国境の村
あたりは、すっかり薄暗くなってしまった。
夕日が遠くの山に沈んでいったのだ。
道は、完全にガタガタの山道になっている。
遠くの山から魔獣なのか害獣なのか、
遠吠えのような声が聞こえてきている。
「つきましたよー!」
今まで、ずっと黙って前だけを見て
馬車を操作していた御者が声を上げる。
薄暗い前方に、多くの灯りが見え始め、
そこに『村』があるのだと分かった。
ガタンッ、ガガガッ・・・
それでもなお、道は悪路のままだ。
やはり『村』だから、往来する人や馬車が少なく
自然に均されるはずの道が、荒いままなのだろう。
「ふぅーーー!やっと着いたか!」
オレは、思わず本音をもらした。
演技ではなく、本当に腰が痛くなっていたからだ。
次の馬車へ乗るときは、かならず
柔らかい物を尻に敷くことにしよう。
「・・・。」
傭兵のトールという男は、
ついに、あの休憩から、ずっと黙って
こちらを見ているだけだった。
なんとも話しかけづらい空気で。
最初に話しかけた時は仲良くなれそうだったのに、
完全に、オレたちのことを
信用していない目で見られていた。
「すっかり暗くなってしまったから、
このへんで宿をとりたいのだが・・・。」
もう、これで最後になると思い、
オレはトールに聞きたいことを聞くことにした。
「・・・あぁ、村の入り口に
この村で唯一の宿屋がある。
いつも閑古鳥が鳴いているから、
満室ってこともないだろう。」
トールは、どこか不満そうな表情だったが
それでも、一応、オレの問いに答えてくれた。
「アンタ・・・」
「教えてくれて、ありがとうございます。」
トールがなにか喋ろうとしたとき、
すかさず木下が、オレの代わりに礼を述べた。
「いや、いいんだ。
キラーウルフの件では世話になった。
こちらこそ、ありがとう。
二人とも、達者でな。」
トールは、それ以上、
なにも聞かないでくれた。
馬車が、村の入り口付近で止まった。
さっそく木下と馬車を降りて
「んっ、んん~~~~!」
二人で背伸びをする。
「いったたたた・・・」
オレは、やはり腰を少し痛めているようだ。
これからの長い旅は、馬車での移動が主な移動手段だから
慣れていかねばならないんだが。
国境の村『ガ・ソール』。
国境は、3mぐらいの高い木柵が
ずっと果てしなく続いていて、
関所の門をくぐらないと
隣国との往来ができないようになっている。
関所には、『ソール王国』側の国境警備隊と
隣りの国『レッサー王国』側の国境警備隊が務めている。
関所を通る際、王様の許可をいただいた
『出国許可証』を見せるわけだが、
おそらく『レッサー王国』側の隊員にも
それを見せることになる。
「無事に通れるかどうかは、明日だな。」
「トールさんが言っていた宿って、あそこですかね?」
オレの独り言を無視して、木下が
村の入り口のそばに佇む宿屋を発見した。
御者に運賃を払い、トールに一礼をして、
木下の荷物と自分の荷物を持って、宿屋へ向かった。
「いらっしゃーい!」
宿屋の入り口の
『アントニオン』と書かれた暖簾をくぐったら
大きな女性の大きな声で歓迎された。
そこは、広い食堂になっていた。
外観も、そこそこ大きい建物であったが、
どうやら、一階は食堂で、二階が宿舎になっているようだ。
食堂には、すでに多くの客が溢れていて、
トールが言っていた閑古鳥の鳴き声は聞こえそうもない繁盛ぶりだ。
「お客さんたち、宿泊が希望かい?
奥のカウンターで受け付けしてね!」
オレたちの荷物を見て、宿泊客と判断したらしい
大きな女性店員が、そう言って案内してくれた。
案内されたように、奥のカウンターへ向かう。
「ようこそ、宿屋アントニオンへ。
宿泊ですか?」
カウンターには、大きな女性とは対照的に
すこし小柄な男性店員がいて、そう話しかけられた。
「あぁ、二つの部屋を用意してほしい。」
オレがそう言ったのだが
「いえ、一つの部屋でけっこうですよ。」
と、後ろにいる木下がすかさず言い出した。
「ばっ!」
オレは大声を上げそうになって、
慌てて口を手で押さえながら
後ろにいる木下に小声で抗議した。
「ばかやろう!なに言ってんだ!
遠い親戚だろうと、男女が一つの部屋で眠れるか!」
「しかし、旅は長いのですよ、おじ様。
こんなところで経費を無駄にすると
あとで大変な目に遭いますよ。」
「すべて経費で落ちるなら、
これぐらい良いだろう!」
「良くないです。
そこは『ソール王国』の秘書として
見逃せません。」
「んなっ!?
お前は、もう秘書じゃないし!
だいたい、ソールの者でもないだろうが!」
「いいえ、この『特命』を請け負っている間は
『ソール』の者として、きちんと役目を果たします。
無駄使いは、ダメです。」
「いや、おかしいだろ!
普通は、こんなおっさんと一つの部屋に
泊まるのを嫌がるもんだろ!」
「あぁ、男女の間違いが起こるってことですか?
その件は、もう王国を出る前に話し合って
結論が出たはずですが?」
「あのなー!」
「えーっと・・・お客さん!?
痴話喧嘩なら、外でやってくれませんか?」
カウンターの前で、ゴニョゴニョ騒いでいるから、
店員に、痴話喧嘩だと勘違いされてしまった。
「いや、痴話喧嘩じゃないんだが・・・」
「どっちでもいいんですが、結局、どうしますか?
二部屋?一部屋?」
店員が、早く決めてほしそうに言う。
「ふた・・・」
「一部屋で!」
オレが答える前に、木下が間髪入れずに即答した。
「お前っ!」
「はい、一部屋、承りました!」
オレが木下に文句を言う前に
店員が、部屋の鍵を用意し始めた。
「あ、いや、今のは無しで!」
「はい、ご案内いたします!」
オレの言葉を無視して、
店員が一つの鍵を持ってカウンターから出てきた。
「お、おい!」
「どうしても嫌なら、
あとで、もう一部屋、ご用意できます。
今の時間帯、飲食のお客様たちでテンヤワンヤでして。
とりあえず、お部屋の方で、話し合われてください。」
店員は、そう言いながら、
カウンターのそばにある階段を上り始めた。
チラリと食堂のほうを見ると、
たしかに、あっちこっちの客が
店員たちを呼びつけて注文しまくっている。
瞬時に、自分たちの態度が
迷惑な行為だったと反省した。
とりあえず、今は店員に従うことにした。
店員のあとを追いかけ、
階段を上りながら後ろからついてくる
木下を睨んでみたが、当の本人は
いつもの涼しい作り笑顔でついてきていた。




