異文化のウェルミス王国
「うぅ・・・。」
「ぅわぁぁ・・・。」
木下とシホが、嫌そうな表情で目の前の料理を見て、
小さなうめき声をあげている。
「2人とも失礼ですよ。」
アルファが2人に注意する。
オレたちは、今、『ウェルミス王国』の、国境の村『マルカッツ』の
出入り口にある宿屋『オルミガ』の食堂にいる。
時刻は、昼過ぎ。『ソウガ帝国』から国境を越えてきて、
この国での、初めての食事だ。
この国では昆虫食が基本だと聞いていた。
注文する前に、店員へ「虫が入っていない料理」を確認したら、
メニュー表の最後のページに「虫が入っていない料理」という
項目があると教えてもらったのだった。
オレたちは、そのメニューの中から
料理を選んで注文したのだが・・・。
「あー、懐かしい香りがする~。」
「そうですね。」
ニュシェとアルファは、「虫が入っていない料理」から選ばず、
普通のメニューから選んで、料理を注文していた。
2人は、昆虫食が平気なのだ。
オレたちの目の前のテーブルには、すでに料理が並んでいる。
「ぅ・・・。」
オレも、うめき声をあげそうになるほど、
2人が注文した料理の見た目が、強烈だった。
「うん、美味しい! このプチプチ食感!」
ニュシェが頼んだ料理には、ご飯の上に
蒸されたイモムシがどっさりと・・・。
「んー、こちらは微妙に苦みがあって、
美味しいですが・・・お酒が飲みたくなりますね。」
アルファが頼んだ料理には、様々な羽の色をした虫が山盛りに。
それに透明な餡かけ?がかかって、ギラギラしている。
オレたちは昆虫食を避けて、普通の食事をしたかったのに、
同じテーブルの上に、虫の料理が並んでいて、
それを美味しそうにムシャムシャ、バリバリと
ニュシェとアルファが食べている姿を見ることになり・・・
「ぅ! ご、ごめんなさ・・・おトイレに!」
「ぅっぇ! お、俺も!」
木下とシホが席を立って、慌ててトイレへと駆けていった。
「あれ? あの2人、大丈夫かな?」
「う、うむ・・・。たぶん、大丈夫・・・じゃないかもな。」
「?」
ニュシェが不思議そうに2人の背中を見ていた。
オレも、この場を離れたい気持ちになる。
「・・・文化が違うと、いろいろ大変ですね。」
アルファは、ニュシェよりも
オレたちの気持ちを理解しているようだが、
まるで他人事のように、溜め息をついている。
「おじさんとファロスさんも、食べないの?」
ニュシェに心配されているが・・・
おなかは空いているのに、胃液が逆流しそうな感覚を
味わっているオレとしては、食べることが出来ない。
ファロスも同じかもしれない。
「い、いただきます!」
しかし、ファロスは、ニュシェを心配させないために、
目の前の料理に手を伸ばした。
ファロスが頼んだ料理は、無難な『おにぎり』だ。
しかし・・・
「うぐっ!」
一口食べただけで、ファロスは席を立ち、
慌ててトイレの方へと駆けていく。
「ファロスさーん? だ、大丈夫かな?」
「うむ・・・。」
ニュシェを心配させないために、食べたようだが、
一口が限界だったか。
「!」
そう思ったが、ファロスが食べ残した『おにぎり』を見てみると、
お、お米が、少しウネウネと動いている!?
よくよく見れば、お米に混じって、ウジ虫のような白い虫が!
ふ、普通の料理じゃなかったのか!?
鳥肌が立った!
オレはメニュー表を、もう一度確認したが、
昆虫食と通常の料理、どちらにも
『おにぎり』という料理が記載されていた。
ファロスは、店員へ普通に「おにぎり」としか伝えてなかったから・・・
昆虫食のほうの『おにぎり』が運ばれてきてしまったようだ。
たぶん、ファロスは食べる前に、ここへ運ばれてきた時点で
虫に気づいてしまったのだろう。
だから、食べることを躊躇していたのか。
むしろ、ニュシェを心配させないためとはいえ、よくぞ挑戦したな。
「・・・。」
オレは、まだ自分の料理に手を付けられずにいる。
オレが頼んだのは、普通の焼き魚だが・・・
今、メニュー表を確認したところ、
昆虫食のほうにも『焼き魚』という記載があったのだ。
見た目は、虫が使われていない、ただの焼き魚だが・・・。
もしかしたら、魚の中に?
おそるおそる、フォークで魚の身をほぐしてみたら・・・
「っ!」
ガタン!
「お、おじさん!?」
もう無理だった!
オレは湧き上がってくる胃液を我慢しながら、
ファロスたちの後を追った!
予想通り、魚の中から、黒く焦げた、
ダンゴムシのような虫が大量に! うっぷ!
結局、ニュシェとアルファ以外のオレたちは、
食事を断念して、宿泊部屋へと戻って来た。
「ど、どうやら、私たちはこの国の昆虫食を
甘く見過ぎていたようですね・・・。」
「あぁ。」
木下がベッドで仰向けに寝転がって、そう言った。
オレたちがベッドや椅子で、ぐったりしている様子を見ながら、
「困りましたね。」
アルファが、心配しているような声で言った。
しかし、冷静な声にも聞こえるから、
やはり、どこか他人事のような気もする。
そのアルファは、食事前まで気分が優れていなかったようだが、
食事をしてからは、体調が回復しているようだ。
「まいったな。普通の料理を選んだはずだったのに。」
「まさか、昆虫食のほうにも
同じ料理名があったとは、いやはや・・・。」
シホとファロスが溜め息をつく。
そのファロスは、まだ一口の食感が残っているのか、
ずっと左手の袖で口を拭っている。
「ふぅ、美味しかったー。」
木下が仰向けになっているベッドで、
ニュシェは、木下のそばで仰向けになって、
満足そうな笑顔でそう言った。
横になる時、ニュシェはバンダナを外した。
獣の耳を隠すために、ずっと耳を倒してバンダナを巻いているため、
やはり窮屈なのだろう。
尻尾も、ずっと腰に巻き付けているのは苦痛なのか、
今は、フリフリと自由に動かしている。
「昆虫は、栄養価が高いし、
慣れてしまえば、美味しいと思うのですが・・・ふぅ。」
アルファは、そう言って、深く被っていたフードを外す。
『ソウガ帝国』では正体を隠すために、
ほとんどフードを被り、バンダナで口元を隠していたアルファだが、
『ウェルミス王国』へ来てからは、バンダナを外して過ごしている。
本人にとっても呼吸しやすくて快適だろう。
こちらとしても表情が見えて話しやすい。
だが、やはり『エルフ』は、世界にとって希少種だ。
『エルフ』が人間嫌いしているから、『エルフ』の国から
出てくることが少なく、アルファのように
人間の国を歩いていること自体が珍しい。
だから、『エルフ』の特徴である尖った耳を隠すために、
『ソウガ帝国』から出て来ても、フードを深く被って、
『エルフ』であることを隠す必要がある。
それが、アルファにとっては窮屈なのだろうな。
「それで? そろそろ、話してくれよ。
なんで、おっさんが髭を剃ったのか。」
「あぁ、じつは・・・。」
もう虫の話題はイヤだとばかりに、
唐突にシホが、オレのヒゲについて聞いて来たので、
『ソウガ帝国』の関所で、ヒゲを剃ることになった
経緯を話すことにした。
シホたちが『カラクリ』の小舟で国境を越えて行った後、
『ソウガ帝国』の関所へ、王女からの直筆の書状が届いたこと。
書状の内容は、意識が戻らなかった王女が回復したことや、
その王女が第一騎士団の団長を辞任したことと・・・
なぜか、オレと結婚したがっているという、
驚きの内容が書かれてあった。
書状に書いてあった、オレの特徴のひとつである
無精ヒゲを剃ることにより、関所の騎士たちが見逃してくれたのだ。
話し終えたあと、
「おいおい、おっさん、モテモテじゃねぇか。」
「茶化すな。」
シホに茶化されたが、ニュシェやファロスは、
「王女様が回復してよかったね。」
「そうでござるな。」
王女が目覚めたことを喜んでいるようだった。
「しかし、大丈夫でござるか?
一国の姫君の求婚を振り切ってきたとなれば、
追っ手が差し向けられるのでは?」
真面目なファロスが心配の声をあげる。
「う、うむ・・・。」
こればかりは、オレも即答できない。
大丈夫・・・と思いたいが。
「それに関しては、絶対とは言えませんが、
『ソウガ帝国』と『ウェルミス王国』は、
古くから敵対関係にあるようですから、王女といえど、
この国へは、そう簡単に追っ手を出せないでしょう。
関所の騎士たちにしても、私たちを
逃がした罪に問われたくないでしょうから、
口が裂けても、私たちの情報を漏らすことは無いと思われます。」
ファロスの心配に、木下が答えた。
憶測でもあるが、木下の言う通りだと感じる。
ファロスも納得したのか、それ以上は、何も言わなかった。
あの騎士たちの口の堅さを信じよう。
プゥ~ン
「!」
突然、耳のそばで音がして、オレは思わず首を振った。
「ど、どうした!?」
「おじさん!?」
「いや、なんか急に音がして・・・。」
心配するような声で聞かれて、すぐに答えようとしたが、
「ひっ!」
「ユンム!?」
「ど、どうされましたか!?」
今度は、突然、木下が小さな声をあげて、
ベッドから飛び起きた。
「み、耳のそばで羽根の音が!」
「はね!?」
木下の言葉に、オレも、
さっき聞こえたのが、羽根の音だと気づいた。
そうだ、あの音は・・・。
「もしかして、蚊じゃないか?」
「え、蚊なの!?」
「えー!?」
オレの言葉に、みんなが辺りをキョロキョロしはじめた。
宿泊部屋の壁は、木造のこげ茶色で、
黒っぽい蚊などの小さな虫は見えにくい。
「なんか足がかゆくなってきた。」
「あ、あたしも・・・。」
すでに刺されていたのか?
それとも、ただ、そういう気がするだけなのか?
蚊がそばにいると聞いた途端に、
体中が、かゆくなってきた気がする。
「こういう場合、どうするんだ!?」
「どうするも何も、見つけ次第、殺し・・・あ。」
シホの言葉で、すぐに気づいた。
この国では、虫を殺してはいけないんだった。
「ま、待ってください!
今、害虫リストで調べますから!」
すぐに木下が関所でもらった、害虫の種類が書かれた紙を読み始めた。
あれに書いてあれば、殺してもかまわないということか。
「ぬぉ!」
ファロスが自分の耳のそばで、
左手で振り払うような仕草をする。
「まだ殺すなよ、ファロス!」
「だ、大丈夫でござる!
ただ手で振り払っただけでござるから。」
一応、ファロスに念を押しておいたが、
「ファロスやおっさんなら、それだけでも殺しちゃいそうだよな。」
「そんな・・・!」
シホが有り得ないことを言うから、
否定しようと思ったが、無くもないような気がしてしまった。
振り払う手の速さや、当たり所が悪ければ、
死なせてしまうこともあるかもしれない。
今の今まで意識したことがなかったが、
小さな虫を殺せないというのは、なかなか難しいな。
普段、それだけ小さな虫の命に対して、
何も思っていなかったということだ。
「みなさん、落ち着いてください。
ただの蚊なら刺されたところで、死ぬわけでもないし、
ただかゆくなるだけならば、それほど慌てることもないでしょう。
みなさん、『忌避缶』を一か所に集めて、
その缶の周りに集まりましょう。」
「そ、それもそうでござるな。」
アルファが、冷静な声で、そう指示してくれた。
言われてみれば、たしかに。
死ぬわけでも怪我をするわけでもない。
ただ、かゆくなるだけなら、必死になる必要も無いか。
「ここでいいか。」
「はい!」
部屋の中央にあるテーブルの上に、みんなが
道具屋で買っておいた『忌避缶』を置いた。
たったそれだけで、『忌避缶』の独特なニオイが強くなった気がする。
そのテーブルを囲むように集まったが、
「ひっ!」
また耳のそばで羽根の音がしたのだろう。
木下が首を振りながら、害虫の表をじっと見ている。
「ユンムさん、そんな慌てなくても。」
さっきまで慌てた様子だったシホが、
アルファの言葉を聞いて、すっかり落ち着いている。
しかし、木下は、まだ慌てている。
「アルファさんは、そう言いましたが、
虫の中で、一番、人間を殺している虫が、蚊なのです。」
「なにっ!?」
「えぇ!?」
「ウソだろ!?」
木下の言葉に、オレたちは驚く。
「それは興味深い話ですね。
数百年前には無かった情報です。ぜひ聞かせてください。」
アルファは、ずっと冷静だ。
むしろ自分が知らない情報ということで興味を持ったらしい。
「そうなんですね・・・。
この情報が、いつのものかは、私も分かりませんが、
私は学校の教科書でこの情報を知りました。
すべての蚊ではなく、未知の病原体を持った動物の血を吸った蚊が
その血が付いた口で、ほかの人間の血を吸うことによって、
未知の病が人間に感染し、そうして数万人が亡くなってしまうという
大災害のような出来事が、大昔、南の大陸で起こったとか。」
「み、未知の病・・・!」
木下の話は、半分ぐらいしか分からないが、
蚊が病気の原因になってしまったという話だろう。
「病原体を伝染させてしまう蚊ですか・・・。
たしかに。そう考えると、かゆいだけで済まないわけですね。」
アルファは興味深い話が聞けて満足しているようだ。
木下の話に、何度もうなづいていた。
「そ、それで蚊は害虫なのか!? 違うのか!?
ユンムさん、早く教えてくれよ!
害虫なら、早く仕留めないと!」
急にシホが焦り出した。
どうやら木下の話を聞いて、蚊が怖くなったようだ。
「そ、それが、このリストには
名前しか書かれていないので、この部屋にいる蚊の名前が、
なんなのか分からないんです!」
「えぇ!?」
「そんなぁ!」
木下の言葉に、みんなが落胆する。
木下が害虫の表を放り出して、みんなが集まっている
『忌避缶』のそばへ駆け寄ってきた。
たしかに、絵でも描かれてない限り、名前だけでは
どの虫なのかなんて、素人のオレたちに分かるはずもない。
「蚊を殺せないってことかよ。あー、もう!」
「うぅ・・・!」
オレたちは、『忌避缶』が置いてあるテーブルに集まって、
ただただ蚊が去ってくれるのを待つことしかできない。
しかし、いまいち『忌避缶』が効いているのかどうかが分からない。
もしかしたら、蚊専用の『忌避缶』があるのだろうか?
「窓を開けたほうがいいのでござろうか?」
「それもそうだな。蚊を逃がすためにも・・・。」
ファロスの提案に、オレが答えていたら、
「しかし、新たな虫を引き入れてしまう可能性も。」
「うっ・・・たしかに。」
アルファに指摘された。うっかり窓も開けられないとは。
「少し暑くなってきたけど、窓も開けられないのかよ。」
「そうですね。」
シホの言葉を聞いてしまうと、余計に暑くなった気がする。
そうして、オレたちは30分ほど、
『忌避缶』を置いたテーブルを囲むようにして集まり、
何も出来ないまま、蚊に数カ所、刺されてしまった。
かゆくて困っている時に、アルファが
「店員に聞いてみましょう」と提案してくれて、
店員に、蚊が害虫かどうかをシホが聞きに行った。
その結果、蚊はこの国でも害虫に指定されており、
どんな種類であれ、殺していいことになっていた。
耳がいいニュシェに蚊の居所を確認しながら、
ファロスが宿泊部屋にいる蚊を退治してくれた。
部屋に、蚊は数匹いた。
どれもこれも潰した時に、オレたちの血がにじみ出ていた。
たった虫ごときで・・・。
いや、侮り過ぎていたのかもしれない。
蚊に刺された後、誰も体調不良にならなかったから、
不幸中の幸いだった。
その後、夕食は同じく宿屋の一階の食堂で。
オレたちはメニュー表を店員に見せながら、
しっかりと「虫無しで」と伝えて、ようやく、
普通の食事に成功したのだった。
その間、ニュシェとアルファの食事と
ほかの客たちの食事も見ないように、
さっさと食べて宿泊部屋へと戻った。
味は、普通だった気がするが、正直、憶えていない。
急いで食事したから、味わう暇もなかった。
とにかく空腹が満たせただけで良しとしよう。




