必殺へと至る道
「朝から鍛錬してたのかよ。起こしてくれればよかったのに。」
オレたち3人は、朝の鍛錬を終えてから、部屋へ戻り、
順番にシャワーだけ浴びて、朝食のために一階の食堂へ降りた。
部屋へ戻った時には、すでにシホだけがおらず、
残っていた木下が言うには、先に食堂へ行ったとか。
木下といっしょに食堂へ行ってみれば、シホの開口一番がこれだった。
「いや、お前は寝言を言っていたぐらい、
よく眠っていたからな。」
「え!? 俺が寝言、言ってた!? ど、どんな!?」
「シホさん、唐揚げって言ってたよ。」
「あははっ! 唐揚げかよ!」
ニュシェから自分の寝言を聞かされたシホだが、
他人事のように笑っている。
「おっさんたちには悪いけど、ここのベッド、最高に気持ちいいんだよ。
フッカフカでさ。つい、ぐっすり眠っちまったよ。」
「あたしも、気持ちよかった。」
「ふふっ。」
シホもニュシェも、この宿屋のベッドが気に入ったようだ。
木下も嬉しそうだし、共感しているということだろう。
少し連泊する予定だし、よく眠れるベッドならよかった。
今日、空室が出れば、オレとファロスも
その気持ちいいベッドで眠れるのだが。
「ところで、ファロスのやつは、どうしたんだ?」
シホがファロスのほうを見て、そう言った。
そう言われたファロスは、シホが言わずとも
誰が見ても明らかに落ち込んでいる様子だった。
朝の手合わせが終わってから、ずっとこんな調子だ。
手合わせの勝敗が気に食わなかったのか。
「あー・・・ファロス、オレと相討ちだったのが
そんなにショックなのか?」
シホに言われるまでは、しばらく触れないでおこうと思っていたが、
朝食の時にまで暗い顔をされるのは困るから、聞いてみた。
「い、いえ・・・決して、そのような・・・。」
話しかけられて、我に返ったように、ファロスは慌てて
オレの言葉を否定しようとしていたが、
「いや、たしかに佐藤殿のおっしゃるとおりでござる・・・。
ショックと言いますか・・・合点がいかないと言いますか・・・。」
「合点がいかない?」
「はい・・・。
拙者が佐藤殿に負けるのは、実力の差からして当然のこと。
しかし・・・拙者の技は、父上から受け継いだ強力な技・・・
我が長谷川家が代々受け継いできて、その長い歴史の中、
切磋琢磨を繰り返し、強力な技へと昇華させたもの。
そのどれもが必殺技と呼ぶに相応しい、必中必勝の大技でござる。
それをかわせるのは、技を知り尽くしている長谷川家の者しかいないと
父上から聞いていたもので・・・。
前回といい、今回といい、佐藤殿に一度ならず二度も
長谷川家の大技をかわされたのが・・・合点がいきませぬ。」
なるほど。
ファロスとしては、さっきの手合わせも引き分けではなく、
敗北として受け止めているのか。
父親から受け継いだ技に、よほど自信があったのだろうな。
己の実力不足を差し引いても、父親から受け継いだ必殺技が
オレへ通じないことに、ショックを受けているということか。
「必中必殺か・・・。」
「はい・・・。」
ファロスの言いたいことは分かった。
そして、それに答えることも容易ではあるが・・・
ここは、答えを教えずに、自ら答えを探させる方がいいのか?
それとも、探す手間を省いて、鍛錬に集中させた方がいいのか?
・・・長谷川さんなら、どうするのだろう?
「・・・ファロスは、オレのことを高く評価してくれているようだが、
実際のところ、オレとファロスの実力は、ほとんど差が無い。
そんなオレが、こんなことを言うのは、おこがましいことなんだが・・・。」
長谷川さんなら、教えず、自ら探させるのかもしれない。
それも修行の内だ、と。
しかし、オレは長谷川さんではないし、こいつの父親でもない。
そして、ファロスは、このパーティーにとって必要不可欠な戦力だ。
そのファロスに伸び悩む時間を与えるのは・・・人生にとっては有意義なことだが、
このパーティーにとっては時間がもったいない。
この旅の間に、悩むことなく鍛錬に集中して、早く成長してほしい。
だから、あえて教えることにした。
「お前の技は、長谷川殿との戦いで・・・あの船の上での戦いで、しっかり見させてもらった。
だから、あの戦いで繰り出した技は、オレにとって初見ではない。
だから、前回も今回も、見たことがある技だったため、
その初動を見て、対処させてもらった。」
「しょ、初見じゃないにしても、たった一回見ただけで・・・!。」
「あぁ、そうだ。ファロス・・・世界は広いんだ。
お前やオレよりも、いや、あの長谷川さんよりも強い奴は、
この世界に、いくらでもいる。」
「・・・!」
「この歳になるまで、ほとんど鍛錬してなかったオレですら、
一度見た技の対処ができるんだ。きっと、相手の些細な動きを見ただけで、
初見の技に、軽く対処してしまうヤツも、きっといるだろう。」
「そ、そんな・・・。」
「たしかに長谷川家の技は、どれも必殺技なのだろう。
でも、必殺技は、必中ではない。
長谷川家の技だけじゃなく、
この世に存在している、ほとんどの技は必中ではないんだ。
ワンパターンでは、当たらない強敵もいる。
当たれば、必ず殺せる必殺技を、相手にどうやって当てるか・・・。
それは、どんな武術の達人でも容易ではないはずだ。」
「・・・。」
「鍛錬というのは、何も筋力を鍛えるだけではないだろう?
必殺技を必中させるために・・・考え抜いて、鍛えぬく。
きっと、長谷川さんも、長谷川家のご先祖たちも、
そうして己と技を磨いてきたのだと思うぞ。」
「・・・。」
ファロスは、苦虫を嚙んだような渋い表情で、オレの話を聞いている。
本来なら、オレがわざわざ言うことではない。
ファロスなら、きっと分かっていることだ。
「・・・なんて、さっきも言ったが、オレも偉そうなことは言えない。
オレもファロスと同じで、戦闘経験が少ないからな。
経験に加えて、ファロスより鍛錬も体力も少ないから、
本当の実力でいえば、オレはファロスより劣っているかもしれない。
だからこそ・・・お前との鍛錬は、オレにとっても必要なことなんだ。」
これは、本当にそう思う。
オレとファロスの実力は、ほぼ互角。
差があるとすれば、人生経験の差だけだ。
オレのほうが、ほんの少し長生きしている分、経験がある。
しかし、その差も、ファロスなら、
この旅の間に、あっという間に経験して、吸収して、成長していくだろう。
でも、一応、このパーティーのリーダーとして・・・
早々に、お荷物になってしまうわけにはいかない。
ファロスとの実力に差が開かないように、俺も鍛錬しなくては。
「・・・佐藤殿、かたじけない。
拙者の実力は、父上や佐藤殿より劣っているのは自覚していましたが、
長谷川家の技を過信して、技を磨くことを怠っていたようでござる。
これからは、さらに精進いたします!」
ファロスは、そう言ってオレへお辞儀した。
「そ、そうやって、かしこまる必要はないぞ?
だいたい、今朝のオレの戦い方は明らかに実戦的な戦法ではなかったからな。
棒っ切れ同士だったから出来た戦法で・・・
あんなに激しく真剣同士でぶつけ合ったら、
お互いの剣が刃こぼれして、あっという間に折れてしまう。
つまり、あんな戦法をとらなければ、
今のオレは、お前と引き分けることもできないということだ。」
剣の強度だけに頼る戦い方をすれば、武器を失う。
分かっていながら、そうした戦法をとったのは、相討ちを狙ったからだ。
もしくは、オレが負けてもいいと思っていた。
前回、オレに勝てなくて、今回もオレに勝てないとなると、
ファロスを鍛えるどころか、ファロスの自尊心が傷ついてしまう・・・。
ファロスに、負け癖をつけさせたくなかったからだ。
「そんなことは・・・。」
「実力はさておき・・・技名を叫ぶ癖は、今日も直らなかったな。」
「うぅ・・・面目ございませぬ・・・。」
オレがそう言うと、うなだれてしまったファロス。
おっと・・・これ以上は、本当に自尊心を傷つけてしまうだけだな。
「まぁ、一朝一夕で直るものではないだろう。
お前が癖を直す頃には、オレの体力面も強化されるかもしれないから、
これからも、よろしく頼むぞ。」
「はい! 精進いたします。」
そう言うと、ファロスは、少し顔を上げて返事をした。
まだ元気になったとは言えないが、暗い気持ちからは立ち直ったようだ。
「あ、あたしは!?」
「えっ? ニュシェは・・・まだ始めたばかりだが、
今朝、ちょっと教えただけで、すぐに基本の型を覚えてしまっていたから
飲み込みが早いな。その調子なら、すぐに強くなれるだろう。」
「えへへ。」
オレに褒められて、嬉しそうなニュシェ。
獣の耳がピクピク動き、尻尾を振っている。
ニュシェに関しては・・・正直、強くなってほしい気持ちと、
強くならなくていいと思う気持ちがある。
強くなってもらわないと、いつまでも独り立ちできなくなる。
しかし、強さを求めれば当然、危険を伴う。
危険な目に遭ってほしくない・・・複雑な気持ちだ。
「鍛錬も大事だと思いますが、おじ様は、
もう少し大声を抑えてほしいです。
早朝から大声を聞いて起こされたと、付近から苦情が来てましたよ。」
「え・・・そうなのか?」
木下に、そんなことを言われて、初めて気が付いた。
木下は店員たちに聞かされたのだろうか。
たしかに、手合わせに集中していて、気合いの入った大声を出していた気がする。
「め、面目ない・・・。」
ファロスに偉そうなことを言っていたオレだが、
今度はオレが萎縮する番だった。
朝食を終えて、『魔鉱石採掘』のための準備をした。
宿を出る前に、受付の店員に一応、空き部屋はないか聞いてみた。
「申し訳ございません。皆様と同様、連泊されるお客様が多いもので・・・。
お昼頃に出発されるお客様もいらっしゃいますが、
その方々が精算されて退出されるかどうか、その時にならないと分からないもので。」
年老いた女性が、丁寧な言葉で答えてくれた。
たしかに、朝食時の食堂も、席がそこそこ埋まっていた。
空席が出ても、すぐに外からの客で埋まるほどだった。
つまり、この宿屋『リュンクス』はそこそこの人気店なのだろう。
料理が美味しいうえに、ほかの宿より宿代が安いのならば、
オレたちのように連泊する客がいるのも、うなづける。
「空きが出たら、そこを予約することはできるか?」
「申し訳ございません。
お部屋のご予約は現在承っておりませんので。」
「そ、そうか・・・。」
食堂のテーブルは予約できたのに・・・宿泊部屋は予約できないのか。
すでに予約がいっぱいということもあるのかも・・・。
とにかく、店側の取り決めならば仕方ないか。
「気長に待つしかなさそうですね。」
オレの後ろから、木下がそう言った。
心なしか嬉しそうに聞こえてくる。
「仕方ない。戻ってきた時に、空き部屋があることを祈ろう。」
「申し訳ございません。」
オレが引き下がると、受付の年老いた女性が、また頭を下げる。
なんとも礼儀正しくて、姿勢の良いお辞儀だ。
空き部屋を予約できないのは残念だが、嫌な気分にはならない。
受付の店員の対応と姿勢が良かったせいだろう。
「では、行ってきます。鍵をお願いします。」
そう言って、オレの後ろから木下が部屋の鍵を受付の女性に渡す。
「かしこまりました。
昼間、お部屋の掃除と花の水を入れ替えるため、
お部屋に出入りさせていただきます。ご了承ください。」
「おぉ、よろしく頼む。」
「よろしくお願いします。」
ほかの宿屋で、客室の掃除や花の水の入れ替えなど、
やってくれるような宿屋を見たことがない。
連泊となれば、そこの客が引き払うまで部屋に入らないものだと思うが、
ここの宿屋は、そんなことまでしてくれるのか。
それはそれで店員が自由に出入りしてしまうから、
大事な荷物を置いておくのが怖い気もするが・・・
ここの店員なら大丈夫というか、なぜか安心感がある。
本当に、ここは普通の宿屋ではない気がする。
お金持ちだけが泊まりに来る、高級な宿屋としか思えない。
そういえば・・・この受付のカウンターには、
宿泊部屋にあった物と同じ、立派な青銅の花瓶が置いてある。
しかし、部屋の花瓶には、手入れが行き届いた綺麗な花が生けてあるのに、
受付の花瓶には、今日も、何も入れられていない。
たしか、昨日、ここへ来た時も、そうだった。
客室分の花しか用意できなかったのだろうか?
受付の花瓶にも花が生けてあったら、さぞかし華やかに見えるだろうに。
「それでは、いってらっしゃいませ。」
丁寧な店員のお辞儀で見送られ、オレたちは宿屋を出た。




