『ソール王国』出身であると
バレるのではないかとヒヤヒヤしてしまう。
「いやいや、謙遜されなくても。
騎士である私に剣を抜かせなかった力量、
完敗いたしました。」
潔く負けを認めている、
クラテルは、悔しそうな表情ではなく、
どこか安堵したような表情で言った。
負けて悔しいはずなのに、
なかなか器が大きい男のようだ。
・・・こんな器が大きい男が、
どうして悪口ごときで、我を忘れて怒ったのだろうか?
「いやはや、お恥ずかしい限りです。
あなたが持っている速報の文面どおり
わが騎士団は、窃盗団すら
捕まえられずにいるところで・・・
あの者たちが騎士団を悪く言ったのも
仕方ないことなのですが・・・。」
「いや、こちらも
拾っただけの速報で・・・。
クラテル殿が騎士団と分かっていれば
あなたの前で広げたりはしなかったのだが・・・
気持ちを察することができず、許してほしい。」
騎士のプライドというものがあるだろうに、
これだけ頭を下げているのだ。
彼のプライドをこれ以上傷つけないように、
こちらにも不手際があったことにして謝罪する。
こいつも、大真面目なやつなんだな、きっと。
まだ速報をすべて見ていないが、
たぶん、騎士団の落ち度がどうのこうのと
揚げ足をとるようなことが書かれているのだろう。
騎士としてのプライドを踏みにじるようなことを
言われれば、真面目なやつほど頭にくるものだ。
「佐藤殿は、優しい人ですね。」
「いや、そんなことは・・・。」
「強くて、優しくて・・・
まるで、父のようだ・・・。」
「えっ?」
クラテルの声は、いつの間にか落ち込んでいた。
表情も暗い。
先ほどの失態で、自責の念にかられているのかと
思ったが、どうやら違うことで落ち込んでいるようだ。
そして、目を伏せて黙り込んでしまった。
ものすごく・・・ワケありな感じがするが・・・
オレは、また木下のほうを
チラリと見たのだが、木下は
静かに首を横に振っていた。
「これ以上、深入りするな」と目が訴えている。
しかし・・・
落ち込んだまま、うつむいているクラテルを見ていると
なんだか、励ましてやりたくなるというか・・・。




