馬車の中の対人戦
「ひぃ!ごめんなさい!ごめんなさい!」
男たちがビビりまくって
呪文のように謝罪の言葉を繰り返し始めた。
しかし、護衛役の男の耳には届いていないようだ。
チラリと木下の方を見たが、
作り笑顔が消えていて、困惑している表情だ。
頭の良い木下でも、この場を
丸く収める良案は思い浮かばないらしい。
止むを得ない。
戦闘になったら、
オレの実力で止められるか分からないが、
やるしかない。
馬車が揺れているから、護衛役の男は
揺られながら、ゆっくり近づいてきている。
おそらく、あと数歩で相手の剣の間合いに入る。
背中に冷や汗を感じる。
対人戦は、本当に怖い。
相手が魔獣や害獣なら、攻撃のパターンは
単調だから先読みしやすい。
しかし、人間は違う。
様々な戦術があり、それらを初見で見抜くのは
いくら達人でも困難だ。
「ふぅぅ・・・。」
息をすこし長く吐く。
案外、これが一番気持ちを落ち着かせる
最善の方法だ。
溜め息を吐くのと同じで、
心の不安を吐き出していく。
相手の剣の間合いに入った瞬間、
馬車の揺れに合わせて、
護衛役の男の懐へ素早く踏み込む!
「!!」
護衛役の男は、怒りで我を忘れて
オレのことを警戒していなかったのだろう。
剣を抜く動作が遅れたようだ。
その一瞬に、剣の柄を握っている手の
手首をオレがガシっと掴んだ。
「ぐぅっ!!」
オレが手を離さない限り、剣は抜けないだろう。
しかし、護衛役の男が抵抗しようとする。
抵抗させまいと、オレは掴んでいる手に
一層、チカラを込める。
そのままの状態で、耳打ちする。
「『レッサー王国』の騎士殿とお見受けする!
先ほどの男たちの無礼な言葉に憤慨するのは、至極当然!
だから、男たちに謝罪させた!
許してやってくれないだろうか!」
「ふっ、ぐぅぅぅぅ!!」
それでも、護衛役の男は抵抗しようとする。
顔を真っ赤にして、剣を引き抜こうと必死だ。
オレも必死に、剣を抜かせないように
掴んでいる手にさらにチカラを込める。
「ぐあぁぁぁぁ!?」
護衛役の男が突然、痛がっている?
あ、チカラを込め過ぎたのか?
そうか、身体能力の差か!?
オレは、少し冷静になって
チカラを加減して、護衛役の男の手首を握る。
「騎士殿が守ろうとしているのは、
己のプライドだけではないだろう?
チカラ無き人民を、命を懸けて守ることに
プライドをかけているのではないか?」
「・・・っ!」
そこで、ようやく護衛役の男の抵抗がなくなった。
いきりたっていた怒気も消沈した感じがする。
「オレも騎士殿に無礼を働いてしまったな。
すまない。許してほしい。」
そう謝りながら、そっと
護衛役の男の手首を離し、
間合いから一歩離れて、頭を下げた。
護衛役の男は、剣から手を離し、
手首をさすりながら、困惑した表情で
「いや、こちらこそ
あなたに助けられたようだ。
礼を言う。ありがとう。
そして、こちらこそ無礼を働いたことを詫びたい。
すみませんでした。」
護衛役の男も頭を下げた。
どうやら、完全に冷静になってくれたらしい。
よかった。
謝罪し続けていた男たちも安心した様子だ。
「おっかねぇ・・・。」
乗客の男の一人が、ボソっと独り言を言ったが
護衛役の男の耳には届いていない。
オレもようやく緊張の糸が切れて、
「ふぅぅ・・・。」
また深い溜め息を吐いたのだった。




