2人の正義感
ニュシェが泣き止んでから、
オレたちの間に、沈黙が訪れた。
あとは寝るばかりなのだが、まだ寝るには少し早い時間。
オレも含めて3人とも、明日からのことを考えて不安になっている気がする。
オレは手持ち無沙汰で、剣の手入れを始めた。
しかし、刀身の汚れはすぐに拭き取れる。
刃こぼれがないことも確認して、鞘に納めた。
今日、討伐した『ゴブリン』・・・あまり脅威は感じなかった。
この国は、今、『ゴブリン』の件で、多くの犠牲者が出ていると聞いていたから、
どれほど厄介な相手かと思っていたが。
いや、ファロスを始め、他のメンバーが助けてくれたから
脅威を感じなかっただけかもしれない。
オレ一人だったら、あの子供を救うことはできなかっただろう。
「ファロスさん、大丈夫かなぁ・・・。」
ニュシェが、誰に聞くでもないような言い方で、そうつぶやいた。
ベッドの上に座り、獣の耳が垂れ下がっている。
見るからに不安そうだ。
「やつは、まだ若い。回復力もある。
全治3日なら、あっという間だ。」
ニュシェの不安を払拭してやりたくて、オレはそう答えた。
「・・・うん。」
しかし、ニュシェからは弱い返事。
オレの言葉だけでは、不安を消してやれないようだ。
いや、不安要素が他にもあるからか。
明日から・・・どうするべきか。
ファロス抜きでは、引き受けた依頼を達成することは難しいだろう。
グルースは、また同行してくるだろうし、
オレ一人では守り切れないかもしれない。
やはり、ファロスの回復を待った方がいいだろうな。
「おじ様は、どう思いますか?」
「え?」
いきなり木下に話しかけられたが、
何について意見を求められているのか、全く分からない。
「なんのことだ?」
「今日の、あの洞窟で出会った奴隷商人のことです。
おじ様は、あの奥に、奴隷商人たちのアジトがあると思いますか?」
「そのことか・・・。
そうだな。あの少年をつれてきた男が、
まだ奥に仲間がいるかのように喋っていたし、
現に、あの奥から少年を連れてきたからな。
あの奥に、やつらのアジトがある可能性が高いだろう。」
『ヒトカリ』でも、そのように説明してみたが、
職員も、他の傭兵たちも聞く耳を持ってくれなかったが。
「私も同意見です。では、あの奥に・・・
他にも連れ去られた子供たちがいる可能性があるのでは?」
「!」
木下に言われるまで失念していた。
そうか、あの奥にやつらのアジトがあるのなら、やつらの仲間たちだけじゃなく、
あの少年の他にも子供たちが捕まっている可能性があるのか。
「その可能性があるな。」
「そんな・・・じゃぁ、すぐ助けに行かないと!」
オレと木下の話を聞いていたニュシェが慌て始めたが、
「待って、ニュシェちゃん!
あの奥へ通じる道は、もう安全ではなくなったのよ。」
「え・・・!?」
「運悪く、『炎の精霊』がいた道と、
あの道を隔てていた壁が崩壊して、繋がってしまったの。
もう、誰も、あの奥へは行けないし、
誰も、あの奥から出てこれなくなってしまったのよ・・・。」
「あ・・・。」
「・・・。」
木下の言う通りだ。
あの道は、『炎の精霊』がいる場所と繋がってしまった。
オレが繋げてしまった・・・。
初めて見た・・・精霊というモノを。
『炎の精霊』は本当にいたのだ。
数百年も、ずっと、あそこにいたのか。
『ヒトカリ』の調査隊がやられたのも、うなづける。
魔法とは少し違うエネルギー・・・。
魔法ではないから詠唱無しで攻撃が可能なのか?
『レスカテ』の聖騎士たちが使う『法術』も厄介だったが、
技の名前も叫ぶことなく、いきなり炎の塊を放ってきた。
あんなものを連発されていたら・・・
オレたちも全滅していたかもしれない。
そうか、アレがいる限り、奴隷商人たちも、
あの奥から出られなくなったということか・・・。
奴隷商人たちは自業自得かもしれないが、
捕まっているかもしれない子供たちは・・・どうしたものか。
「それに、もう夜だし。
私たちだけでは、子供たちを助けに行けないわ。
そうですよね、おじ様?」
「あ、あぁ・・・そうだな。」
「・・・うぅ。」
ニュシェは、悲しそうにうつむいた。
「グルースさんからの『魔鉱石採掘』の依頼には、期限が記されていませんが、
このままでは依頼達成は難しいですね。
それに、事態は、魔鉱石どころではなくなっている気がします。」
元気をなくしているニュシェの様子を見ながら、
木下も元気をなくしているような声で、そう言った。
依頼達成までの期限は設けられていないが、
いつまでも、この町に留まるつもりはない。
オレの予定では、この依頼を一日で終わらせて、
翌日には、ほかの依頼を・・・というつもりでいた。
木下の見守り役であるペリコ君が戻ってくる約束の日までに、
なるべく旅費を稼げればと思っていたのに。
ペリコ君と、この宿屋で落ち合ったら、
すぐにでも東へと出発したいのに。
こうなったら、グルースの依頼を断って、他の依頼を受けようか。
あまり気が進まなかったが、今日『ゴブリン』を見た限りでは、
『ゴブリン』討伐依頼の方が、すぐに達成できそうだ。
旅費を早く稼げるかもしれない。
「ユンム・・・この依頼を途中で断ってしまったら、どうなる?」
「違約金が発生します。
場合によっては、報酬金の倍額を支払うことになります。」
「倍額・・・!」
お金がないから依頼を受けたのに、
その倍額を払わせるなんて・・・とんでもない規約だな。
「それと、単純に私たちパーティーへの信頼度が落ちます。
場合によっては、ランク相応の依頼を受けようとしても、
受けさせてもらえない場合もあるかと。」
「ふぅ、良いこと無しだな。さて、どうしたものか・・・。」
傭兵は自由なイメージだったが、
自由には、必ず責任がついてまわるという。
『ヒトカリ』の傭兵も例外ではなかったということだ。
木下の話を聞きながら、頭の中で話を整理していくと・・・
依頼を途中で放棄することはできそうにない。
明日から数日は、パーティーの戦力であるファロスがいない。
洞窟内で目当ての魔鉱石を探すのは非常に困難であり、
さらには、奴隷商人たちのアジトがあるかもしれないし、
『炎の精霊』が通せんぼしている道もある、と・・・。
依頼に期限はないが、ペリコ君がここへ来る前に終わらせたい。
ファロス抜きで、オレたちだけで、
『炎の精霊』や奴隷商人たちのアジトへ通じる道を避けて、
目当ての魔鉱石を探すしか・・・。
「そういえば、あの精霊、何か喋っていたね。」
「え?」
ニュシェに言われて、思い出してみたが、
確かに『炎の精霊』は、人の言葉のようなことを喋っていた。
「・・・。」
そして、思い出した。
やつが最後に言った言葉を。
「テキゼントウボウ」・・・「敵前逃亡」!?
敵前逃亡だとぉ!?
「お、おじ様?」
「えっ! あ、いや・・・!」
いつの間にか、オレは厳しい表情をしていたか、
怒りの感情が顔に出てしまっていたようだ。
あの『炎の精霊』が、なぜ人の言葉を喋れるのか分からないし、
なぜ、あの言葉を知っていたのかも分からないが、
あの言葉は・・・騎士に対して屈辱的な言葉だった!
逃げることは悪いことではない。
仲間たちの命がかかっている状況では、なおさらだ。
退くことも勇気なのだ。
しかし、その勇気に対して、わざと
侮辱するような言葉を浴びせるとは・・・許しがたい!
「たしか、最初に名乗っていたと思うよ。
『ジャーファーフー』って聞こえた。」
「『ジャーファーフー』・・・。」
ニュシェの記憶を頼りに、木下が
精霊について書かれている本をペラペラめくって、探し始めた。
「あ、ありました! 『炎の精霊・ジャファーフ』!」
「え! あたしも見たい!」
ニュシェが木下のベッドへ駆け寄り、2人並んで本を見始めた。
オレは、その2人の後ろから本を覗き込む。
本の中には、あの洞窟で見た精霊と、そっくりな絵が描かれてある。
「・・・『火の精霊』の高位種『炎の精霊・ジャファーフ』は、
精霊の中でも好戦的で、普段は精霊界にいて、気まぐれに人間界へ来ることは無く、
人間の召喚・契約に応じて、人間界に降臨する・・・。」
「召喚? 契約?」
木下が本を読んでくれているが、
オレもニュシェも、よく分かっていない。
昨日の夜にも木下に教えてもらっていたが、
聞き慣れない単語が出てくると、覚えにくい。
「『召喚士』という職業があります。
ただ、誰にでもなれる職業ではなくて、素質が無いとなれません。
その『召喚士』となれば、人間界の外の世界の住人を
この世界へ呼ぶことが出来るそうです。
それが『召喚』ということらしいです。」
その職業の名前は聞いたことがあるが、
詳しくは知らなかったし、わが国にも、その職業の者はいなかった。
そういうことが出来る、特殊な職業だったのか。
「しかし、あの場に、そんな者はいなかったぞ?」
気配がなかった。
あの場に『炎の精霊』が突然現れた感じだった。
「そうですね。
だから、数百年前に召喚して『契約』したのでしょうね。
誰かが、あの場所に来たら、こっちの世界へ来て攻撃するように、と。」
「数百年前に、誰かが・・・召喚して、契約した・・・。
なるほど・・・。」
オレは、てっきり精霊があの場所をうろついていて、
勝手に道を阻んでいるのだと思いこんでいた。
しかし、実際は、あの場所にずっといるわけではないのか。
誰かが、あの場所へ通りがかったら、
わざわざ、こっちの世界へ来るということか。
「ん? どうやって『誰か来た!』って分かるのかな?」
「それは、今は分かりませんが、
召喚や契約するには、特定の魔鉱石が必要らしいですね。
ジャファーフは、その魔鉱石に宿る・・・と書かれています。」
ニュシェの疑問も、もっともな話だ。
いったい、どうやって来た人間を感知しているのか・・・。
「魔鉱石に宿る・・・。
では、あの場所に、その魔鉱石があるのかもしれんな。
・・・ん?」
あいつを召喚して契約するために、魔鉱石が必要で・・・
あいつは、その魔鉱石に宿る・・・。
もしくは、ずっと、その魔鉱石に宿っている、のか?
ならば・・・
「その魔鉱石を砕いてしまえば・・・?」
「あ・・・!」
「そっか! ジャファーフ、こっちに来れなくなるかも!」
木下の話を聞いていて、気づいたことだった。
オレとニュシェは顔を見合わせた。
ニュシェは、とても明るい表情になって、
さっきまで垂れ下がっていた獣の耳もピンと立っている。
ふさふさの尻尾も若干、嬉しそうに揺れている気がする。
しかし、木下のほうは・・・
一瞬、明るい表情になったかと思ったが、
すぐに神妙な顔つきになり、考え込んでいる。
あの精霊を倒す、いい攻略法だと思ったのだが、
なにかダメなことでもあるのだろうか?
いや、別に、やつを討伐する必要はないが・・・。
「・・・。」
「ユンムは、何を考えている?
オレの攻略法はダメなのか?」
「いえ、そういうわけじゃないんです。
おじ様にしては、この本の情報だけで、
とても有効そうな攻略法を思いついたものだと
感心しているのですが・・・。」
「?」
少しオレをバカにしたような褒め方だが、
それだけではなく木下の言い方では
オレの攻略法に、何かひっかかる点があるようだ。
「私が持っている、この本は精霊のことだけじゃなく、
魔法に関係する、様々なことが書かれています。
そして、誰でも買える本です。」
木下が昨日から見せてくれている本は、
『魔法世界辞典』と書かれている、分厚い本だ。
初歩的な魔法から上級者用の魔法のこと、
魔法の歴史なども載っていて、
魔法を使ってくる魔物のことまで書かれてあるらしい。
そして、召喚士が使う魔法に関連して、
精霊についても書かれている。
とにかく、魔法全般の情報が満載の一冊だ。
一般人でも買える本ではあるが、
分厚い辞典だから、そこそこ値段が高いようだ。
「つまり、誰にでも知り得る情報なのです。
数年前、すでに『ヒトカリ』の調査隊が
『炎の精霊』の情報を掴んでいたのに・・・
おじ様でも思いつく攻略法を、ほかの人たちが
思いつかないはずがありません。
でも、数年経った今でも、討伐できていない・・・。
今は、危険区域として洞窟を立ち入り禁止にしていますよね・・・。」
また木下にバカにされた気がするが、
たしかに、木下の言う通りだ。
オレでも思いつく攻略法なら、すでにほかの傭兵たちで
討伐できていても不思議ではない。
しかし、まだ討伐されていないということは?
「おじ様の攻略法では、討伐できない・・・
ということかもしれません。」
木下が、真剣な顔をして、そう言った。
「そういうことになるか・・・。」
「えぇ・・・。」
オレが木下の言うことを肯定すると、
ニュシェの表情が、また曇る。
「しかし、まぁ・・・オレたちの依頼は
『魔鉱石採掘』だからな。
あの精霊がいる場所以外を探索すればいいだけのことだ。
べつに討伐できなくても・・・。」
「おじ様は、それでいいんですか?」
「え?」
「おじさんは、子供たちを助けたいと思わないの?」
「えぇ!?」
どうやら、木下とニュシェは、
すでに『魔鉱石採掘』どころではなく
洞窟の奥にある奴隷商人たちの
アジトに囚われているであろう、
子供たちの救出が目的になってしまっているようだ。
「ちょ、ちょっと待て、2人とも!
何度も言うが、オレたちが請け負った依頼は『魔鉱石採掘』で!」
「そんなことは分かってます!
でも、子供たちが・・・!」
オレは慌てて2人をなだめようとしたが、
木下が全然、分かっていないことを言っている。
だいたい、余計なことに首を突っ込むなと
いつも言っているのは、木下の方なのに。
正義感が優先されてしまっている・・・。
「だいたい、あの洞窟の奥に、
奴隷商人のアジトがあるという確証がないだろ!
本当に囚われている子供たちがいるのかどうかも分からん!
それに、あの精霊の討伐も、どうしたらいいか・・・!」
「あの場で、男たちが話してました!
他の子供を見張っているから、仲間が来れないと!
だから、あの奥には奴隷商人たちのアジトがあって、
ほかにも攫われた子供たちがいるんです!」
「うぐっ・・・。」
木下のやつ・・・あの状況でも、
しっかり、男たちの会話を記憶しているとは・・・。
そうだ、たしかに、そんなことをあの男たちは話していた。
あの場で、男たちがウソをつく必要がない。
ならば、やはりあの奥には・・・やつらのアジトがあって、
ほかにも子供たちが囚われているということになる。
「おそらくですが、奴隷商人たちのアジトが、
あの奥にあるとして、食料や必需品は、
この町で調達していたのだと思われます。
アジトにいる仲間たちだけじゃなく、子供たちの食料もとなると、
相当な量になると思いますが、
あの山道では大量に運びこめないはずです。
一週間に一度なのか、数日に一度なのかは分かりませんが、
男たちは、この町へ買い出しに来ていたはずです。
でも、今日から『炎の精霊』がアジトへの道を塞いでいるので、
誰も食料を調達できない状況です。」
「う・・・!」
たしかに、木下の言う通りだろう。
奴隷商人たちが隠れて、あの洞窟をアジトにしていたのなら、
コソコソと行動していたはずだ。
この町から大量の荷物を運びこもうとすれば、
目立ってしまうだろうから、少量ずつ調達していたはず。
で、あれば、あのアジトにいるやつらが何人いるのか分からんが、
生き残れるのは一週間ぐらいだろうか。
いや、調達ができなくなったのなら、
商人たちは奴隷たちに食料を与えなくなるだろう。
子供たちの方が先に亡くなってしまう可能性が高い・・・。
飲まず食わずになれば、もって数日の命か・・・。
「さらに、私たちの依頼の件ですが、
あの『炎の精霊』が道を塞いでいた方の通路の奥は、
数百年間、誰も通れなかった状態だったと思います。
つまり、あの奥へ行けば、グルースさんの依頼である
魔鉱石『ゼーレ』が手に入る可能性が最も高いのです!」
なるほど・・・数百年前、あの精霊のせいで
無理やり炭鉱夫たちが洞窟から撤収させられたかもしれないと、
グルースは言っていた。
精霊がいる側の通路の奥は、数百年前から
誰にも荒らされていないとすれば・・・
たしかに、オレたちの依頼である魔鉱石が見つかる可能性が高そうだ。
だが、
「し、しかし『炎の精霊』が・・・!」
「おじさん・・・あたしは、子供たちを助けたい!」
「うぅ・・・子供たちを救いたいか・・・。」
「うん!」
ニュシェは、まっすぐな目でオレを見て、
まっすぐに自分の意見をぶつけてきた。
少しだけ、まだ目が赤い。
さっきまで戦闘で失敗したことを悔やんで泣き、
初めて味わった恐怖に震えていたくせに・・・。
ニュシェのお願いには、とことん弱いな、オレは。
実際、オレも子供たちは助けてやりたい・・・。
今日、助けた少年は、見た目よりも軽かった・・・。
オレが走ると、その振動で少年の体が
ボロボロに崩れ去ってしまうのではないかと思うほどで。
だからこそ、少年を抱きかかえて走る時は、慎重になっていた。
それほどまでに、少年の体は瘦せ細っていたのだ。
あのような子供たちが、まだ、あの洞窟の奥に・・・。
そして、もしかしたら
『ヒトカリ』の窓口の女性・エリーの息子も、そこに・・・。
「・・・これ以上の大事な理由はないな。
よし、絶対、助けるぞ!」
「うん!」
「! はい!」
オレは、2人の正義感に押し切られてしまった。
仕方ないか。
この町の誰も助けに行けない状況で、
この国の騎士団も動いてくれない状況だ。
そして、あの道を通れなくしてしまった責任が、
少なからずオレにはある。
それに・・・あの精霊にはコケにされたままだしな。
昔、格言好きな先輩が言っていた。
「撤退も勇気ある判断、勇気ある行動の一つだ。
逃亡する敵を、あざ笑うな。油断するな。
逃げると見せかけ、深追いさせて返り討ちにする戦略もあるからな。
そして、自分たちが勇気ある撤退をした際に、
その勇気を踏みにじるように『敵前逃亡』だと罵ってきた敵は、
騎士の誇りにかけて、後日、必ず殲滅しろ!
何年かかろうとも生かしておくな!」と・・・。




