仲裁
まだ国境までは遠い場所である『東の停留場』。
そこで『魔獣襲来』の警鐘が鳴るなんて
かなり珍しいことだった。
風のイタズラならば、1回目で分かることだが、
たしかに警鐘は2回鳴ったので本物だろう。
警鐘が置いてあるのは、東の停留場のすぐそばだ。
オレたちは顔を見合わせて、うなづくと
すぐに停留場へ向かった。
荷物が多い木下が遅れをとる。
屋台が立ち並ぶ街道は、若干、上り坂になっている。
木下の足の遅さに拍車がかかる。
木下に合わせていたら、オレまで遅れてしまう。
民間人に被害が出る前に討ち取らなければ・・・
そう思い、木下を振り切って、
停留場へ急いだ。
「先に行く!」
ズドン!ガスンッ!
グギャアアアオォォォ・・・!
オレが到着した時には、
ほかの誰かの手によって、魔獣は討ち取られていた。
大型馬車の停留場の隅に、
魔獣の巨体が横たわっていて、
地面をドス黒い血で染めている。
「はぁ!・・・はぁ!・・・はぁ!」
荒い息をしながら、木下が到着したのは、
それから5分後ぐらいだった。
その間に、オレは討ち取られた魔獣を
遠くから観察していた。
「残念だったな、木下。
もうほかの誰かに討ち取られてしまった。」
「ぜぇ!・・・ぜぇ!・・・ぜぇ!」
オレが話しかけても、返事が出来ず、
木下は下を向きながら、呼吸を整えている。
オレとしては、まだ使っていない剣の
試し切りにちょうどいいと思ったのに、残念だった。
木下としては、さきほど話していた
『ソール王国の国民の実力』を見るのに
もってこいな場面だったことだろう。
すでに討ち取られた魔獣は
やはり『オオカミ』タイプで、
体長は約3mぐらい。
そういえば、こいつには正式名称があったはずだが・・・
すっかり忘れてしまった。
『ソール王国』の国民なのか、『レッサー王国』の者なのか、
分からないが、数名の者たちが
魔獣に群がり、死体を切り分け始めていた。
肉は、血生臭いが、しっかり血抜きをして
下ごしらえして、しっかり焼けば食べられる。
しかし、あまり普通の店では使われない。
おいしくないからだ。
肉よりは、皮のほうが高値で流通していると聞く。
毛皮は、加工すれば服や鎧、マントなどになり、
温かい上に雨などを弾くそうだ。
こげ茶色の毛皮は、派手じゃないので人気も高い。
切り分けている者たちに
なにやら指示を出している者がいた。
剣に付いた血を拭きながら。
その風貌は『ソール王国』のものではなかった。
『レッサー王国』の騎士か?
「討ち取ったのは、ソールの者ではないようだな。
レッサー王国の騎士かもしれん。」
「そ、そんなことより・・・はぁ、はぁ。
さ、佐藤さん、足、速い、です、ね・・・ぜー、ぜー。」
木下は、まだ呼吸が整っていない。
「そんなことはない。
木下の荷物がオレのより大きいのが原因だろう。」
よほど、荷物が重かったのだろう。
もしくは、あまり体力はないほうかもしれない。
今後は、荷物を持ってやった方がいいのかもな。
そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけた
王国の城外警備隊が5名、やってきた。
若い連中だから、オレもよく名前を知らない者たちだ。
剣の血を拭き取っていた騎士らしい者に
事情聴取をしようと近づいていったようだが・・・
「うるせぇな!」
その者の怒号が響き渡った。
あまり穏やかな性格じゃないらしい。
東の城外警備隊のヤツらも
あまり利口なほうではないようで・・・
口論が始まった。
さらにエスカレートして、警備隊が抜刀しようと構えだした。
これは、さすがに見過ごせないな。
「いやーーー!見事だったなぁー!」
わざと大声を出して、オレは
警備隊の横から、その騎士へ話かけた。
その騎士と、警備隊が、とっさに身構えたが
警備隊のほうは、すぐにオレだと気づき、
構えを解いた。
「さ、佐藤隊長!」
「なんだ、おっさん!」
騎士が、いきり立った声を出す。
「いや、突然話しかけてすまない!」
あくまでも陽気な笑顔のまま、
騎士に近づく。
相手の剣の間合いに入る、一歩手前で立ち止まった。
そこまで近づけば、じゅうぶん相手の顔が見える。
「まずは、名乗ろう。オレは、佐藤健一。
この国の城門警備隊・・・だった男だ。」
自己紹介しながら、相手の表情と動作を見る。
相手は、20代後半~30代前半ぐらいか。
立派そうな鎧だが、国の警備隊ではない。
どこにも紋章が入っていない。
『レッサー王国』の者でもないのか?
「さきほどの魔獣討伐!
鮮やかだったなぁー!」
魔獣を討ち取った瞬間は見ていないのだが、
警鐘が鳴ってから、そう時間が経っていないうちに
倒したのだから、きっと速やかに討ち取ったのだろう。
剣の血を拭き取っているのが、この男だけだったから
一人で倒したと思われる。
「よほど腕がたつのだろうなぁ!」
笑顔を絶やさぬままに、
あくまでも、大きな声で話しかける。
大きな声というのは、こちらの言葉が伝わりやすい上に
会話の主導権を取られにくい。
「ま、まぁな。日頃の鍛錬を怠っていないからな。」
こうも、あからさまな持ち上げ方をすると、
逆効果になることもあるのだが、
こちらの笑顔と大声の誉め言葉が
うまく伝わったらしく、相手の返答の声は
すでに険が取れていた。
「オレは城門から離れたことが
ほとんどなかったから、このへんのことに疎いのだが、
さぞかし名のある騎士か剣士なのだろう?」
「あぁ、俺はこのへんの
民間警備隊・隊長で、須藤サネヨシだ。
資格は持ってないから騎士だとか剣士だとか、
そんな大層な者ではない。」
「あぁ、資格なんてものは
単なる肩書きだ。実力を語るものではない。
須藤殿の実力は、すでに騎士並みだ。」
「いやいや!」
ここまでの会話で、お互いに社交辞令ではあるが
敵意がないことは伝わりあっただろう。
さて、次は・・・
オレは、国の警備隊に近寄って話しかける。
今度は大声ではなく普通の声量で。
「お勤め、ご苦労!」
「はいっ!
佐藤隊長は、今から出発ですか?」
一人の隊員が答える。
「あぁ、もう知れ渡っている通り、
東へ向かう途中だ。
魔獣発見者は、キミか?」
「いえ、こいつです。」
隣にいた隊員を指名する。
「自分です。
魔獣を発見し、ほかの者に
魔獣の位置を伝え、警鐘を鳴らしました。」
「警鐘を聞き、
付近の住民の避難を誘導していたところでした。」
ほかの隊員たちも
口々に、そう告げてきた。
「今から討伐にかかるときに、
自警団が魔獣を!」
「あいつらが俺たちの敵を横取りして!」
「われらが守っているのに!」
今度は、民間の警備隊への不満が出てきた。
あー、そういうことか。
隊員たちの声が大きかったため、
須藤の耳にも届いたらしい。
「横取りも何も、こんなのは早いもの勝ちだろ!
お前らがチンタラしてるから・・・!」
あー、売り言葉に買い言葉になるな、それは。
やれやれ。
オレは、大きく息を吸い、
この周辺にいる野次馬たちにも聞こえるように
一層、大きな声で言った。
「迅速な発見!警鐘による避難勧告!
住民の速やかな避難誘導!
そして、須藤殿の鮮やかな討伐!
国の警備隊と民間の警備隊の見事な連携であった!
素晴らしい!!」
突然の大きな声と、両者への誉め言葉に、
その場にいた者たちが唖然となる。
と、そこへ
「こんなに頼もしい警備隊がいるのなら
この辺の街は安泰ですね~!」
さきほどまで息切れしていた木下が、
これまた満面の笑みで、大きな声で誉める。
「警備隊の方々、ありがとうございます!」
木下が感謝の言葉を述べ、拍手した。
それをきっかけに、野次馬たちも乗ってきた。
その場にいた全員が拍手をしだしたのだ。
あちらこちらから、「ありがとう」の声が聞こえてきた。
双方の警備隊のやつらの顔には、
照れながらも笑顔があった。
だいたい、木下ほどの美人に褒められて
イヤそうな態度になる男などいないだろう。
とりあえず
この場は、なんとか収まったな。




