特命の内容
その数分後、人事室の村上が、王様とともに現れた。
オレたちは敬礼して、王様が玉座に座るまで頭を下げていた。
結局、呼ばれた隊長は、この5人だけだったのか。
「みな、面をあげよ。」
王様が、そう促したので、改めて王様を見据えた。
田中・ウキュリ・マム王61世・・・本名は知らない。
この国の王様は、代々、その名前を受け継いでいるからだ。
弱冠28歳にして、この王国を統べる61代目の王。
顔だけ見れば、まだまだ頼りなさそうに感じるが、
先代の王様の意思をしっかり継いで、玉座に座る姿は
それなりに貫禄があるように見える。いや、『馬子にも衣装』か。
実質は、隠居生活をしている先代の王の言いなりだと聞く。
まぁ、どこの王様も父親が生きている限りは頭が上がらないのだろう。
「みなに集まってもらったのは、ほかでもない。
・・・この国から遥か東、遠方に未開の大地が広がっている。
そこの奥深くに、ドラゴンがいるという未確認の情報を得た。
ここに集まった5人の騎士に、そのドラゴンを討伐して欲しい。」
「なっ!?」
思わず、オレは声を上げてしまった。
たしかに、数ヶ月前、ゴシップ記事しか載せない雑誌に、
そんなことが書かれていたが・・・絶対、嘘に決まっている。
前人未到の地なのだから、誰も確認できてないからだ。
そんな未確認の情報だけで、このメンバーに討伐を命じるなんて・・・。
他のヤツらも絶句していた。オレの隣に立っている鈴木なんて
顔色も唇も真っ青に青ざめている。
「お言葉ですが、王様・・・。」
先頭に立っている後藤が、王様に異議を申し立てるようだ。
「未開の大地は、ここより遥か東にあり、なおかつ、
わが国の領地よりかなり離れた土地で、我々の管轄外であります。
そこにドラゴンがいたとしても、わが国を脅かす存在とは思えませんし・・・
第一、誰も足を踏み入れたことがない大地の目撃情報などアテになりません。
800年前に絶滅が確認されたドラゴンなど・・・無駄足になるだけかと存じます。」
後藤は、もっともな意見を言ってくれた。
ここにいる誰もが言いたいことだった。
王様は黙ってしまった。黙っている王様に、後藤は続けた。
「王様、なにゆえ、このメンバーなのですか?」
それは、オレもそう思った。本気でドラゴン討伐に行かせるのであれば、
この5人と言わず、数十人で編成された小隊に行かせるべきだ。
しかし、王様は『この5人』と言ったのだ。
「それについては、ワタクシが説明いたします。」
人事室の村上が横から口出ししてきた。
「先日、人事室が出した『隊員削減提案書』が議会の話し合いにより可決されました。
あなたたちは、その削減の対象者であり、『竜騎士』の資格を持つ者たちだからです。」
「え・・・?」
村上は淡々と、いきなり本題を話し始めた。
オレの顔は、瞬時に青ざめてしまった。
オレだけじゃない、呼び出しを受けたヤツらは、みんな青ざめていただろう。
「これは王様からの『特命』であり、これを拒否する者は脱隊してもらいます。」
それって・・・世に聞く『リストラ』じゃないか・・・。
「貴様! 隊長格のオレたちに失礼だぞ!」
高橋が、王様の御前であることも忘れて、声を荒げて村上に怒鳴った。
ショックで冷静さを欠いているのだろう。
そういうオレも冷静でいられない。何も考えられない。
高橋が声を荒げたせいで、近くにいた数人の衛兵たちが、
すぐにオレたちを取り囲み、王様を守ろうとしている。
後藤の背中が・・・震えている。
衛兵たちは、後藤の部下たちだ。
後藤がするべき仕事を、今は、彼らがやっている。
『王様を守る』『王国を守る』という仕事は、後藤だけじゃなく、
ここに集められた5人が、今まで何十年もやってきた仕事なのだ。
それなのに・・・オレたちは衛兵たちに、
今、『敵視』されていた。
これは、とてもショックな光景だった。
村上は、鼻で笑いながら高橋に言い返した。
「外側ばかり遊撃されている高橋隊長は、知らないと思いますが、
ワタクシも隊長格なのです。
先月のうちに人事室の室長に昇格いたしましたので。」
それはオレも初耳だった。
オレもほぼ外側にいるため、王宮の中の人事なんて、
まったく聞かされていないのだ。
女が・・・隊長格の室長?
数年前から男女の雇用を均等化したとはいえ、
とうとう女がオレたちと肩を並べる時代が来てしまったわけだ。
そして、その女に自分たちの椅子を蹴り倒されて・・・。
オレが、この数十年がんばって築き上げた地位が、ガラガラと
大きな音を立てて崩れていく気がした。
「王様・・・これは、ご命令ですか?」
後藤が、込み上げてくる感情を抑えたような声で王様に聞いた。
王様は、ビクビクしているような、それでいて、
何か残念な表情のまま、黙っている。
「だから、これは『特命』だと・・・」
村上が王様の代弁をし始めたが、
「ワタシは王様に聞いている!
人事室長には聞いていない! 王様!」
後藤が声を荒げて、村上の言葉を遮った。
王様は・・・それでも、何も言わなかった。
村上が、冷めた目で見ている。見下している。
衛兵たちがビクビクしている。隊長である後藤と対峙しているのだから当然か。
オレも何か言いたかった。でも、何も言葉が思い浮かばない。
『特命』・・・これは決定事項であり・・・
強制的に『リストラ』するための都合のいい口実だ。
隣に立っていた鈴木が、ガクっとヒザをついた。オレも立っているのが、やっとだ。
小林は、今にも泣きそうな顔をしていた。高橋はイライラしながら、村上を睨んでいる。
後藤は、まだ背中が震えている。泣いているとは思えない。
エリート街道を歩いていたヤツにとって、これほどの屈辱はないだろう。
屈辱を感じているのは、オレたちも同じだ。
数分の沈黙を破って、村上が事務的な言葉を述べる。
「本来、『特命』は絶対であり、受ける受けないの選択の余地はありませんが、
今回は特別に選択権が、あなたたちに与えられています。
これも、ひと重に王様の寛大な配慮のおかげです。
ただし、返答は明朝まで。
ドラゴン討伐は明後日の出発となっております。では・・・」
「お、おい! ちょっと待て!」
村上の淡々とした口調に、このまま流されてしまうのが
とても悔しくて、そして、とても・・・あっけなくて、
オレは、つい口を挟んだ。
「まだ、なにか?」
村上が冷たい目でオレを見つめる。
「い、いや・・・その・・・」
オレは言葉に詰まって、周りを見たが、誰も目を合わせてくれない。
怒り、悲しみ、諦め、行き場の無いやるせない感情、そして絶望・・・。
オレも含めて、みんな、そんな抱えきれない感情を一気に背負わされて、
何か言いたいはずなのに・・・言葉にならない。
「では、なにもないようなので・・・
また明朝、こちらへ集まってください。
ドラゴン討伐の詳細については、
『特命』を受ける者に説明を致します。以上、解散!」
静かな王室に村上の淡々とした声が響き渡り、それ以上の音は聞こえてこなかった。
玉座を立ち上がった王様は、こちらに向かって、深々と頭を下げて退室していった。
オレたちが敬礼しなければならないのに、オレも含めて、
隊長たちは誰も敬礼せず、去っていく王様を見送った。
村上は、一度もこちらを見ることなく退室していった。
オレたちを囲んでいた衛兵たちも、そっと礼をして去っていった。