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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第五章 【エルフの赤雷と怠惰の赤鬼】
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カラクリ人形のご利益



朝食を食べて、すぐ『ヒトカリ』へと向かったのに、

『ヒトカリ』の建物の前は、すでにほかの傭兵たちがぞろぞろと集まってきていた。

まだ朝の9時前だから、オレたちの依頼主であるグルースは来ていないようだ。


中へ入れば、『依頼掲示板』の前には、大勢の人だかり。

受けやすい依頼書や、報酬金が高い依頼書は奪い合うように剝ぎ取られ、

2つある窓口の前には、多くのパーティーたちが行列を作っている。

傭兵たちの話し声に耳を傾けると、やはり依頼のほとんどが

『小鬼』・・・『ゴブリン』討伐依頼のようだ。

傭兵ランクが高い者たちでしか討伐依頼は受けられないようだが、

この行列を見る限り、そこそこ高いランクの傭兵たちが集まっているようだ。

その他の傭兵たちは『ゴブリン』たちの痕跡を調査したり、

さらわれた者たちを探したり・・・

その他の雑用などの依頼を受けているようだ。


そんな中、オレたちは行列へ並び、

窓口で、洞窟『アニマ』で調査隊が『炎の精霊』に

遭遇したという地点を、洞窟の地図を見ながら教えてもらった。

その結果・・・残念ながら、昨夜、グルースが言っていた推測通り、

調査隊は、洞窟の最奥ではなく、

洞窟の中間地点で『炎の精霊』に襲われたという話だった。

ただ、洞窟内の道は、途中でいくつか枝分かれしていて一本道ではない。

その分岐のうちの一本だけ、その『炎の精霊』によって

最奥まで調査できていないということだった。


つまり、他の道は最奥まで調査できているということであり・・・

その洞窟内に『ゴブリン』たちの住処があるという

可能性は極めて低い・・・というのが、

『ヒトカリ』の調査隊の推測と報告らしい。


「・・・。」


今朝の窓口の女性は、昨日の女性ではなかった。

休みなのか、午後から出てくるのかは分からないが・・・。

昨日の女性・・・あの奥さんは、洞窟の調査をすでに知っていたはずだ。

それでもなお、調査の結果に納得していないということは・・・

『炎の精霊』が出没した地点より奥に、

『ゴブリン』の住処があると信じているのだろうか?

現実としては有り得ない話だ。

しかし・・・親が子を思う気持ちを考えれば・・・

たとえ1%でも可能性があるならば、その可能性に賭けてみたくなるもの。


「行くか。」


「・・・はい。」


オレがそう言うと、木下は気のない返事をした。

木下も気づいている。

『炎の精霊』がいる道の奥には、おそらく『ゴブリン』の住処はない。

『炎の精霊』が、数百年前から、そこにいたのなら、

『ゴブリン』どころか、他の魔物や魔獣でさえ、その奥へ行けるはずが無い。

ゆえに、その奥への探索は無意味だ。第一、今回の目的は『魔鉱石採掘』。

強さが未知数の『炎の精霊』に挑んで、その奥へ行く必要が無い。

あの奥さんには申し訳ないが、

今回は、『ゴブリン』の住処を見つけてやることは出来そうもない。




オレたちが『ヒトカリ』から出てくると、扉の外にグルースが待っていた。

グルースは、昨日のラフな私服とは違って、

革製の手袋やブーツ、腰には布袋を装備、

そして、少し小さなバッグを背中に背負って来ていた。


「おはよう。時間ぴったりだな。」


オレたちが出てきたのを見つけて、グルースが挨拶してくる。


「あぁ、おはよう。」


「「「おはようございます。」」」


みんなが朝の挨拶を済ませたところで、


「おはようございます。さっそくですが、

『アニマ』の洞窟に出没する『炎の精霊』の情報を

『ヒトカリ』で確認できたので出発しましょう。」


木下が、この場を仕切り出した。

グルースと合流したオレたちは町の出入り口まで歩き出す。

グルースが『炎の精霊』についての

情報を聞きたがったので、歩きながら木下が説明していた。


「そうか・・・。その情報が確かなら、

『小鬼』の住処は、『エルフの洞窟』には無さそうだな。」


木下の説明を受けて、グルースが、オレたちと同じ結論に至っていた。

少し残念そうな表情をしていたグルースだったが、

すぐに気持ちを入れ替えたようだ。


「それにしても、本当に、傭兵にしておくにはもったいないな。

木下さんだっけ? 傭兵を辞めて、うちで秘書として働かないか?

ちょうど、あんたみたいな美人秘書が欲しかったところなんだ。

安定した生活を約束するぜ?」


「おいおい!」


グルースが木下を勧誘しはじめたので、オレがすかさず止めに入った。

たしかに木下は傭兵というよりは、秘書の方がしっくりくるが、

パーティーの仲間たちがいる目の前で堂々と誘うとは・・・。


「お断りします。」


木下の方は、いつもの作り笑顔のまま、躊躇することなく断った。

それもそうか。

そもそも木下は『スパイ』だし、オレたちには旅の目的がある。

断ることは分かり切っていたが、少しオレはホッとしていた。


「そりゃ残念だ。」


断られても、しつこく食い下がるかもしれないと思っていた

グルースだったが、木下の返事を聞いて、

すんなり引き下がったようだ。

秘書として誘ったのも本気ではなかったのか、

もしくは、社交辞令だったのかもしれない。




そうこうしている内に、オレたちは町の出入り口にさしかかった。

頑強な岩を、幾重にも重ねて造られた大きな石門だ。

その石門のすぐそばに、あの『カラクリ人形』がある。

みんなで近づいて、それをマジマジと見てみた。

青緑色の錆に覆われた、大きな円筒の物体。

その円筒の部分から、手足のような物が出ている。

手と思われる部分は、親指らしき指があるが、ほかの指らしき物はない。

こんな形の手袋があるが、それを連想させる。

足の方は、大きな体を支えるのに相応しいほど太い。

表面の錆は、錆と言うよりは苔とかカビに見えるが、

近づいてみると、やはりカビではなく鉄のニオイがする。


「こいつが『カラクリ人形』か。

近くで見ると、けっこう大きいんだな。」


さっそくシホが『カラクリ人形』に近づいて、

マジマジと観察している。

シホの言う通り、直立不動の『カラクリ人形』は、

そこそこの大きさで、オレたちよりも背が高い。


「全長3mってところだろうな。

こいつが、『カラクリ人形』の『エギー』だ。

ほら、胸のところだけ、錆が削れてて

『エギー』って名前が見えてるだろ?」


グルースが、そう言って、

『カラクリ人形』の胸の部分を指さした。

たしかに、そこだけ青緑色の錆が削れていて、

『エギー』という名前が彫られていた。


「なんで、ここだけ錆が削り取られてるんだろう?」


ニュシェが、不思議そうに『カラクリ人形』を覗き込んでいる。


「大昔から、こいつはここにあって、

その大昔から、ずっと、みんながその名前の部分だけを

触っていくもんだから、そこだけ表面の錆が取れているというか、

逆に、そこだけ錆びていない状態らしいな。

一応、こいつは、この町の名物みたいなもんだから、

地元の奴らだけじゃなく、旅でこの町へ訪れたやつらも、

ついつい、名前の部分を触っていくんだ。」


「その部分を触ると、何かあるのか?」


「さぁな。年寄りの連中は、ご利益があるとか、

ありがたいことが起こるとか言ってるし、

旅人たちは願いが叶うとか好き勝手言ってるけど、

こいつは、神様でも何でもないし、

俺には、そんなものがあるとは思えないがな。」


グルースは、少し呆れながら説明してくれた。

オレも神とか、そういうものを信じていない方だから、グルースの意見に共感する。

『カラクリ人形』は、どう見ても、錆びついた鉄の塊にしか見えない。

それでも、いつの間にか地元の人々の習慣になっていったのだろう。

名前の部分は、錆が無いどころか、鉄がすり減っているようで、

彫られている名前も、少し薄くなっている。

それだけで、数百年という長い年月を感じさせる。


「へぇ~、願いが叶う、ねぇ・・・。これ、本当に動くのか?」


ふと、オレが思っていたことを、シホがグルースに聞いていた。


「この見た目じゃぁ、そう思うのも無理はないが、

今はなんとも答えられない。魔鉱石をこいつに入れてみるしかない。

動いてくれれば、大きな戦力になると俺は信じているが・・・

そうじゃないなら、別の戦力を探すしかない。」


グルースは「動く」とは言わなかったが、動くと信じているようだ。

そう思わなければ、今回の依頼が実現することもなかっただろう。


「・・・。」


それを聞いたシホが、無言で『カラクリ人形』の名前をさすった。


「あ、あたしも・・・。」


それを見て、ニュシェが少し緊張した表情で、

シホのあとに続いて、『カラクリ人形』をさすっている。


「では、拙者も。」


ニュシェのあとにファロスも続き・・・


「それでは、私も。」


ファロスのあとに、木下まで『カラクリ人形』をさすり始めた。


「・・・。」


オレは触るつもりがなかったのに、

気づけば、パーティーの4人の視線が、何かを待っているかのように

オレに注目し始めて・・・


「で、では、オレも・・・。」


居たたまれない気持ちになって、結局、

オレも『カラクリ人形』の名前の部分をさすった。

な、なるほど・・・。

こうして、『カラクリ人形』を触ることが広まって定着していったのか。

『カラクリ人形』の、その部分は、とても冷たくて、

ただの鉄の感触しか感じなかったが・・・。

オレたちが向かう洞窟内の探索が、少しでも安全であるように、

こいつを触ったご利益があればいいな。






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