無益の施し
山々に囲まれた町『クリスタ』の出入り口から外へ出ると、
町を囲んでいる石壁のそばで、
簡易的なテントを張って暮らしている人々を、数人、見かけた。
税金が払えない人たちが、町の外で暮らしている。
数人と目が合ったが、生気の無い、うつろな目をしていた。
中には、小さな子供を抱えている親もいた・・・。
胸が締め付けられる思いだ。
「・・・グルース殿。」
「ん? なんだ?」
オレは、グルースを呼び止めて、足を止めた。
「今日、会った時から気になっていたが、その背中に抱えているバッグの中身は?」
「あぁ、これか?
中身は護身用のナイフ1本と、採掘用の小型のつるはし数本と、
あとで、あんたらに配る予定の物が入っているが?」
グルースは警戒することなく答えてくれた。
あとでオレたちに配る物というのが、なんなのか気になるところだが。
「もしかして・・・食料を持って来てないか?」
「あぁ、よく分かったな。
『エルフの洞窟』の探索がどれだけかかるか分からないからな。
今から歩いて行って、洞窟へ辿り着く頃には、昼が近いだろうから
弁当を持ってきている。もちろん、あんたたちの分もあるぜ。」
どうやら、あとで配る物というのは弁当のようだ。
「おぉ、弁当! どおりで良い匂いがすると思ったぜ!
タダ飯! やったぜ!」
やはり鼻が利くシホは、気づいていたか。
オレですら気づいていたのだから、シホもニュシェも気づいていただろう。
グルースの返答に、シホがすぐ反応して喜んでいる。
しかし・・・
「それはありがたい配慮だが、
その弁当は、今すぐここで
食べてしまうか、捨てて行ってもらおう。」
「な、なに!?」
「えぇーーー!? ウソだろ、おっさん!?」
オレの話に、グルースとシホが驚いている。
「・・・シホなら、分かるだろ? その理由が。」
「うっ・・・うぅ~。でもよぉ・・・。」
オレが言いたいことは傭兵歴が長いシホのほうが分かっている。
しかし、シホは食欲の方を優先してしまっているようだ。
とても残念そうな表情をしている。
「どういうことだ? 弁当に不服でもあるのか?」
「弁当の質の話じゃない。どんな弁当だろうとダメなんだ。
元々、衣服についているニオイや、口臭や体臭なら、
どうしようもないが、わざわざ美味しそうなニオイを持って、
山の中や洞窟の中へ入れば、魔獣や魔物をおびき寄せることになるからだ。」
「・・・!」
傭兵ではないグルースには、考えもしなかったことだろう。
びっくりしているようだ。
「あんたらは、そのために弁当を持ってきていないというのか?」
「あぁ、そうだ。弁当だけじゃない。
女性は化粧をしてしまいがちだが、それもわずかに匂ってしまうため、
オレは、女性陣に使わないように言ってある。
それでも全く化粧をしないわけにもいかないらしいから、
なるべく無香料の化粧品を使用したり、薄く化粧をするように
お願いしてあるほどだ。」
オレがそう言うと、グルースはマジマジと女性たちを見つめた。
シホは傭兵歴が長いからか、元々、ニオイの強いものが苦手だからか、
オレがお願いするまでもなく、無香料の化粧を少しだけ使っているらしい。
木下は、オレがお願いするまでは、わざわざ匂いを放つ香水を使っていたが、
今ではシホと同じように薄化粧になっている。
ニュシェは、元々、化粧をする習慣がなかったようだが、
オレたちのパーティーに入ってからは、木下に化粧の仕方を教えてもらって、
少しだけ化粧をしているようだ。
3人ともグルースに見られて、少し照れているようだ。
グルースは納得したようで、自分のバッグを下ろし始めた。
そうして、バッグの中から6人分の弁当箱が入っていそうな大きめの袋を取り出した。
「・・・はぁ、そういう理由なら仕方ないな。
あんたらのために、うちの料理長が腕をふるって
用意してくれた弁当なんだが・・・。」
グルースがバッグから取り出した袋が、
さっきよりも美味しそうなニオイを強く放っている。
料理長とか、さすがは町長の息子だな。
弁当の中身は分からないが、きっと豪華なのだろう。
「はぁ・・・すぅぅぅぅ・・・はぁ・・・すぅぅぅぅぅ・・・。」
シホが、弁当が入った袋の近くで深呼吸している。
いや、ニオイを思い切り吸い込んでいるようだ。
なんとも、卑しい。
「俺は腹いっぱいだが、あんたらで、
腹が減っている者がいれば、今ここで食べてくれないか?
捨ててしまうには、もったいない。」
グルースは、そう言ったが
「うぅ・・・こんなことなら、朝食を抜いてこればよかったぜ。」
シホが残念そうに、そう言った。
やつは朝食のご飯をおかわりしていたぐらいだから、
当然、食べられないだろう。
ほかのメンバーにしても、同様だ。
昼飯を食べられないと想定して、しっかり食べてきたから、
みんな、腹が満たされている。
「・・・ここへ置いて行っても、無駄にはならんと思うが?」
オレは、そう言いながら、
少し離れた場所にある簡易的なテントを見た。
その中で、うずくまっている家族。
みすぼらしい服装で、親2人、子2人、肩を寄せ合っている。
「それは、そうだが・・・。」
オレの視線の先に気づき、グルースが表情を歪ませる。
オレの意図は伝わったようだが、不本意なのか?
こいつの反乱軍の目的は、貧困層の救済じゃないのか?
「残念ながら、それも難しい。この町の外にいる人たちは、
町から追い出された人たちだ・・・俺の顔を知っている。」
「?」
「あんたたちは知らないだろうが、
こんなところを旅人が歩こうものなら、
ここにいる人たちに、お金や食べ物をせびられて、
運が悪ければ、身ぐるみはがされてしまう。
そうならないのは・・・ここに俺がいるからだ。
俺の親父に追い出された人たちの中には、
親父ではなく俺に報復しようとしてきたやつらもいたが、
俺を襲ってきた人たちは、例外なく行方不明になっている。
間違いなく、親父のせいだ・・・。」
「行方不明・・・!」
それは、つまり・・・消されたのか!?
それとも、奴隷として、さらわれたのか?
町長の権力で・・・
いや、権力じゃなく財力か。
息子のためにそこまでやるか・・・金持ちがやることはえげつないな。
「それで、ここにいる者たちは、グルース殿からは施しを受けない、と。」
ここまで歩いてきたが、町の外にいる者たちから
視線を感じることはあっても、殺気を感じたことは無かった。
つまり、町長の報復が怖くて、殺意よりも恐怖心があるのか。
「そういうことだ。
・・・俺が手を差し伸べても、手を払いのけられる。
ここにいる人たちを俺は誰一人として救えない・・・。
俺が彼らに何かしたわけじゃなくても、
俺は、親父と同類として見られるということだ。」
グルースが、少しイライラしながら、そう答えた。
父親に対する不満か・・・。
町長としては、息子が襲われたのだから、
その報復のつもりだったのだろう。
息子を守るための行き過ぎた処置・・・
恨まれても仕方ないだろうな。
「それと、たった6人分の弁当を与えただけでは
本当の意味で、救ったことにならない。悔しいけどな。
『ポステリタス』の・・・反乱軍の仲間にも、
小さな施しは無駄でキリがないから、控えろと言われている。」
グルースが、本当に悔しそうな表情で、そう言った。
たしかに、6人分の弁当を渡したところで、満腹になるのは一家族だけの一時だけ。
目の前の困っている一家だけじゃなく、
多くの者たちを本当の意味で救済するには、一時の施しだけでは全然足りない。
グルースの仲間は、それを言いたいのだろう。
それも一理あるが、今日助けた命は、明日も生きられる命かもしれない。
大義を成せないからといって、目の前の命を無視するのは違うだろう。
「何も特別なことをするわけではない。
その、いらなくなった弁当がもったいないから、
彼らに処理を任すだけだ。
恩を着せるわけでもなく、助けるとか救済とか、
そんな大義のような意味を持たせる必要もない。
これは、助け合いだ。」
「・・・しかし、彼らが受け取ってくれない・・・。」
オレの説得に、グルースは、少し納得しているようだが、
そもそも、グルースからの弁当は受け取ってもらえないのか。
「あ! そうだ!」
グルースが、何か思いついたらしい。
自分のバッグの中身をあさり出した。
そうして、黒い布のようなものを取り出す。
「あんたらに、あとで配る予定だったものだ。」
そう言って、黒い布をオレたちに手渡してきた。
あとから配る物って、弁当だけじゃなかったのか。
どこから見ても、ただの黒い布だが?
「なにかの印かな?」
「なんの印だ?」
ニュシェとシホが気づいたようだが、
黒い布には、小さく白い印が入っている。
この国の紋章だろうか?
「これは顔を隠すためのバンダナだ。
俺たちは、これで口元を隠して活動している。
その印は、俺たち反乱軍『ポステリタス』のマークだ。
いざ、帝国軍に見つかった時、俺たち反乱軍のやつだということは
バレても、素顔を隠していれば身元がバレることはない。」
「なるほど。」
グルースは、さっそくバンダナを装着する。
鼻と口を隠して、首の後ろで縛っているようだ。
「俺のマスクと同じだな。」
シホの言う通り、シホが常備しているマスクと同じく、口元を隠せる。
オレたちもグルースに習って、バンダナを装着する。
マスクとは違い、鼻と口に密着させていないから、
そこまで息苦しさを感じない。
「こんな装備は初めてでござる。」
「私も。ちょっと違和感ありますね。」
ファロスと木下が、そんなふうに話している。
言われてみれば、オレも初めてだ。
改めて、みんなを見ると、ただ黒い布で口元を隠しているだけで
どこかの『賊』の集団に見えてくる。
自分も、その『賊』の一員になった気分だ。
そして、オレたちは顔を知っているから
口元を隠そうとも、誰が誰だか分かるけど、
オレたちのことを知らないやつから見れば、たしかに
素顔が見れなくて、一度見失えば、探しようがないと感じる。
「・・・そこの目の前の人たちには、
もう俺の顔を見られたから、助けることは叶わないが・・・
この先、途中で出会った人たちに、この弁当を渡すことにする。
それでいいか?」
「あぁ、そうしてくれ。」
グルースの表情の変化が分からなくなったが、
その目は、さきほどよりも元気が出たように見える。
こいつの信念は、やはり困っている人を救うことであり、
その成果に、大きいも小さいも関係ないのだろうな。
オレたちは、再び歩き出した。
その後、すぐに別の簡易的なテントを見つけ、
そこに住んでいる人たちに弁当を渡した。
ただ、施しをするつもりで渡すのではなく、
「食べきれなくて困っている」という理由を話して渡した。
話しかけた時は、疑っているような目で見られたが、
こちらの事情を察してくれて、快く受け取ってくれた。
グルースの正体にも気づいていないようだった。
お礼を言われたが、
「困っていたのはこっちのほうだ。受け取ってくれてありがとう」と
オレたちは礼を述べて立ち去った。
シホやニュシェは、少し嬉しそうだった。
しかし、グルースもファロスも木下も、そしてオレも、
喜ぶということは無い。助けることが出来たとは思わない。
こんなことでは助けたことにはならないからだ。
改めて、この国が抱えている問題の大きさ、
グルースがそれを解決しようとして挑んでいる巨大な相手を
認識させられた気がした。
町を囲んでいる石壁に沿って、ぐるりと歩けば、
町の裏手にある山へ登る道へと繋がっていく。
あっという間に、オレたちは山道へと入って行った。
『クリスタ』を囲うようにして連なっている山々は、
『イスクード山脈』と呼ばれているらしい。
目的地である『アニマの洞窟』は、その中腹にあるようだ。
草木が鬱蒼としていて、山道の道幅も狭い。
まっすぐ登っているわけではなく、山道はくねくねしていて、
中腹まで登るのに時間がかかりそうだ。
「・・・佐藤殿。」
「あぁ、分かっている。」
「? どうした?」
山道に入って、しばらくしてから、ファロスがオレに意味深な話し方をした。
やはりファロスも気づいていたか。
不思議がっているシホのやつは気づいていないようだ。
ニュシェもオレたちが風上にいるためか、気づいていないらしい。
「なにか、あったのか?」
グルースがオレたちの会話に気づいて話しかけてくる。
あくまでも自然に感じる。
「グルース殿、さきほどの弁当やバンダナ以外に、
オレたちに隠していることは無いか?」
「え? これ以上は何もないぜ?
それとも、水筒まで置いて行けっていうのか?」
「いや、水分は大事だ。それは持ってていいが・・・
では、後ろからついてきているやつらに心当たりはないのか?」
「・・・!」
オレは、少し声量を落として話す。
オレの言葉に、グルースは目を見開いた。
しかし、決して、キョロキョロする仕草をしなかった。
こいつは心得ているようだな。
「むぎゅ!」
オレの言葉を聞いて、
シホとニュシェがキョロキョロしそうになっていたのを、
オレと木下が2人の顔を抑えて止めた。
木下は気づいていたのか、あまり驚いていないようだ。
それとも『スパイ』だから、こういう事態に慣れているのか。
オレたちは、何食わぬ顔をしたまま、歩き続けている。
後ろからついてきているやつらは、オレたちから
約15mほど距離が離れている。
気配は3人。
町を出た時から、ずっとついてきていた。
初めは、たまたま同じ方向へ歩いているだけかと思ったが、
ずっと一定の距離を保ったまま、ついてきているので
尾行されているのは間違いないだろう。
おそらく大声を出さない限りは、こちらの会話は聞き取れないだろうし、
オレたちが不審な動きをしなければ、
こちらが気づいていることも悟られない。
オレは歩きながらグルースに話しかける。
「本当に心当たりが無いんだな?
相手の出方次第では、容赦なく斬ることになるぞ。」
「尾行しているやつらが、俺の仲間だと思っているのか?
俺は仲間に、そんな指示をした覚えはない。
第一、俺があんたらと行動をともにしているのに、
仲間に尾行させる意味がないだろ?」
グルースの表情は口元を隠したバンダナで読み取れないが、
真剣な目を見る限り、嘘を言っている様子が無い。
後ろからついてきているやつらは、はっきり言ってド素人だ。
気配を消している感じがしない。
ただただ、俺たちの後をついてきているようだ。
だから、てっきり反乱軍の誰かかと思ったのだが。
「今のところ、妙な動きはないようでござるが、
いかがなさいますか? 佐藤殿。」
ファロスが声量に気を付けながら、オレに話しかけてきた。
相手からの出方を待たずして、こちらから仕掛けることもできるが、
後ろからついてきているやつらからは、殺気を感じられない。
「・・・グルース殿やオレたちに心当たりがないのだから、
今は放っておいてもいいか・・・。野盗の類でも無さそうだからな。
その代わり、相手から仕掛けてきたら、容赦なく対処する。」
「分かりました。」
オレがそう判断すると、オレが指示するまでもなく、
ファロスはオレたちの後ろへ移動して歩き始めた。
後方は、ファロスに任せておいて大丈夫そうだ。
「・・・。」
グルースは、何か考え事をしながら歩いているようで無言になった。
心当たりがないからこそ、
尾行しているやつらのことを考えているのだろうか。
反乱軍のリーダーともなれば、帝国軍だけじゃなく、
いろんな者たちに目をつけられて、
いつ、命を狙われてもおかしくないのかもしれない。
やはり、こいつを連れてくるべきではなかったか・・・。




