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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第五章 【エルフの赤雷と怠惰の赤鬼】
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グルースの思惑



昨夜は、「不安だからいっしょに寝たい」と言い出した木下を

なんとか説得して、オレたちは各々のベッドで眠りについた。

木下のやつ、まだ『ソール王国』出身者の遺伝子を狙っているのか。

母親の命令だから、か。

なんとも健気だが、そろそろ諦めてほしいものだ。


何か間違いが起これば、それが女房に伝わる・・・。

オレは、ペリコ君からの手紙の言葉を思い出し、少し身震いしてから、

何か打開策は無いかと考えながら、いつの間にか眠ってしまった。




今朝も早くから、またニュシェに起こされてしまった。

ファロスがいない、朝の鍛錬の時間。

今日も良く晴れそうだ。

ニュシェに斧の基本的な使い方を再度教えた。

動きを確認してから、ゆっくりとした攻防の動きを試す。

あとは各自の自主練習で、一人でハンドアックスを振ってもらった。

オレは、その動きを横で見ながら、木の枝で素振りした。

ニュシェとの実戦さながらの『手合わせ』は、まだ出来ないと思う。

鍛錬とは、地味なことを繰り返して己の力とするもの。

しばらくは、地味な動きの確認を繰り返して、

体に覚え込ませていくしかないだろう。


その後、汗をかいたオレたちは、部屋へ戻り、

朝食の前に、順番にシャワーを浴びた。

木下は起きて待っていた。

ニュシェがシャワーを使っている間に、

オレは、昨夜、木下から渡された始末書を

木下にダメ出しを食らいながら書いた。

旅の支度金という大金を、

オレ一人の不注意で落としたことになっている・・・。

その経緯や原因の説明、今後の再発防止のことなどを書き、

最後に、謝罪の言葉で締めくくる・・・。

やってもいない失態のために謝罪文を書くのは、

なんともイヤな気分だった。


まさか、この失態・・・

『ソール王国』の王宮中に知れ渡ったりしないだろうな?

そうなったら、騎士団の連中に笑い者にされそうだ。

噂好きの事務員、金山君なんか、特に言い触らしそう・・・

いや、金山君も『スパイ』だったか。

そんな簡単にオレの失態を言い触らすわけ・・・有り得るな、あいつなら。

そうなると、当然、女房の耳にも・・・。

はぁ・・・不名誉だ。


朝食のために一階の食堂へ向かう際、オレは、

木下に言われた通り、始末書が入った封筒を

こっそりと宿屋の受付の年老いた女性に渡した。

オレが何か説明せずとも、


「木下様から、お話はうかがっております。

お預かりしたこの封書は、責任を持って送っておきます。」


と、丁寧に受け取ってもらえた。

その物腰は、本当に、

どこかの屋敷のメイドにしか見えないな。


そう思いながら、ふと視界に入ったのは

あの、受付のカウンターにある立派な青銅の花瓶だ。

今日も、花が生けられていない。空の花瓶だけが置いてある。

宿泊部屋にはキレイな花が生けてあって、

その世話も、しっかり行き届いているのに・・・。


「ほかに何か?」


「あ、いや、なんでもない。

では、よろしく頼む。」


「かしこまりました。」


オレが花瓶を見つめて、黙っていたから

年老いた女性に、不審に思われそうだった。

気になるから聞いてみたいと思ったが、

花が用意出来てないことを、

客が指摘してしまう気がして、やめておいた。

何か理由があるのだろう。とても些細な理由が。




今朝の朝食も、とても美味しかった。

この宿屋へ来てからは、

誰よりも早く、真っ先に食べるようになってしまった木下。


「う~ん、これこれ! これですよ!」


いつも以上に、はしゃいで食べている。

なんとも珍しい光景だ。

たしかに美味しいから、目の前に運ばれたら、

すぐに食らいついてしまう気持ちはわかるが、

少々、気が抜けすぎている気がする。

しかし、オレ自身も、以前の木下のように

毒を警戒して食べているわけではないので

注意することが躊躇ためらわれた。

昨夜、2人きりの時に注意したらよかったか。


しかし、こうして木下とニュシェが

美味しそうに食べている姿を見ていると、

きっと、これが普通の家庭の光景なのだろうと感じる。

木下も『スパイ』じゃなければ・・・

ニュシェも獣人族の村でずっと暮らしていれば・・・

毒など気にせず、思う存分、食べることが出来て、

この光景が当たり前になっていただろう。


そういえば・・・

オレ自身、あまり家族と一緒に食事をしていなかった。

夜勤の時は完全に食べる時間が違っていたし、

日勤の時は・・・残業してしまって、

結局、家族と食べる時間がずれていた・・・。


いや・・・オレは無意識のうちに、家族との時間を

合わせようとしてこなかったのかもしれない。

子供たちの相手をするよりも、女房の話を聞くよりも、

仕事に没頭していた方が、断然ラクだったからだ。


あの時は分かっていなかったが、

家族と何も気にせず、安心して食事できることは、

幸せなことだったんだな・・・。

オレは、その時間を自分で作ろうとしなかったんだなぁ。

過去に面倒ごとから逃げた結果が、現状を作っているわけだ。


「? おじさん、あたしのサラダ、欲しいの?」


「え? あ、いや、そうじゃないんだ。すまん。」


「ふーん? 欲しかったら言ってね。分けてあげるから。」


「あ、あぁ。ありがとう。」


うっかりジロジロ見過ぎて、ニュシェに気遣われてしまった。

本当に、いい子だな、ニュシェは。

自分の子供たちに「分けてあげる」なんて言われたことが無いぞ。

そう言えば、女房にも言われたことが無いな・・・遺伝か。




朝食後、オレたちは支度してから、宿屋を出た。

3人で『ヒトカリ』へ行き、今日も大行列の窓口に並んだ。

窓口の女性に『アニマの洞窟』にいるという『炎の精霊』に関する

資料があれば、それを閲覧したいと頼んでみた。

しかし、結果は予想通り、昨日、木下が見た資料と変わらない。

調査隊が襲われた場所しか分からない、地図だけだった。

『炎の精霊』の詳細は不明ということだ。


今朝も、窓口の女性は、例の奥さんではなかったのだが、

息子を探しているあの奥さんは、あの後、病院から戻ってきて

「息子じゃなかった」と言って泣いていた、と・・・ほかの事務員から聞いた。

そうか・・・昨日、洞窟で助けた少年は、

あの奥さんが探している息子じゃなかったか・・・。

ならば、あの洞窟の奥、奴隷商人たちのアジトで

生存している可能性もある。早く助けなければ。


オレたちが『ヒトカリ』から出たところ、

出入り口に、いつの間にかグルースが立っていた。

グルースに、昨日、解散した後のことや

仲間たちと話し合って決めた今日の予定を話した。


「・・・ということで、今日は

グルース殿を連れていくことはできない。」


こんなふうに言っても、こいつは何かと理由をつけて

ついてくる気がしていたのだが、


「あぁ、分かっている。今日の予定については、それでいい。

今後、依頼した『魔鉱石採掘』は、あんたらに任せるよ。

昨日は、さっさと帰ってしまってすまなかった。」


グルースは意外にも、こちらの予定を快諾した。

それどころか、今後はついてこないと言う。


「意外だな。

また言いくるめられて、ついてくるかと思ったが。」


「はははっ、言いくるめるって。

正直に言えば、反乱軍のメンバーにお叱りを受けて、な。

昨夜は、たっぷり説教されたってわけさ。

元々、今日から明日まで、また別の町で

反抗運動の呼びかけをする予定だったしな。

俺はメンバーの言う通り、反乱軍の活動に専念させてもらうよ。」


少しふざけたように言っているが、仲間の説教というか、

苦言をしっかり聞けるやつなのだな、こいつは。

そして、今日から、また別の町で反抗運動か。

地道な活動だが、こうした運動が徐々に民衆へ広まっていくんだろう。

その分、帝国軍に目をつけられる危険度が高まるが。


「『魔鉱石採掘』の依頼は期限が無いから、

見つけたら、俺の家・・・町長の家へ持ってきてくれ。

気長に待っている。というか、俺は家にいないことが多いから、

その時は、家の執事に伝えておいてくれ。」


「分かりました。」


木下が即答したが、


「オレたちが町長の家へ行っても大丈夫なのか?」


オレは、一昨日の夕方、町長の家で、

町長とグルースが口喧嘩していたのを思い出していた。

グルースが不在の時に、オレたちが町長の家へ

行っても大丈夫なのか? 怒られて門前払いということも。


「あぁ、それなら大丈夫だ。前回はすまなかったな。

以前までは、執事から門番の傭兵にこっそり指示して

必ず俺へ連絡をよこすようにと伝えてあったんだが、

ここしばらく、あの依頼を受けてくれる傭兵が現れなかったから、

うっかりしていた。門番の傭兵は毎日違うやつに変わるからな。」


そう言えば、この『魔鉱石採掘』の依頼は、以前にも

ほかの傭兵たちが挑んだことがあったんだな。

怪我をして戻ってきた傭兵もいたらしいが、

その傭兵たちは、よほど口が堅かったのだろう。

この依頼が町長からではなく、グルースからの依頼だったことを

『ヒトカリ』は知らないようだからな。


「今回は執事に言い聞かせておくから、

親父に知られることは無いさ。

親父は、一昨日からどこか・・・。」


「え?」


「いや、なんでもない。じゃあ、俺はこれで!

あんたらも、じゅうぶん気を付けてな!

採掘の報告、待ってるからな!」


「あぁ。」


そう、早口で別れの言葉を言うと、グルースは、

少し離れた所に待機していた、

反乱軍の仲間らしき男たちの元へと駆けていき、

その男たちと足早に、町の出入り口の方向へと向かっていった。


「忙しい男だな。」


オレは、グルースたちの背中を見送りながら、そう言った。


「えぇ・・・忙しいのは事実でしょうけど、

グルースさんが洞窟へついてこないのは、

多分、洞窟へついていく理由が無くなったからですよ。」


「え?」


木下が、ボソっと言った。


「どういう意味だ?」


「今までのグルースさんの話と、昨日のグルースさんの行動からして、

今までは傭兵たちと洞窟へ行ったことが無かったはずです。」


たしかに・・・

魔物たちがいる可能性がある洞窟へ、弁当を持って行こうとしたり、

洞窟の入り口では「ここはあの頃と変わってない」と言っていた。

つまり、久しぶりに洞窟へ行ったということだ。


「でも、昨日は行かなきゃいけない理由があった・・・。

行って確かめたいことがあった・・・。」


「行って確かめる?・・・あ!」


「そうです、帝国軍の動向を調べるためです。

ここ最近になってから、そういう帝国軍の噂が流れてきたのでしょう。

この町がグルースさんが率いる反乱軍の本拠地で、

その本拠地から一番近い洞窟で、帝国軍が、

『カラクリ兵』のための魔鉱石を準備しているとなれば・・・

確かめずにはいられなかったんでしょうね。

そして、噂が本当であれば、それを阻止したかったのでしょう。」


「なるほど。そんなタイミングで、オレたちが現れたわけか。

今までは傭兵任せだった『魔鉱石採掘』に、

今回は初めて同行してきた・・・と。」


「そうだと思います。

反乱軍の仲間に頼むことも考えられたでしょうが、

戦闘ができそうにない仲間を、魔物がいるかもしれない

危険な洞窟へ行かせることはできなかったでしょうし、

だからと言って、傭兵に偵察を頼むと、その傭兵が帝国軍に捕まった場合、

グルースさんのことが知られる可能性があります。

そうなったら、反乱軍の仲間たちにも危険が及ぶ・・・。

だから、私たちに同行するほうが都合がよかったんでしょうね。

そして、昨日の同行で、

あの洞窟には帝国軍が出入りしていないと判断できた・・・ということかと。」


「な、なるほど。そこまで考えていたのか、あいつは・・・。

ということは『魔鉱石採掘』も、単なる口実で、

本当は、もう魔鉱石なんて要らないんじゃないのか?」


「そんなことはないと思います。

魔鉱石が不要なら、そんな以前から

『ヒトカリ』へ依頼を出し続けていなかったでしょう。

おそらく、町の出入り口の『カラクリ人形』を

動かすという計画は本当のことだと思います。

ただし、期限が無期限ということは・・・そこまで期待していないのかも。」


「そうか、そういうことか・・・。」


木下の話は、ほとんど推測だろうが、それが真実のように感じられた。

あの『カラクリ人形』を見る限りでは、魔鉱石があったとしても、

動くかどうか分からないし、あれが『カラクリ兵』に通用するのかも怪しい。

つまり、期待はしていないが使えるモノは利用する、ということだな。


やはり、オレたちは初めからグルースに

うまく利用されていたということか。

少し悔しいが、ただ利用しただけではなく、

自分の目的のために、自らも危険な洞窟へと同行する行動力・・・

反乱軍のリーダーを担うだけのことはある。






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