事故は付き物
【※残酷なシーンが描かれています。
苦手な人は、読まないようにしてください。】
「お、お前は! か、金山君!? いや、ペリコ君!?
どうして、ここに・・・!?」
「本来、それにお答えするつもりはなかったのですが、
尾行がバレて、こうして姿をさらしてしまったので、お答えしましょう。
佐藤様たちと合流する予定日は、明日でしたが、
私の予想よりも早く佐藤様たちが目的地へ到着したという
連絡が入りましたので、私も用事を早く済ませて、
本日、この地へ到着しました。」
ズッ
そう言って、ペリコ君は地面に倒れている『ゴブリン』に近寄り、
一匹の頭に刺さっているナイフのような刃物を引き抜いた。
オレたちが約束の宿屋へ早く着いたことを、
仲間の誰かが、こいつへ知らせたというのか?
木下か? どうやって・・・。
いや、木下だったら、昨夜のうちに、
ペリコ君へ連絡したことをオレに知らせてくれそうなものだが。
「そ、それはお前が投げたのか!?」
「その通りです。私は投擲術を得意としています。
小石から投げナイフ、槍、斧などなど、
狙った標的へ確実に当てられるほどの実力でした・・・。」
「でした・・・ってことは、今は違うのか?」
「えぇ、そうですね。
現に・・・佐藤様に避けられたじゃないですか。」
ペリコ君が、ナイフを右手に持ったまま立っている。
暗闇から出てきたペリコ君は、以前出会った時のように
作り笑顔をしていない。無表情だ。
その立ち姿と言葉に、オレの背筋がゾクっとした!
「や、やはり、オレを狙ったのか!?」
見知った顔が登場したことで、
少し気が緩みそうになっていたオレは、また剣を構え直した!
こいつ・・・今は、殺気が無いが、
さっきのは間違いなく殺気だった!
「さて、どうでしょう?
『洞窟内の戦闘に事故は付き物』と言いますし。」
「な、なにっ!?」
昔からよく聞く格言だが、事故だと!?
「私が投げたナイフは2本・・・
ここに転がっている『小鬼』も2匹・・・。
私が2匹を狙って投げたけれど、佐藤様がタイミング悪く
もう一匹を始末してしまって、そこへ
たまたまタイミング悪く、私のナイフが飛んできた・・・。
状況を見て、そんなふうにも考えられますよね。」
ペリコ君は右手に持ったナイフで投げる素振りをして見せた。
まだ『ゴブリン』の黒い血がついているナイフ。
ナイフを振るたびに、その血が、ポタタッと地面へ落ちていく。
本気で言っているのか?
たまたまタイミング悪く、オレが『ゴブリン』を
倒してしまったから、ペリコ君が投げたナイフがオレに!?
「ほ、本当にそうなのか?」
「さて・・・どうでしょう?」
ペリコ君は、無表情のまま、
地面に倒れている『ゴブリン』たちを見ている。
なんだ、この違和感は・・・?
前回、出会ったのは真っ暗な部屋の中だったから、
どんな服装だったか、あまり分からなかったが、
前回と今回は違う服装のようだ。
前回は、どこかヒラヒラした服装だった気がするが、
今回は、ぴったりとした黒っぽい服装だ。
動きやすそうだが、ペリコ君の体型がはっきり分かる。
程よい筋肉の付き方・・・相当な実力の持ち主だろう。
そのまま暗闇に入られたら、見失ってしまいそうだ。
前回は、左腕の袖がヒラヒラしていたから、
こいつが左手を失っていることに気づくのが遅れた。
今回は初めから左の袖が無い服装だ。
感じる違和感は、そのためか?
そして、前回と違うのは表情と服装だけではない。
その態度だ。
ふざけているのか、オレをコケにしているのか、
今のペリコ君は、
オレの質問に真面目に答えてくれそうにない。
さっきの返答も、言い訳がましい気がする。
「・・・オレをここで処分するつもりか?」
「・・・。」
思い切って聞いてみたが、ペリコ君が黙ってしまった。
オレの質問が、そのまま答えなのかもしれない。
まさか、ここで、こいつとやり合うことになるとは・・・。
オレはやつの動きを見逃さないように睨みつけ、剣を強く握った。
「そんな怖い顔をしないでくれますか?
私に戦う意思はありません。」
「・・・その言葉、信じていいのか?」
「えぇ、大丈夫ですよ。
私は、ただ、ユンム様がいまだに佐藤様の遺伝子を狙っているので、
そのお手伝いができれば・・・と思っただけです。」
「い、遺伝子!?」
「そうです。佐藤様はご存知ないかもしれませんが、
遺伝子を得る方法は、何も色仕掛けだけではありません。
例えば・・・大量の血液とか、新鮮なご遺体とか・・・
それらが、うっかり事故によって手に入れば、
ユンム様の純潔を守りつつ、ユンム様の任務が達成できるのです。」
「お、おいおい! 結局、それは、
オレの命を狙っているってことだろ!」
「いえいえ、ですから、私に戦う意思はございません。
この右腕一本で佐藤様を倒せるとは思っていないので。
ですから・・・『洞窟内の戦闘に事故は付き物』ということで。
先ほどは、私の手元が狂ってしまい、佐藤様を
ちょっとだけ危険な目に遭わせてしまいました。申し訳ございません。」
そう言って、やつは・・・ペリコ君は、
ナイフを持った右手を後ろに、深々と頭を下げた。
・・・敵意はないという意思表示だろうが、
さっきから言葉と態度が違い過ぎる。
油断したら、後ろのナイフを投げてきそうな態勢に見える。
「・・・。」
しかし、オレが黙っている間、ずっと頭を下げたままのペリコ君。
謝罪の態度としては合格か。
・・・信用していいのか?
いや、信用するしかないのか。
オレも、こいつと戦いたいわけじゃない。
「・・・分かった。
そのナイフを仕舞ってくれたら信じよう。」
「はい、ありがとうございます。」
オレの言葉を聞いて、すぐに顔を上げたペリコ君。
その顔は、以前の作り笑顔に戻っている。
いつの間にか右手のナイフが無くなっていて、
その右手をヒラヒラさせて、何も持っていないことを見せびらかす。
腰にナイフを仕込んでいるのか?
こいつ・・・オレが最終的に
許すということも分かり切っていたようだな。
・・・完全に、こいつを信じ切ることはできないが、
ひとまずは臨戦態勢を解いても良さそうだ。
オレは、その場で剣を振り、
剣に付いた『ゴブリン』の血を払った。
ビシャァ
黒い血が地面に染まっていく。
そうしてから、オレは剣を鞘に納めた。
「はぁ・・・結局、お前はここへ何しに来たんだ?
なぜ、オレの跡をつけてきた?」
オレを始末しに来たのではないという
言葉を信じるなら、ここへ来た別の理由があるはずだ。
「そうですね。
できれば、その理由は言いたくなかったというか・・・
佐藤様にバレないように、穏便に任務を遂行したかったのですが、
バレてしまったので仕方ないですね。
お話ししましょう。」
そう言いながら、ペリコ君が近づいてきたので、
オレは少し身構えてしまったが・・・
ペリコ君は、そんなオレの横を通り過ぎて、
この広場の奥へと歩いていく。
その後ろを追う形になるが、
オレは荷物とランプを置いた場所まで戻るために
ペリコ君の後ろについて歩く。
「ユンム様が、私の上官へお願いをされたのです。
佐藤様がお一人で洞窟へ行かれるので、危険が及ばないように
誰かに見張ってほしいと。」
「え・・・。」
木下が、そんなことを。
どおりで、今回はオレの提案を拒否しなかったわけか。
「それでペリコ君に白羽の矢が立ったわけか。」
「白羽の矢? なんですか、それは?」
「え、知らないか? 諺なのだが・・・。」
「佐藤様が諺を?」
「どういう意味だ?」
「いえ、なんでもありません。とにかく初めて聞きました。」
「そうか。『ハージェス公国』では、
あまり知られていないのかもしれないな。
オレも、昔、格言好きな先輩から教えられたものだからな。」
「格言好きな先輩ですか・・・。
それで、どういう意味なんですか?」
「あぁ、たしか・・・
受けたくない任務を受けることになった状態のこと、だったかな。
昔から伝わっている物語があって、
その物語の中で、神様が生贄を選んで、その家に白い矢を立てるらしい。
そこから出来た諺らしいぞ。」
なんという物語だったかな・・・。
先輩が好きな物語だとかで、よく語ってくれていたのだが・・・。
諺や格言は覚えていたのに、数十年も経てば忘れてしまうものか。
「なるほど、そういう意味でしたか。
でも、今回の場合は、白羽の矢も的外れだったみたいですね。」
「なに?」
「私は上官に選ばれたのではなく、私が上官に申し出たのです。
元々、ユンム様は誰でもいいからという条件で、上官にお願いしていたようで、
最初は他の者が佐藤様を尾行していましたが、
ちょうどタイミングよく私が宿屋へ到着して、上官からそのお話を聞き、
その者と交替していただけるように私が上官へ願い出たのです。」
んん? ・・・ということは?
「もしかして、最初は違うやつがオレを尾行していたのか?」
「そうです。」
「そして、途中でそいつと交替した?」
「その通りです。」
なるほど。
オレが気配を感じたのは、もしかして、
その交替する前のやつの気配だったのか?
「佐藤様はいつから尾行に気づいていたのですか?」
「え? たしか、洞窟に到着する、ちょっと前ぐらいだな。」
「あぁ、やっぱりですか。」
「やっぱり?」
「いえ、前任者と交替する際に、
私の存在に気づいた前任者が一瞬、気配を消せなかったものですから。
たぶん、その時ですね。」
「そ、そうか。」
気配を消して、オレを尾行しているやつの目の前に、
気配を消してペリコ君が現れたら・・・
それはビックリするだろうな。
「それにしても、洞窟前の地面の言葉・・・
久々にドキっとさせられました。さすがは佐藤様ですね。」
「そ、そうか。」
オレが洞窟へ入る前に、地面に書き残した言葉は
たった一言、『お前は誰だ』だ。
書いていた時には、すでに気配が分からず、
本当に尾行されていたのかどうかも半信半疑だったから、
あの書き残した言葉で、カマをかけてみただけだ。
それで相手への牽制になってくれれば良し。
もし、誰にも尾行されていなかったとしても、
帰りに地面の文字を消せばいい。
しかし、まさかペリコ君に尾行されていたとは・・・。
「とにかく、私がここにいる理由は、そういうわけです。
私が佐藤様をここで処分してしまうことは、
ユンム様からのお願いと相反しますので。
自ら任務を失敗するわけには参りません。
どうぞ、ご安心ください。」
「う、うむ。」
そういう理由だったのか。
しかし、安心はできないな。
こうして、こいつの後ろを歩いていても、
こいつの背後には隙が無いように見える。
まるで、いつでも抜ける真剣のように・・・
油断して気づけば死んでいた・・・ということに成りかねない。
話を続けながら、オレたちは広場の中央に辿り着いた。
ペリコ君はしゃがみこみ、落ちているナイフを拾った。
そして、何やらナイフを観察している。
オレの右耳をかすっていったナイフ。
「ほとんど血が付いていませんね・・・。」
「え?」
「いえ、こちらの話です。ところで、佐藤様。
先ほど私のナイフが
ちょっとだけ傷つけてしまった、お耳は大丈夫ですか?
まだ血が止まらないのなら、私のハンカチで血を採取・・・
いや、血を止めて差し上げましょうか?」
「い、いや、大丈夫だ。」
いったい、何を言い出すかと思えば・・・。
こいつの言っていることが、どこまで本気なのか全く分からない。
いや、半分冗談のように聞こえて、全て本気なのか?
遺伝子・・・『ソール王国』出身者の遺伝子か。
王様がその遺伝子の秘密を隠していて、
国民のオレたちですら知らされていない。
『ソール王国』から国外へ出る許可が
なかなか下りないのは、その遺伝子を国外へ漏らさぬため、か。
憶測の域を出ないが、それが王様の真意ならば、
オレが国外で遺伝子をばら撒くわけにはいかない。
他の者なら、止血した後の布切れなど捨てるはずだが、
遺伝子を狙っているこいつには、オレの血を渡してはダメだ。
なんとしても阻止せねば・・・。
「ところで、奥に転がっている『小鬼』たちの死体、いかがなさいますか?」
「え? いかがも何も、このまま放っておくつもりだったが・・・。」
ここは閉鎖された洞窟だし、
放っておいても誰の迷惑にもならないと思っていたが。
「焼却しておいたほうがいいか?」
「いえ、そこまでする必要はありませんが、
現在、この国の『ヒトカリ』では『小鬼』の首は
そこそこ良い価格で買い取ってもらえますよ?」
「なるほど。そういうことか。」
ザシュ! ブシュ! ガスンッ! ザンッ!
オレたちは手分けして、倒れている『ゴブリン』たちの
首を刈り取った。2人でやったから、すぐに作業を終えた。
ちらりと横目で、その様子を見ていたが、ペリコ君は顔色一つ変えず、
臆することなく、素早くナイフで首を斬り落としていた。
あのナイフ、相当、切れ味がいい。
そして、ペリコ君の動作も無駄がなく、
硬い首の骨も、いとも簡単そうに斬り落とす技術がある。
あの『ゴブリン』が、オレだったら・・・
オレも油断すれば、あっという間に首を刈り取られる危険性があるな。
その後、ペリコ君の服装の、どこにそんな物が入る余地があるのか、
全く分からないが大きな袋をペリコ君が用意してくれた。
その袋に『ゴブリン』の首を詰め込んでいった。




