隠している竜騎士の剣技
「それにしても、お前の話からすると、
お前の上官ってやつは、あの宿屋にいるような口ぶりだな。」
「・・・。」
荷物や『ゴブリン』たちの首を詰め込んだ袋を背負って、
オレたちは、次の広場・・・採掘場を目指して歩いていた。
『スパイ』の任務のために、オレの尾行をしていたペリコ君だったが、
オレにバレてしまったからか、開き直ってオレと並んで歩いている。
元々、オレに危険が及ばないように見張ることが
こいつの任務なのだから尾行は条件だったわけではない。
ランプはペリコ君に持ってもらっている。
こうして並んで歩いているが、
オレは、こいつを仲間だとは思っていない。
今、オレは左手で袋を持っているから、右手が空いているのだが、
ランプを右手で持ってしまえば、両手が塞がってしまう。
こいつの前で、そういう状態でいることを避けたかった。
こいつにランプを持たせれば、
片腕のこいつの手を封じることになる。
しかし、こいつがその気になれば、ランプを割られて、
突然、暗闇の中、殺される可能性も・・・。
こいつは真っ暗な洞窟の中を、ランプも無しに
オレの跡をつけてきたぐらいだ。
きっと暗闇でも目が利くのだろう。
そうなったら・・・オレも目に頼らず、気配を頼りに・・・
いや、こいつは気配を消せるんだったな。
だとすれば、オレでは
死を避けることは出来ないようにも感じる。
こうして横顔を見ていると、どう見ても
城門事務員の金山君にしか見えないんだがな。
金山君にお茶を入れてもらって、
そのまま噂話を聞かされていた頃が懐かしく感じる。
「はぁ・・・やはり、佐藤様の前に
うっかり姿を現してしまったのが、私の最大のミスですね。
いや、この場合は、前任者の気配が原因だから、
前任者のミスということになるのでしょうか・・・。」
「あー、いや、すまん。ふと疑問に思って、
軽い気持ちで聞いてしまった。
ペリコ君は『スパイ』という立場なのに・・・すまん。」
オレの質問に答えたくなさそうな口調だったから、
気軽に質問したことを反省したのだが、
「いえ、まぁ、そうですね・・・お気遣い、感謝いたします。
本来なら、お答えできないのですが、
尾行の対象者である佐藤様と、こうして並んで歩いている時点で、
今さらという感じですし・・・
口のお堅い騎士である、佐藤様のご質問ですので、お答えいたします。」
「お、おう。」
さりげなく、オレを騎士と呼びつつ、
他言無用であると、釘を刺された気がする。
「佐藤様なら、もうお気づきかも知れませんが、
あの宿屋『リュンクス』は、わが『ハージェス公国』の宿屋です。」
「な、なにっ!」
思わず、少し大きい驚きの声をあげてしまった。
「・・・そのご様子だと、気づかれてなかったのでしょうか。
はぁ・・・私は、またミスを重ねてしまったことに・・・。」
ペリコ君は、本気でショックを受けたらしく、
ランプを持ったまま、フラフラして、
洞窟内に投影されているオレたちの影が揺らめいた。
「な、なんか、すまん・・・。
オレが根掘り葉掘り聞き過ぎたみたいだな。」
オレは申し訳なく思い、そう言ってみたが
「いえ、佐藤様が全て悪いわけではありません。
事の発端は、ユンム様がベラベラ喋ってしまったことが原因ですし。
この旅の間にも、ユンム様はベラベラと
佐藤様になんでも話して、
佐藤様に頼ってしまっていますからね・・・。
本当に、今さら・・・という気持ちになってきました。」
ペリコ君は、どうやら全てのことを
木下のせいにして、開き直るつもりらしい。
実際、あいつのせいであるのは間違いないからな。
「さすがに私の上官が、あの宿屋の誰とは言えませんが、
あの宿屋で働いている者たちは、全て
『ハージェス公国』の出身者です。」
「そ、そうだったのか・・・。
どおりで、ユンムが気を緩めるわけだ。」
オレは、木下が毒混入の警戒もせずに
真っ先に食事をしていた様子を思い出していた。
仲間の出した料理ならば、安心して食べられるわけだ。
「もしかして、あの宿屋の食堂に出てくる料理は、
『ハージェス公国』の郷土料理なのか?」
「たしかに郷土料理も出してくれますが、
基本的には、この国の料理をメインに出されています。
あからさまに違う国の料理を出していたら、
あの町で目立ってしまいますからね。」
「そうなのか?
まぁ、オレには、どの料理が『ソウガ帝国』の物か、
『ハージェス公国』の物か、区別がつかないが、
本当に、どれも美味しい料理だから、
目立ってしまっても仕方ないと思うけどな。
それに、目立った方が客寄せになるんじゃないか?」
料理が美味しい宿屋なら、人気が出て、
商売繁盛に繋がりそうなものだが。
「あの宿屋の料理を褒めていただけて
私としても嬉しいのですが、あの宿屋が注目されて、
『ハージェス公国』の店であることがバレてしまっては、
『スパイ』として本末転倒ですからね。
注目されるようなことは避けなければなりません。」
「あ・・・そうか。」
ペリコ君に言われて、初めて気づいた。
あの宿屋が『ハージェス公国』の店であるということは、
あの宿屋で働いている者たち、全員『スパイ』ということになるのか?
いや、一部の者たちが『スパイ』じゃないとしても、
あの宿屋が目立ち過ぎて、うっかり素性が
周りにバレて騒がれてしまうと、帝国軍が黙っていないだろう。
国外へ追放か、捕まって拷問か・・・
とにかく『スパイ』活動ができなくなるわけか。
「料理に関しては、料理担当の者が定期的に味を変えて、
固定客がついたり、人気が出ないように、調整しているようです。」
「そ、そうなのか。」
ペリコ君の説明を聞いていると、
『スパイ』という者は、そこまで出来るものなのかと感心する。
料理の味をもって、集客を調整するとか、
もはや、プロの料理人でも難しい技ではないだろうか。
「ただ、現在はユンム様が滞在しておられますから、
料理担当の者は、腕によりをかけて最高の料理を
提供していますので、今の期間中に、
あの宿屋の料理を食べられるお客様はとても幸運ですね。」
「なるほどな。
オレもその恩恵を受けられる幸せ者の一人ということだな。」
ペリコ君は、少し自慢げに教えてくれている気がする。
なるほど、木下が毎日楽しみにしているわけだ。
しかし、おそらく、今の期間の料理で
人気店になってしまうはず・・・となれば、
オレたちがあの宿屋を出発した後には、
あからさまにマズイ料理を提供するのだろうか。
それはそれで、一般の客が気の毒だと感じる。
ペリコ君の話を聞きながら、
オレは驚いた半面、少し危機感を感じていた。
あの町の宿屋として、普通に違和感なく宿泊していたのに・・・
まさか、あの宿屋が他国の『スパイ』が運営している店だったとは、
聞かされるまで、全く気づけなかった。
しかし、聞けば納得だ。
『スパイ』が落ち合う宿屋を指定したのだから、
そこが一般の店であるわけがない。
もし、状況が違えば・・・オレは知らない内に
抹殺されていても、おかしくない状況だったということだ。
もしかしたら、オレが気づいていないだけで、
わが『ソール王国』にも、いつの間にか、
他国が運営している店が建っているかもしれない。
そうして、いつの間にか国の重要な情報が、
他国へと伝わってしまっているのかも。
・・・だからこそ、王様は『ソール王国』出身者の
身体能力の秘密を国民たちにも伝えていないのかもしれないな。
オレたちは、次の広場、採掘場へ辿り着いた。
先ほどとは違って、採掘の道具が、ほとんど見当たらない。
ここも、今までの広場と同じくらい広い。
今までと違って、ここの広場は天井が見える。
そこそこ高いが、ランプの明かりが届かないほどではない。
デコボコした岩肌に、緑色の苔がところどころ張り付き、
天井と壁へと広がっていて、少しカビ臭い空気が漂っている。
そして、ほかの広場と違って、この広場の奥に、
ピチョン・・・ ピチョン・・・
30mほどの広さの池があって、
その上の天井からは、水滴が落ちてきて、
規則正しく水滴の音を響かせている。
「ここは、あまり掘り尽くされていないかもしれないな。」
採掘の道具が無いということは、未開拓ということもある。
炭鉱夫たちは、ここで
採掘作業を始める前に撤退したのではないだろうか。
「・・・佐藤様、ここはやめませんか?」
「え?」
この広場に着いたばかりなのに、
ペリコ君が、そんなことを言い出した。
表情が、また無表情に戻っている。
何か、あるのか?
「あ・・・。」
そう思いながら、池の方を見てみれば、
その池の淵に、大小、様々な『骨らしきモノ』が散らばっていた。
近づいて見てみたいが、ペリコ君が
「それ以上、近づかれない方がよろしいかと。」
と、オレへ制止するように言った。
池までは、あと20mほどだが言われた通り立ち止まる。
「・・・あれは、骨、だよな?」
「そうですね。
あの大きさからして『小鬼』たちの骨かと。
この洞窟には、大昔から生息している『アンギヌス』という
水棲魔獣がいるという情報があります。
そこの池は、その魔獣の住処である可能性が高いです。」
「なるほど。」
水棲・・・あの池の中に住んでいるのか。
水中だと気配がまったく分からない。
洞窟に住む魔獣特有の、獣の臭さも無い。
うっかり池へ近づいて、
いきなり水中から襲われたら対処できないかもしれない。
でも、魔獣が出る場所ということは、昔からこの採掘場では、
魔獣のせいで、じゅうぶんな採掘が出来なかった可能性がある。
魔鉱石が残っている可能性が高いかも。しかし・・・
ちらりとペリコ君を見る。
魔獣さえ討伐してしまえば、ここは安全になる。
オレ一人ならば・・・自分の鍛錬もかねて、
その魔獣を討伐しようとしていたかもしれない。
ペリコ君は、オレよりも実力が
上かもしれないが、現在は左腕を失っている状態だ。
何かあった時に、オレが守ってやれるかどうか。
いや、ペリコ君なら大丈夫な気もするが・・・
さっきの広場で聞かされた、
『洞窟内の戦闘に事故は付き物』という言葉の方が気になる。
魔獣の戦闘に乗じて、背後から命を狙われては、
たまったものではない。
「・・・ここは、ペリコ君の言葉に従おう。
ほかの広場へと移動する。」
「聞き入れていただき、ありがとうございます。」
オレがそう言うと、ペリコ君の無表情が、
また作り笑顔に変わっていた。
次の広場へ辿り着く前に、通路で数人の人骨を発見した。
散らばっている装備からして、傭兵の誰かだろう。
白骨化しているから、いったい、いつ頃の死体かは分からないが、
遺骨のそばには、『ゴブリン』らしき小さな骨も数匹、散らばっている。
『ゴブリン』たちとの戦闘で命を落としたか・・・。
「・・・もしかして、この先の広場は
『ゴブリン』の住処だったりしてな。」
「さて、どうでしょう?」
オレは、希望にも似た予想で、
そんなことを言ってみたが、ペリコ君の返事は可もなく不可もなく。
それは、やはり『ヒトカリ』の調査隊の
調査結果を知っているからだろう。
この通路は、あの『炎の精霊』がいる場所には通じていない。
きっとここ数年の間に調査隊が、すでに調査して
『ゴブリン』の住処が無いことを確認しているはずだ。
「ところで、佐藤様が単独でこの洞窟へ来られたのは、
ただ単に、受けた依頼の『魔鉱石採掘』の作業を
少しでも早く進めるためですか?」
「え? あー、まぁ、その・・・。」
再び通路を歩きだしたオレたち。
歩きながら、突然質問してきたペリコ君に、
オレは返事を躊躇ってしまった。
オレは、木下たちに
ここへ単独で行く理由として、
「試したいことがある」としか言っていなかった。
ここ最近、オレ自身、思うところがあった。
自分自身の『強さ』についてだ。
それを強く意識するようになったのは、
やはり長谷川さんとの出会いが大きい。
あの驚異的な『強さ』・・・。
抜くことが出来ない刀を持って闘うという
不利な条件の中で、あの『強さ』なのだ。
結局、長谷川さんと直接闘うことはなかったが、
その息子・ファロスと手合わせしてみて、
改めて、長谷川さんの『強さ』が別格なのだと実感していた。
生前、長谷川さんは、自身の実力と
オレの実力が互角であるかのように言ってくれていたが、
きっとあれは、お世辞だ。
オレを騎士の端くれと気づき、気を使われたのだ。
ファロスとの手合わせでは、
なんとか互角に戦えているオレだが、
たった数回の手合わせで、ファロスは
着実に、オレを攻略しにきている。
次に手合わせした時には、オレを打ち負かすかもしれない。
そんな予感を感じさせるほどに、ファロスは強く、
そして、コツの飲み込みや成長が早い。
・・・オレのような老いぼれが、
いつまでも若者の障壁になるはずが無いし、
そうであってはならない。
いずれ、オレの屍を乗り越えていくのが
次世代の若者たちなのだから。
ファロスに負けることは、それほど問題ではない。
・・・ちょっと悔しいから、簡単に乗り越えられていくような
小さな障壁になるつもりはないが。
ファロスとの手合わせの勝敗はともかく、
オレ自身に課せられた『特命』は、しっかり果たして死にたい。
しかし、このままのオレの『強さ』では、
志半ばで命を落とす可能性が高い。
『カシズ王国』で・・・
あの海賊たちに拉致されて監禁された日・・・
間違いなく、あの日、オレは殺されていた。
パーティーは全滅したも同然だった。
もう、あのような失態は許されない。
今、生き延びているのは、強いからではない。
ただ、たまたま運が良かっただけだ。
この先も、運だけで生き延びれるわけがない。
そして、運だけで
強大な『ドラゴン』を討伐できるとは思っていない。
そのためにも、ファロスたちの鍛錬に付き合って、
オレ自身も、今さらだが己を鍛えている。
だが、やはり・・・今さらなのだ。
衰えていた体力は、少しずつ取り戻している感じはあるが、
長年、鍛錬してきた長谷川さんやファロスの実力に、
この短期間の、旅の合間の鍛錬だけで、
オレの実力が追いつけるとは思えない。
彼らの実力に追いつけないでも、
『ドラゴン』を討伐できる実力をつけたい。
それだけの実力があれば、野盗や海賊に急襲されても
全滅する確率は低くなるだろう。
と、なれば、『ドラゴン』と遭遇する前に、
今のオレが持っている実力の全てを
出し切れるようになっておきたい。
今のオレの実力・・・
それは『ソール王国』出身者特有の身体能力の高さ。
そして・・・『竜騎士の剣技』だ。
『竜騎士の剣技』は、大昔、
様々な『ドラゴン』を討伐するために編み出された剣技だそうだ。
通常の『騎士の剣技』とは違い、
体内の『気』を必要とするのが特徴だ。
『竜騎士の剣技』は、大きく分けて10種。細かく分ければ、さらに多くある。
魔法に、火、水、土、風などの属性があるように、
昔は『ドラゴン』にも、火竜、水竜、土竜、風竜などの
属性がある『ドラゴン』もいたらしい。
どんな属性の『ドラゴン』にも対応、通用するのが『竜騎士の剣技』だとか。
その『竜騎士の剣技』の中でも、
三本の指に入るほど難しい剣技がある。
それが、『竜殺し・絶滅殺』だ。
他の剣技は、だいたい赤い真空の刃を放つ技なのだが、
この技だけは違う。
自身の剣に、赤い真空の『気』を纏わせる剣技だ。
体内の『気』を集めるだけで、すごい集中力が必要になるが、
それを放つのではなく『気』を纏わせたまま闘えるという剣技だ。
オレの最も苦手な剣技であり、
竜騎士の資格試験の時と、練習の時を含めても、数回しか成功していない。
しかし、これをいつでも繰り出すことができれば・・・
おそらく、この世に斬れない物は無くなる。
相手が『ドラゴン』だろうと、人間だろうと・・・。
・・・さすがに魔法は斬れないだろうが。
そして、他の剣技では周りを巻き込む心配があったり、
洞窟のような狭い場所では使えない短所があるが、
この剣技ならば、どんな状況でも、どんな場所でも使うことができる。
この剣技をいつでも繰り出せるように練習したい。
だが、この剣技は失敗すれば、剣に纏わせた『気』が暴発する。
周りを巻き込む可能性がある。
できれば、一人で、周りを気にせず、
体内の『気』に集中できる環境下で練習したかったのだが・・・。
「・・・本当に、佐藤様は嘘が付けない性格なのですね。」
「うっ・・・まぁな。」
オレが返答に困っている様子を見て、
ペリコ君が、クスっと笑いながら、そう言った。
オレが言い出せない何かを隠していることを察して笑ったのだ。
オレが嘘をつけないという情報は、木下から聞いていたのだろう。
頭がバカだと嘘が付けない。
だから、バカにされた気分だが、
図星だから言い返すこともできない。
こいつが尾行してこなければ、
『魔鉱石採掘』のついでに苦手な剣技を練習できたのだが・・・。




