災い呼ぶ速報
馬車に揺られて、1時間ほど経っただろうか。
国境の村『マグ』から続いていた坂道は、
かなり平らな道になった。
どうやら、山を下りたらしい。
ゴトゴトッ、ゴトゴトッ・・・
勾配があった道は平らになり、
規則正しい馬車の揺れになっている。
しかし、道が平らになっても景色は森の中。
自分たちが、どこを通っているのか
このへんの地理に疎いオレには分からない。
道端に、注意書きがあった。
『クマ注意!』
クマ・・・たしか害獣の一種で、
魔獣ではなかったはず・・・。
学校で習ったはずだが、
オレが若造の頃に習ったものだから
ほとんど覚えていない。
『ソール王国』でも、たまに見る害獣だったかな。
オレは遭遇したことがない害獣だ。
「クマか。クマ鍋なんて高く売れるだろな。」
対面に座っている商人らしき男たちも
注意書きに反応して、そんな会話をし始めた。
クマって食べられるのだろうか?
そういう話を聞いていると、
すこし腹が空いてきた気がする。
それにしても、あとどれくらいで辿り着くのか?
本当なら、乗っている誰かに話しかけたいところだが
昨日の二の舞にならないように、
ずっと黙って座っている状態が続いている。
木下と気軽にお喋りでも・・・と思うが、
よく考えれば、こいつは『スパイ』であり、
今さらかもしれないが、オレから
いろんな情報を吸い取ってしまうかもしれない。
周りの乗客に聞かれるかもしれないし、
とにかく、気軽にお喋りできる間柄ではないわけだ。
それに・・・これぐらいの若い女性と
なにを話していいのやら・・・。
城門警備の頃は、事務の金山君と
いろいろ話し合えていた気がするが、
よくよく思い出せば、あれは金山君のほうから
一方的に、話しかけてくれていたことに気づいた。
ウワサ話が大好きな彼女が、一方的に
国中のウワサ話を聞かせてくれていたんだ。
ほかに同じくらいの年代の女性というと・・・
娘・香織ぐらいか。
娘との会話は・・・全然、会話した記憶がないなぁ。
特に思春期の頃から、香織とは会話した記憶がない。
口を開けば、文句や喧嘩の言葉しか出てこなかったから
どちらともなく話しかけなくなった。
すべては、子育てを
女房に任せっきりにしたことが原因だろう。
今さらだな。
暇を持て余したオレは、仕方なく
腰の布袋から、停留場で拾った『速報』の紙を取り出し
隅々まで読んでみることにした。
「っ!!!」
『速報』を広げた途端に、とんでもない殺気を感じ、
その方向を見てみると、護衛役の男が
こちらを睨みつけている。
まるで鬼の形相だ。
・・・なんで、そんなに怒っているんだ!?
いや、視線が・・・
オレじゃなく誌面に向けられている。
そうか、『窃盗団』のせいか・・・。
まだ鎮圧できないことに怒っているのか?
「そういえば、まだ犯人は捕まってないんだったなぁ。」
「あぁ、例の窃盗団のリーダーか。
騎士クラスの強さらしいから、そう簡単に捕まらないだろうな。」
オレが持っていた誌面に反応したのは、
護衛の男だけじゃなく、対面に座っている男たちも
『窃盗団』の文字に反応し、会話し始めた。
「いくら騎士でも、ピンからキリまでいるだろ。
弱くても資格さえ持っていれば
騎士様って呼ばれてるやつもいるからな。」
「ぅ・・・。」
男たちの会話が、オレの胸に刺さる。
その通りだ。
オレも『なんちゃって騎士』の一員だからな。
「盗人にやられた騎士なんて、
相当、弱かった騎士なんじゃないのか?」
「あぁ、例の騎士団の団長か。
『レッサー王国』最強だというウワサは、
所詮、ウワサだけだったってことかなぁ。」
「っ!!!」
ガタン!!!
突然、護衛役の男の『怒気』が爆発的に大きくなったのを
感じたと思ったら、その護衛役の男が立ち上がった。
『速報』へ向けていた鬼のような視線を、
今度は乗客の男たち二人に向けている。
「ひっ!?」
気楽に話していた男たちも、
急に立ち上がった護衛役の男の形相を見て、
ビックリしている。
そして、護衛役の男は
ガタガタ揺れている馬車の中を、
ゆっくりと男たちへ向かって歩き出した。
あぁ、この男も騎士団の一員なのだろう。
その騎士団への侮辱になるような発言だったから、
これはいかんな。
オレも立ち上がり、護衛役の男よりも先に
対面の男たちの前へ移動した。
「えぇっ!?」
男たちにしてみれば、
鎧を着た男が、二人も自分たちの前へ
向かってくる様子は、恐怖を感じたことだろう。
素早く目の前の男たちに耳打ちをする。
「早く前言撤回しろ。
お前たちの言うことが真実だったとしても、
それを言われるとプライドが傷つく男もいるんだ。
お前たちも、男なら分かるだろ?」
「は、はい!」
そんなに凄んだ声で言ったわけではないが、
男たちは委縮して
オレの言うことをすんなり聞き入れてくれた。
「今、言ったことは取り消します!
す、すみませんでした!」
「ごめんなさい!」
即座に、謝罪の言葉を
護衛役の男に向かって言ってくれた。
カチャッ!
「っ!?」
しかし、護衛役の男には
その声が聞こえなかったのか、
腰の剣の柄に手をかけ始め、ずんずんと
ゆっくりこちらへ接近してくる!
目が血走っている・・・。
馬車に乗った時から血走っていたから、
判断が難しいが、どうやら
怒りで我を忘れている感じだ。
困ったな。




